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7 お茶会

「子爵令嬢でいらしたのでしょう? 聖女も人手不足なのかしら?」

 くすくすと笑いながらさえずる女狐のような女たちに囲まれて、お茶を口にする。


(さて、どうしましょうかね)


 エヴリーヌ宛に茶会の誘いが来て、メイドたちは参加すべきだと合唱した。公爵家に嫁いでなにもしていないため、公爵夫人として社交に出るべきという意見が多数あったからだ。


 カリスの機転で、貴族ではない公爵家の使用人たちのエヴリーヌに対する印象は変わった。旦那様に合わないのでは? という疑問は消え失せて、聖女様が確立した。しかし今のところ、平民の使用人たちだけに留まっている。

 まだメイドたちは疑心暗鬼なのだ。聖女としてはともかく、公爵夫人としては合格を得ていない。

 討伐に加わった公爵家の騎士たちも尊敬の眼差しを向けてくれるようになったが、社交界と言ったら話は別である。


(それもそうよねえ。毎日庭で土いじりしてたら、心配になるかも)


 むしろ社交に出て合格をもらえないと、公爵家で立場を確立できない。カリスはそんな真似しないでいいと言うだろうが、使用人たちはカリスのためにもしっかりしろと思っている。


 そのメイドたちに勧められて茶会に参加したわけだが。


「社交に出ていらっしゃらないでしょう? 地方で活躍されていたようですけれど、都の風潮に合うのかしら? 聞きたいことでもあればおっしゃって?」

 参加者の一人に嫌味を言われて、どう返そうかと考える。


 田舎者は引っ込んでいろと言いたいようだが、どうしてそんなに喧嘩腰なのか。謎だ。

 初めての茶会で、聖女に対して喧嘩を売ってくるとは思わなかった。


(名前の売れていない聖女に用はないってこと? 重病になっても治しにいかないわよ?)


 そんなこと口にすれば、公爵夫人に脅されたと噂が流れるだろうか。エヴリーヌは構わないが、カリスに迷惑は掛けたくない。


(面倒臭いわあ。どうしようかしら。こんなの無視してもいいんだけど、世間体がねえ)


 それにしても、どうしてここまで敵意むき出しなのだろう。アティ派だからか? 聖女は一人で良いという風潮でもあるのだろうか。嫌味を右から左へ聞き流しながら、ぼんやりとそんなことを考える。エヴリーヌも精神力は鍛えられているので、幼い頃と違って嫌味程度で心を痛めたりしない。うるさいなあ。くらいのものだ。無遠慮にお茶もお菓子も口にできる。


 嫌味が言いたくてわざわざ茶会に呼んだのだろうか。解せない。


「どうしてあの人がヴォルテール公爵様の相手なの?」

 離れて座っている令嬢たちの小声が耳に入る。


「不似合いですわ」

 ぼそぼそ、こそこそ。小さい声で言っているつもりなのだろうが、よく聞こえる。耳はいい方だ。丸聞こえなので、チラリと見やれば、令嬢たちは口を閉じる。


(なるほど、みんなカリスが大好きなのね!)


 それがわかればむしろ同情した。かわいそうに、彼が好きなのは聖女アティである。どちらに転んでも失恋。両思いなどは遠い話。あの純情の前ではどんな女性でもただの通り過ぎる人。思い出にも残るまい。


 それで嫌味を言うために呼んだのならば、一緒になってカリスの純情について話したいところだ。あの方、一途に想う方がいらっしゃるのよ。と。聖女アティって言うんですけれど。


「ご存知ないかもしれませんけれど、ヴォルテール公爵閣下には婚約者となるべき方がいらっしゃったんですわ。まさか、聖女様とご結婚なさるとは思いもしませんでした」

「そうでしたわね。あの頃はよく噂を耳にしましたわ」

「婚約者、となるべき、ですか?」

「え、ええ。よく噂がありましたのよ?」


 言葉尻を捕らえるつもりはなかったが、婚約者、ではなく、婚約者となるべき方、という言い方が気になった。公爵子息。しかもイケメンで一人息子。二十歳を過ぎた男に婚約者がいない方が不思議なのだが、カリスの性格を考えれば婚約者など作らないだろう。作ろうとしても、それを進めるのは両親で、反対するのに彼らにどれほど楯突くかは容易に想像できる。


 顔を立てるために婚約者候補と会ったとしても、婚約はしないだろう。聖女と結婚して二年で離婚を唱えるような男に、偽装で婚約しない限りは考えられない。

 待てよ。偽装か。それならば納得する。


「とても美しい方で、ねえ?」

「そうそう、王太子殿下とも噂があったほどで」

「王太子殿下ですか? では、今のお妃様がそのお相手なのかしら?」

「え、いえ。そうではないのですけれど」


 ごにょごにょと、彼女たちは誤魔化してから口をつぐむ。噂のあった女性は王太子殿下にも公爵子息にも手を出して、けれど二人とも別の女性と結婚したことになる。

 それを嫌味にしてどうするのだろうか。カリスに噂がなさすぎて、その女性しか出てこないのではなかろうか。


(あのイケメンに女性の噂がない方がおかしいのだし、偽装結婚みたいな相手にそんな牽制されてもねえ)


「まあ、アティ様」

「アティ様がいらっしゃったわ!」


 アティも呼ばれていたのか。遅れることは伝えていたようで、主催者の女性がアティを迎えると、参加していた令嬢たちが一斉に立ち上がってアティを歓迎した。わかりやすい対象を呼んだのだろう。微笑みながら、アティは空いていた隣の席に座った。わざと空けられたのかと思っていたが、比較するために隣に席を設けていたようだ。


「あなたもいらしていたのね。エヴリーヌ。この間は約束もなく訪れてごめんなさい。迷惑を掛けてしまいました」

「皆喜んでいたから気にしないで。またいらっしゃいな」

「ぜひ! なかなか外に出られなくて寂しいのよ。あなたも遊びに来てね」

「お二人とも、仲がよろしいのですか?」


 おずおずと、一人がアティに問いかける。地方の名も知られていな聖女と、都で活躍するアティに接点があるとは思わなかったのか、参加者たちが気まずそうな顔をしてきた。


 地方に神殿はいくつかあり、その中心である総神殿にアティとエヴリーヌは所属している。しかしアティは都に訪れてばかり。都に所属する聖女と思われているのだ。


 そんなことも知らないのか。言いたくなるが、貴族にとっては治療してくれる聖女だけ覚えていれば良いのだろう。

 エヴリーヌにとってもどうでも良いが、アティはその言葉で感じ取ったようだ。ちらりとエヴリーヌを見やり、その令嬢に向き直る。


「友人と会えて、とても嬉しいですわ。神殿で最も仲の良い友人ですの」


 アティのはっきりした物言いに、令嬢が体を竦める。アティは貴族を相手にしているだけあって、社交では百戦錬磨だ。多くの男たちの誘いを軽やかに避け、嫉妬する令嬢たちの嫌味にも動じない。

 自分を敵に回したらどうなるか、令嬢は知っておいた方がいい。その態度がこちらに伝わってくる。しっかりエヴリーヌにウインクをしてきた。やる気だ。


 アティの、任せておきなさいよ! の声が聞こえる気がする。

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