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13 部屋

 カリスが割り振られた部屋に、エヴリーヌは目をすがめて眺めていた。


「エヴリーヌの、部屋、ですか」

「そうね」

「ベッドは一つ、ですね」

「そうね」


 総神殿と言われても、常に聖騎士や聖女、神殿に関わる者たちが住んでいる。神殿に訪れる客は少なく、避難用の部屋が空いていても大部屋。そこに公爵家の騎士たちが居座っても、残りの空いている数部屋を使用すればいいわけだが、カリスの部屋は夫婦で使えば良いだろうということで、エヴリーヌの部屋に決まった。


(夫婦。そうよね。夫婦だったのよ、私たちは)


 だから、カリスをエヴリーヌの部屋に通すのは当然のことだった。ベッドがシングルベッドで、二人寝るには少々、かなり狭いという以外は。


「私は椅子で大丈夫だ」

「いや、ダメでしょ。公爵を椅子で眠らすなんて、使用人たちに怒られる!」

「使用人はいないから」

「いえ、私の気持ちの問題!」


 これは譲れない。神殿の手伝いをするような立場ではない人なのに、まともに眠れる場所がないなど、許すことはできない。


「カリスはここで。私はこっそりと別の部屋を探します」

「エングブロウ卿に見つかったらどうするんだ?」

「う。ここには来ないだろうけど」


 別の部屋から出てきたところを見られたら困る。夫婦で同じ部屋を使わなかったのかと問われるかもしれない。


「ならば、私は椅子で」

「わかった。私は飲むわ!」

「え!?」


 夜通し飲んでやる。どうせ明日は帰るだけだ。くすねておいたワインを取り出して、棚からグラスを出す。よくアティとワインを飲み合うので、常備されているのだ。ワインはシモンからもらったワインである。とっておいて正解だった。


「カリスは寝てください。私は朝まで飲みます」

「どうしてそうなるんだ?」


 カリスが耐えきれないと笑いだした。面白いことは言っていないのだが、ツボに入ったようで、お腹を抱えて笑い出す。


「あなたが酒飲みだとは知らなかった。では、私も付き合うよ」

「そうですか? じゃあ、そっちに座って。明日、二日酔いになっても知らないわよ」

「それはこちらのセリフだ」


 ベッドと椅子の間に机を置いて、エヴリーヌはワインを注ぐ。グラスをかかげて、ワインを飲み干した。一気飲みしたので、カリスが目を丸くする。


「あら、公爵様には難しいかしら?」

「のぞむところだ」


 煽り耐性がないのか、カリスも一気飲みをした。そんな飲み方をするようなワインではないが、これで少しは気が楽になるだろう。


 向かい合うとなにを話していいかわからないので、とりあえず酔わせようという作戦である。

 そうでないと、変なことを口走りそうだった。アティもいないのに、わざわざこんなところまで来てくれて。とか言ってしまいそうだ。嫌味ではない。率直な感想を口にしてしまいそうなだけだ。


 一杯飲んだだけでカリスは頬を赤く染めた。食事の時に思っていたのだが、カリスは酒が強くないようだ。それは当たりだと、二杯目で瞼が下がってきている。このまま飲ませて、ベッドに転がそう。


「エヴリーヌは、エングブロウ卿とは、どういう関係なんですか?」

 酔いはじめているので、敬語が出てきた。


「昔、一度だけ会ったことがあるのを、エングブロウ卿が覚えていただけよ。私は最初会ってもまったく気づかなかったから」

「彼は、あなたのことが好きなのでは?」

「そういうのではなくて、その昔に会った時に、私に対して、事件があったから、贖罪のためね」

「しょくざい……」


 食材じゃないわよ? カリスはちびちびワインを口にする。酔いやすいくせに、口さみしくて飲んでしまうようだ。空になる前に、ワインを注いでやる。


「彼はあなたが好きなんです」

 友だちの想いを代弁する少年か? 自分の妻にそんな想いを伝えるのは、どうかと思う。


(なにも思っていないからって、さすがにそれはきついわね)


 腹が立つのでグラスにワインを注ぎ足す。カリスが酔っ払うとどうなるか見たかった。ただの意地悪だ。

 私を餌にして、そんなにアティに会いたいの? などと言うよりマシだろう。エヴリーヌはワインをあおった。申し訳ないが、こちらはザルである。


「けっこう、飲まれるんですね……」

「ええ、よくアティと」

「あてぃいさまと!?」


 呂律が回らないくせに、アティには反応してきた。その一つ一つがエヴリーヌを殴りにくるが、最初からわかっていることだと、横に息を吐くことで心を落ち着かせる。


「治療の際などにお酒をいただくことがあって、アティや他の聖女たちと飲むことがあるのよ」

(大騒ぎして、神殿長に怒られるくらいには飲むけどね)


 エヴリーヌほどではないが、アティも大酒飲みである。嫌な貴族に会った後は、朝まで愚痴って大樽を開けた。あれはひどかった。他の聖女たちも参戦していたが、アティは徹夜でがぶ飲みしながらも他の聖女たちをつぶし、次の日けろっとした顔で仕事をしていた。


 アティと結婚できないのであれば、彼女の夢を見るくらいいいだろう。心は広くなければならない。こんなことで気を落としてはいけないのだ。


「大丈夫よ、公爵閣下。二年我慢したら、離婚して、あなたは晴れて自由の身。ここに来る必要などないわ。好きな人と想いを添い遂げられないのは辛いでしょうけれど、好きでもない女と夫婦ごっこすることはなくなる。王が反対しても、私が対抗するわ。だから、無理のないようにしてちょうだい。ほら、もう寝る時間よ」


 すでにうつらうつらと船を漕ぎそうなカリスのグラスを奪い、額に手を乗せる。簡単な呪文だ。苦しむ人を緩やかな気持ちにさせる、睡眠誘導のようなものを送ってやると、カリスはすぐに瞼を下ろした。

 ベッドに横にして、布団をかけてやる。金色の髪をなでてやると、さらりと指からすり抜けた。


 改めて顔を見つめると、女性たちがどうしてエヴリーヌを攻撃したくなるのか、頷けた。


「そりゃ、令嬢たちが目くじら立てるわけよ。もてるんでしょうね。やきもちが膨らみすぎよ。嫌がらせの一つや二つ、したくなるわよ」

 あの婚約するはずだった令嬢も、この顔に射止められたのだろう。本人は気づかぬうちに、どれだけの女性から好意を寄せられたのか。


「アティが離婚できて、再婚するとか、できるかしらね……」

 アティの好みになるには、肉体を改造する必要があるが、カリスならば努力でなんとかしそうだ。


 現実的に考えて、アティを奪うのは難しいだろうが、応援したくもある。ここまで一途な想いならば、添い遂げられればよいのだと、思いたくもなる。

 けれどそれは、自分と離婚して、もう会うことがないとわかってからにしてほしい。


「それぐらいは、許してほしいわね」

 エヴリーヌはカリスの前髪をあげると、額を見つめた。その形の良い額にそっと口付けて、まじないをかける。


「どうか、あなたに幸がありますように」

 聖女の祈りの加護だ。運が注ぎ込まれると言われている。本当に効くかは不明だが。


「ううん……」

「おやすみなさい。カリス」

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