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8.


 そうして、私は山の我が家に帰って来たのだった。


「お帰り。レナータ。旅は楽しかったか?」


 何は無くともお礼詣り、と社を訪ねた私を、おっちゃんと村長が泣きそうな笑顔で迎えてくれて、どういう顔をしたものか一瞬は迷ったものの、ハイお陰様で、と真顔で礼を言うに留めておいたが。


 例の番が到着しだい、またご挨拶に来ます。

 土地神様には、そうご報告をした。


 託宣の花模様は、まだ薄っすらと残っている。だが、あの町でいったん別れるその瞬間まで、ジャンカルロ様が事あるごとに嘗めていたし、退役したら爆速でこっちに来ると唸っていたので、完全に消える日もそう遠くないんじゃないかと思う。


 中央に家族が居るのに何もこんな僻地に来ずとも、そうも言ったのだが、だってレナはあの山で薬師がしたいんだろ? の一言で一刀両断。聞けば、番が居る処こそ終の棲家、が家訓だそうで、レンツォーリの一族はそれこそ大陸じゅう至るところに散らばっているのだそうだ。

 ご両親こそ中央に居られるが、ダニエラ様は私の山から馬車でたったの2日、割と近場の小都市にご夫君と家を構えておいでとのこと。

 そこへ、たまたまジャンカルロ様が退役前の最後の任務を終えて訪問し、ダニエラ様に意気揚々と例のコルセットを見せびらかされて頭に血が昇り、飛び出したまでは良かったが、私との追いかけっこが終わった処で休暇も終了。


くそう退役手続きさえ終わっていれば、という呪いの尾を引きながらジャンカルロ様は中央へと戻って行った。


ものすごく怨めしげな顔で、一緒に来ないかと何度も言われ、それは非常に魅力的なお誘いというか何だかもう決定事項のようではあったけれども、かなりな身の危険をも感じた為、山の我が家をスイートホームに改造しておくという誓約(言い逃れ)を以て事なきを得た。のだが、いま冷静に考えると、付いていって、息子がどんなイカモノを番にするか気が気でないであろうご両親にご挨拶をするべきだったような気がしないでもない。……いや、でも、例え行った処で、果たして己が人前に出られるような状態かどうか、全く保証が無いものなぁ………。


だって、よくぞあのまま、あの宿で喰われずに済んだと思うもの。

 窓から落ちた私を助ける為とはいえ、それなりの怪我をさせたというその一点で、ジャンカルロ様は踏み留まれたらしい。

 ただまあ、完全に清らかな身で済んだ気もしない。だって、めっちゃくちゃにマーキングされたもの。もう目印(ペンダント)なんか無くても絶対に見失わんとか唸りながら上書きに上書きをするジャンカルロ様の鬼気迫る目は、多分一生忘れられないだろう。


思い出すだけで遠い目になる私の胸に、それでも件の目印が光を弾く。

万が一にも何かあったら石を割れと、それはそれは繰り返し言い聞かせながら、ジャンカルロ様が手ずから掛けてくれたから。


 この黄金の石を割ると、ジャンカルロ様には勿論の事、レンツォーリ家の方々に私の異変が即座に伝わり、例えジャンカルロ様が来られなくとも必ず誰かが飛んでくる、のだそうで。


 この呑気な村と平和な山で何が起きるものかとは思ったけれど、それくらい大切に想って下さっている証であり。

空恐ろしいと言うか、執念じみてると言うか、………でもやっぱり、嬉しい、かも知れない。


 嬉しがっているだけで約束を疎かにしては恐ろしい事が起きそうなので、各所への御礼行脚が終わってからは、私はせっせと家を片付け、整える作業に邁進している。あのでっかい人を迎えるのだから半端ではない。そのうち増築しないと間に合うまい。万屋に諸々仕入れを頼まねば。


……そう、社はともかく、迷惑を掛けた万屋一家にお礼を言いに行くのは勇気が要った。あれだけ大騒ぎした挙句にのこのこ帰って来て、ばつが悪いったらありゃしない。だが、何があろうと爺さんとダリオさんに頭を下げねば、人でなし確定である。


 私がおずおず店に入った時に爺さんが見せた驚愕っぷりも中々だったが、いや実はあの男前が旦那になります、と報告した時の喜びようと言ったら、……ああ、思い出したら何だか泣きそう。


 良かった良かったこれでアルベルティーナにあの世で良い報告が出来るとおんおん泣いてくれて、それからいきなり悪魔のような笑顔になって、いいかあの男前が何か仕出かしたらすぐさま言えと念押ししてきたので、やはり私が遁走した後でジャンカルロ様に鬼の罵倒を食らわしたのはこの爺さんだったようだ。


 また薬を置かせてくれと頼んだら、ばんばん背中を叩いて、ナンボでも持ってこい! と言うや、何と押し付けて行った薬包分の代金をくれた。いや迷惑かけたし受け取れない、じゃあ結婚祝いだ御祝儀だ、いやいや要らんと店先で爺さんと揉めていたら、呆れ顔のダリオさんにあの時の背負い籠ごと金子も背負わされて店から押し出されてしまって、―――ああ、本当に泣けてくる。

 

 鼻がぐすぐす言い出したので、今日の掃除(ノルマ)は終わりとした。


 得体も知れない私だが、村長も、万屋の爺さん一家も、村の衆も、おバアの弟子ってだけで受け入れてくれて、こんなに良くしてくれるから有難い。


 ……おバアは師匠としてはとんでもなかったし、わざわざド田舎で山暮らしをする変わり者だったが、尊敬されていたのは間違いなくて、縁もゆかりもない私を拾ってくれて、育ててくれて、薬師の術を叩き込んでくれた。おかげで、ひとりになっても生きていけたし、―――本心から恩人だと感謝している。


 だけど、もしも面と向かって恩人扱いしようものなら憎まれ口しか返さない人だと言うのも知っていたから、遂に私は最期までおバアとは罵倒し合うような喧嘩師弟で、それはもう変わりようがないのだけれども、どんな仲だろうと結婚の報告はしなくてはならないだろう。だって、結局、ジャンカルロ様に巡り合えたのはおバアのお陰だもの。


 片づけが一段落した処で、野花を集めて、おバアの墓まで家の裏から踏み分け道を辿る。

 

 おバアは墓まで自分で決めていた。死んだら此処に葬れ、墓標も要らない、埋めたら終いで墓参りも要らないと言い張って空に帰ったが、私はこっそり目印を置いて、時々だけれども花を手向けに行っていて、そのたびにわはははザマアみろ来てやったぞと思ってきたのだが、今回ばかりは至極真面目に手を合わせた。


 アルベルティーナ・アニェッリ。伝説の女傑。医者嫌いの先王陛下が、晩年、唯ひとり信頼していた希代の薬師。


 ―――本当だったとは思わなかった。


 ジャンカルロ様が、流石はアニェッリ、なんて言うから何のことやらと思っていたのだが、笑う私に真顔で滔々とおバアの偉業を説明してくれ、最初は信じなかったんだけど余りにも真剣に言い募るものだから、えっ冗談じゃないんだ? ってなって肝を潰したよ。だってまさかと思うじゃないの。この僻地の粗末な山小屋暮らしでさ。いや確かに私に妙に真剣に読み書き計算までも仕込んでくれて、何処でも生きてけるから好きなとこに行けっていうのが口癖だったけど。まさかさあ。流石は変わり者。頑固婆。でもほんとに感謝してます。拾ってくれて有難う。


「次はジャンカルロ様と来るからね」


 そう遠くない将来、ジャンカルロ様は、きっとものすごい勢いで獣道を踏み分けて来てくれるだろう。躰は大きいけれど、流石は熊で、滅多矢鱈に敏捷なのだ。もしかしなくても道幅が広がるかもしれない。


 想像したら笑えてきて、さあ家に戻ろうと踵を返したら……何だか綺麗な、大きなモノが待ち構えていて、ひょっと勢いよく抱き上げられて目が回った。


「早すぎない!?」


「散々お預け食らって、遅すぎたくらいだよ」


 何て事を言うんだろうこの熊は。


「手続き終わったの?」


「おう。これでもうずっと一緒に居られる。何処にも行かねえから覚悟しとけ」


 首元に鼻を突っ込んで、すんすんしながら言うから擽ったくて仕方ない。


 片手で軽々と私を子供抱きして、鼻だの顎だの滅茶苦茶に擦り付けてくる、結構な年だと思うんだけれども子熊かってくらい甘ったれてくる男が、私の伴侶。


 土地神様がくれた、私の番だ。


 この温かくてでっかくて、保護欲の塊みたいな優しい熊と、これからずっと、どちらかの命が尽きるまで一緒に生きて良いんだと思ったら、もう、めっちゃくちゃに幸せで。


 自分からジャンカルロ様の首に抱きついて、くっついて、足りなくて、脚も巻き付けてしがみついたら、ジャンカルロ様が喉の奥から本当に熊かっていうほど低くて凶暴な唸り声を上げた。


 抱き締められて、齧り付くみたいにキスされて、―――酸欠で、意識が落ちた。



 <了>


最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。


今回のネーミングはイタリア圏。

タイトルとヒロインの名前、窓から落ちる処だけ先に降って来て、ストーリーは何となく決めたのですが、レナータは『生まれ変わる、再生する』という意味だそうで、おお割と合ってるかも、と少々驚いた次第です。

熊の名前に至っては、響きだけで候補をピックアップして、よっしゃと決めた後で意味あんのか? と思って調べたらなんと『神の勇敢な贈り物』 あるんですね、こんな事。それで最初は占い婆を出そうかなあと思っていたのが土地神様に。結果的には良かったような気がしています。


粗も多々ございますが、ここまでお目通し下さいまして、重ねて御礼申し上げます。

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