二十七話 鹿眠る、闇の花園で 肆
手には浮き袋を持っている。こんなものをこの綺麗な花園で握りしめている奴は他のどこにもいないだろう。しかし、これはこの戦いに終止符を打つため…いや、目の前の化け物を救うためだろうか。
背後では神々しく、黄金に輝く魔法陣が展開されている。きっと回復魔法なのだろう、目の前の化け物を意地でも彼女たちに近づけさせる訳にはいかなかった。そんな意思があっていても、体が萎縮してしまい、足を踏み出すことも出来なかった。
「姫さん達はもう戦えない。しかし、対面で見ると化け物だな…【鑑定】」
さっきまでは彼女達にヘイトが向いていたおかげで、そこまで殺気を受けなかったが、受けた途端冷や汗が止まらなかった。目の前にいるのは死も同然……
どんなものなのか気になり鑑定を使ってみた。しかし、見えたのは
鹿王 エル・ステラ〈七王を冠する者〉
体力・・・閲覧不可
攻撃・・・閲覧不可
魔力・・・閲覧不可
のみだった。
他も閲覧不可に埋め尽くされていた。ここまでの化け物はあの時のゴブリンキングの時以来だな。いや、明らかにあれより強いのは明確だろう。
俺はこの手に握る浮き袋を使い、やつの纏っている瘴気を取り除く。できるのかと、不安になるが今はできる出来ないよりやるしかないのだ…
思っているが萎縮して一向に前に進むことが出来なかった。鹿王は何故か動けない俺を見つめていた。
何だ、急に止まっておれの作戦がバレている?まぁいい、身体強化が切れるまでの時間を無駄にする暇はないぞ。
しかし、萎縮して足が動かない。
動け!動いてくれ!と願い、必死に一歩とまた一歩、歩む。歩く度に萎縮が剥がれ落ち、簡単に走れるほどまでに速度は増していく。
マラソン選手よりも何倍も早い足で鹿王に近づいた。奴の目は一瞬、驚愕しているように見えた。俺はすかさず、浮き袋内の空気を押し出す。
軽く手の力を抜けば、浮き袋は勢いよく空気を吸い込んだ。それの軌道に乗せて、瘴気を吸おうとすると、鹿王は何かに気づいたのか急いで距離を取った。
「は、早い…少しも吸えなかった…!?」
目にも止まらぬ早さで動いた鹿王は俺を危険因子と見なしたのか、速攻攻撃を繰り出す。…蹄だ!
どこだと周りを見渡すがどこにもない…と思ったら下だった。俺は高く打ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。身体強化がなければ今頃、死んでいた。
「ひ、卑怯だと思わないのか!!この、鹿やろう!!」
それでも、痛いものは痛いのだ…俺は怒りを言葉が分からないであろう鹿に浴びせる。
やつの顔は困惑していた。
俺の言葉が分かるのか?
しかし、その疑問も命取りであった。やつはまたも蹄を召喚し、俺に攻撃を繰り出す。
最初は幾度となく放たれた蹄は、次第に数を減らしていき、避けれる数にまで減少した。
数が減った?何故…?鹿王の魔力切れか?いや、王ってぐらいなんだしこんなことで無くなるはずがない。
好機だ…!!
俺はこの好機を逃さず、一気に間合いを埋めた。何故か、鹿王はさっきよりも反応速度が激変していた。数分前であればこの瞬間、距離を取られていただろうがそれをしてこない。
すかさず浮き袋の空気を吐き出させ、空っぽにする。もう後がないんだ頼むと神頼みをした。すると、鹿王の身体の一部が黒紫から白色の美しい毛並みに様変わりした。
吸い込むことに成功したのだ…
「やったぞ…!これで。これで?」
どうするのだ…俺は吸い込むとして聞かされてない。俺は呆然と立ち尽くした途端、横から蹄が現れた。
「──────ガッハァァッ!?」
バキッと音が鳴る。何度も聞いた音だ…骨が折れた。恐らく、肋骨がやられた。内臓部分の損傷はない…まだ、やれる。
「グッ……!まだ、だ。」
倒れる訳にはいかない。この痛みにはもう何度も味わった…その時は、諦めしか感じていなかった。もう動くことが叶わないであろうその無気力から。
しかし、今は違う俺がやらなければ彼女たちに危害が及ぶのは確実。ここで引けばカッコ悪く死ぬだけ…!
「鹿王ぉぉぉ!!俺はまだやれるぞ!!」
鹿王はこちらを振り向くが、一切の興味が無さそうである。ぷいっと向きを変え、その視線の先は姫さんと騎士さんだった。
「行かせるかよぉぉ!!」
「待って…ラクさ、ん!」
姫さんの止める声が聞こえた。だけど、走り出したらすぐには止まらんのよな……
踏み出した足は加速し、鹿王に近づく。剣を抜く、この速度で剣を刺せば多少のダメージが入るだろう。
「行っけぇぇぇ!!」
剣先を前にして持つ、そのまま速度を維持し、奴に突撃する。しかし、止まった…体が動かないのだ…
「な、にこれ?」
王様と対談した時にもこんな事があったな…今回も何かのイベント発生か?
『お前はバカのか?楽…』
「さっきの…」
『なんで、お前はそう思い立ったことをすぐにするんだ…リスクを考えろ、お前は考えることをしろ。このまま行けば死ぬだろうな』
顔も分からぬ男は当たり前かのように言った。
「じゃあ、どうしろってんだ…オレがやらなきゃ誰がやるんだ!」
『俺はこの次元に干渉できないんだが、お前が死なれると俺はとても困る。助けよう』
「た、助ける?それに次元って…?」
困惑の声しか漏れない。時間が止められる力、次元だの…それに加え、俺を助ける?
こいつと会うといつもそうだ、困惑しかない。意味がわからないのだこの男は…
しかし、ここで死にたくないのは俺も同じだ…助けてもらうしかない。
「頼む…助けてくれ」
『いいだろう。時間が動き始めたら、こういうのだ。【感覚共有】とな。何も起こらなければ才能がないのだ。諦めて死ね』
「は!?」
助け舟を出したかと思えば、無理ならば死ねと?なんなのだこの男は…男なのかも怪しいが…
身勝手な発言に苛立ちが出る。死にたくないと言ったのに死ね?となんだこの情緒不安定な奴は。
『まぁ、そんな苛立ってもやるしかないのだから。諦めろ』
「それはそうだけど…ガチ?」
『ガチとは?』
影はキョトンとした顔を作り、聞き返す。
「これが成功すれば命が助かるって…」
『確実だ』
こんな情緒がおかしい奴の確実なんぞ信じていいかも分からないが俺には今信じるしか道はない。
『そもそも、お前が馬鹿じゃなければこんな状況には…言っても無駄かもう。まぁいい、上手くやれよ楽』
「わかった 」
そう言い消えていった、直後時間が動き出す。
「待て、猶予は?ない感じね!ガチで覚えてろよあの影野郎!!確か、【感覚共有】!!」
何も起こらないと思っていたが、体が勝手に剣を手放した後、バク転をすることで勢いを殺した。
何が起こったかも分からない俺は、体の融通が聞かないことに恐怖と違和感を覚えた。そう唱えてから体に何かが刻まれた気がする。
何か辛い事をした…そんな思いが体に刻まれた。
それと同時に脳内に何かが聞こえるようになる。この声は…優しくも、危機を訴え、助けを求めるような声。俺はその声に耳を澄ます。
『君、声が聞こえるなら心で返事をしてくれ。この感覚は久しく忘れていたが思い出した!君か?』
『そうです』
『やはり!』
落ち着く声だが、声色から確かに喜びを感じる。
声の主は続けて願いを言う。
『お願いがあるんだ。私は鹿王の意識…正気に乗っ取られ今体の自由が効かない。リリ…お姫様が首に下げてる首飾りを君が吸い込んで出来た穴にそれをぶつけてくれ!』
『鹿王様!?本当に囚われていたんですね。分かりました、ですが僕はもう身体強化が切れました』
最後の突きの動作の時に身体強化のリミットを超えたのだ。助けたくとも助けれない…あの速度でやらなければ返り討ちにされて終わる。
『わかった。私の加護を授け、君のスキルを全てもう一度使えるようにしよう』
『マジですか!?そんな事が出来るなんて…』
『伊達に七王をしてないよ…とにかく頼んだよ少年』
ここまで会話は現世にして二秒。
ペンダントね…スキルの使い方が大事だね1度しか使えないんだから…ん?全部?
鹿王の言った言葉に疑問を覚えた。なぜなら、俺のスキルはスキルポイントを消費して、使用できる。
だが、鹿王の言い方は無条件で全てのスキルを使えるということだ。
「まぁいい…とりあえず、ペンダントだ!姫さん、こちらにペンダントを貸してください!」
俺は急ぎ足で彼女に近づき手を差し出す。彼女の大切なものを簡単に渡されるとは自分でも微塵も思っておらず、かという彼女も急な願いに戸惑っていた。
「へ?こ、これは父からの形見なのですけど…」
「それが必要なんです!」
「で、ですが…いえ、渋る場合ではありませんね。父が残した意思…貴方に託します!ラクさん」
彼女は心を決め、俺に手渡す。彼女の大切なものをしっかりと握りしめ。振り向く。
まだ、終わってない。ここからが本番って訳ね。
俺は身体強化を掛け、体が軽くなる。さっきのようなミスはもうしない…逆にあれが奇跡まである。
それに、どう動けばいいのか、先程から手に取るように分かる。これも、感覚共有とかいうものの影響なのか?
俺はそのまま駆け出す。身体強化でバフがかかったスピードはすぐに最高点となる。
しかし、その速さでも鹿王は俺を捉えていた。飛んでくる蹄を避け、ペンダントを突き出す。
「うぉ!なんだ…俺の体動けよ…!!」
急速に減速し、止まる。融通が効かない体に気持ち悪さと共に憤りを感じる。
しかし、それは俺の本能かはたまた別の何かの力なのか分からないが、鹿王の様子がおかしい。
「グギュルルル…ウルウォォ!!」
雄叫びをあげた瞬間、鹿王の周りに木々が生え出す。まるで意思があるかのように木々は鹿王を守るようにくねくねと曲がる。
ツー…と額から汗がでる。これは予想外だ…確かに蹄しか使ってなかったとはいえ…ここまでの力がまだあるってのか…?あのままじゃ、近づきも出来ない…どうすれば…?
解決策を考える暇もなく、木々は俺に向かい伸ばしていく。先端は鋭く尖り、四方八方から突き刺しにくる。
「ま、まずい!!」
俺は木々の隙間を抜けるように走る。このままじゃ…死ぬ!!あの木、殺意高くて死ぬ!!
まずい…まずい…どうしよう。斬りまくって、近づくのか?そこまでの剣技が俺にあると思うなよ!!
無理難題を突きつけてきやがって…【スラッシュ・I】も1回しか使えないから…いや、待てよ?これなら?やるっきゃないな。
そんなことを考えてる間にも鋭い木々は俺に向かってくる。俺はそれをスライディングで避け、そのままスキルを打つ。
「【スラッシュ・I】!!」
剣先から放たれた斬撃は花を切り裂き、風によって舞う。その光景はまさに花の雨。降り注ぐ花は鹿王の視界を遮る。今だ!!
「ここだぁぁぁぁ!!」
一か八かの賭けに勝ち生まれた隙を逃さず、加速し、ペンダントを瘴気の無い穴に当てる。すると、ペンダントは黄色く輝き出し、周りの瘴気を食い尽くす。
「ウヴォォォ…!!」
鹿王は苦しみ出し、最後の力を振り絞り、蹄、木々による連撃を繰り出した。しかし、普段なら死んでいるだろうが、今は体が勝手に避けてくれる。慣れれば何とも便利な物だ。
瘴気は鹿王の体から消えた。吸い尽くしたペンダントは黒く濁り、地面に落ちた。
「お、終わった?やったぁぁ!」
「ら、ラクさん…!!」
「姫さん俺やりまっ…!グフッ…!」
振り向こうとした瞬間、胸に痛みを感じる。痛みのある方を見れば、鋭く尖った木が俺を貫いていた。
「な、なん、で?ガハッ…!」
瘴気は取り除いたはずなのに…どうして?まだ、敵対するんだ…?これで終わるんじゃ?
「ククク…!!傑作ですね!まんまと騙されてくれて!」
鹿王は心の中で覗いた時の口調とは違っていた。
「だ、まされ、た、だと…?」
「危なかったですね…貴様がまさか本体と会話ができるなんて...想定できていませんでした。しかし、私は優秀、天才!!なので…少し会話を改竄させて頂きました」
高らかに笑いながら言うそれは傲慢であるが、確かに完全に対策を施されていた。
なにも言い返せないまま、俺はそのまま力尽きた。




