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11 カリス

 公爵家での仕事後、急いで神殿に向かえば、パーティでエヴリーヌに絡んでいた、侯爵子息が側にいた。


(どうしてここに、シモン・エングブロウが?)


 エヴリーヌは古い知り合いだと言っていたが、エングブロウ卿は知り合い程度で側にいるわけではないと言わんばかりに、エヴリーヌのために来たと誇示する。

 いつからこの神殿にいたのか。エヴリーヌはなにも言っていなかった。


(まさか、恋人なのか?)


 自分のことで精一杯だったが、エヴリーヌに恋人がいてもおかしくなかった。彼女も望まない結婚を強いられた一人だ。

 なんて愚かなのだろう。彼女も嫌がっている可能性は高いと考えていたが、恋人がいるまで考えなかった。


 だが、なぜかむしゃくしゃする。

 そんなこと、考える方が失礼なのに。


 婚約者か夫がいないことを条件に選ばれた、聖女。殊に、父親が子爵の身分を持っている貴族の娘。国の政治を改革するに必要な者として、王から神殿に命令が下されて、聖女たちは避ける道もなく公爵家に嫁ぐことになった。

 恋人程度の相手がいても、王からの命令に断りを入れることは難しい。連絡が届く前に婚約しておけば話は違っただろうが、そうならないために秘密裏に神殿に連絡がいったはずだ。


 当時の王太子が王を退かせるために立てた計画のうちの一つが、公爵子息に聖女を嫁がせるというものだった。

 聖女は特別な人だが、都では存在感が薄い。強烈な印象を持たれているのは聖女アティくらいで、神殿への畏怖は薄かった。


 地方は違う。魔物を倒す聖騎士と、癒しを行う聖女、神殿という存在はなくてはならない。多くの人々を助けてきた神殿は、絶対的な求心力があった。

 都では聖女アティを取り囲むだけで王への期待度は上がるが、地方は別の聖女を敬っていた。それが、エヴリーヌ・バイヤード子爵令嬢だ。


 王太子は二人の聖女を囲む必要性を説いた。人々の関心を得るには、二人を身分の高い男に嫁がせたいのだと。

 最初話を聞いた時、そこまでしなければ国民からの求心力が得られないのだと考えたが、王を押して自らその座に座る王太子の決意は曲げられるようなものではなかった。


 未だ王宮では不正が続いている。賄賂が横行し、高位貴族の懐には多大な金額が入り込んでいた。機能しない国の規律を正常に戻すには、腐った膿を取り出し、失った民たちの心を取り戻す必要がある。

 そこに白羽の矢が立ったのが、公爵家の二人の子息だったのだ。

 聖女二人をどちらの公爵子息に嫁がせるのか。それを判断したのも王太子だ。


 王太子は聖女二人に恋人がいようがいまいが、考えたりしなかっただろう。かろうじて、婚約者か夫がいれば、別の聖女を選ぶとしたが、嫁ぐ者はあの二人でなければならなかったのだ。


 聖女アティは都で有名だ。その力にくすみはなく、病を治し怪我を治した。単純な悩みすらも耳にして、献身的に支えてくれるのだと、多くの者たちの口端に上った。

 対して聖女エヴリーヌは、地方では絶大な人気を誇っていた。都の人間や貴族たちは耳にしたことはなくとも、地方の民にとって、聖女エヴリーヌの偉業は伝説になるほどだった。


 それだけの力があると、間近で見ていればわかる。


「ビセンテ! 聖騎士たちを下げて! 結界を張る!」

「お前ら、下がれ! エヴリーの結界が出るぞ! 弾かれた魔物に気をつけろ!」


 エヴリーヌは空に向かって片手を伸ばす。振り抜いた指先から魔力が溢れ、向かって来ていた魔物たちを退ける。青白い光が木々の隙間を抜けていくと、魔物たちはその光に押しやられ、あっという間に蹴散らされた。


「今のうちに魔石を!」

「手のあいている奴は聖女を手伝え!」


 聖女たちが一斉に山道に散らばり、魔石を取り出す。地面に魔石を置いて、楔を打ち込むように魔法で土の中に埋めた。これを何度も繰り返し、山道を結界で包む。その距離を考えたら、一日二日では終わらない。聖女や聖騎士たちは、魔物の繁殖期の間、あちこちの神殿に滞在して、山道に結界を張る。このおかげで、人々は無事に道を使えるのだ。


 エヴリーヌがいる神殿では、その作業が他の神殿より早い。聖騎士たちが魔物を退治し終えるまで聖女は動けないが、エヴリーヌがいれば広い結界を張れるので、聖騎士が近くにいる魔物たちを全て排除しなくても良い。


 昔、カリスが聖騎士だった頃、一度だけその手伝いをしに行ったが、こんなに簡単に魔石の結界を張れたことはなかった。聖騎士たちが魔物を倒した後、聖女たちが集まって、狭い空間に結界を張って移動し続けるため、何日もかかった。疲労で動けなくなる聖女もおり、毎年この時期は地獄のようだとぼやいている聖騎士もいたぐらいだ。


(このまま進めば、二日ぐらいで終わるのではないか?)

 力の差は歴然で、エヴリーヌは大聖女候補と呼ばれるだけあった。


 エヴリーヌの力を見るたびに、崇高さを感じ、膝を突きたくなる。

 そしてその美しさに、見惚れるばかりだった。







「今日はここで野宿だ。聖女たちは休憩小屋を使え。あんたらも野宿だ。嫌なら神殿に帰ってくれ」

「構わない。この時期の結界張りは経験がある」


(エングブロウ卿は知らないが)

 ちらりと横目で見れば、シモンは仕方なさそうに肩を竦めると、考えていることはわかるとでも言わんばかりに、鼻で笑った。


「公爵閣下が気にされるようなことはないですよ」

「当然だろう。聖騎士の手伝いをするのならば、野宿など普通のことだ」


 わざわざ突っかかってくるような言い方が気に触る。シモンの態度は、明らかな敵意を感じた。挑発的な言葉も気になって、やはりエヴリーヌとの仲を勘繰りそうになる。

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