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6−2 聖女の仕事

「すごい声。まだ随分いそうね」

「山間の地下に住んでいるらしい。普段はここまで降りてこないそうなんだが、山崩れがあったせいで、道ができたんだろうな」

「夜中降りてこないように、軽く結界を張っておくわ」

「魔石はないぞ?」

「ないならそれでやるわよ」


 その昔、大聖女が封印を施したように、聖女たちも結界をはることができる。長持ちさせるために魔石を使うのだが、なければそのままで行うだけだ。

 エヴリーヌの返答にビセンテは苦笑いをする。魔石がないと結界が張れない聖女が大勢いるからだ。


 大魔女は広範囲を魔石なしで結界を張った。そこまでの範囲はできないが、狭い範囲ならばエヴリーヌも可能だ。


 エヴリーヌは近くに生えていた花を数輪手にした。先ほど降りてきた坂道に一輪、崖に一輪、森の中に一輪置く。そうして、両手を空へ広げ、魔力を放出した。花を繋げるように光が一本の線を描くと、壁を作るように横へ光が広がった。


「結界だわ!」

「エヴリーヌ様の結界よ!」


 光はそのまま山へ登っていく。魔物の喚き声が一瞬聞こえて、すぐに静まり返った。結界に当たり、逃げていったのだろう。聖騎士や聖女たちが歓喜の声を上げた。公爵の騎士たちは初めて見た結界に信じられないと口をぽっかり開けて眺めていた。


「なんて、神々しいんだ」

 公爵の騎士の一人がぽそりと呟く。公爵騎士の見る目がカリスのように憧れの人を見るような瞳になったので、たいしたことではないと言っておく。そこまでではないので、そんなに感動しなくていい。


「相変わらず型破りだな」

「アティもできるわよ」

「お前ら二人とも型破りだよ。それより、近くに湯が出るところがあるらしいから、聖女たちだけで行ってこい。俺たちは癒しで疲れはなくなるが、お前らは違うからな」

「温泉があるの? 行くわー。みんな、お湯があるって。数人に分かれて行きましょう」


 聖女たちがわっと喜ぶ。使った魔力を戻すには休憩が必要だ。温泉に入るとその力の戻りも早い。疲労回復に良いからだろう。神殿にもお湯を引いているくらいで、聖女たちは温泉好きだ。村人たちも落ち着いているのならば湯に浸かった方がいい。精神的にも参っているだろう。


 何人かに分かれて温泉に向かうが、公爵の騎士たちだけが微妙な面持ちをしていた。地面から出たお湯に浸かるのか? という顔だ。地面の池が沸騰しているような、汚らしい感覚があるらしい。


 平民は簡単に風呂など入れない。貴族の生活と違って薪をそこまで使えない。それならば天然温泉に入る。温まるし、体に良い。地方では当たり前のことだが、都育ちの騎士たちには理解し難いのだ。


(また変に言われちゃうかしらねえ)


 しかし温泉があるのに入らない手はない。山を歩いて足元はどろどろだし、汗で汚いのだから、お湯に浸かるくらい良いではないか。







「ふー。いい湯だった」

 温泉は素晴らしい。聖女の癒し。体も温かくなって、冷たい風が少しくらい吹いても、体が冷えることはなかった。


「奥様、寝床を用意してありますので」

「あら、ありがとう」


 普段は聖女たちはテントでごろ寝だ。女性ばかりなので聖騎士が周囲を守るなど配慮されていたが、外で眠るので大勢で眠った方が安全なため、集まって就寝する。被災地でもくだらないことを考える者はいるものだ。災害地に持っていける物資はそこまで多くないし、自分たちの物は自分たちで持っていく必要もあるため、できるだけ無駄な物は持ってこない。テントは数人で一つが通常だ。

 しかし、公爵夫人の特権。一人テントができあがっていた。


「うわ、助かる」

 テントに顔だけ突っ込んで中を確認すれば、テントとは思えないほど広かった。簡易ベッドがある。机や椅子まで置かれていた。高待遇すぎる。


「公爵夫人ならではね。二年間で慣れたら、離婚後困るわ」

「離婚?」


 小さくつぶやいたつもりだったが、後ろから復唱する声が聞こえて、エヴリーヌは驚いて振り向いた。

 ビセンテが呆然と立ち尽くしている。エヴリーヌは急いで周囲を見やった。騎士たちはいるが、聞こえていないかこちらを見ていない。しかし、ビセンテにはよく聞こえたと、口を開け閉めした。

 急いで手を引いてテントから離れる。


「離婚て、どういうことだよ」

「ちょ、声大きいから」


 木陰に隠れれば、ビセンテが説明を求めた。それも当然か。無理を押しての政略結婚だ。それなのに離婚となれば、聖女を蔑ろにしたと思っても仕方がない。


「違うのよ。えーと」

「離婚予定の結婚だったのか?」

「ああもう、そうじゃないったら」


 ビセンテは興奮気味に食いついてくる。眉を傾げて、エヴリーヌを睨みつけた。拳を握り、今にも誰かを殴りそうな顔をしてくる。

 こうなればいつまでも言い続けるだろう。大声を出されて周囲に知られても困る。

 エヴリーヌは仕方なくカリスとの約束を話すことにした。


「つまり、二年で神殿に帰ってくるってことか?」

「私はそのつもりよ。土地をくれるとか、いろいろしてくれるとは言っていたけれど、聖女の仕事には戻るでしょう。やめる必要ないしね」

「急に聖女を二人奪っておいて、どういう神経してるんだ!?」

「大声出さないでよ。彼だって無理に結婚させられてるんだから、立場は同じなのよ」

「そりゃそうかもしれないけど」

「二年の我慢よ。その間は有事があった際、私の出発が遅れることになるから、それは気になるけど、二年後は神殿に戻れるの。それでいいでしょう?」


 ビセンテは納得できないような顔をしていたが、二年で戻ることがわかり安心したようだ。

 他言しないようにしっかり言い含めておく。自分が漏らしてなんだが、ビセンテは声が大きい。


「二年。そうか、二年だな!」

「そうよ。二年よ。ほら、まだ明日もあるんだから、少しは休んだら? 私は先に休ませてもらうわね」


 妙に喜んで二年を繰り返し口にするビセンテに釘を刺しておいて、さっさと自分のテントに戻った。


(失敗したわ。私も気をつけないと)


 黙っていろとは言われていないが、王に事実を聞かれたら問題になる。ビセンテも独り言が多いので、他に漏らさないでほしいところだ。エヴリーヌもうっかり口にしないように、心を引き締める。


 二年の約束。仕事があれば公爵家を離れるのだから、ほとんど外に出ることになるかもしれない。

 今までとそう変わらないはずだ。家にいない方がカリスもいいだろう。


 そう言い聞かせるようにして、エヴリーヌは眠りについた。

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