英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない
連載を考えている作品です。
10万文字越えて完結の形をとれそうになってから投稿していこうと思うのですが、評価や感想の中で期待する展開等を頂き参考にさせて頂ければと思います。
「おっさん! ぶっころされてえのかよ! ぼっ……けええええ!」
冒険者ギルドの酒場に少年の怒声が響き渡る。
驚いた冒険者達はその声のするテーブルに目を見遣る。
視線の集まるそのテーブルでは三人の少年少女と年の離れた男が囲んでいた。
「おい! リア、テメエも何か言ってやれ! このおっさんによ!」
青髪の少年に声をかけられた少女は金髪の美しく長い髪をいじりながらそっぽを向きながら言い放つ。
「はあ……おじさんさあ、今日何回死にそうになったと思う? もうさ、やめたら冒険者? っていうか、ケン。あたしに振らないでくれる?」
「ぼっ……けぇええええ! こういうことはパーティー全員のだろうが! おっさん、とにかくぼーっとつったってんじゃねえよ! なんかもうそれ見るだけでいらいらするんだよ!なあ、ニナ!」
銀髪の少女はニコニコと笑みを浮かべ頬に手を添えながら口を開く。
「そうですねえ~、もうちょっと頑張ってもらえたらうれしいんですけどね~。それとも、パーティーを抜けたくてわざと手を抜いているとかですかね?」
三人の刺すような視線を受け、年も倍以上、四〇に近い男はもじゃもじゃ赤茶の頭を掻きながら苦笑いを浮かべ答える。
「いやあ、別にね。そんなつもりはないんだよ。申し訳ない」
ガナーシャ・エイドリオン。
赤茶のもじゃもじゃ髪の男の名である。
この街に来て三か月。ガナーシャは、パーティーメンバーである少年少女三人に何度も詰め寄られており、この街の冒険者たちは見慣れた光景に対し思い思いの表情を浮かべている。
少年少女の剣幕に苦笑いする者、幼い彼らに怒られている男を嘲笑う者、無礼な少女たちに眉をしかめる者。だが、大半は少年少女の言い分に対して理解を示していた。
というのも、ガナーシャは、一般的な冒険者から見れば歓迎されない存在なのだ。
彼の職業は、黒魔法使い。
黒魔法使いは、火・水・風・土の四大属性魔法や、聖闇という強力な特殊属性でもなく、魔力そのものを変質させ、相手を弱らせたり、邪魔をしたりするといういわゆる『いやらしい』魔法を使う魔法使いであり、イメージもよくない。
そのうえ、ガナーシャは40になる手前、よほどの実力者でなければ、雑魚モンスター狩りといった雑用的な仕事しか出来なくなる体力の落ち始めなのだ。しかも、ガナーシャは足が悪いらしく、『足が痛い』が口癖だ。
一時的に『お試しで』パーティーに参加させてもらっても、次は呼ばれないことが多い。
なので、むしろ、今のパーティーが三か月続いていることが奇跡に近い。
なんだったら、今日こそ追放かと賭けに興じる者もいる始末だ。
「まあ、追放されても仕方ないかなとは思ってるよ。ダメなら追い出してくれればいい。だけど、まだチャンスをくれるというのなら、もう少し君たちと一緒に冒険させてほしい」
「……! 勝手にしろ! くそが!」
「……もう寝る」
「はい、というわけで、ガナーシャさん、引き続きよろしくお願いしますね」
去り際のニナのその一言で今日の賭けの結果も出た。
大半の者が悲鳴を上げる中、にやにやと笑みを浮かべながら金を回収して行く者がちらほら。その数人はガナーシャに礼を言って小銭を渡し、再び酒を呷り始める。
ガナーシャは今日の勝者から貰ったコインを手の中でいじり、やっぱり苦笑いを浮かべながら、安酒を呷る。
「ふう~、いやあ、足が痛いなあ……明日も冒険か……なんか、いつもより足が痛い気がするなあ」
ガナーシャは、足を念入りに擦りながら、一気に酒を飲み干し部屋へ戻ろうとする。
酔うのが怖いガナーシャなのでほぼ素面に近いのだが、少し足を引きずって歩くので酔っ払って足取りが重いと勘違いした冒険者がガナーシャの話をし始める。
「ガナーシャ、また、怒られてたなあ」
「まあ、仕方ないだろう。なんたって黒魔法使いだからな。しかも、満足に動けないんなら猶更だ」
「大体、あの英雄候補共はなんだって黒魔なんか入れたがったんだ」
「さあてね。まあ、支援孤児って話だし、見下せるような存在が欲しかったっ……ってぇええええ!」
「おいおい、酔ってんのか? すっ転ぶなんてよお……まあ、あのおっさんはいずれにせよ、見下されてるって話だよな、やだね、ああはなりたくないもんだ」
ガナーシャは、まるで聞こえていないかのように身体を一定に揺らしながら歩いていく。
(いやいや、言われたい放題だね。まあ、僕のことはいいんだけど……)
ガナーシャは、リア達の事を思い浮かべる。
彼らの言う通り、リア達は孤児だ。
だが、才能のあった彼らは『支援者』と呼ばれる存在から支援を受け、その才能を開花させ英雄候補と呼ばれるようになった。
【始まりの英雄】ハアト。
はるか昔、始まりの魔王を倒しそう呼ばれた存在がいた。
そして、それから時は過ぎ、今から百年ほど前に、六大魔王と名乗る者たちが魔物を率いてこの世界に現れる。
その六大魔王の一人を倒したブレイ・ハアト。ハアトの名を継ぐ男が英雄と呼ばれ、それから、ハアト、そして、ブレイの後を継ぐ存在を生み出すべく各国が動き始めた。
ガナーシャ達のいるウワンデラ王国も勿論英雄を生み出そうと様々な策をとってきた。
その一つが〈英雄候補〉の称号だ。
王国が才能ある者と認めた者に授ける称号で、これを持つ者は冒険者ギルドでも優遇される。
その称号をリア達は持っている。
だが、その分嫉妬も酷い。特に孤児出身という事でこれ見よがしに嫌味を言ってくるものもいた。
ガナーシャは、大きなため息を吐き部屋へと入る。
部屋は一人部屋だ。
流石英雄候補というべきか、リア達はダンジョンの宝庫と呼ばれるこの街【タナゴロ】でも危なげなく冒険者ギルドからの依頼をこなし、収入は安定していた。
本人たちは、孤児院での狭い暮らしの反動か個室を望み、それぞれで一人の時間を過ごしている。
ガナーシャはそこまで魔物を倒して活躍しているわけではないが、四人中三人が個室を希望しているのでみんなに倣って一人部屋を借りている。多少の居心地の悪さはあったが今となっては慣れてしまい、借り物の部屋ではあるが足が痛い自分の過ごしやすい物の配置に変えそれなりに楽しんでいる。
「でも、贅沢に慣れるのはなあ……」
そう言いながら、ガナーシャは、光っていた平たい水晶のついた魔導具を手に取る。
それは、〔伝言の魔導具〕。
同じ魔力紋を持つ水晶同士、決まった相手との文字のやり取りが出来る魔導具であった。
「これは……実家から、シーファからか」
ガナーシャは、妹の名を見てほっと胸を撫でおろす。
両親からの連絡でなくてよかった。両親からの連絡であれば内容は一つしかない。
だから、妹からでほっとした、はずなのだが、内容は両親と同じものだった。
『お兄様へ 冒険者をまだ続けるつもりですか? いい加減、エイドリオン家を継ぐとお父様たちに伝えた方がお兄様の為ですよ。でなければ、私が継ぐことになってしまいますよ?』
エイドリオン家は、それなりの貴族であった。ガナーシャは次男だが、長男は病弱で、本人も両親もガナーシャに継がせたいと考えている。
だが、ガナーシャはそれを望んでいなかった。貴族の世界はどうにもガナーシャには息苦しかった。そういう意味でも、シーファが継ぐのが良いとガナーシャは考えていた。
なので、ガナーシャは、伝言の魔導具に魔力を込め文章を打ち込んでいく。
『シーファへ 僕も君が継ぐのがいいと思うよ』
そう送るとすぐに魔導具が輝き、シーファからの返事が映される。
どうやらガナーシャの返事を待ち構えていたようだ。
ガナーシャは苦笑いを浮かべながら水晶の文字を見る。
『一度、実家へ帰ってきてください。相談しましょう』
『今は、英雄候補様と一緒だから、また機会が合えば』
そう送って、ガナーシャはエイドリオン家と繋がっている伝言の魔導具を鞄の中に押し込み見ないようにする。
ガナーシャはベッドにもぐりこみ足を擦りながら寝てしまおうと目を閉じる。
「ああ、足が痛い……いたたた……」
次の日、ガナーシャは鞄の中でちかちか光る魔導具を無視して、冒険者ギルドでリア達を待つ。
「おはようございます。ガナーシャさん」
最初に来るのはいつもニナだ。
ニナは、毎日早朝に教会で祈りを捧げてからやってくるので遅れたことがない。
短めの銀髪は綺麗に整えられていて、白い肌もすっと通った鼻や大きなたれ目気味の瞳もすべてが完璧と言える。
そして、服装も治癒術師らしい清らかで慎まし気な……主張の激しい胸を除いてすっきりした服装だ。
「ふふ、ガナーシャさん、女性はそういう視線に敏感ですよ」
「あ、いやあ、すまない」
ガナーシャは、ニナからの指摘に気まずそうに視線を落とし頭を掻く。
ニナもそこまで気にしてないようで、口元を手で隠しくすくす笑っている。
「おっす」
次にやってきたのは、ケンだった。
朝から稽古をしていたのだろう。汗が幾筋も流れている。
だが、疲れている様子はなくむしろ気の充実というか何とも言えない迫力があり、冒険者ギルドの強面達もその迫力を感じながら見ないように通り過ぎている。
「ケン、今日も稽古してたの?」
「当たり前だ。アシナガ師匠が言ったんだ。どんなくそみてえな目にあってあせっても同じように力を出せるよう準備しとけってな」
ケンはそう言いながら今も手の中でルクの実と呼ばれる木の実を握って遊んでいる。
「おっさん。おっさんも鍛錬くらいしたらどうだ、ちったあよ」
「そ、そうだねえ……あはは」
「ち! くそが」
ケンは、埒が明かないと思ったのか、舌打ちをするとガナーシャに背を向けて、身体の動きを確認するようにゆっくりと動かし始めた。
そんな気まずい時間が少しした頃、リアが慌ててやってきた。
「ごめん! 遅れた!」
リアはぼさぼさの髪のままやってきた寝癖があってもその長い金髪は美しく、もじゃもじゃ頭のガナーシャは羨ましく思っていた。いや、髪だけではない。健康的で潤った肌、少し勝気そうな釣り目の大きな瞳、整った鼻や口、そして、細いながら活力漲っている身体。 そのどれもが美しくまばゆいものでガナーシャはもちろん、冒険者ギルドの男たちは目を細めていた。
彼を除いては。
「おい! リア、おせえんだよ!」
「だから、ケン、ごめんって! ちょっと気づいたら寝てて……気づいたら寝坊してて」
「まあまあ、リアのこの感じを踏まえて早めに集合時間を立てているんだからいいじゃない、ねえ」
ニナがケンとリアの間に入り仲裁を始める。
ガナーシャもここは年長者としてなんとかしようと手を挙げる。
「あー……ひとまず、行こうか。ね? おじさん、足痛くて立ちっぱなし辛いからさ。すまんね、ケン、気を使ってもらって」
そう言うと、リア・ケンからキッと睨まれる。
「てめえの足のためじゃねーんだよ!」
「はいはい、待たせてごめんね、おじさん!」
そう言いながら二人はガナーシャの両サイドを通って冒険者ギルドの中に入っていく。
「ご苦労様です」
ニナはそう言って笑いながらガナーシャの目の前を通り過ぎ、ガナーシャも足を少し引きずりながら中へと急ぐ。
冒険者ギルドではスムーズに手続きが終わる。
英雄候補は冒険者ギルドでも優遇されているので、手間取ることはない。
今日の依頼は『【黒犬のあなぐら】での黒犬討伐』だ。
黒犬は、ほとんど狼なのだが、そう呼ばれている。
四、五頭群れていれば普通の冒険者であれば厄介だが、英雄候補からすれば割と簡単な依頼の部類に入る。
「よし、じゃあ……装備品の確認ね。破損とかあったら教えてね。あと、体調が悪かったりとか不調な部分があれば教えて」
リアが全員にそう呼びかけ、真剣に装備品の確認をし始める。
装備品の破損は時に致命傷になりうる。丁寧に確認をしていく。
リア達は彼女らを導いてくれた人物の教えを守り、やりすぎと言われるレベルまでやっていく。リア達と同じパーティーであるガナーシャも自分の持ち物を丁寧に確認していく。
「はっはっは! おっさんの臆病かぜがうつったか?」
それを遠目に見ている粗忽な冒険者たちはリア達を見て、笑っていた。
「てめっ……」
「ま、まあまあ、ここで喧嘩する元気があるなら、ダンジョンで頑張ろう。ね?」
ケンが笑う冒険者たちに行こうとするのをガナーシャが抑える。だが、少年と大人にも拘らずケンの力があまりに強すぎて、そのままズルズルと引っ張っていかれそうになる。
「ちょっ……ケン! やめなさい!」
それを見たニナとリアに抑えられ漸くケンが止まる。
ガナーシャは、足に縋り付いているだけでほぼ寝ているような状態で苦笑いしながら立ち上がる。
「あはは……まあまあ、ああいう奴にはきっと天罰が下るからさ、放っておこう、ね?」
「はあ!? 天罰? ぼっ……けええええ! 天罰なんて、神のクソ野郎なんて信じるかよ! オレが信じるのはあの人だけだ!」
そう言ってケンは先ほどの冒険者をにらみつける。
女に抑えられた腰抜けと思ったのか、冒険者たちはにやつきながらケンに近づこうとして足を滑らせてこけた。
「は……?」
「も、もう! ケン! 行くわよ! 面倒ごとを起こさないで!」
ケンも間抜けに転んだ男たちに気が抜けたのかリアに引っ張られながら去っていく。
そして、冒険者ギルドを出たところで、再び集まりリアが声をかける。
「はあ、まったく……それで準備はいい?」
「問題ねえよ」
「うん、大丈夫よ」
「あ、あのー……」
ケンとニナが頷く中、ガナーシャが申し訳なさそうに手を挙げる。
「あの、足が痛いんだけど、今日はお休みにしたりは……」
「「「ダメ(だ!)(です)」」」
三人が声を揃えてガナーシャの意見を却下する。
「あのね、例え大発生の恐れがなくても、いえ、恐れがないように、こういった討伐依頼が組まれるのよ。その重要性を理解して」
リアの言葉にガナーシャは苦笑いを浮かべ頭を掻く。
大発生。
それは、本来ダンジョンでしか生きられない魔物が、何らかの理由で大量発生し、魔力を求めダンジョンを飛び出す現象だ。場合によっては、街が滅ぶ大災害にもなりえるため、冒険者ギルドでは各ダンジョンの魔物を定期的に討伐することで大発生を未然に防いでいる。
「ああ、そうだよね。ごめんごめん。じゃあ、行こうか」
手をこすりながら苦笑いを浮かべるガナーシャのその言葉に、ケンは眉間に皺を寄せたがそれ以上は何も言うことなく進んでいく。ニナも圧ある微笑みでガナーシャを見ると歩き始める。
リアもガナーシャをじとーっと見て歩き出そうとし、
「あ!」
と、声を上げる。
「どうしたの?」
「指輪、忘れた……」
リアは、自身の人差し指をじっと見つめ顔面蒼白で震えている。
「いやいや、リアさん指輪って重要じゃない……」
「アシナガ様がくれたの!」
「「行ってこい(いってらっしゃい)」」
ガナーシャの言葉をリアがかき消し、ケンとニナの揃った声でリアは駆け出す。
ガナーシャは、はあとため息を吐いて足を擦り続けた。
「アシナガ、ねえ……」
「おい、アシナガ師匠を悪く言ったら殺すぞ」
「ガナーシャさん、アシナガさんだけは悪く言ってはいけませんよ。……天罰が下りますよ」
「わ、わかったわかった。ごめんよ。今後気を付けるよ……うん」
アシナガというのはリア達の支援者の名前だった。
ケン達を幼いころから支援し、成長してからも装備品などを含め色んなものを支援してくれる存在でケン、リアはもちろん、ニナも尊敬する存在なんだが、ガナーシャはそうではなかった。
とはいえ、自分には何も言う資格はないかと足を擦り続けリアを待ち続けた。
ダンジョン【黒犬のあなぐら】でもガナーシャの出る幕はなかった。
「喰らいなさい! 〈大火球〉!」
リアの攻撃魔法は強烈で次々に黒犬たちを焼き尽くして炭にし、
「どらあああああああ! しねええええ!」
ケンは黒犬の攻撃を躱しながら一刀で首を落とし、死体の山を築き、
「はいはい、油断はしないようにね」
回復魔法の出番がない為に、完璧な強化魔法でニナが二人を支えていた。
こうなると、手を出さないのが吉と、ガナーシャは自分の役割の中心となり始めた情報収集・整理に努める。長年の経験からダンジョンの『今の構造』を見て分析し罠の位置や休憩の出来そうなポイント、そして、魔物の状態などを考える。
その結果、ガナーシャは足を擦りながら苦笑いを浮かべる。
「どうしたの? 何かあった?」
全滅を確認し、魔石回収をケンに任せたリアがガナーシャの方に歩いて尋ねてくる。
「ああ、いやあ、そのね……この先の部屋、ちょっと良くないかなあって」
「罠ってこと?」
英雄候補の活躍によってガナーシャの役割は情報収集・整理そして、罠の発見となっていた。
なので、ガナーシャのその良くないは罠の話だとリアは考えていたのだが、ガナーシャはゆっくり首を振る。
「まあ、確認した方がいいでしょうし、行きましょうか」
そして、先の部屋に続く通路で身を隠しながらガナーシャは頭を掻く。
「ああ、やっぱりかあ……」
「な……!」
「マジかよ……!」
「まあ……」
リア達が目を見開きながら息をのむ。
その先には、蟻か何かのようにわらわらと群がる……黒犬の群れだった。
本来、犬であっても狼であってもここまで群れることはない。
異常な光景。
そして、それが意味するものは誰もが理解していた。
「大発生……!」
「まあ、大発生の卵ってやつだね。あの奥の、大きな卵みたいなやつ。あれが、異常に肥大化したダンジョン核。あの中に、今のあれ以上の黒犬の素が入っていて割れたら……まあ、大発生だろうね」
「ガナーシャ、あと、どのくらいだと思う?」
リアの真剣な目の問いかけに、ガナーシャもまた応える。
「あれだけの状態。明日、いや、今夜でもおかしくはないかな」
全員の緊張感がさらに張りつめていく。
黒犬は彼らからすれば手ごわい相手ではない。四、五匹であったとしても。
だが、目の前にいるのは間違いなく百匹近い。
それが一斉にかかってくれば……。
そして、その奥の卵が割れれば……。
街が蹂躙される光景が頭に浮かびリアは頭を振る。
ケンもニナも瞳を揺らし戸惑っている。
ガナーシャは……リアをまっすぐ見つめていた。
ガナーシャは、才能ない冒険者だった。
だから、命の危機も何度も迎えなんとか生き延びてきた。経験値だけは豊富なのだ。
リアは、ガナーシャの瞳に問われた気がして、自分の人差し指に嵌まった指輪に視線を落とす。そして、握りこぶしを固め、考える。
その時だった。
「足が痛い」
ガナーシャのその一言に。だれもがぽかんとなり、そして、目を吊り上げた。
「ちょっとあんたこんな時にまで何を……!」
「僕は、足が痛い。みんなは? 痛いところはないですか? 状況確認をしましょう。治しておくにしても魔力を節約するにしても今情報を共有しておきませんか?」
ガナーシャは苦笑いを浮かべながらゆったりした調子で静かに語りかける。
リアはぼーっとその様子を見ていたが、急にはっとし、
「そ、そうね……あたしは……ちょっと身体全体に疲労を感じる。長期戦を覚悟するなら今回復しておきたい」
「俺は、いけるぜ。ただ、武器が不安だ。おっさん、剣を借りておいてもいいか」
「私は問題ないですね。魔力もおかげさまで温存できていますし」
「僕は、足が痛いくらいだ。みんなのお陰で魔力も十分。体力はまあもともと少ないからそこまで減ってはないかな」
それぞれの声を聞き、情報を受け、リアは考える。
先ほどまでと違い、靄がはれたような感覚。あとは、判断するだけだ。
「じゃあ、決をとるわ。いえ、覚悟を聞かせて。いずれにせよ、一刻を争う。あたしはあの街を守るためには、今、あの卵を破壊すべきだと思う。少なくとも今、数を削れれば大発生をある程度抑えられると思うしあたしたちが帰らなければギルドは調査して此処に気づいてくれると思う。だから、アタシは戦うわ。みんなは、ついてきてくれる?」
「おう」
「はい」
そして、少年少女の視線は一人のおっさん、ガナーシャに向けられる。
「……君たちみたいな若い子がそこまで命を張らなくても、あの街が耐えきれるかもしれませんよ?」
「かもでしょ? それじゃダメよ。それじゃダメ。今、出来る最善の策をとらないなんて、そんな事したら、あたしたちはアシナガ様に顔向けできなくなる。あたしたちは【アシナガの子】。人を救う為に全てを賭けられる」
「はあ……命は大事にした方がいい。だけど、まあ、そうだね。分かった。がんばろう……まあ、大丈夫、死にはしないさ」
「いや、死ぬわ。油断したら間違いなく死ぬわ。おっさんは、くくく、ほんとバカかよ」
ガナーシャの言葉にケンは唇を吊り上げながら悪態を吐く。
そして、何度も手を閉じては開き、手のひらの汗をふき取りガナーシャから借りた刃こぼれや脂のついていない剣を握り、確かめるように振る。
「まったくもう気が抜けたわ。ふふ、でも、おじさんのお陰と言ったら癪だけど肩の力も抜けたみたい。アシナガ様も言ってたわ。危機の時ほど笑えって。楽しむ心と自分なら出来るという自信を心に漲らせろって」
リアは人差し指の指輪を何度も愛おしそうに擦りながら、魔力を淀みなく循環できるよう呼吸を整えていく。
「では~いきましょうかね。大丈夫、みんなは私が死なせませんから」
ニナは、ゆっくり微笑みながら、みんなを安心させるように笑いながら強化魔法を掛けていく。
「よし……! 行くわよ! 大火球!!!!」
リアの特大の火球が大発生の卵に向かって飛んでいく。だが、庇うように数匹の黒犬が飛び込み、その火球を防ぐ。
そして、リア達の存在に気づくと一気に威嚇の声を上げる。
「んなもんでビビるかよ! こい! おらぁああああああ!」
ケンが黒犬たちの大合唱を吹き飛ばすほどの絶叫をあげると、それに当てられた黒犬たちが飛び掛かり返り討ちにあう。
「ケン! 絞るわよ!」
そう言ってリアは、炎の壁を作り出し、相手の通り道を限定させる。
人三人分がやっとのその幅に黒犬たちは炎を避けながら態勢を崩しながらも飛び掛かる。
だが、そんな状況ではケンには格好の的でしかない。一太刀で首を落とされていく。
絶え間なく波状攻撃で攻め立てる黒犬たちだが、その速さを超える速さでケンとリアが黒犬を撃退していく。
そこには、
「〈速度上昇〉〈力上昇〉〈魔力上昇〉!」
強化魔法をかけ続けるニナの姿があった。
「ケン、剣を貸せ! そろそろ斬れないだろう!」
「ああ、頼む!」
「リア! 俺がけん制するから一度呼吸を整えろ!」
「は、はい!」
「ニナ! ケンの回復を」
「ええ!」
ガナーシャもまた、必死に頭をフル回転させ、声をかけ続けた。
炎の壁はずっと続くわけではない。もう消えている。積みあがった黒犬の山の両サイドから襲い掛かる敵をケンとリアがそれぞれ対応し、ガナーシャはフォローし続けた。
「〈潤滑〉、〈暗闇〉、〈嫌悪〉」
低級の魔法を使い『いやがらせ』を続けるガナーシャ。
あまりにも小さく戦闘が激しい為に誰も気づくことのない『いやがらせ』だが、確実に影響を与えていた。
そして、そんな低級魔法を右手で放ちながら、左手は別の魔法を行使していた。
それは〈弱化〉と呼ばれる魔法。
ガナーシャの黒魔法は決して優れたものではない。
最強の黒魔法の使い手、人魔王と呼ばれている【黒王】の百分の一程度の魔力しかない。
黒王が敵百体の全身を弱体化させることが出来るが、ガナーシャの〈弱化〉は、指数本程度しか弱体化させられないだろう。
だが。
生物の身体とは全身が連動し動くもの。戦闘など命がけの状況では特にだ。
いつもなら踏み込めている足の小指に力が入らない。
妙に瞼が痙攣する。
鼻がむずがゆい。
身体の違和感、そして、それに伴うストレスによる判断力の低下。
それらはリア達強者と対峙する場合は命取りだ。
その小さな黒魔法を、じっと動かずガナーシャは左手一本で操り相手の邪魔をする。
(アレの着地した右後ろ脚)
(迂回してい来るアイツの左前脚)
(ケンに噛みつこうとするのの右顎関節)
(アレの右前脚)(ステップ踏んでる左後ろ脚)(開こうとする顎)(ジャンプさせない、右後脚)(左前脚、右後脚、右前脚、右後脚、左後脚、左後脚、右前脚、右後脚左前脚右前脚左後脚、右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚左後脚左後脚右前脚、右後脚顎左前脚右前脚左後脚右前脚右後脚顎右後脚左前脚右前脚、左後脚右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚顎……右後脚左前脚右前脚左後脚、右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚左後脚左後脚左後脚右前脚右後脚左前脚右前脚左後脚右前脚左後脚右前脚右後脚顎左前脚右前脚左後脚右前脚右後脚顎右後脚左前脚右前脚左後脚右前脚顎右後脚顎左前脚顎顎顎右後脚右後脚左後脚右前脚右前脚左後脚右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚顎……右後脚左前脚右前脚左後脚右前脚顎右後脚顎左前脚右後脚右後脚左後脚左後脚……左後脚、と)
その数、百体。
広く全体をじいっとぼやあっと眺めながら小さく弱い〈弱化〉をとんでもない速さで夥しい数行使し続ける。
魔力量も多くないため、邪魔出来るのは一瞬。
踏み込みや着地の瞬間を狙い態勢を崩させると、黒犬同士がぶつかり混乱が起きる。
だが、何が起きてもガナーシャは笑わない。ただ観察し続けるだけ。
細かく左手の指は動き、目はせわしなく黒犬を追い続ける。
呼吸はほとんど乱れない。それは異常な光景。
凪のように一切波立たぬ冷静な判断力と今まで培ってきた経験値、そして、それに伴い鋭く研ぎ澄まされた勘がぎりぎりの綱渡りの魔力操作を可能にさせた。
凡才故に生まれた非凡な能力。
ガナーシャは強くない。
リアのように一撃で仕留められる魔法もケンのように縦横無尽に動き回り戦える強靭な肉体もニナのように傷を癒したり強化させる素晴らしい魔法も使えない。
一人で黒魔法使いとして戦えば黒犬一匹でも苦戦するだろう。
しかし、弱いからこそ自分の役割を理解し、強い者を活かしうまく立ち回る。
弱いガナーシャがいなければ、強いリア達もあっという間にやられていただろう。
だが、ガナーシャが勘を働かせ敵を邪魔するならば、その邪魔を勘で感じ取る者もいる。
それは一瞬の事。
大きく後ろに回り込んだひときわ大きな黒犬が、一息ついたケン、そして、ニナの治癒を受けるリアの隙をついて飛び込んでくる。
「ガナーシャ!!!!!」
だが、ガナーシャは動かない。そのまま、黒犬に嚙みつかせる。
メキリ。
ガナーシャの右腕から砕けた音がする。が、その音を生み出す黒犬の大きな口は次の瞬間、断末魔をあげる。
「ばっかやろう!」
噛みついた黒犬をケンが飛び込み一撃で首を落とす。
だが、その顔は怒りに震えている。
「おっさん! 死にてえのか!? よけろよ!」
「大丈夫、死にはしないよ」
「くそが! イカれすぎだろ! クソおやじ!」
ガナーシャは、才能がないからこそ何度も死線を潜り抜けてきた。
それ故に、死への恐怖を何度も受け止め、死なないラインを冷静に淡々と見据えられるようになっていた。痛みに顔をしかめながらも、瞳に一切の揺れはない。
死なないという確信がガナーシャにはあった。
誰にも理解できない確信を持ったガナーシャの瞳には、その理解不能な狂気に満ちた男を見つめる若き剣士が。
「今、ケンが殺したのがおそらく黒犬の長だ。こっからは体力勝負さ。大丈夫? 出来る?」
「はああああああああああああ!? やってやんよ! くそがよおお!」
ケンはガナーシャのその淀みない瞳に、全身の汗が噴き出しこの場の何よりも恐れを感じたが、声を上げ己を奮い立たせ、黒犬へと駆け出した。
それに対し苦笑いを浮かべながら見送るガナーシャは、黒犬の長と自分の右腕一本であればおつりがくると考えていた。
それに、
「ガナーシャさん、治療します」
「あー、ごめんね、頼むよ」
掃討戦となったことでニナに余裕が出来、治癒魔法をかけてもらえるだろうから腕はすぐにくっつく。痛いだけだ。そう考えていたガナーシャは平然と砕けた腕を差し出す。
「はあああ、本当にひやひやします」
「いやあ、ごめんねえ」
大きくため息を吐くニナにガナーシャは変わらず苦笑いを浮かべる。
だが、すぐに間近に生まれた巨大な魔力の起こりと熱に顔を引くつかせる。
どこにそんな魔力があったのかというほどの巨大な、そして、真っ黒な火球を生み出すリアの瞳は大発生の卵を捉えていた。ガナーシャの声は聞こえていないようでじいっと無表情で卵を見つめている。
「……えーと、リアさん?」
「殺す殺す殺す、全部燃やし尽くしてやる」
ガナーシャは目の前に光景に首を傾げる。
彼女が何故こんなに怒っているのかが分からない。自分は死んでいないし、そもそもそこまで怒ってもらえるような存在ではないと思っていた。
だが、確実にリアの怒りの原因は、ガナーシャの腕がかみ砕かれたことだ。
そんな首を傾げるガナーシャの視線の先にいるリアも何故自分がここまで怒っているのか分からなかった。ただ、ガナーシャの腕に黒犬が噛みついた瞬間、心の奥底の何かが吹き出し溢れた。
その溢れた何かを形にしたものが目の前の黒い火球だった。
リアは、考えるのをやめた。いずれにせよ、
「悔いて、滅びなさい」
放たれた漆黒の火球を初手と同じように防ごうと立ちはだかる黒犬をすべて焼き尽くし、リアの魔法は卵に燃え移り、焼き尽くした。
そして、暴れるケンが長と守るべきものを失った黒犬達の首を力任せに叩き折った。
「えーと、めでたしめでたし、かな」
ガナーシャは、目の前に広がる地獄のような光景に苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。
「ふいー、いやあ、足が痛い痛い」
ガナーシャは、自分の部屋に戻りベッドへ寝ころんだ。
あの後は大変だった。
街へ戻り、状況の報告、そして、再度ダンジョンへ突入し、確認。さらに改めての報告と。とにかく、動いたし、喋った。
こういう対人の作業は自分の、大人の仕事だと分かってはいたが疲れた。
心を削るような戦いだったので、早めに三人を帰らせたが、その分ガナーシャが働く羽目になった。
漸く戻った頃には、もう日はしっかりと沈み、年老いた内臓では食べる気も起きず、酒を一杯だけ入れて部屋に戻った。
ベッドで寝転び、何度か足を擦ると、身体を起こし鞄の中を漁る。
「う~ん、やっぱりそうだよなあ」
伝言の魔導具が輝いている。
実家と繋がったものではない。いや、実家と繋がった伝言魔導具も輝いている。
妹の怒り顔が見えるようだ。
だが、今はそっちじゃない。
心なしか点滅が他よりも早い伝言魔導具を手に取り、そこに浮かぶ文字を読む。
『アシナガ様、明日も頑張りますね。アシナガ様の為に』
『アシナガ様、おはようございます。良い夢は見られましたでしょうか』
『アシナガ様、戻りました』
『……ということがありました』
『私のせいです』
『私の判断が』
『あの、きらいになりました?』
『ごめんなさい、弱音なんか吐いて』
『がんばりますから嫌いにならないでもらえるとうれしいです』
『そのためならなんだってします。許してください』
「う、う~ん、相変わらず、この子は重いなあ……」
ガナーシャはリアからの大量の〈伝言〉を見ながら苦笑いを浮かべる。
噂のアシナガは、ガナーシャの事。支援者名として付けた名、それがアシナガだった。リア達がアシナガと呼び慕う支援者の正体は、ガナーシャ。
ただ、ガナーシャ自身はこの状況に対し心苦しく思っていた。
「そもそもこうなったのもあぶく銭を使うためなだけだったのになああ」
昔、ガナーシャは、様々な偶然が重なり莫大な財産を手に入れてしまい、その使い道に困っていた。
そもそもこれは自分が持つべき金ではないと考え、金の扱いがうまい商人の友人に相談した。すると、友人はこんな提案をしてきた。
『ガナーシャ、孤児院に寄付したらどうだ?』
孤児院への寄付。それは彼にしては平凡な答えだったが続きがあった。
『今な、孤児への投資が貴族の間で流行っていてな』
友人曰く、とある冒険者が孤児出身で有名になったことで孤児の中にも才能が眠っている者たちがまだまだいるのではないかと考えられ、投資し始めた貴族が何人かいるらしいのだ。それによって、孤児達も自分に能力があれば投資してもらえると理解し努力をし始めたので、国自体がそれを推奨していたのだ。
そして、ガナーシャにとって心揺さぶったのはその制度での小さなメリットだ。
『文字が読み書き出来るようになったら最低月に一度、伝言が送られてくる』
これは、ガナーシャのようなおっさんにとっては非常に魅力的な話だった。
おっさんはさびしい。独り身の男冒険者なんて孤独だ。
それを酒や風俗で満たそうとする者はそれなりにいたが、ガナーシャは臆病風に吹かれ溺れることはなかった。だが、さみしさはある。
そんな中で子供たちが自分に向けて手紙を送ってくれる。そのメッセージのやり取りはひと時の潤いとなるに違いなかった。
しかも、相手が投資してくれる人間であるため、好意的な内容やほめたたえるようなものが多いらしく、例として聞いたものもそれだけでガナーシャをにやつかせた。
そして、ガナーシャは友人を通じて、孤児投資を行い、数年後から毎月送られてくる彼らの伝言を楽しみにしていた。
そして、そのメッセージは、夢と希望と幸せに溢れていて、
『アシナガさん、おかねいつもありがとう』
『アシナガさん、ごはんありがとう! がんばります!』
『アシナガさん、アドバイスありがとうございます! 上手にできました!』
『アシナガさん、庭のお花が咲きました。とっても綺麗でお見せしたいです』
『アシナガさん、遂に旅立ちます。どきどきとわくわくが止まりません』
『アシナガさん、街の人に感謝されました。貴方のお陰です』
それだけでアシナガを、ガナーシャを幸せにしてくれていた。
のだが、
「まさか、出会ってしまうとはなあ」
ガナーシャからすれば、伝言だけで十分だった。
だが、ガナーシャは強さの才能がなくても経験と勘が備わっており、それは孤児の才能をも見抜いてしまった。
リア達もめきめきと頭角を現し、英雄候補と呼ばれるようになったと伝言で教えられた。
そこまではガナーシャも嬉しく、そして、誇りに思っていたのだが、まさか、出会って同じパーティーに入るとは思っていなかった。
ガナーシャは、自身の職業が黒魔法使いであることから、黒魔法使いの有用性をリアたちに説いていた。そのせいというべきかおかげというべきか、リア達は、自分たちのパーティーに入ってくれる黒魔法使いを探していた。
そして、漸く見つかったのが、ガナーシャだったのだ。
ガナーシャも最初は迷っていた。
名乗り出るべきではないかと。
だが、偶然聞いたリアの一言。
『アシナガ様は、きっとあたしたち孤児でも分け隔てなく接してくださる優しい身長も高くて筋肉も凄くて男前なお方に違いないわ』
やめた。いうのをやめた。
荷が重すぎると。
それに、別に教えなくてもいいとそのうち考えるようになった。
扱いははたから見ればよくなかったかもしれないが、ガナーシャは全てを知っていたので気にならなかった。例えば、リアは、
「ちょっと! 出来ないおじさんは出ていけば!?」
などと言うが、伝言では、
『またうまく伝えることが出来ませんでした。どうにも年上の男性には構えてしまって。リアはただ、これ以上危険な目に合わないうちにやめた方がいいんじゃないかと言いたいだけなんですが……リアはダメな子です。ダメな子でごめんなさい、アシナガ様』
と本心を明かしてくれる。そして、
『リアへ。きっとそのおじさんにもリアの気持ちは伝わってるんじゃないかな。仮に伝わってなかったとしたらただ気にしてないだけではないかと思うよ。だから、リアはそのままのリアで頑張ればいいと思う。ただ、忙しいだろうから無理はしなくていいからね。伝言とかも月一度で大丈夫だからね』
『ありがとうございます……アシナガ様にそう言ってもらえて頑張れる気がしてきました! そうですね、気にしすぎないようにはしようと思います。伝言の件ですが気にしないでください! 私が好きでアシナガ様に送っているだけなので。ですが、もしおいやなのであれば、控えますので』
『うん、大丈夫だよ。リアのやりたいようにやって大丈夫』
と、少なくとも伝言の頻度や内容以外の、ガナーシャ本人に対する行動はある程度コントロールできるので気にはしていなかった。伝言の頻度や内容以外は。
ケンも同じように、
「おい! おっさん! 死にてえのかって聞いてんだよ! ぼっ……けえええええ!」
『ぼくはだめにんげんです。きしになりたいのにぜんぜんことばづかいがうまくなりません。三人のなかで一番へただし、ことばがでてきません。きょうもおっさんにびびってしまいした。びびるとことばがでてこないし、ぼくっていうのがはずかしいし、ぼくはだめにんげんです。せかいさいきょうのアシナガししょうの弟子としてはずかしいです。ぼくはごみかすくそむしやろうです』
『ケンへ 努力している事実が素晴らしいよ。努力は全て結果に繋がるわけではないけれど、自信には繋がるはず。私も、それを信じて日々頑張っている。だから、諦めないで頑張ろう。あと、ゴミカスクソ野郎はとっても悪い言葉だから使わないようにしようね』
『アシナガししょう はい! どりょくはだいじ! ぼくはくそやろうだけどがんばります!』
環境のせいもあり言葉遣いが汚いのとコミュニケーションが下手すぎるだけでアシナガへの伝言で言いたいことは伝わっていた。
そして、ニナに至っては、
「アシナガ様、じゃなかった。今はガナーシャさんと呼んだ方がいいですね」
「ニナ、勘弁してくれよ……」
ノックをしながら部屋に入るなり、にこにこ笑顔のニナはそんなことを言う。
あれだけの激闘の後なのにニナは大分余裕そうだなとガナーシャは苦笑いを浮かべる。
ニナはすぐにガナーシャの正体に気づいていた。
他二人がアシナガさんを変に美化させすぎなのだと笑いながら、ニナはこっそりガナーシャに、アシナガはあなたではないかと聞いてきた。
夢見がちな二人の夢を壊すまいと黙っているようにニナに頼むとニナは条件を出してきた。
その条件とは、『ニナのいう事を聞くこと』。
大きなものは『相談なくパーティーを抜けないこと』だけ。あとは、買い物の荷物係や時折やらされる、今もやらされている髪の毛のブラッシングとかなので、ガナーシャにとっては大した条件ではなかった。
それに、伝言を貰い成長を見守り続けた彼女達に情も移っている。
だから、彼女たちを支えられることはガナーシャにとっても嬉しいことだった。
ガナーシャは、美しい銀色の髪の毛を梳かされ気持ちよさそうにしているニナに向かってぼそりと話しかける。
「ところでさ、ニナ。その、リアの重い感じと、ケンのネガティブさというか謙虚さってなんとか」
「なりませんねえ。そうだ、アシナガ様から伝言すればいいじゃないですか。いつもようにアドバイスとして」
した。
ガナーシャはもちろん何度もそれとなく言ってみた。その度に、リアの尊敬兼重たすぎる思いは山よりも大きくなっていったし、ケンの謙虚さは海よりも深くなっていった。そして、ガナーシャの胃と足はどんどん痛くなっていった。
「ふふふ、大丈夫ですよ。もし、痛みが酷いようならわたしが優しく癒して差し上げますよ?」
「いや、大丈夫じゃ……まあ、死にはしないから、大丈夫か」
「ええ、大丈夫大丈夫。正体ばれて仮に失望されて万が一殺されない限りは大丈夫ですよ」
「ちょ……!」
「大丈夫ですよ。ばれませんって、これは、わたしとガナーシャさんだけの、ひみつ。ですから。髪、ありがとうございました。また、お願いしますね」
髪の毛を撫でながら笑ってニナは部屋を出ていく。
ガナーシャは、プレッシャーによってずきずきと痛む足をさすりながらため息をつく。
「ああ……足が痛い……」
そして、再び伝言が届く。
『アシナガ様! 黒犬たちの大発生の卵をつぶした報奨を頂きました! なので』
「ま、まさか……また?!」
『はした金ですが、今まで育てて下さったお礼です! そして、よければこれからも私たちを見守ってください!』
リアから贈られてきた数字は、今回の分配した報酬の8割近い額。それは、支援金のお礼だとしても多すぎるものだった。
そして、それはリアだけでなく、
『アシナガししょうへ じゅぎょうりょうです、これからもよろしくおねがいします』
『ガナー……もとい、アシナガ様、これからも末永くよろしくお願いしますね ニナ』
ケンも8割、そして、嫌がらせか正体を知っているはずのニナも……。
「も、も、もう勘弁してくれ~! あいたたた……足が……痛いよ……!」
足をさすりながらガナーシャは考える。貰いすぎた金の使い道を。
孤児支援はダメだ。このパターンでガナーシャは何度も失敗してきた。
そう、ガナーシャの孤児支援はリア達が初めてではない。
これまで7度ほど行って、全員が大成してしまっていた。
一度目に成功して金が増えてしまい、今度こそはの二度目。そして、二度目も成功し、もういっそと五か所に一気に支援、して、すべてが成功してしまっているのだ。
これもガナーシャの眼力なのだが、本人は困るばかり。
なぜなら、
今もガナーシャの鞄に入った大量の伝言魔導具が伝言が届いたことを教えている。
勿論、いやではない。嬉しいのだが、本人はその才のなさ故に自分がアシナガおじさんだとばれて失望されたらと考えて震えている。
「そんな人間じゃないんだってぇえええ……。はあ、ひとまず、この金は全部使って、リア達に必要そうな装備を調達してもらって送るよう手配しよう。リアの指輪もそろそろ交換しないといけないし、ケンの今の筋力に耐えられる武器はあの子が打った剣くらいでないと無理だろうし、ニナは……まあ、買い物の時にまた何か喜ぶものを買ってあげればいいか。そして、僕が貰った分配金は……宿の人間に渡して、また、みんなへの食事やサービスをよくしてもらうよう頼もうか……はあぁああ~、足が痛いなあ……」
この物語は、一人の臆病なおじさんと、
「ああー、ダメよ! あたし! 何ちょっといいなと思っているの! あたしにはアシナガ様がいるでしょ! あのおじさんにどきっとしてんじゃないわよ!」
面と向かうと素直になれない気持ちが重い魔法使いの少女と、
「ぼく……ちがう、わたしは、ケン、です。おっさ、あなたさんもすごくがんばって、いますね。すばしい、すばらしいとおもおうますよ、おもいますよ……だああああああ! こんなこっぱずかしいこと今更いえるか、くそがあああああ!」
うまく話せない口の悪い騎士を夢見る少年と、
「ふふふ……おじさま、かわいい。ずっとずっとおそばにいさせてくださいね」
悪女ぶる聖女見習の女の子。
そして、
『『『『『『『アシナガ様、お元気ですか?』』』』』』』
彼に支援され、お礼をしたい英雄たちの勘違いと思いに溢れたへんてこなお話。
世界を救う光り輝く英雄と、そんな彼らをすくった陰の英雄と呼ばれる男の物語である。
お読みくださりありがとうございます。
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