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4.


 旅の方をお助けした、そのすぐ後に、村の祭りがあった。

  

 三年に一度の事なのだが、国教の神様とは違う、古くからの土地神様を奉って変わらぬご加護をお祈りする祭りだ。鄙びた村だから祭りもささやかなものだが、土地神様のお社からお清め行列が賑々しく村中を廻って、家内安全とか子宝祈願とか豊作祈願とか商売繁盛とか、もう何でもかんでもお願いして、奉納舞と称して舞って歌って、ご馳走を供えて、そのおこぼれで村中でどんちゃん騒ぎをする。


 おバアはこの祭りが大好きで、何があろうと参加して、おとっときの薬草酒を振舞うのがお決まりだったのだが、実は私はあんまり好きではなくて、幼い頃に問答無用で連れて行かれた以外は、留守番するのが常だった。

 なんだけれども、おバアは居なくなっても、彼女が最後に仕込んだ薬草酒はしこたまあるし、私は呑まないし、置いておいても仕方ないしと、私は祭りの前日に甕を背負って村に降りた。


 村長に甕を預けて、何とはなし浮かれているお社に詣って、皆の準備を見るともなく見ていたら、ふ、と後ろに誰かが来たような気がする。振り返ったら、知っているような知らないような子供がひとり、ニコニコしながら手を差し出してきた。


 こんな子、居たっけな? とは確かに一瞬思ったのだが、祭りの時は、村を出て中央に働きに行った人たちが戻って来ていたりもする。そのうちの誰かの子だろうと、あまり深く考えずに私はその子の手を取って、余りにもひんやりしているので、つい、ごしごしと摩って温めようとしてしまった。


「つーめたいなあ、いつもこんな感じ?」


 子供は体温が高いものだし、手だって温かい事が多い。そう言えばこの子はちょっと貧血気味かな? という感じの、線の細い色白ちゃんである。


「飴、好きかな? これはね、薬草と蜂蜜の飴。嘗めるとちょっとぽかぽかするの。ぴりっとするけど、不味くはないと思うよ」


 たまたま、ポケットに試作品の飴を入れていたので、紙包みのまま、ちいさな掌に乗せてあげた。首を傾げて眺めているので、ああやっぱり町育ちの子かと気が付いて、山の薬師から貰ったんだけど食べて良いか後でお家の人に訊いてみな、と言ったら、ふんわりとそれはそれは可愛らしく笑って、大事そうにポケットにしまってくれて、ほっこりした。


「お姉さんは、お山の薬師さん? お婆ちゃんは、今年は来ないの?」


 細くてきれいな声で尋ねられて、ああ、と思った。


「おバアを知ってるの? おバアはね、お空に帰ったの」


「そうなの。じゃあ、お姉さんは、ひとりでお山に棲んでるの?」


「うん」


「怖くない?」


「怖くないよ。慣れてるし、お山は静かで綺麗だよ」


「ふうん」


 その子は、再び私の手を取ると、今度は私を摩りながら、ゆっくりと言葉を継いだ。


「お姉さんは、優しくて、良い人だからね、今はひとりで淋しいかも知れないけど、もうすぐお姉さんだけを大事に大事にしてくれる、立派な人が現れるよ。すごくかっこいい人」


「えええ?」


 何を言っているのか、そう思ったが、目の前の子供は真剣な、深い光の目をしていた。

 子供らしからぬ声で紡がれる言葉。

 何か不思議な生き物が目の前にいるような、景色がゆらゆらしているような。


「お姉さんの、運命の人。ああ、………(つがい)って言ってるから、きっと獣人族だね。見た目はヒト族と変わらないけど。大きいなあ。すごく大きい。それでね、お姉さんをね、大事に大事にしてくれる、だけど」


「…………だけど?」


 子供の戯言だ。そう判っていたけど、訊き返さずにはいられなかった。


「その人を、番であることを受け入れるとね、お姉さんは死んじゃうから、気を付けて」


「―――は???」


 何かとんでもない事を言われた気がして訊き返した時にはもう誰も居なくて、私は茫然と瞬きし、周りを見回し、また目の前を見て、足元を見て、自分の手を見て、左手の母指球の真ん中に未だかつて見たことが無い銀色の花びらみたいな模様が浮き出しているのに仰天した。


「何これ」


 擦っても取れないし、引っ掻いても取れない。何だこれ。つい今しがたまで絶対にこんなものは無かった。今の子が何か捺していったのかとも思ったが、取れないってどういう事よ。


 私が終いにはムカデ踊りのようになって服に掌を擦り付けては眺めているのに気が付いた人々が、どうしたどうしたと寄って来て、母指球の花柄を見るやものすごい叫び声を上げるものだから、ちょっと離れた処に居た筈の村長と社の管理のおっちゃんまでもが走って来て、私の手を見るなりやっぱり奇声を上げた。


「レナ、レナータ、お前さんこりゃ」


「ねえ村長、これ何?どーうやっても取れないんだけど」


「あッ馬鹿者、擦るんじゃない」


「ご託宣ですよ、レナータ、ご託宣!」


 ………それは何すか。という勿怪顔の私に社のおっちゃんが言うには、それは土地神様のお印なのだと。こうして祭りの準備をしていると、ごく稀に見たことがあるような無いような人が現れて、選ばれた者にだけ託宣を授けてくれるんだ、と。


 その託宣とは、言ってみれば予言のような、この先に起きる大切なことを教えてくれるのだと言う事なのだが。


「…………するとつまり何ですか、私はこの先、獣人族に見初められて、大事にしては貰えるけれどもポックリ逝くと、そういう事になりますが」


「……………………」


 周りの人が揃って何とも言えない微妙な顔で私を見るが、だってそう言ったんだもの。


「えーーーーっと、それはつまり、…………夜が激し過ぎて的な」


 誰かが思わずと言った風に呟き、居た堪れない沈黙が再び満ちる。確かにね、獣人族の方々の愛情表現の激しさは有名ではあるけれど。

 気まずげな咳払いがあちこちから聞こえる。いや、一番気まずいのも居た堪れないのも私だからね?


「託宣が間違うってことは無いんですか? だってまず、どうやったらこの僻地で獣人族に見初められる可能性があるのかってところから疑問しかないんですが」


 気を取り直しておっちゃんに訊ねてみたが、彼も実際に託宣のお印を目の当たりにするのはコレが初めてだから詳しい事は判らないと宣う。そんな馬鹿な。おっちゃん、あんたいま幾つだ。

 ぐるんと村長に向き直ったが、村長も思案投げ首状態である。まったく頼りにならない。


「いや、俺の伯母がさ、託宣受けたってのは聞いてるんだが、…………きちんと当たったらしいぞ」


「村長の伯母さんって………この村始まって以来の才媛と名高く、奇跡のように後援者が現れて中央に進学して、しかも官庁に就職して大層な大家の息子に見初められたっていう、伝説の方ですか…………?」


「そう。勉強を続けろ、挫けるな、絶対に良い事があるから、チャンスが来るから食らいつけと」


「私の託宣と似て非なるモノじゃないですそれ?」


 こっちは言ってしまうと死刑宣告なんですが。


 とはいえだ。そもそもの大前提として、この地で獣人族に出くわす自体が無茶な話で、つまりはあんまり気にしなくても良くないか。

 何とかして気楽に考えようとしていたのに、村長が爆弾を投げてきた。どうも口から考えが駄々洩れていたらしい。


「水を差すようだがなレナータ。お前さんがついこないだ助けた旅のご婦人が獣人族じゃなかったか?」


「!!!!!」


「お前さん、問われて名乗っただろ? そして、あちら様が払おうとした金子を頑固に受け取らなかった。……随分、お前さんの事を買っておいでだったからな、どなたかがこちらまで訪ねて来るか、親切心で推挙されて中央から招集が掛かるか」


 冗談抜きで止めて欲しい。私はここの呑気な山暮らしが心の底から気に入っているのである。あらゆる意味で、お礼参りも呼び出し食らうのも、本当に、ほんとーーーーーうにご免こうむるのである。


「判りました、まさかの事態で見初められちゃったとしましょう、でも受け入れなければ良くないです?」


「…………………そんな事が可能だと思うか…………………?」


 私は渋面にならざるを得なかった。


 獣人族と言うのは、たいそう絆や家族を重んじる愛情深い種族で、そこまでは良いのだが、一途に伴侶を求めるあまりに悪い意味でも粘り強く、場合によってはえらいこと性質が悪い付き纏い(ストーカー)のようになってしまう方がいらっしゃると言うのは、こんな僻地でも知られた話である。


 何て迷惑な。


「いや、でも、……私ですよ? 自分で言うのも何ですけどこのトリガラギョロ目」


「そんな事ねえって。レナータは、…可愛いって」


「いま変な間がありましたよね?」


 私の自虐をフォローしようとした社のおっちゃんが気まずげに口を噤む。いいんだってのに、そんなに気を遣わなくても。自分の事は自分が一番よく知っている。

 伸ばし放題の焦げ茶の癖毛は陽に当たり放題でぱっさぱさ。背丈だけは人並みまで伸びたが肉は薄く、当然、胸も尻もごくなだらか。辛うじて大平原ではない程度である。顔に至っては、さっきギョロ目と言った、それに尽きる。おバアが拾ったばかりの頃の私を思い出しては、痩せこけた顔にでかい穴が三つ開いてた、と笑っていたが、今でも大して変わらない。幸い、鼻ぺちゃではないので、穴が三つの間に小高い山がある。そんな感じである。山暮らしの割には色が白いのだけが取り柄だ。いや違う。今はそんな話と違う。


「ええと何だ、概ねの処は理解しました。限りなく見初められる要素は薄いと自負しますが、世の中、とんだ落とし穴もありますからね。万が一、イカモノ喰いの獣人様だった時に備えて、私はこれから逃亡の準備を致しますので悪しからず」


「あ?」


 村長が口をぽっかり開けたが、私の心は決まっていた。


「大変に有難い神様のお告げかも知れませんが、私はまだ死にたくないんですよ。申し訳ありませんが、敵が来襲する前に逃亡いたします。今から作れるだけ薬を作って万屋に納めますね。欲しいものがお有りでしたら今のうちですよ。では、いざと言う時ご挨拶が出来るか判りませんので、皆さま、今まで有難うございました。ご健勝であられますよう」


「待て待てレナータ早まるな!」


 村長が何か言おうとしていたようだが、私は深くお辞儀をするなり、とっとと社を後にした。時間の猶予がどれだけあるのか判らない。一連の出来事は未だに半信半疑であるけれど、どうやっても母指球の花模様は取れないし、思い返せばあの子供は大変に浮世離れしていた。もう顔も思い出せないし、男の子だったか女の子だったかさえ曖昧なのだけれど、あの細くて透き通った声だけは耳に残っている。


 …………お姉さんだけを大事に大事にしてくれる、大きくてかっこいい男のひとが現れるよ。


 小走りに山の我が家へ戻りながら、私はぶるぶると頭を振って、耳の中から託宣の声を払い落そうと頑張った。


 そんな人が居るわけが無い。伴侶など要らない。私はもともと独りだ。麓の村の誰ひとりとして心当たりが無い捨て子、いつ誰がどうやって置いて行ったかも判らない、突然、山中に湧いた子供だったのだ。おバアもよくぞ拾ったものである。育てて貰っておいて何だが、気味が悪くはなかったのだろうか。まああのおバアの場合、例え魔物の子だったとしてもビシビシ躾けて下僕か使い魔にしそうな人ではあったので、……つまりはそういう事だったのかも知れない。


 そんな事よりも今は逃げる算段である。

 ようよう家に辿り着き、私は腕を組んで頭を捻った。

 麓に卸す薬を、とにかくありったけの材料で調薬し、簡単な調合や採取の術を書き残さねばならない。それに、持ち出すものを選別し、マジックバッグに詰め込む作業もある。おバアの遺したこのバッグは、一見ただのちっぽけな肩掛け鞄なのだが驚きの大容量で、目一杯両手を広げて抱え込めるほどの薪を二束がとこ詰め込んでも楽勝である。家財道具の大半は諦めなくてはならないが、ちまちま貯めた金子は元より、おバアの調合レシピと自分のレシピを書き溜めた分厚い束になけなしの着替え、道中換金出来そうな薬草とか小さい魔道具くらいなら何とかなる。よし。


 悩んでいる時間がもったいない。

 私は、腕まくりして作業に取り掛かった。麓の村には世話になった。逃亡宣言はかましたものの、出来る限りの恩は返してから逃げねば、ヒトの道に悖ると言うモノだ。


 冬に備えて、薬種の備えはそれなりにあったので、調薬にもそれなりの時間が必要だった。私は文字通り寝食を削り、ひたすらに作業に打ち込んだ。とはいえ、そんなに何日間も根を詰めていた覚えは無い。いや、実際に何日やっていたかは曖昧なのだが、少なくとも、あの託宣から五日は経っていない筈である。それは食糧の減りで確かだし、何度も言うけれどもここは中央から遠く離れた僻地、獣人の方々がおわすであろう国の中心部からは馬車を飛ばしても一週間は掛かろうかというド田舎で、そこから更に山を分け入った、その道ですら最近は私しか通らないから既に獣道も同然、恐らく村長も万屋の爺さんももう来られないだろうという程のとんでもない処にあるボロ家なので、まだまだ時間はある筈で、だから予想も何も出来るわけが無いのだ。


 水を汲みに出たら目の前に満面の笑みを浮かべた美丈夫が湧いて出るなんて。

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