三十話 鹿王と現状
温かい。頭部に温もりと柔らかさを感じる。まるでお風呂の中でふわふわと漂っているかのように。あぁ、ここが天国なのだと俺は思った。死んだのだから当たり前?とも言えぬがそうなんだろう。
だが、ふっと何を喋ってるか分からない誰かの声や鳥のさえずり、葉っぱがサーサーと揺れる音が耳に入る。
だから、天国と言うには現実味を帯びている。それに心臓の鼓動が内側から響き渡る。
──あぁ、生きているな。
目を開けてみれば、目の前に豊満な山が二つ!
「わぉ...」
目が覚めたばかりで声に張りはない。しかし、その声は確かに、届いたようで声が聞こえる。今度はハッキリと。
「ラクさん...?」
この呼び方は、姫さん?こんなデカかったか?
「目が覚めましたか?起きるのが遅いですよ...もしかして、死んでしまったのかと」
水が頬に落ちてくる。目の前の山のせいでよく見えなかったが泣いているのだろう。鼻をすする音が聞こえ、ポロポロと頬に雫が落ちる。
「俺は生きてますよ。姫さん、でも、なんで生きてるんですかね?それに、鹿王は?」
「何にも覚えてないんですね。エヘヘ」
彼女は声を出して笑い、安堵の気持ちが伝わってくる。
「もしかして、全員天国行き!?」
違いますよと優しく声がかかる。それに、この感触はまさか...太もも!?
やはりここは天国か─いや、デッカ!!
「ちょっとどこ見てるんですか?ラクさん!」
「あ、いやーちょっと空の方を...」
「絶対私の胸見てましたね─?」
「はい、こんなデカかったのかと」
俺の記憶が正しければ言うてもそこまでのサイズでは無かった。この短期間で成長したのか?
彼女の頬は赤く染まっている。俺は失礼な事を言ってしまったことを今更後悔した。
その後、彼女はたじたじと言葉を漏らす。
「ま、まぁはい...そうですね。ドレスを着ていたので」
「あーそういう。あ、い、今離れますね...痛った!!」
赤面した彼女を見て我に返って見るとこの状態はとても良くないと思い、すぐさまどこうとした。だが、頭に痛みが走り起き上がれなかった。申し訳なさと痛みが脳内で混ざり困惑を引き起こす。
「あーあー、痛いでしょう?大丈夫ですよ。もう少しこのまま休んでください」
「あ、え、あ、はい。回復魔法とかないんですか?」
「魔力切れでして」
肩に手を置き、俺の体を静止する。目の前ばかり見てると居心地が悪く、視線を外へと移した。すると、体に影がかかった。
「役得だね。少年...ラクだったかな?」
「その声は?鹿王、?まだ生きていたのか!!」
「落ち着いてよ!私はもう囚われの身ではない、君のお陰で解放されたのだよ」
解放された?まさか、あの浮き袋は本当に効果があったのか?しかし、俺を殺したし。いやでも、俺殺されてないか?
なにもかも状況が掴めず、膝の上でオドオドする。周りから見れば滑稽な姿だろう。
「君は本当にあの時の男なのかい?でも、記憶が無いね...不思議だなぁ」
「そこに関してはもう一人の彼が触れるなと、話すなと言っておりましたよ。鹿王様」
「そうなのかい?彼の怒りに触れると行けないからこれ以上はやめよう」
二人で何かを話している。
もう一人の俺だと?しかし、この状況はどういうことなんだ?
俺は二人から浮き袋が功を奏し、遅くとも鹿王を蝕んだ物を取り除いたと言われた。しかし、何故か口合わせをしているように感じた。
「そういえば、騎士さんは...?」
「彼女は鹿王様に回復をしてもらい、今は疲れて寝ています」
「はっ!!」
そんな事を姫さんが言ったすぐに、彼女は目を覚ましたようだ。
体をすぐに起こした彼女は自分の体が癒えていることに疑問を持ちながら、首を左右に振り辺りを見渡す。鹿王を見るやいなや、横に倒れている剣を持ち、立ち上がった。嫌な予感を感じた鹿王はその場を少し離れた。
「これはまさか...彼女、僕が元に戻ったことに気づいてないね?話してないからそれもそうか」
「シャーリャ待っ─!」
「アンガスゥゥ!!【聖流・煌雅】!!」
「はぁ...そうなるよね。木々よ、僕を守れ」
剣を構えた騎士は一気に詰め寄り、攻撃を試みた。しかし、鹿王に木々が巻き付き球体状に変わった。カンッと言う音と共に剣が弾き飛ばされた。
「クッ····手がしびれて、だが屈しないぞ」
「待って!鹿王様は元に戻りました!」
飛ばした剣をすぐさま拾い戦闘復帰をし、もう一度【聖流・煌雅】を放とうとする。しかし、姫様が大きな声で騎士を静止させるよう言う。その言葉に気づいた彼女は俺たちの方を向いた。
「本当ですか!?姫様!」
「前を見て!シャーリャ!!」
「え?ブべッ!」
スピードがついた足はそのまま水平上に進み、鹿王に纏った木々にぶつかり。変な声と共に気絶する。
「あれまぁ...」
「どうするんですか?姫さん」
「えーと...寝かせときましょうか」
─騎士さんも少しして無事目を覚ました。
彼女に事情をしっかり説明する。しかし、鹿王と姫さんはやはり何か隠してるようで口裏をあわせていたように見える。
「さてと、色々落ち着いた事だし...軽く自己紹介をしとこうか。私の名前は鹿王エル・ステラ。七王が一人、森を統べる王だよ。ここ僕が住まう地【聖樹海ザンクトシーザ】は森の生き物たちの安息の地なんだ」
右手を広げ、この地を見せる。聖なる地と言われるが、今ここは戦闘後で辺りは折れた木々が散らばり、地面には穴ぼこが空き、美しかった花園は見ぬも無惨な姿に変わっていた。
えーっと、おっほん!と誤魔化すように咳払いをして、手に魔力を溜める。緑色に光った魔力を解放すれば、魔力は波紋のように広がり。
折れた木々は植木に変わり地に埋まり、地面は整地され、死んでいた花園は息を吹き返した。
風によってユラユラと花が揺れた。
「本題と行こうか?君たちはなぜここに来たんだい?」
「聖王になるための試練を受けに来ました。必ず父の仇を取るために」
「ついでに、俺のかかった呪いを解呪するためのポーション素材を集めに来ましたね」
場違いな発言をしたと、自分の失言に口をすぐに閉じた。
鹿王は涙を流し、淡々と尋ねた。
「つまり、彼は死んだということだね?」
彼の目からポロリポロリと零れる粒は地面を濡らす。彼の涙によって花が咲き始めた。咲いた花は聖王を追悼するように風のままに靡く。
その涙につられて、リリスも溜めていたものを吐き出す。歳も早く最愛の父を無くしたというのに、ここまで弱音を吐かず歩んできたのだ。騎士さんも彼女と一緒に涙を流していた。
しばらく沈黙が続いた。
涙が落ち着いた頃、この重い空気を払うように鹿王は口を開く。
「さて、涙は終わりだ。彼がこのままではいい顔をしないだろうからね」
「はい。」
「さてリリス、君はもう聖王としての素質がある。試練をする必要も無いし、それに僕を助けた。これだけでも十分な試練に該当するだろうね」
鹿王が聖王の素質を話しているが、姫さんはどことなく耳に入っていないような雰囲気であった。なにか、迷っているように感じる。
彼女は決心したかのように声を出す。
「ですが、私は彼がいなければ確実に助けることはできませんでした。力不足をしみじみ感じます」
「そうかそうか。最初は皆、力不足なものだよ。急ぐ必要はない、諦めなければ必ず強くなるからね」
優しく諭す。
姫さんが言ってることは俺も当てはまるんだもんな...俺も強くならなきゃ!
この場、鹿王を除いた全員がそんなことを思っていた。
「じゃあ、早速君に加護を与えよう。七王が一人 山の王がここに 聖の加護がソナタを祝福する【命脈の聖還】」
トライアル型にした手に鹿王は魔力を込める。すると、徐々に眩くも温かい光が現れた。それを、姫さん向けて押し出すと、光は彼女を包み込む。
「これが、加護?なんだか、温かくて、優しい」
「でしょ?私の加護は邪を祓い、仲間を癒し、心に安らぎを与えるものだよ」
「これで、一歩聖王に近づきましたね姫様!」
「えぇ」
目を輝かせた騎士の瞳はどことなく哀愁を感じる。反対に姫は覚悟を決めた瞳をしていた。
鹿王は俺の方を向いて話し始めた。
「君はその呪いの解呪が目的だね?」
「は、はい。それで、解呪のための薬を探したいと思いまして」
「そうだね、探すのは大変だろうね。見つけるまでに普通は一年はかかるかな?」
彼が言った言葉に耳を疑った。
一年...?まじ?
困惑に頭が真っ白になる。強くなるどころの話じゃない。
「じゃあ、諦めます」
「潔いね君。まぁ、普通はね?僕はここ聖樹海ザンクトシーザの王だよ」
「というと?」
「君は私を救ってくれた!君に材料を与えよう!」
人差し指を俺に向け、エッヘンとでも聞こえてきそうなほどに自慢げに言う。
なにか癪に触った気もするが、助けてくれようとしている人に無礼であると感じたため反省をする。
しかし、これでレベル諸々分かるから楽でいいな。
「本当ですか!!ありがとうござ──」
視界が暗転する。膝に力も入らなくなる。
「ラクさん!?」
姫さんの声も遠のいていく。ここで意識は途切れた。
急に倒れ込んだことに、三人は目に驚愕を表し、心配をかける。
「だ、大丈夫ですか?ラクさん?」
「鹿王!やはり、お前まだ!!」
「なんで!?いやいや、私は何もしていない」
楽の体がピクっと震える。
動いたことに全員が安堵するも、先程までと違う雰囲気であることにも気づいた。
「クッソ...痛いな。一、二分程度ならそこまでの害はないか」
この口調、雰囲気。もう一人の人格で間違いない。
「あなたは、もう一人の?」
「あぁ、そうだ。この会話二回目な気もするが...これからもどうせ増えるか。まぁいい!お前らその薬を俺にに飲ませるな」
男の口から出た言葉に全員が意味がわからないと思っている。説明を求めて欲しいと全員が視線を送った。
「あー、理由は言えない。ただ、一つめんどくさい事になるとだけ伝える」
「答えになってませんが。レベルが見れないのは致命的です!相手との力の差を瞬時に比べることも、役職を変えるなど諸々に影響が出ます」
リリスは合理的な意見を言う。ラクも確かにと言わざる得なかった。
「それ以上に面倒なことになる。頼む」
「あなたはこの前から頼み事ばかり、しかし、その分助けられていた事は確か。分かりました」
「あぁ、本当に話が早くて助かるな。安心しろ記憶は消しておく」
そうして、すぐにまた倒れ込む。そうして、数秒してまた起き上がった。
「お、俺は一体?確か...姫さんが加護を貰って...それから?」
「本当に記憶が...あ。こ、これから、東に向かう話をしていたんですよ」
「え、なぜ?」
頭がまだズキズキと痛む。なにか大切な事を忘れている気がすると感じる。しかし、何も思い出せない。
思い出そうとすればするほど頭痛が酷くなる。
「私は強くならなければ行けません。鹿王様、東天都市を知っていますか?」
「戦の都市か。いいね、あそこはとても良いところだ懐かしいね」
鹿王は懐かしげな顔をして、嬉しそうに微笑んだ。
「そこで修行をします。ラクさん!このままでは魔王直属の四天王にも勝てませんよ」
「なるほど、分かりました。行きましょう東の都市へ!」
「行先は決まったようだね。さぁ、行くといい!必ず魔王を倒すのだ!」
「「はい!」」




