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17−2 アティの悩みについて

 結婚は初めからする気などなく、なのに、命の恩人との結婚が舞い込んできて期待したのも束の間。別の人だったことに動揺して、やはり結婚できないなどと、血迷った考えを本人に告げた。


 結婚はする気はなかった。それは本心だ。多くの女性たちに囲まれて、嫌というほど裏の顔を知った。裏表のある、なにを考えているかわからない女性より、命を助けてくれた少女ばかりが思い浮かぶ。結婚するならばあの少女がいい。


 幼い頃の初恋を、いつまでも引きずるつもりはなかった。公爵家の息子。後継者である自分が好みで相手を決めることはできない。家同士、必要な条件が出てくる。

 成長するにつれて婚約者を決める必要が出てくれば、令嬢を持つ親や本人が接近してくる。その令嬢たちがどんな容姿でも関係なく、生理的に受け付けなくなったのはいつからだっただろうか。


 手紙だけならまだいい。手紙に怪しげな薬を振りかけて送ってくる。飲み物に怪しげな薬を入れてくる。パーティではわざとぶつかって体を寄せてきたり、聖騎士だった時はベッドに女性が忍び込んできたりもした。

 子供の頃から値踏みされるように見つめられて、その視線が嫌だったことはあったが、それ以上の過度な接近のせいで、女性自体が受け付けなくなった。


 気兼ねなく頼りにして話ができたのは、幼い頃のあの少女だけ。今会ったらそんな態度ではないかもしれないが、それでも彼女ならば安心できる。貴族だと知っても名前さえ伝えず、礼も欲しがらず、自分を村人に預け助けを呼んでくれた少女。幼かったのに、自分以上にしっかりしていた、頭の良い少女。


 彼女ならばきっと受け入れられる。だからどうか、もう一度会って、自分を選んでくれないだろうか。

 そう考え続けて、エヴリーヌにそのまま言葉を伝えてしまった。


(エヴリーヌは、他の令嬢たちとは反応が違ったのに)


「エヴリーヌは素敵な女性だ」

「わかった。わかった。お前が恋愛音痴なのは。お前に群がる女は女ではない。だが、聖女エヴリーヌは、そんなお前に群がらない唯一の人だ。だから大切にするがいい。そんな女性、今後現れないだろう。今までいなかったんだ。天然記念物だ」


 畳み掛けるように続けて、フレデリクは思い切り背中を叩いてくると、まずは妻に嫁いできてくれたことに礼を言い、心から彼女に尽くせ。と助言をくれた。







「はあ。なんで自分の悩み相談になったんだ」

 エヴリーヌが気にしていたから、伝えにいっただけなのに。


 話していて、さらに頭が混乱してきた。

 フレデリクが言ったことを反芻して、首を振る。問題を伝えていないのだから、明確な答えなど出てくるはずがない。ただ、エヴリーヌが公爵家に滞在したくないかもしれないとか、自分がエヴリーヌを大切にする資格がないくせに、思った以上に彼女を意識しているとか、余計な情報が増えてしまった。


 女性は苦手だ。嫌いと言っても過言ではない。何度もひどい目に遭っている。関わりたくない。

 しかし、エヴリーヌの側にいても嫌悪感はない。


(なんて言い訳がましい。自己満足で彼女を傷つけて。今さら惹かれていると気づいたのか?)


「惹かれている? エヴリーヌに?」

 まさか? などと考えるのも今さらすぎる。呟いて、頭を抱えた。


 もうずっと前から惹かれているのだ。彼女に失礼を働いたからと、言い訳をしながら。

 今さらだ。今さら自分の気持ちに気づいた。


「なんてことだ」

 自分のことなのに、愚かすぎて呆れてしまう。

 エヴリーヌに会ったら、どんな顔をして接すればいいのかわからなくなりそうだった。





「旦那様。おかえりなさいませ」

「なにかあったのか?」


 気のせいか、屋敷の中が慌ただしい。使用人たちが迎えに出てきたが、焦っているように見えた。


「奥様が、急ぎで神殿に出発されました」

「なにかあったのか!?」

「大量の魔物が出たらしく、その討伐に同行するそうで」

「また!? 私も出発する。神殿に行く用意をしろ! エヴリーヌに当てた手紙はどこだ!」


 神殿から手紙が届くと、エヴリーヌは必ずカリスに渡してきた。公爵家を離れる時、理由があるのだと知らせるためだ。


(恋人を作っていいと言ったからだろうか)


 そんなことをしに行くために外出するのではない。そんな証拠のためなのかと思うと、自己嫌悪で死にたくなる。


「こちらが神殿の手紙です!」

 手紙には、急を要していて、今すぐに来いという緊急の命令が記されていた。余程のことが起きたのだ。


 神殿に転移魔法陣に魔力を注ぐようにと伝えを出し、討伐の準備をする。どれほどの支援が必要かわからないが、前に言われたように、毛布やタオル、食料などを用意させた。

 魔力が注がれるまで時間がかかる。神殿に待機し、終わり次第移動を始める。


 エヴリーヌが移動した神殿は、ヴォルテール公爵家の領地に近い場所にある、山間に建てられたところだった。


「とても危険ですから、公爵閣下は待機していただくようにと、エヴリーヌ様から伝言をいただいています!」

 エヴリーヌはカリスが追ってくると予想して、神殿の者に言付けを頼んでいた。だが、今までそんな風に、追ってくるななどと言われたことはない。それが、急に怖くなった。


「目的地はどこだ!?」

「そ、それは……」

「それはどこだと聞いている! エヴリーヌはどこへ行った!?」

「え、エヴリーヌ様は聖騎士たちと、この地図の地点に移動をして、」

「地図を借りるぞ!」

「公爵閣下!!」


 神殿の者の制止を振り切って、カリスは馬の腹を蹴り上げた。

 エヴリーヌが危険と言うほどの場所に、彼女が向かった。


「エヴリーヌ」

 なにがそう焦らせるのかわからない。ただ彼女が、危険な目に遭うと思うと恐ろしくて、落ち着いて待ってなどいられなかった。


 途中出る魔物を切り付けて、地図の印まで進んでいく。


 長い時間走り続けて、あと少しで到着するというところで、ドオオオンという凄まじく大きな音が鳴り響いて、地面が揺れた。そうして、煙のようなものが空に舞い上がったのが見えた。


「あれは、」

「カリス様、地滑りです!!」


 見たことのない規模の崖崩れ。木々がなぎ倒され、山が滑るように流れていく。まるで雪崩だ。なにもかもを呑み込む勢いで、山を崩して木々のあった斜面を土色に変えた。


「エヴリーヌ。エヴリーヌ!!」


 流れる土の音を前に、カリスの叫び声も呑み込まれていった。

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