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二十八話 鹿眠る、闇の花園で 伍

「まぁ、私相手にここまで追い詰めたのは中々いいのではなかったのですか?あの世で自慢でもするといい」


状況は一変した。

鹿王はにへらと気持ちが悪い顔をしながら、目の下で野垂れ死んでいる男を見ている。

聞こえてくる声色は確かに鹿王そのもの。しかし、聞こえてくる言葉は耳が汚れてしまいそうなほど醜い。


「ら、ラクさん?」

「ラクというのですね?こやつは中々いい動きでしたね。まだ、私がこの体に慣れてないでありながらも」

「し、死んだのですか?答えてください!!」


怒鳴りつけることで心の不安定さに喝を入れる。これは失ったものへの恐怖、あれこれ試したものの何も効果がなかったことへの絶望感が心を蝕むのを防ぐためにした本能的な防衛反応だった。

鹿王は笑いを堪えつつ答える。


「彼は死にました!今ね…悲しい…この私と出会わなければもう少し生きられたというのに…」

「う、そ…そんな、私のせいで…」」

彼女は絶望から立つことが出来なかった。

私のせいで死んだのだと自責することしか出来なかった。やはり逃がしておけば…私が希望を持ってしまったから…


「おやおや?絶望してますね?ですが…あなたもすぐに彼と同じ場所へ旅立つのですよ?」

「あなたは…誰なの?こんなの鹿王様じゃない…!!」

仲間を失った彼女に今あるのは現実から逃げるために自分の怒りをぶつけるしか無かった。


「私は魔王直属四天王が一人。《常世》のアンガス・カシーペです。以後お見知り置きをってこれから死ぬんですけどね」


怒りは急激に恐怖へと変わった。いつかは会わなければならなかった。しかし今ではない。

「四天王…!?う、そ…」

()()()という単語は私の心が地の底へとたたき落とされたような気分だった。


「嘘ではありませんよ。そうですよね…あなたは私の宿敵の配下…打たねばならぬ存在…」

鹿王の皮を被ったアンガスは悲しそうな顔をする。


「しかし!こ・の・四天王の中でも天才である《常世》のアンガスに殺されるのですから!!」

「バレていましたか…私が聖王の娘であると…」

「えぇ、あなたのオーラの色は聖王そのもの…しかし、あの王のように強くない…今にも消えてしまいそうだ…なんとも悲しい!!」


アンガスの表情は同情から嘲笑うように変わったと思えば儚さを訴え始める。

ここで負ける訳には行かない…お父様の復讐をここで終わらせる訳には…

強い意志を持って、手を力いっぱい動かし、手をかざす。


「【聖砲】…!!」

魔法陣を展開し、砲台の形をした魔法を放つ。

体が悲鳴をあげる。

ボロボロの体で魔力消費が高い上位魔法を無詠唱で撃つ。


「何…!?グハァァァ…!!」

アンガスに命中し、大きな光に包まれ、爆発する。


上位魔法は戦闘に特化した魔法が多く、通常の魔法の威力よりも桁違いな分、魔力消費も激しい。

それに加え、無詠唱魔法は技術で扱うならば途方もない研鑽をすることで会得できる。しかし、無詠唱も大量の魔力を犠牲にすることで無詠唱魔法を発動することが可能であった。


この場でこれをするのは無謀すぎるが、一撃を入れる為には不意打ちによる攻撃が必要であった。

しかし、魔力が足りないというのに無理やり使った為か、体の魔力血管を削られる。


魔力血管は魔力を通すためのものであり、生物がもつ血管と同じようなものである。それを内部から大きく傷つけられる。


「グッ……!!」

「これはこれは、これには私も驚愕してしまいましたよ……」

「な、な…!?」


上位魔法をぶつけたと言うのに何一つ傷がついていなかった。

余裕な表情でそこに立っていた。


「あなた…魔力血管を削りましたね?体が痛むでしょう…これ程ないほどの痛みでしょう。可哀想に…今楽にしてあげますよ!」


アンガスは纏う木々を動かし、突き刺しにかかる。

ここまでですか…やはり未熟な私には復讐すら出来ないのでしょうか…お父様…


バシュ…!!

と音と共に木が切られた。


「姫さま…!!だ、い丈夫ですか…」

「シャーリャ…!どうして、あなたもまだ全然回復していないでしょう…」

「に、逃げてください…!ここは私が食い止めます」


シャーリャは苦痛を隠すように笑顔で語りかける。

私を安心させるためだろう。

彼女の骨はほとんどが折れていて、今も立つことすら困難に違いない。


「おやおや、これが主従関係の愛ですか…惚れ惚れしますね…ですが、邪魔ですね!」

「フン!!」


更に飛んでくる木を力いっぱい剣を振り、切り伏せる。だが、切られた木は積もり、足場が失われていく。

アンガスは意地でも諦めず、姫を最後まで守り抜くという心までもが本物の騎士である戦いぶりに感動していた。


「まさか…最後の最後で…これほどの力を引き出すなんて…!!」

「感動してる暇があるなら、自分の身でも守ったらどうだ、アンガス!!」

「ご心配なく。あえて、()()()!隙を作っているのですよ?私はあなた達、今にも死んでしまいそうなもの達の頑張りを少しでも報いたい。これは私の優しさですよ?」


傲慢にも程があるほどの発言であるが、瀕死であることは事実であるため騎士は反論することも出来ない。

だが、これを好機と見て剣を構える。そのまま折れている足を必死の力で地に踏み込み、剣に魔力を集中する。血の匂いがする。外部だけでなく内臓も酷く損傷しており、気を抜けば今にも全身から血が溢れ出しそうだった。諦める訳にはいかないと心で唱え、弱音を消し、剣を振るった。


「【聖流・煌雅(こうが)】!!」

燃えるような光り輝く刃を持って、瞬足とは程遠いがそれでも早い速度で斬る。


「グハッ…!!」

アンガスは血を吐いた。燃えるような聖なる刃に体は蝕まれ、グツグツと煮えたぎるような熱さに見舞われる。血が沸騰しているかと思うほど熱くなり、それゆえ痛みも増す。


「これは、痛いですね…邪悪...私を蝕む聖の炎ですか」

この反応確かに、効いている。鹿王が蝕まれている邪の効果がある聖の魔力を込めた剣で切りつけた。

このまま続ければきっと…


バタン

しかし、無理に動いたせいでシャーリャは倒れた。


「おやおや?気絶してしまいましたか…頑張りましたね。ですが、こんな危険な芽は先に潰しておきますか…おや?」

「【転移】。シャーリャありがとう、私に任せて」

「ほう?古代魔法…?なぜあなたのような者がそんな魔法を?」


古代魔法とはとうの昔に消滅したロストマジック一つである。


「聖王が残した、魔法です」

「しかし、古代魔法とは予想外でした。これは無理にでも吐き出させましょうかね…」

「そうなったら私は舌を噛みちぎって死ぬわ!」


これが魔王側に使われてしまえば人間側の負けに大きな一歩を踏んでしまう。それを阻止するために最悪な事態を選ぶなら自決を選択する。


「なら、要はありません。2人諸共殺して、あの世に送って差し上げましょう」


ここまで引っ張った理由がシャーリャと一緒に死ぬためだと?そんなことあるはずもない…覚悟を決めなさい!聖王の姫!!

手にありったけの魔力を込める。プチンプチンという音が耳に聞こえてくると同時にじごく地獄の底と思わせるようなほどの痛みが襲いかかる。こうして完成した魔法陣を発動する。


「【快聖結界】…!カッハッァ………!!」

魔力血管が切れた感覚がする。吐血をするまでに内臓は酷く損傷した。このままでは殺される前に死ぬだろう。しかし、これは聖王が開発したオリジン魔法であり、回復と結界を同時に併せ持つ最強の結界。


「……!?なんです、その魔法。魔力消費が激しすぎる!それだというのになぜあなたは死なないのですか!?」

「この規模の範囲であれば、この結界内の回復のおかげで私は多少のダメージで済んでいます」


しかし、このまま耐久戦となれば死は確実…シャーリャを回復して全速力で逃げるのが最前。

ラクさん後で絶対に回収します!


「しかし、私も舐められたものですね……」

「舐めてないからこそ、命を削って私は戦ってるんです!!」

「だからこそです。命が揺れている状態でこれほどの大いなる魔法を完璧に使えると思うなんて、片腹痛いですね」


結界の周りに大量の漆黒の魔法陣が現れる。これは蹄の召喚だろう。予想通りに蹄の連撃が繰り出された。

聖王の魔法であるので完璧でなくとも、たしかに強力ですべての攻撃を防いでいた。

しかし、徐々に結界にダメージが入り、ほんの少しの時間で結界はひび割れ、そのまま破壊されてしまった。


「言った通りでしょう?聖王が使っていたならたしかに今の私では術者まで攻撃が通らなかったでしょう……」

「たしかに、お父様が創った魔法です。私は未熟かつ弱い。でも、私はまだ諦める訳には!!なに...こ...れ...」


途端、私は視界が暗くなる。聞こえるのは声だけ。

力が入らない...目が開きません。私はもう動けないのですか?


「やはり倒れますよね。これほどの魔力を消費し、私とやり合っていたのですから。まぁ、私的には殺しやすくて良くなったのですけど」


私は...私は...!!もう、いいですよね...

死ぬならこの世界のことなんてどうでもいいのではないか?と心で強く思ってしまった。

お父様には謝らないと行けませんが、あの世で幸せに暮らすのも悪くないのかも知れませんね..


悔しさで歯を食いしばりたいが、それすらできないほど体は壊れていた。

楽になりたい。ただその一心でしかなかった。


「今楽にしてあげましょう。これが慈悲というやつですかね...」


悔しい思いが、今は感謝でしかなかった。

一思いにやってくれと願うばかりである。

木同士が擦れる音が聞こえ、ようやく死ねると安堵を込めた。


「では、さようならお姫様」


グサッ

刺さる鈍い音が聞こえる。

しかし、私ではなかった。何も突き刺された感覚がなかった。アンガス自身だった。刺された部分から血が溢れ出る。


「すまない姫さん。【超回復】」


この声に聞き覚えがあります。出会ってまもなく、弱々しい人。優しい人。

聞いたこともない魔法(?)により、体は急速に治癒を始めた。ボロボロの体は傷一つなくなり、体に力が入る。

視界がクリアになった。


目の前にいたのは、さっき殺されたはずのラクさんだった。

アンガスは何が起こったか分からず、一瞬フリーズを起こしていた。しかし、すぐに刺された痛みに正気を取り戻したようだ。


「な、なぜです!?貴方は私が確実に殺したはずでは...!!」

「そうだな。全く、俺もヒヤヒヤしたな。しかし、鹿王とかいうやつの力は確かに強い」


私の知ってるラクさんではなかった。この雰囲気、口調...あの病室の時の二重人格...?

うんうんと頷く彼の後ろ姿は死ぬ前とは明らかに違っていた。


「あなたはラクさんなのですか...?」

「そうだな...あの時言ったように二重人格だ」


強者。この言葉に尽きるだろう。彼の後ろ姿はそれほどまでに感じる風格であった。

二重人格と言えど雰囲気までも変えることが可能だと言うのでしょうか...?


「まぁ、もう一度あの世に送り返すまでです!」

「次はそう行かんぞ...さっきまでとは違う強さだな。俺も少し本気を出そう」

「少しの本気で私と同等にやり合うまでになれると思いで?」


アンガスは確かに、静かにブチ切れていた。

傲慢かつプライドが高い男なのだから。


瞬間、目にも止まらない速さで木がラクに向かって牙を剥く。

しかし、それ以上の速さでラクはその場を飛び離れる。


「芽は息吹き 永遠(とわ)の日を超え 春日の

満開へと 花開け 【華斬乱春(はなぎりらんしゅん)花憐(かれん)】 」


着地した直後、詠唱を始める。

唱えているとザワザワとラクの周りに花びらが舞い、次第に花の嵐となって包み込む。

花は散り、現れた姿はさっきまでとは違う服を身につけ、腰には刀をさげていたラクの姿である。

東の国の人々が着ていると聞いたことがあった。


「その姿は...侍ですか」

「この世界にもその文化があるのか?」

「異世界人が広めたという話を聞きました。しかし、所詮姿が変わった程度というもの。私に勝てると思わないことですね」


満開で花畑が広がっていた地は今は荒れ果てた荒地となっていた。土埃が立ち上がる。

ラクは刀に手を触れる。アンガスも木々を動かし、蹄を召喚する。一触即発。

最初に動いたのはアンガス。先手必勝とばかりに一気にすべての攻撃が繰り出された。

ズゴーンというけたたましい音を立て、大きく地面が揺れた。

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