二十九話 鹿眠る、闇の花園で 陸
巻き上がった砂埃が晴れた後に見えた姿はやはり無傷だった。アンガスは先の攻撃よりも手数多く、それでいて威力も上げたつもりだったがそのどれもが交わされたようでイラつきが顔に浮かぶ。
「明らかに強くなっているようですね。それは認めてあげましょう。しかし、どうでしょう?これほどの攻撃があっていてもまだ私には有り余った力があります」
焦りを隠しているようにも見えるがその顔は確かに余裕であると捉えれるような顔でもあった。焦りを見せるのも仕方ないものではあろう。古代魔法や死んだはずの男が急激に強くなっている、先の連撃は今のアンガスが振り絞れる最大に近い。
「来ないのか?」
淡々と告げた言葉にアンガスの体に悪寒が流れる。嫌な予感がすると感じた。その予想は当たり、目の前にいたはずのラクは一瞬にして消え去る。
気づいた時には刀は血に染っている。ふわりと桜の花の香りがして、痛みがする場所見れば大きく斬られた跡がある。
「【桜舞雪変】」
その瞬間、全身に寒さが回り、斬られた部分に氷の桜の枝が咲いた。
全身を駆け巡るように苦痛が流れる。焼けるような凍てつく痛み。溢れ出る血の鉄のような匂いと氷の冷たさが混ざり鼻腔を過ぎる。
「グガァァァォァァァ...!!」
これはまずい。痛みで動くことが出来ない。
このままでは負けるという焦燥感よりも痛みが勝ってしまっている。
「このままで...ぁわ!【鹿王の愛】...!!」
森を慈しみ、庇護し、愛する者のみが使える魔法であり、傷を癒す。全身に回っていた悶え苦しむような痛みが無くなる。
「回復魔法か...もしや、まだ何か力を隠しているな?いや、あっても発動できないのか?」
「隠しているのですよ!!あなたのような雑魚にあれほどの魔法を使うなぞ勿体ない」
アンガスの言っている事は嘘では無い。しかし、使えるまでに時間が足りなさすぎる。七王達はそれひとつで国を一つ、二つ以上壊滅できるほどの最強のオリジン魔法を持っている。だが、体が慣れていない。鹿王の力に追いついてないのだ。
もう少し待てば、もう一つの魔法が使えるようになる。時間をどう稼ぐ、という事に思考をフル回転させる。
「一体何をしてるんだ、隙がさっきからありすぎる」
「あえてですよ!」
「なら、こちらから【藤】」
「クッ─なんだこれは!?剣技なのか!?剣技なのか!?有り得ん、なぜ薄紫の花が私に巻き付いている。魔法ではないのか!?」
アンガスは感じる幻覚ではない。確かに、体に巻きついている感触がある。匂いがする。甘い香りだ。
不気味であるが故に笑いがでる。初めて感じる感覚に恐怖と興味深さが共存していた。
「【落とせ】」
「ヌゥゥゥ...!!」
そう口にした途端、アンガスはふらつき始めた。藤の種が体に植え付けられ、視界が揺れる。藤の花が持つ危険な毒がアンガスに牙を剥く。
「なにをこれしき....!【鹿王の愛】」
「やはり...すべて回復する魔法か。やっかいだな」
こいつはやばいと感じさせるのは今まで食らわせられた技ではない。そう、振る舞いだ。心臓が高鳴り、呼吸が浅くなる。照れてるのではない喘息なのではない、化け物を目にしているからだ。鹿王の本能ですら危険と感じていた。
警戒をし過ぎたために、詠唱の時間を与えてしまい、口ずさむ。
「纏える 百花の王 千に連なる 染まる赤【千鎧牡丹】。纏える 百花の王 千に切り裂く 染まらん白【千刃牡丹無像】」
二つの詠唱を終えれば現れるのは、風が吹かずとも牡丹が体に舞い続けている奇妙な光景。そして、赤に染まっていた鉄の刃は白く染まり、天の光で神々しく煌めいていた。
「な、なんなのですそれは...やはり本当に化け物ですね。私も命を削ります。いたし方なし」
「参る」
そう言った頃には牡丹の残花だけがあった。見えるのは残像に近い、天の光の反射による白線が宙に浮かぶのみ。
アンガスは死を覚悟する前に、対抗策を発動する。
「【天災・始】」
鹿の足を地に踏む。
途端、草木が静かに震え、地面がグラグラと揺れた。アンガス、いや鹿王の姿が鹿から人型へと変わる。背後の巨木が抜かれており、それも剣に姿を変えた。
ラクはズザーっと音を立てながら、止まる。嫌な予感がする。すると、今だ回復しきれていない姫さまが叫んだ。
「ラクさん!あれは鹿王の本来の姿です。お父様から昔に聞いたことがあります。自然の王が怒り震えた時、あらゆる動植物は彼に味方し、環境すらも従えると」
「どうゆう事だ?」
「環境が変わるつまり魔素の流れも変わります。このままでは災害が起こり──」
その頃にはすでに空は暗雲に包まれ、風が強くなっていた。気分が悪いのは魔素が乱れ、不安定であるからだろう。
次第に風はその場で気を抜けば飛ばされてしまうほどになっていた。風が渦状に流れ始め、竜巻に変わる。竜巻は花や土、木々を荒らしながらこちらに向かってくる。
「これが魔素の流れが変わった影響か...?」
「いやはや、適応の段階が早めに進んで良かったですよ。さて、ここからは私の一方的な虐殺ですよ」
「俺が相手するのは物体でなく、現象という訳か。面白い!」
「笑ってる場合ですか!?死にますよラクさん!!」
俺は久々の己の危機に心が踊る。死にたくないのは当たり前だが、いやしかし脅威と感じるのは久しぶりだな
「竜巻が来るのを待たせると思いですか?」
「な...!?」
気付かぬうちに背後に回れており、不意を着かれ竜巻の方向に蹴り飛ばされる。
体勢をすぐに整えて受身を取るが、目の前には巨大な竜巻が迫っている。
「まずい。引きつける風が強く、速度が出せぬ」
「そうでしょう、そうでしょう!!鹿王の力、流石ですね!!」
「随分と大層な振る舞いじゃないか?」
「当たり前でしょう。あなたこそ今だにそんな敬意もない態度。最後くらい命乞いをしては?」
この魔法が奴の最終兵器という訳か、明らかな気持ちの変わりようだ。
このままでは竜巻に巻き込まれ、身動きが取れなくなる。そうなれば、一方的に攻撃されるのは目に見えるだろう。
「さぁ!抗ってみなさい、この竜巻に勝てるなら!」
ケタケタと勝ち誇った顔で笑い始めた。
「もう少し、やりがいがあると思ったがこんなものか。さて、茶番は終わりにしようか...」
「は?」
笑顔だった顔は口角を上げたまま、目に怒りを見せる。俺は淡々とその技を言う。
「【花牙流舞春彩】」
春の香りがする。春の訪れが千枚の刃へと変わる。それが竜巻を切りつけ、刹那の如く切りつけるのと同時に風の流れが掻き乱れる。そうして、乱れた風は徐々に渦を無くし、ついには消滅した。
「なっ...!?嘘だろ...こんな事があっていいのか」
「【春雷】」
「【鹿王閃】」
追い打ちをかけるように、雷鳴が鳴る。アンガスは雷のように早い剣撃を受け止めた。
鹿の角のように素早く、二本の剣筋を立てる。受け止めると同時に攻撃を繰り出す。
意外な攻撃にダメージを食らった。
「グッ....!」
「危ないですね。油断も隙もない。しかし、切った感触がない...」
「俺の【千鎧牡丹】は千枚の牡丹という花の鎧が纏う技、千回攻撃しなければ割れないぞ?しかし、まだそんな技を持っているとは」
「それは、こちらのセリフです...」
鹿王の残りの持ち合わせてる技が未知数だ。ここは慎重に行こう。
足を踏み込み、一気に詰める。攻撃を与えようとするが、アンガスも鹿王の力が要らずとも十分な強さであるため、やはりこれも対応される。
カンカンと木と鉄がぶつかっているとは思えない音が響く。
姫さまはこの乱闘への援助をする方が返ってラクに当たり、不利に動くと感じる。そうして、どうすることも出来ず呆然と立ち尽くしていた。
「その剣、変だな。何故、俺が握っているのは真剣だというのにお前の木で出来た剣身が切れない、それ普通の木では無いな。そうだろう?」
「そうですね!これは、世界樹で出来た木の剣【神樹律剣】です。巨木を世界樹に変換し、それを剣に変えたものですよ」
「化け物じみた事をするとは、流石、鹿の王の力を得たまである」
「化け物はどちらですか。本当に...」
俺の発言に若干の呆れを感じているアンガスは言った。
おかしい事がもうひとつある。俺の体が五分以上も持っていることだ、普段であればもう地面に伏せている。やはり、鹿王の力が影響してるとしか考えられんし、またいつ切れるかも未知なのも確か、これは早々に決着を着ける。
「一気に畳み掛ける!【花牙流舞春彩】、【春雷】!」
「何をこれしき...!なんです!?これは、物量が多すぎですよ!なんですか、これは!!待ちなさい。待て、待て待て待てぇぇ!」
千枚の斬撃が春雷によって雷光の如く早く、重い。空気がビリビリと痺れ、肌がチリチリと感じる。アンガスは反撃をする間もない、今はただこの連撃を受け流すことに主力を尽くす。
しかし、捌ききれない刃が徐々にアンガスを蝕む。次第に、繰り出された刃は一撃、二撃と当たり始め、服が割かれ、肌をも斬る。血が飛び散り、顔に当たると血の匂いや木の匂いがする。
着実と攻撃を食らわせ、剣を握る力が弱くなると感じる。しかし、その分、ラクも内部によるダメージを受けている。春雷による雷が体の内側から傷つけ酷い痛みがラクを襲う。
「まだです。まだですよ!ここで終わる訳にはぁぁぁぁぁ!!」
「いい加減、終わりにしろぉぉぉぉ!!」
二人の叫びが静寂に響いた。
「【天災・】...」
「【藤蔦絢芳攻】!!」
藤の蔦が美しく、アンガスが身動きが取れないように巻き付く。そして、花が咲いた。毒の香りがアンガスを喰らいつく。
毒によって、体は動かなくなり、顔が歪む。
「またですか...この拘束かつ毒...苦しい、苦しい!!【鹿王の愛】はもう使えない。もうやめてください!」
「やめるわけがなかろうて!!」
「待ってください!!」
「あ゛?」
「はへ?」
涙が溢れ、助けを懇願する男を目の前にし、トドメを刺そうとしたところで静止がかかった。その声に、俺は若干のイラつきを覚え、アンガスは腑抜けた声をあげた。
「なぜ止める。ここでやらねばどうする」
「それは鹿王様の体です。そのクソ野郎の魂と鹿王様の魂を分裂させなければなりません」
「そうだ、そうですね!いいのですか?私を殺して、私は別に良いのですけども...」
「この外道が!しかし、姫さんやどうすれば良いのだ?」
姫さんは駆け足で近寄る。アンガスはその言葉を聞いた途端、思い出したかのように強気に戻る。俺は剣を振りかざそうとするが、その手を姫さんに止められた。
「魔族はこのように別の魂を乗っ取る事が昔からありました。その魔族の魂と元の魂を隔つことを目的に生まれた魔法があります。それを使えば」
「待て、そんな魔法聞いたことがないぞ...!!」
「えぇ、そうでしょうね。この魔法は昔から考えられていましたが実現させたのはお父様なのですから」
アンガスは絶望に落ちた。
「蝕む魂は昇華し あるべき姿へと戻らん 聖の導きに従い その魂を切り離せ 【聖魂破断】」
「何をするやめろ、やめろぉぉ!!クソがァァ!!覚えておきなさい、あなた達は必ず殺し...」
成功したようで、鹿王の意識がなくなると同時に姫さまも倒れ込む。ようやく終わったのだこの長い戦いが
「大丈夫か?案外呆気ないものだったな」
「はい大丈夫です。安心して力が抜けてしまいました。これで良いのです、味気ないくらいが」
「それもそうか...うぐぅぅ...!」
タイムリミットか...三十分以上持ったな。流石、鹿王の加護さまさまだ。
時間が来たのだ、魂を交換できる時間が。
「ラクさんこそ大丈夫ですか?」
「いやダメだな...さて俺は少し休む。それと、これからの事だが先に言っておく、こいつに魔法はまだ早い。剣を極めさせろ」
「急に他人事のように...分かりました。では、東の国へと向かいましょう」
簡単に行き先を決めてしまったことにラクは驚きの目をしていた。
「話が早くて助かる。では」
「ラクさん!」
こうして、タイムリミットを迎えた体は急激に力が抜け、倒れる。それを、リリスがキャッチする。空は暗雲が晴れ、暖かな光が勝利を祝福するかのように照らした。
「ありがとうございます。ラクさん、いやもう一人のラクさん」
姫はラクを抱えたまま、辺りを見回す。激しい戦闘の後が目に見えて分かる。荒れた花園、竜巻によってそこら中に草木が落ちている。
ようやく戦いが終わったのだ。しかし、結局のところアンガスは本来の姿ではなく、未だに生きている。
今回はラクさんのお陰で奴に勝てた。だが次は──
そう感じて拳を握りしめた時、優しい風が吹く。まるで誰かが背中を押しているかのように。
「お父様...そうですね。やって見せますとも!見ていてくださいお父様。貴方が見たかった平和な景色を私が必ず手にします!」
聖王の資格があるものとして──
世界を救うものとして。もっと強くならければなりません。万全が整ったあと、向かうのは東の国です。
戦闘シーンムズすぎるよ、、、




