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1 プロローグ

 隣にいるのは金髪の色男。

 誓いを口にする前なのに視線は別の女性に向いて、その瞳がエヴリーヌに向くことはない。

 これからエヴリーヌは、公爵子息である彼と結婚する。

 けれど、彼とは、二年後離婚することが決まっていた。







 初めて会った人と出会って間もないうち、すぐに結婚することに貴族らしさを感じて、エヴリーヌは結婚式最中でもため息をつきたくなった。

 神殿長から結婚相手が決まったと伝えられて、地方にある総神殿から都におもむき、自分の相手と対面した。


 隣にいる男、カリス・ヴォルテール公爵子息。


 一度会っただけで、どんな女性でも見惚れてしまいそうだ。エヴリーヌは初めて彼と会った時、思考もなにもかも一時停止するほど、彼を凝視してしまった。


(イケメンすぎませんか?)


 カリスは、エヴリーヌの二つ年上で二十一歳。アカデミーを主席卒業後、魔法士の称号を得て、神殿の聖騎士となり、その後、公爵家の後継として王太子殿下の相談相手となった。


 柔らかな金髪に似合った白皙の肌。整った眉に長いまつ毛、通った鼻梁。薄く朱色がのった唇に微笑みをたたえれば、一瞬で女性を虜にしてしまう。

 剣の腕もあり、頭も良ければ魔法も使える。文武両道。イケメン。その上性格も良いという、できすぎな人物である。


 そのカリスが、吸い込まれそうになる湖のようなコバルトブルーの瞳を、エヴリーヌとは逆側の隣にいるアティに向けては、切なげにした。


 ため息しか出ない。


 癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌとアティ。

 その二人が公爵子息たちに嫁ぐと決まったのは、つい最近のこと。

 聖女たちの結婚式は同時に行われる、合同結婚式だ。カリスの隣を少しあけた先にいるアティは、フレデリク・ブラシェーロ公爵子息を相手とする。


 ベールをかぶっていてもその美しさがわかる、都で一番人気の聖女、アティ。

 金の長い髪、その髪色にあった琥珀色の瞳。愛らしく整った顔。細い肢体。緩やかに笑むだけで男たちが虜になる。アティが素敵なのは、その笑顔の眩しさだ。聖女でなくとも、男たちはアティを取り合うはずだ。


 王太子殿下の決定によってアティの相手はフレデリクに決まってしまったが、エヴリーヌの夫に決まったカリスは、ひたすら拳を握り、耐え忍んでいることだろう。


 この結婚式の間。いや、これからずっと。






 我が国は火山が多く、地震や噴火が頻発した。山の地下には魔物が住んでいて、それが悪さをすると山がお怒りになると言われているほどだ。実際山には魔物が多く、何百年か前には大聖女が魔物の封印を行ったほどである。


 しかし近年、魔物の出没や災害が多すぎて、国の中でも大きく取り沙汰されるようになった。その被害が多くなればなるほど、比例するように王への不信感が募っていった。なんといっても王は気の弱い人で、貴族の言いなりになり、魔物討伐や災害救助を神殿に任せたきり、何もしない。しかも税を上げて、暮らしを苦しくさせる。そこに上乗せするかのように、魔物や災害が増えていく。


 これが王のせいであると人々の口に上がるのはすぐだった。


 そこで提案されたのが、聖女の嫁ぎ制度だ。国民の不満が爆発する前に、聖女を貴族の誰かに嫁がせることにより、その怒りを緩和させようという制度である。


 なにせ聖女は、大きな病も治せるほどの力だけでなく、怨霊などを呼び寄せるような恨みを浄化したり、魔物が現れないように結界を張ったりすることができる、特別な存在だ。 

 その聖女を使うなと反発を招きそうだが、力の強い聖女は普段、魔物の多い、山に近い地方の神殿に常駐しており、貴族が大きな病になった時くらいにしか都に現れない。


 そんな聖女が貴族の妻となり、都に棲家を移動させた暁には、身近に癒しを手に入れられるということで、この制度は貴族だけでなく平民たちにも好評だった。


 聖女からすれば、自分は駒ではない! と憤りそうになる話に聞こえるが、喜んで嫁ぐ例が多い。聖女の中に身分の高い者が少ないからだ。魔物や災害は山際で起きることが多く、聖女は地方に常駐しなければならない。呼ばれれば急いで訪れて奉仕しなければならないため、身分の高い者が行うべきではないという風潮があった。


 そのせいで、聖女は平民や下級貴族が多かった。男爵令嬢がいるかいないか。子爵令嬢は稀、それ以上は皆無である。


(普通に良い家に嫁げるのだから、聖女になる意味がないものねえ)


 聖女とは、自らの力を赤の他人に永遠に奉仕する。それでも食いはぐれることはなく、敬われる立場になるので、人気は高い。貴族に見初められ嫁いでも聖女の力は発揮できるので、貶められることはない。その家に聖女の恩恵をもたらすため、聖女を蔑ろにする者はそういない。


 たまに身分の低さを笑う者はいるが、その時は神殿に逃げ込めば良いだけのこと。聖女を蔑ろにしたとあれば、その後その貴族への恩恵はなくなるだろう。


(かくいう私は、子爵令嬢だけれど)


 聖女の力を持つ貴族はその力を隠すものだが、エヴリーヌは幼い頃に力を爆発させてしまった。両親より隠すように言われていたのだが、大量の蜂が屋敷の者たちを襲い、エヴリーヌが喚き散らした結果、攻撃と癒しの力を隠すことができなくなって神殿に預けられたのだ。

 アティもエヴリーヌと同じ子爵家の子供。あまり裕福ではなく、貧乏が嫌で聖女の道を選んだ。


(それがまさか、公爵子息に嫁ぐことになるとはね)


 両親がこちらを見て泣いている。久しぶりに会ったら結婚しますなどと言われて、母親は気を失いそうだった。相手が公爵子息だと聞いて、結局気を失ったが。


 王の愚行を消すために威信を見せるためとなると、嫁ぐ相手に高位貴族は当然。聖女の中には王へと嫁いだ例もあるので王太子もあり得たが、王太子は結婚したばかりの妃がいる。聖女を嫁がせる際、聖女を側室にはできない。聖女を蔑ろにしたと思われるからだ。


 二つの公爵家には独身の長男が一人ずついた。

 そして、たまたま、現在の聖女の中に、子爵家の令嬢が二人いる。

 公爵子息とも年が同じくらい。丁度いい。じゃあ、さっさと結婚させなきゃ! となったのだ。


 公爵家子息の二人。その相手として選ばれたのが、エヴリーヌ、それからアティだった。

 そして、アティは、美貌と謙虚さを持ち合わせる、聖女の中の聖女と呼ばれていた。


「ここに、カリス・ヴォルテール、エヴリーヌ・バイヤード二人と、フレデリク・ブラシェーロ、アティ・リオミントン、二人の結婚を認めます」


 神殿長の言葉に、結婚式に訪れていた多くの人々から歓声が上がった。

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