9 シモン
「エヴリーヌ。また神殿から手紙が届いたと聞いたんだが!」
総神殿からの依頼があり、出発の用意をしている時、カリスが焦ったように部屋にやってきた。
今回は総神殿近くで起きた魔物被害で、慣れた場所だ。そこまで危険ではない。
「総神殿に近い場所で起きたから、総神殿に滞在して討伐になるの」
「そうか、忙しいな。私も手伝いに行ってよいだろうか?」
「公爵家のお仕事が忙しいでしょう。私は何もしていないのだから、気にしないで」
「それは、……終わり次第、向かうから」
公爵家の夫人としての仕事を、エヴリーヌは一切やっていない。庭の手入れを指示するくらいで、屋敷の管理すらしていなかった。カリスから話がないのもあるが、二年しかいないのに手を出すより、なにもしない方が良いと判断した。聖女の仕事が多いため、それを理由にできないと言った方がカリスにとっても良いと思ったからだ。
カリスは遠慮げに浅く笑うが、それが嫌味に聞こえてしまったかもしれない。
「必要な物があれば、すぐに届ける」
「ありがとう。助かるわ」
今回はテントや毛布などは必要ないので、物資は不要だ。あるとしたら神殿への寄付だが、それをねだるのは違う気がして、礼を言うだけに留めておく。
そこまで気にしないでいいのに。総神殿から連絡があって、安堵しているとは口にできない。外に出ていた方が気楽だというのは、カリスにとって負担になるだろう。
「気をつけて!」
わざわざ外に出て、エヴリーヌの見送りをする。屋敷の者たちは思うだろう、あの夫婦はうまくいっているのだと。
二人の寝所の部屋は扉一枚で繋がっていて、一緒に眠っているのだと思わせるために、片方の部屋のベッドを自分で片付けているとは、誰も考えやしない。朝になって部屋に入ってきて、着替えてからメイドを迎えるのはカリスで、エヴリーヌはカリスが部屋を出た後に身支度を始める。
最初は寝起きを見られるのが恥ずかしかったが、今では慣れたものだ。そこまでしなければならないか? と言いたくもなるが、協力者が屋敷に一人もいないのだから、本人が頑張るしかない。
息が詰まりそうになるが、聖女の仕事で遠出することがあるので、それが息抜きになった。
(一緒にいると、寄り添ってくる夫が実際にいるのかと勘違いしそうになるのよ)
さっきだって、神殿からの手紙があったくらいで、焦って人の部屋にやってくる。また討伐なのか、遠くまで行くのか、妻を心配する夫を地で行えるのだから、演技がいらない。本気で心配しているのがわかるので、演技で返すこともない。自然な会話なのだ。
「まったく、やんなっちゃうわ」
(嫌な男だったら、気にすることもないのに)
都の神殿から転移用の入り口に確認をとって、魔法陣の上に立つ。今日は馬車はいらないので、エヴリーヌだけが総神殿に転移する。この場所から指定した神殿に転移するのだ。
向かった先、総神殿では討伐の聖騎士たちはすでに出発していて、エヴリーヌは馬で彼らを追う。エヴリーヌを守るための聖騎士がいるので、彼らと行動を共にする予定だった。
しかし、
「エングブロウ卿?」
「エヴリーヌ聖女様。本日お供させていただきます」
パーティで会った、シモン・エングブロウ侯爵子息。その人が、なぜか聖騎士に混じって、総神殿でエヴリーヌを待っていた。
「どうして、あなたが」
「支援を行う許可は、王からいただいております。僕も聖騎士になれるほどの能力を持っていると自負していますから、同行を許していただけました。公爵も行っていましたから、問題ありませんよね?」
(問題ありありじゃない?)
王の許可をわざわざ取るとは。王の言葉通り、聖女を蔑ろにしない命令を遂行する形で他の貴族に見せつける気か? 王がそれを拒否することはないだろう。侯爵子息が聖女のために討伐に加わった。聖騎士ではないため補助役程度だろうが、王の命令を遂行するのだから文句は言われない。
(いえ、言われるわよ。聖騎士たちから。なんで資格持ってない奴が来るんだって。カリスは元聖騎士だけど、シモンは違うでしょ?)
「僕がお詫びの姿勢を見せられるのはこれくらいですから、王も許可をくれたのでしょう。聖騎士の試験を受けますから、本日はエヴリーヌ聖女様の警護のみになります」
「そこまでしなくていいのに」
思ったより真面目で良心的だ。試験を受けて合格するならば、聖騎士たちも文句は言わないだろう。しかし、これから試験を受けるとなると、今日だけでなく何度も来る気か?
「まずは移動しましょう。エヴリーヌ聖女様、僕があなたをお守りします」
妙なことになった。
シモンは馬を引き、先頭を走り出す。場所を知っているのか? 他の聖騎士たちはシモンを警戒していて、なんであんなやつが付いてきているのか? と顔に出して隠しもしない。前回は公爵が来たが、今回は侯爵子息。しかも聖騎士の経験がない。むしろシモンも守らなければならないのか? という疑問を持っている。
前衛に追いつくまでに魔物が出たら、すぐに攻撃できるようにしておいた方がよさそうだ。両脇と後ろに陣取っている聖騎士たちに目配せして、お互いに確認し合う。
しかしその不安も取り越し苦労だったと、すぐにわかった。
「すごいわ。本当に強いのね」
「この程度でしたら」
先に出発していたビセンテたちが、大物の魔物を相手にする間、後方からやってきた魔物にシモンはいち早く気づいた。魔法を使い、行く先を遮ると、さっと魔物の足を切り付ける。叫びに近い鳴き声が森の中に響いて、ビセンテたち聖騎士が後方の魔物に気がついたくらいだ。
エヴリーヌはいつも通りと癒しの魔法をかけ、聖騎士たちの怪我を防ぐ防御魔法をかけてやる。士気の上がる聖騎士を横目に、小物だが邪魔になる魔物を、シモンが一人でのしてしまった。