賭け皿
「イオリ君…本当に助かったですです…」
「何がですか?」
「アリアさんを説得してくれた事ですです…」
「ああ…いえ、アリア先生の優しさに付け込んだ形になってしまいましたが…」
ハルトリアス学園の校舎内…唯織とシフォンはアリアに言われた事を達成する為に生徒からの奇異な目線を受けつつある場所へと向かっていた。
「それでイオリ君…ほ、本当にアリアさんの計画が成功すると思ってるんですです…?」
「ええ、アリア先生は必ず成功させます。…唯一の懸念としては僕かシフォン学園長のどちらかが失敗する事です。まぁ…失敗したとしてもアリア先生が何とかしてしまうと思うので手を煩わせない様にしたいですね」
「…何でそこまで確信出来るんですです…?」
「僕達の事を何よりも大切にしてくれる大好きな先生ですから自然と信じられるんです。アリア先生が僕達に言ってくれた事、教えてくれた事、やってくれた事、約束してくれた事…信じさせてくれる根拠はいくらでもあります」
「そうですですか…私もそんな先生になってみたかったですです…」
絶対の信頼…笑みを浮かべる唯織…その表情を見るだけでアリアがどれだけ教師として優れているのかわかる同じ教職のシフォンは魔道具を作る事しか出来ない自分の不甲斐なさで苦笑を浮かべるしかなかった。
「…そういえばお伺いしたい事があったのですが聞いてもいいでしょうか?」
「…?何ですです?」
「何故ターレア王子の階級制を承認されたんですか?」
「あ~……」
唯織の問いに気まずそうにするシフォンは唯織の腕を引っ張り自分の頭の高さまで唯織の耳を持ってくると小さな声で呟く。
「私はこの学園に来て3年目なんですです。その時はターレア君の血統魔法を調べる為に学園長になっただけで学園の事は何もわからず興味も湧かず…そんな時にターレア君から提案されて承認したんですです。結果的には生徒の自主性も向上して右肩上がりでうまくいってますます。更に学園外でのいざこざも何故か第二王子が治安部隊ロイヤルナイツを結成したりと上手くいって…不甲斐ない事にターレア君の血統魔法『運命』のおかげですです」
(根っからの研究者気質…ターレア王子を調べれば調べる程情が沸いて今に至るって感じかな…?シフォン学園長はロイヤルナイツがターレア王子達だと言う事は知らない…?)
「なるほど…ちなみに『運命』がどういう血統魔法なのか教えてもらう事は出来ますか?」
「ん~……ごめんなさいですです。それはターレア君本人に聞いてみてください…私の口からは…」
(そりゃそうか…いくら協力すると言っても信用はし切ってないもんね…)
「わかりました、なら直接聞いてみます。ちなみにシフォン学園長は二つ目の血統魔法はご存じなんですか?」
「…詳しい事は言えませんが正直言って最強の血統魔法ですです」
(正体は知っている…最強の血統魔法か…なのにリーナとの試合は降参した…リーナはその最強の血統魔法を凌駕する程強くなったのか、それともわざと降参した…?僕としては前者だと思ってるけどどっちにしろ直接聞いた方が早そうか…ティアさんから少しでも聞いておけばよかったかな…)
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ…っと、ここですです。ここがターレア君達の教室ですです」
「案内ありがとうございます。…では、アリア先生の計画通りに動いてください。くれぐれもバレない様に…後、裏切らない様にお願いします。もし裏切ったらアリア先生が何をするか…この国をどうするかわかりませんから…後、この魔道具はお借りしますね」
「が、頑張りますます…では私も動きますます…」
「はい、気を付けてくださいね」
意匠が豪華で頑丈そうな黒い扉…目的地であるターレア達の特別教室へと到着した唯織はシフォンに怖い釘を刺しつつ見送り…
(さてと…血統魔法『運命』か…流石にアリア先生もどう対策すればいいかは教えてくれなかったし…まずは過程まで見えてるのか、結果だけが見えてるのかを確認してみるか…でも二つ目の血統魔法を調べるのにこれを使えってどういう事だろ…?アリア先生は二つ目の血統魔法を既に知ってる…?)
ジャケットの裏にあるアリアからもらった物の存在とシフォンから借りた魔道具の存在を確かめ扉をノックすると不機嫌そうな声が返ってくる。
「どちら様?ウチらは今忙しいんだけど?」
「ターニャさんですか?レ・ラーウィス学園の由比ヶ浜 唯織です。お話があって来たのですが…」
「は、はぁっ!?何の用だよ!?ウチらを笑いに来たのかよ!?」
「いえ、話をしに来ただけなのでこの扉を開けてくれると助かるのですが…」
「誰が開けるか!!お前らの所為でウチらはっ…どっか行きやがれ!!」
(うわぁ…いきなり躓いた…?あんな事があったばっかりだし仕方ないと思うけどシフォン学園長にあんな事を言った手前こんな所で躓くわけにはいかない…少し踏み込んでみるか…)
「なら言い方を変えます。ターレア王子の二つの血統魔法に興味があって来ました。この扉を開けてくれませんか?」
「っ!てめぇ…!」
扉越しでもわかる怒気を孕んだターニャの声に踏み込み過ぎたかと息を呑むとガチャリと音が響き扉が開いた。
「ちょっ!?ターレア!?」
「…いらっしゃいイオリ君。中に入りなよ」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべ来る事がわかっていたとでも言いたげなターレアに促されるまま特級クラスの教室に入ると長テーブルの上には湯気が立つ淹れたての紅茶とクッキーが置かれていた。
「…用意周到ですね?お茶まで用意されているなんてこれがターレア王子の血統魔法『運命』ですか?」
「…さぁ、どうだろうね?とりあえず座りなよ」
「わかりました、失礼します」
今だ敵意を剥き出しにしているターニャと腕を組んで睨みつけてくるアーヴェントを無視して唯織も腰を下ろすとターレアも対面に座り口を開く。
「ターニャとアーヴェントは気にしないでくれ。…流石にあの後だからか気が立っているんだ」
「別に問題ありません。こういう視線には誰よりも慣れているので」
「そうか。…で、俺の血統魔法について興味があるんだよね?」
「ええ、正直裏で探るという手もありましたが僕もアリア先生も腹の探り合いは好みません。本人から直接聞けるならそれが一番なのでここに来ました」
「…それは俺への当てつけのつもりかい?」
「別に裏で探る事は悪い事では無いと思っています。僕だって出来る事なら事前情報があった方がやりやすいと思いますが、ただ今回は相手が悪かったとしか言いようがありません」
「…君も踏まなくていい虎の尾を踏んだって言いたいのかい?」
「虎と言うよりは狼ですけどね?」
「…はは、確かにそうだね。狼の尾を踏んだ所為で俺達は食い散らかされた…その上イオリ君は骨までしゃぶりたいのかい?」
「どう受け取ってもらっても構いません。僕は僕のやるべき事を全力でやり遂げるだけです」
「やるべき事…?俺の血統魔法を知るのとイオリ君のやるべき事がどう関わってくるんだい?」
(ここだな…)
「傷、他人、二つの血」
そう言うとターレアの目がスッと細まり笑みが消えた。
「………何が言いたい?」
「運命の奴隷を鎖から解き放つ…こう言えば伝わりますか?」
「っ!?」
唯織の言葉に目を見開き動揺したと思った瞬間ターレアの魔力が跳ね上がり、長テーブルを挟んでいるのにも関わらず一瞬で何の前触れもなく唯織の隣に立ち胸倉を掴み上げた。
「何処まで知っている…?」
(転移…じゃない、空間の揺らぎが無かった…なら瞬間移動…?いや、空気の動きも全く感じなかった…何だ…?今のがターレア王子の二つ目の血統魔法…?)
「何も知りませんよ。僕はアリア先生と血統魔法を二つ発現させる方法を仮説立てただけです」
「……何故、今この状況に驚かない?既にどういう血統魔法なのかわかっているんじゃないのか?」
「この状況に驚かないのはアリア先生や姉さん、テッタ達に色んな事で驚かされているから今更この程度で驚けないんですよ。ターレア王子の今の不可解な移動についても何もわかってないですよ?だからこうやって聞きに来たんです」
「……」
そう言うとターレアは乱した唯織の襟を直しまた空間の揺らぎもなく、空気の揺らぎもなく一瞬で席に着きため息を吐いた。
「…イオリ君達が只者ではない事は痛い程わかった。…で?何故イオリ君は俺の事に首を突っ込むんだい?イオリ君達からしたら俺達は君達の仲間を害する他人で略奪者のはずだ」
「なら僕からも言わせて頂きますがターレア王子からしたら僕達はターレア王子の居場所を奪った侵略者のはずです。なのに簡単にティアさんを僕達の控室に向かわせた…ここにエルダさんやレイカさん、ルマさんやキースさんがいない事を鑑みるにレ・ラーウィス学園に転入したいと言い出して碌に引き留めもせずに送り出したんじゃありませんか?」
「……話がズレている。君達が今更他人でも侵略者でもどうでもいい…俺はイオリ君が何故、俺の事に首を突っ込むんだと聞いたんだ」
(…何故首を突っ込む…か…アリア先生は僕達の身の安全を考えて僕に何故かと理由を聞いた…だけどターレア王子は何故自分の事に首を突っ込むんだと理由を聞いてる…なら…)
「…可哀そうだからですよ。運命に振り回されているあなたが哀れに思えて仕方なかったんです」
「…可哀そうだから…?哀れだからだと…?」
「ええ、僕の姉に似て可哀そうで僕に似て哀れだと思ったからです」
「お前…!!お前に俺の何がわかるんだ!?!?」
また一瞬で移動してきたターレアに胸倉を掴み上げられた唯織だったが一切表情を動かさず憐れみを感じる声色で呟く。
「…誰かにわかってもらおうとした事はありますか?」
「っ!?」
「誰かに助けてくれと言った事はありますか?辛いと言った事はありますか?」
「お前…」
「誰かを本当に信じようとした事はありますか?誰かを本当に助けたいと思った事はありますか?」
「やめろ…」
「誰かを本当に好きになった事はありますか?誰かを本当に守りたいと思った事はありますか?」
「やめろ!!!!」
「っ…」
ターレアの拳を避けようと思えば簡単に避けられた…だが唯織は何も抵抗せずに拳を頬に受け入れ口の中にジワリと鉄の味が広がるのを感じた。
「お前は…俺の何を知っている…!!」
「何も知りません。だから本人に直接聞きに来たんです。でもタダで聞くつもりもありません…だから僕と運命を賭けたゲームをしませんか?」
「は…?頭がおかしいのか…?運命を賭けたゲームだと…?この状況で言い出す事か…?」
(…ターレア王子は運命の過程は見えない、結果だけが映像としてか直感として感じられるんだな…確信に変える為に試してみるか)
「僕がここで運命を賭けたゲームと口にする運命だったんですよ。それともわかりませんでしたか?」
「っ!?お前…!!」
もう一度唯織の頬を殴ろうと腕を振り上げた瞬間、
(殴ったらアーヴェントとターニャを殺す)
「っ!?」
目を見開き腕を止めるターレア…。
「…どうしたんですか?何か嫌な運命でも見えましたか?」
「貴様…!!今、アーヴェントとターニャをこの状況から殺そうとしただろう!?」
「「っ!?」」
(成程…結果を見てから止める事も出来るのか…ん…?でもそれって運命というより未来予知じゃないか…?気が引けるけどもう一度…)
「…そんな事するわけないじゃないですか。ちなみに僕はどんな風にアーヴェントさんとターニャさんを殺していたんですか?」
(答えなかったら殺す)
「っ…」
人畜無害そうな笑みを浮かべつつ心の中でどす黒い感情を露わにしてターレアに問うとビクリと身体を震わせ弱々しく胸倉から手を離した。
「真っ白の…大鎌…それで首を…」
「…そうですか。でも僕はそんな大鎌持ってませんよ?」
「…大鎌を創り出す血統魔法を持っているんじゃないのか…?」
(確定だ…ターレア王子は空間収納からアコーニトを取り出した過程は見れてない、アコーニトで二人の首を跳ねた結果だけを映像として見たんだ。でもまた一つ疑問だ…僕がアーヴェントさんとターニャさんを殺すと心の中で思った時、ターレア王子は確かに僕がこの状況から二人を殺した運命を見たはず…なのにその運命を捻じ曲げた…?捻じ曲げる事が出来るのに負ける運命だって言ってリーナとの試合を放棄した…?何か辻褄が合わない…やっぱり本人から聞くしかないか)
「僕は血統魔法を持っていませんよ。もし持っていたら僕は今とは違う道を歩んでいたと思います。…で、僕と運命を賭けたゲームをする気になりましたか?ターレア王子は血統魔法を使用して構いませんし、アーヴェントさんとターニャさんも含めて三対一でもいいですよ?」
「……アーヴェントとターニャに手を出さない事を約束するなら受けてやる」
「わかりました。では…これでゲームをしましょうか」
赤くなった頬をさり気無く撫でて復元魔法で癒した唯織はアリアからもらった物を長テーブルに広げた。
「…トランプとチップ?」
「ええ、別に僕は殴り合いをしに来たわけじゃありません。素直に聞いてお話が聞ければそれでよかったですし、聞けなければトランプゲームでお互いの情報を賭け皿に乗せて聞き出すつもりでしたから。やるゲームはポーカー…チップは僕が5枚、そちらは三人で5枚ずつの計15枚。三人のうち誰でもいいので僕より役が強ければ勝利で僕のチップを一枚差し上げます。僕は三人より役が強ければ勝利で三人のチップを一枚ずつ、計3枚を頂く…まぁ負けた時のチップはターレア王子側が多いですが、誰か一人でも僕に勝てばいいので我慢してください。これでチップを手に入れたタイミングで質問をして正直に答えて情報の暴露、最終的にチップを全部獲得した方が勝利で何でも一つ言う事を聞く…ターレア王子側が勝利すれば僕は三つ言う事を聞く、僕が勝利すれば三人それぞれが一回言う事を聞く…どうですか?」
「…トランプを確認させてもらっていいか?」
「ええ、どうぞ」
長テーブルに広げたトランプを一枚ずつ入念に確認するターレア達は…
「…わかった、その勝負受けて立つ」
「はい、よろしくお願いしますね先輩?」
笑みの死神を忌々しく睨みつけた…。




