二種類の血
「うー…ごめんなさいですです…ちょっと大物感を出してみたくなっただけなんですです…」
「「……」」
ソファーの上で土下座するシフォンに生暖かい視線を向けた唯織とアリアはまだまだ暖かいコーヒーに口を付けた。
「それで、先程仰っていたターレア君を運命という鎖から解き放って自分という物を持たせて欲しいというのはどういう事なんでしょうか?」
「そうですです…」
土下座から佇まいを直したシフォンはコーヒーを一気に飲み干し表情を改め語り始める。
「ではでは本題…ターレア君には血統魔法が二つあるんですです。これは凄く凄い事であり得ない事なんですです」
「確かにそうですね。本来、血に宿る魔法は一つ…異なる血統魔法を有する両親から生まれた場合、どちらか片方の血統魔法を受け継ぐか、全く別の血統魔法を授かるか、発現しないか…この三パターンしか確認されていませんものね」
「ですです。なのでなのでそのあり得ない事を調べる為に私がこのハルトリアス学園の学園長になったんですです」
「調べる為に学園長になった…?」
まるで学園長である事は二の次の様な言い回しに小首を傾げるアリアだったがその疑問に答える様にシフォンはぶかぶかの白衣から自分の顔写真付きのカードを取り出した。
「私はシフォン・アンテリラ、前学園長ユートリア・アンテリラお祖母様の孫で現学園長兼、ムーア王国国家直属魔道具開発部門の所長補佐ですです。開発部門には15年程所属してて父親は同じ開発部門の所長、母親は魔法開発部門の所長なんですです」
「国家直属……23歳…?」
「…という事は8歳の時から国家直属の魔道具開発部門に所属しているんですか…?」
「ですです。ぶっちゃけ私天才ですです。生活を豊かにする魔道具の発案、制作はもちろん軍に配備される強力な魔道具なんかも開発してるのは私ですですし、最近は大量の建築材料を運搬する為に重量を軽くする様な魔道具を開発中なんですです」
「すごいわね…失礼しました。あまりの驚きで口調が…」
「すごいですね…」
「いえいえ、喋りやすい口調でいいですです」
「そうですか…なら遠慮なくそうさせてもらうわ」
まさか当たり前に使っている生活基盤を支える魔道具の発案開発を目の前にいるシフォンがしているという事に唯織とアリアが驚くと気分を良くしたのか皆のコーヒーを淹れ直しながら続きを語る。
「ちなみにターニャちゃんも血統魔法を使って試作魔道具を作ったりと私の補佐として働いてるんですです」
「まぁ、ターニャの血統魔法は何でも創れるから想像は付くわね」
「でで、前任のユートリアお祖母様は高齢な事もあって両親のどちらかに学園長を任せるのかと思っていたらまさかの私だったんですです。正直人の命を奪う魔道具は作りたくなかったのでよかったんですですけどね」
「なるほどねぇ。…でも調べるってどういう事かしら?魔道具開発部門の父親は関係なさそうだし、魔法開発部門の母親の方から調べる様言われたのかしら?」
そうアリアが問うと笑みを浮かべていた表情を暗くして呟くシフォン。
「ですです。…が、実は国王様や第一王子、第二王子からも同じ様な命令が下っててこの三年間ずっと見てきたんですですが…」
「全くわからない…かしら?」
「ですです…もしわからなければきっとターレア君は二つの血統魔法の謎が解けるまで実験台にされると思うんですです…でもでも正直…私としては人体実験の様な事をしたくないですですし、謎が解明された時、同じ様に血統魔法を二つ持つ子を産む為の実験とか…非人道的な実験が始まるかもかもと…」
「全然あり得る事よねぇ…」
「ですね…簡単に想像出来ます…」
魔法が全てのこの世界…強力無比な血統魔法が二つも使える様になれば力を求める人は必ず手を伸ばす…そんな血みどろに塗れた未来を想像する三人…。
「それに…ターレア君はこれから自分がそういう実験体にされる運命が見えていると思うんですです。だからだから…」
「その運命から解放して欲しい…ってわけね。シフォンは王国からの命を受けているからどうしようもない、だから私達なのね?」
「はいですです…それにそれに、透明の魔色を持つお二人はこの世界では非常識なんですですよね?ガイウスさんから色々聞いてるですです…」
「「…」」
「だから…助けてくれませんか…?もう…出来る事は全部したんですです…」
ターレアの事を思ってか、何も出来ない自分に対してか大粒の涙をぶかぶかの白衣で拭うシフォン…そんなシフォンの気持ちを汲み取った唯織は目を閉じて考え込むアリアに言う。
「…アリア先生、僕はこれからの事を考えるならこの話を受けるべきだと思います」
「…どうしてかしら?」
「もし、血統魔法を二つ持つ実験が始まってしまったら血統魔法が発現出来なかった人達の扱いは想像に難くないです。…きっと僕の様な扱いをされる人が大勢…だから何とかした方がいいと思います」
「…唯織はいつからそんな博愛的になったのかしら?クルエラの言うそういう優しさに当てられたのかしら?」
「そういうわけでは…」
「唯織は今、シフォンの涙を見て私に話を受けるべきだと言ったけれど、私はこの世界であなた達しか特別扱いをするつもりはないわ。だからターレアだってどうでもいいし勝手に実験台にでもなればいいとすら思っているわ。何故そんな今日あったばかりの奴を助けると思い至ったか…取り繕った答えじゃなくて自分の本心を語りなさい」
「僕の本心…ですか…」
非情とも言えるアリアの答えを聞いた唯織は思う…。
(何で救いたいか…何でだろう…確かに今日あったばかりのターレア王子…更にはあんな最悪な出会い方をしたのに何で僕は救いたいと思ったんだ…?師匠が僕を拾ってくれた様にティアさん達を保護したターレア王子に師匠の面影を重ねたから…?違う…僕と同じ運命に振り回される奴隷だからだ…)
最初は詩織の面影を重ねて似ていると思った…だけどティアが控室に来た時に聞いた話と今の状況を知った唯織は自分と面影を重ねて言う…。
「…僕と似ていると思ったからです」
「……それだけじゃ王国の闇に足を突っ込む理由にならないわ。ユリも言っていたわよね?厄介ごとに首を突っ込むつもりはないって。これはティリアの時とは違うのよ?国同士のいざこざになるかも知れない…いえ、確実にいざこざになるわ。そんな事にあなた達を巻き込みたくないし余計なしがらみを与えたくない…それに友好国のハプトセイル王国はどうなるかわかるのかしら?」
「アリア先生はいつも僕達の事を想ってくれているのは痛いほど知っています…でも、アリア先生なら何とか出来る…僕はそう思っています」
「…そうやって頼ってくれるのは嬉しいけれどあなた達以外にそうするつもりもないし、仲間を大切にしないあんな奴にどうこうするつもりもないわ。シフォン、申し訳ないけれど『待ってください!』…」
「あの時の約束…入学したばかりの時の実力テストで言っていた『私に傷を付ける事が出来たら何か一つ言う事を聞いてあげるわ』という約束…覚えていますか?」
「…ええ、覚えてるわよ」
「ならその約束をここで使わせてください。僕からのお願いです……叶えてくれませんか…?」
「………」
あの時のお願いを自分の為に使わず他人の為に使おうとする唯織にアリアは目を閉じ長い長い沈黙を作り…
「………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…わかったわよ…唯織に免じて何とかしてあげるわよ…」
「アリア先生…ありが『ただし、言い出しっぺの唯織には手伝ってもらうわよ?』…はい、もちろんです!」
「…ったく、後その約束は自分の為に取っておきなさい。…シフォン、その願い叶えてあげるわ」
「っ!!ありがとうですです!!!」
身体の中の空気をすべて吐き出す勢いで大きなため息をつき唯織のお願いに自分を曲げたのだった…。
「…んじゃ、まず手始めに何でターレアが血統魔法を二つ持っているか…その謎を解いてあげるわ」
「えっ!?わ、わかるんですです!?!?」
「私の授業を受けた唯織ならわかるでしょう?」
「はい!」
「っ!?何でなんですです!?」
ぶかぶかの白衣から大きめのメモ帳を取り出したシフォンはテーブルの上に正座をして唯織とアリアに詰め寄るがアリアは目線だけで答えろと唯織に促した。
「わかりました、自分の持論になりますが答えさせてもらいます。血統魔法は血に宿る魔法です。なので一人で二つの血統魔法を持つ事は世界の理に反する事なので絶対にあり得ません」
「でもでも!ターレア君は二つ持ってますます!!」
「はい、なので考えられるのは…輸血、もしくは血液曝露です」
「ゆ、ゆけつ?けつえきばくろ!?それは何なんですです!?」
「輸血というのは大怪我をして大量に血液を失った時、血液を他人からもらい生命活動を維持する事で、血液曝露というのは傷口に他人の血液が付着する事を言います。ターレア王子は何らかの形で他人の血液を身体に取り込み、奇跡的な偶然によってターレア王子に適合し本来の血統魔法と他人の血統魔法が発現したと思われます」
「他人の血液を自分の身体に入れる!?き、奇跡的な偶然によって適合というのはどういう事なんですです!?」
「お、落ち着いてください…この世界では回復魔法というものがあるので怪我をすれば回復魔法で何とかなってしまいます。魔力が無くなればポーションで癒す事も出来ますがでもそのポーションすら無ければ助けれません…そうなった時に助けられる様にアリア先生から魔法やポーションを使わずに助ける方法…医学を教わっているんです。そして先程説明した輸血なのですが、それにはターレア王子の血液型と他者の血液型が一致しないとダメなんです。適合する血液型でないと赤血球という成分がくっ付いて破壊されてしまうので奇跡的な偶然の適合というのは医学という学問が根付いていないのに血を取り入れて副作用も起こさなかった事を意味しています」
「医学…!!魔法やポーションを必要としない回復…!!で、でもでも…そんな輸血?という方法は私は知りません!!他者の血を入れるなんて猟奇的ですです!!」
「そうですね…医学を学んだ僕達なら猟奇的とは思いませんがこの世界ではかなり異常で非常識で猟奇的な行いです。なので可能性としては血液曝露…ターレア王子が怪我をし、傷口に他者の血が入って奇跡的な偶然によって適合した…つまり、どちらの方法だったとしてもターレア王子の体内には自分の血液とは別に誰かの血液が入っている可能性があります。これが僕なりの血統魔法が二つ発現した原因だと思いますが…アリア先生、どうですか?」
「医学医療系の授業は本当に熱心だったものね…ユリとも話してみたけれど唯織と同じ答えだったわ。100点満点ね」
「ありがとうございます!」
アリアとユリと同じ回答に行きついた唯織がアリアに撫でられ自分の成長を噛み締めているとシフォンはそんな二人に目を見開きながら更に詰め寄っていく。
「ま、待ってください!そんな奇跡的な偶然が起きたっていう確証は何処にあるんですです!?まだまだ憶測の域を出ないですです!」
「じゃあ他にどんな方法で一種類の血液で二種類の血統魔法が発現するのよ?一種類の血液には一種類の血統魔法…これはこの世界の誰もが知っている絶対の理よ?そんな例外があり得るって言うの?今までターレア以外に普通に生活していて二つの血統魔法を発現した人はいたのかしら?」
「うっ…」
「唯織はちゃんと自分の推測に根拠も合わせて答えたわ。シフォンはその例外という推測に根拠を合わせて今私達に説明できるのかしら?」
「そ、それは…出来ないですです…」
「だから非常識な私と唯織に助けを求めたのでしょう?だから唯織はこの世界では非常識な答えを出した…確証が欲しいのなら今すぐターレアをひん剥いて全身隈なく調べれば何処かに大きな傷跡があるかも知れないわよ?」
「流石にそれは…」
「ならターレアが今まで大きな事故に巻き込まれたとか大怪我を負ったとかの話は聞いた事ないかしら?その時に血液曝露が起きてその上で回復魔法で癒された可能性があるわ」
「事故…怪我…」
アリアの言葉で今までの自分の記憶を漁る様に黙り込んだシフォンは頭の中に一人の人物を頭に思い浮かべた。
「事故や怪我については何も知らないですです…でもでも確か…テルナーツ第二王子の婚姻された方は稀有な血統魔法と多大なる功績を認められた冒険者で平民の女性ですです…でもでも、その多大なる功績というのは大っぴらにされてないですです…」
「事故や怪我について何も情報が無いっていうのは緘口令が敷かれたのかも知れないわね。第三王子がそんな事になれば絶対に話が一人でに歩き回る…稀有な血統魔法と未知の多大なる功績を認められた平民の女性…邪推するのであれば何らかの出来事にターレアが巻き込まれ怪我を負い、偶然その女性が血統魔法やら回復魔法、ポーション等で助けた可能性が高いわね。第一王子に嫁がせなかったのも王位は第一王子に渡して血統が確かな貴族の女性、もしくは他国の王女と結婚させて第二王子は血統魔法を子に遺伝させる、もしくは混成させる魔色婚ならぬ血統婚の実験台という所…そしてその為にターレアが何故二つの血統魔法を有しているのかそれを調べてから複数の血統魔法を持つ子供を作るつもりかしらね?」
「かなり話が飛躍してきましたね…ですがこの世界は魔法が全てです。ターレア王子が血統魔法を二つ持つのは王として十分すぎる素質になりますし、王位はターレア王子に譲られるんじゃないんですか?」
「それはどうかしらね?そのつもりがあるのであればシフォンにターレアが何故二つも血統魔法を持つのか調べさせずに秘密のまま国王にさせて絶対に安全な地位にいる状態で子を成した方がよくないかしら?調べたら何処からかその情報が洩れてもし他国が同じ様に二つの血統魔法を持つ子が生まれてしまえばムーア王国だけの利益にならなくなるもの」
「確かに…ならその理由が解れば…」
「間違いなく用済みとなったシフォンやその研究に関わった者達、ターレア達も口封じに殺されるわ。死人に口なしだもの…邪推に過ぎないけれどね」
「「っ!?そ、そんな…」」
「万が一にでもこうなる可能性があるから私は断ろうとしたのよ?わかってくれたかしら?」
「…すみませんアリア先生」
「も、申し訳ないですです…」
話が飛躍していると分かっていてもそうなる可能性が拭いきれない唯織とシフォンは表情を暗くして俯くがアリアはコーヒーを一気に飲み干し身体を伸ばし…
「ん~~っまぁ…要するにターレアに無視出来ない程の実績を作らせて国に貢献させて血統魔法の謎が解けても殺されない様にすればいいのよ」
「「実績…?」」
「ええ、少し調整に時間が必要だけれど何も問題はないわ。二人には全力で協力してもらうから覚悟しなさい?」
「「っ…は、はい…」」
意地の悪い笑みを浮かべるのだった…。




