レイカVSシャルロット
「別に怪我はしていない様だったので私が連れてきたが…どうやら歓迎はされていない様だな」
「「「……」」」
気を失ったアーヴェントを担いで連れてきたアンジェリカに敵意の視線を向けるターレア、ターニャ、キース…。
「…アーヴェントは俺だけじゃなく俺達全員の事を仲間だと思ってくれている」
「そう信じたいだけだろう?…まぁ、そちらの関係が悪くなろうがよくなろうが私にはどうでもいい事だ。クルエラ殿…いや、クルエラ教諭、何処に寝かせればいい?」
「え、ええ…エルダとルマが横になっている所に寝かせてあげてちょうだい」
「わかった」
悔しさで泣き疲れたルマ、フレデリカの恐ろしさに心が折れたエルダ、圧倒的な力で己を暴かれたアーヴェント…そんな三人を一瞥したアンジェリカはクルエラを見つめた。
「…何かしら?」
「クルエラ教諭、アリア教諭から言伝だ」
「…」
「次でターレアを引っ叩くのは確定するけれど、徹底的にやると言ったからには徹底的にやらせてもらうわよ?…と」
「…わかったわ」
「そして…」
俯くクルエラから視線を切ったアンジェリカは椅子に態度悪く腰を下ろし睨みつけてくるキースに顔を近づけ…
「キース、お前の対戦相手リーチェからの言伝だ」
「あぁ…?」
「死を教えてやる。決死の覚悟しておけ…と」
「…やってみやがれクソアマがっつっとけ」
「わかった、そう伝えておくが…覚悟しておけキース。アリア教諭とユリ教諭を除いて私達の中で一番怒らせてはいけないのはリーチェだ。誰よりも容赦がないからな…ご愁傷様」
「ハッ!!」
………
「レイカさん?」
「ん…何…?」
「えっと…その、大丈夫なんですか?」
「…何が…?」
「それ…重いんじゃないんですか?」
「ん…重い……」
「っ!?」
巨大な戦斧を引きずって汗だくになっているレイカにシャルロットが声をかけると戦斧を手放し…あまりの重さに地面に埋まるがレイカは気にせずシャルロットを億劫そうな目元で見つめる。
「私…鬼人族だから…平気…ターニャの魔道具も…あるから…」
「そうですか…」
「エルダ…本当はいい子…」
「え…?」
「私の事…いつも助けてくれる…」
「そうなんですね…?」
「だから…私…あなたを倒して…フレデリカを倒す…」
「…そうですか。負けるつもりは最初からありませんでしたが尚更負けるわけにはいかないですね?」
フレデリカを倒す…そう呟き前髪をかきあげるとレイカの億劫そうな目元に闘志が宿り呟く。
「我が血に宿りし鬼よ…我が呼びかけに答え修羅の力、鬼神オグリーの加護を与えたまえ…我が名はレイカ・ムラサメ…悪鬼を宿す者なり…っ!!!!!」
「っ!?」
自分の血に宿る悪鬼を呼び覚ますとレイカは苦しむ様に身体を抱きしめ、身体から骨が折れる音、筋肉が引きちぎれる音、人体から絶対に発してはいけない音が断続的に鳴り響き…
「アァ…レイカちゃんがワタシを呼ばないとイケナイ程の強者なのねぇ…!!ゾクゾクしちゃうじゃない…!!!」
「…人格が変わった…?」
「違うわぁ…!ワタシはレイカちゃんの押し秘めた暴力なのぉ…!ワタシはレイカちゃんでレイカちゃんはワタシ…どっちもワタシなのよぉ?」
「…下品」
「…っいいわぁ!その目…ゾクゾクきちゃう…!」
自分の事を暴力と呼び身体を愛おしそうに、凌辱的にまさぐる様に触り続けた暴力はシャルロットの蔑む視線に身体を震わせると口端から雫を垂らし…地面に埋まった巨大な戦斧を軽々と肩に担いだ。
「うふふ…あぁ…でも正直アナタより…あそこで余裕をかましてる白黒狼ちゃんとヤリたいわぁ…きっと気持ちよくなれるものぉ…」
「…はぁ、そうですか…きっとエルダさんの様に長い時間をかければ今のレイカさんと分かり合えるのかも知れませんが私は今のレイカさんに嫌悪感しか感じません。だから…」
「あらぁ…?」
アリアを下卑た目で見つめ舌なめずりをする暴力に対戦相手はレイカの方がよかったと思いつつ袋からアルメリアを取り出し、くるっ…くるっ…とゆっくり回すとシャルロットの周りから火の粉が散り始め…
「今のレイカさんには早々に退場してもらいます。最初はレアでいきますよ」
「うふっ…あはっ!シャルロットちゃん…アナタ…いいわねぇ…!!!」
「第六試合、レイカ・ムラサメ対シャルロット・セドリック…試合開始!!」
「シッ!!!!!!!!!」
「っ!?」
アリアの開始の合図と同時に一瞬でシャルロットの目の前に移動した暴力は凄惨な笑みを浮かべながら戦斧を振り上げ、シャルロットを二つに割った…。
………
「…今、あの子…レイカ・ムラサメって言ったわよね…?」
「え、ええ…確かにムラサメと言ってましたが…?」
「……殺人鬼…トーマから聞いた事あるわ…」
「殺人鬼!?ど、どういうことですか!?」
「純血の鬼人族は両角が完全に生えると自我を失い、どんなに瀕死になっても血統魔法の鬼化の圧倒的な力と回復力の所為で自分の限界を見切れず、戦闘行為をやめないせいで人口が少ない事は知ってるわよね?」
「は、はい…それと殺人鬼が関係しているんですか…?」
「ええ…実はそう言われる様になった原因が何でも鬼人族の集落をたった一人で壊滅まで追い込んだ純血の鬼人族がいたらしいの。それが殺人鬼キリン・ムラサメ…あの子はその子孫…?いや、トーマから聞いた話ではトーマの手でムラサメ一家は根絶やしになったはず…」
「殺人鬼キリン・ムラサメ…」
レイカの詠唱を聞いたアリアがSSSランク冒険者のトーマから聞いた話を思い起こしていると…
「白黒狼、レイカはムラサメの子孫じゃねえんだ」
「…トーマ?あんたの席はあっちでしょう?」
「あの甘味処で話しそびれた事を伝えようと思ったんよ」
唯織を挟む様に隣に腰を掛け、懐から煙管を取り出し紫煙を吹かしながらトーマはレイカに悲しそうな表情を向けて呟く。
「レイカは悪鬼憑き…おいらがこの手でぶっ殺した嫁の悪霊が憑いちまった普通の女の子だ」
「よ、嫁…?」
「…ユリに調べてもらったけれどあんたがトーマ・ムラサメだったなんて聞いた事ないわよ?」
「そりゃぁそうさ。なんせ百年以上も前の話さね。あれ以来、おいらは一度もムラサメだと名乗ってねぇからこの話を知ってんのはおいらと、今あそこにいるレイカの血に憑いたおいらの嫁、白黒狼とこの坊主だけさ」
「…後でちゃんと聞かせなさい。で?それを言いに来ただけじゃないんでしょう?」
「ああ。まさか血統魔法を使ってキリンを呼び出すとは思わなかったからな…この試合、始めたらあの桃髪の子…死ぬぞ?」
「「……」」
シャルロットの事を嘲るわけでもなく、ただ単純に心配するトーマの一言をどう捉えたのか…唯織とアリアはレイカと対峙しているシャルロットの目を見つめ笑みを浮かべた。
「なら大丈夫ですね」
「ええ、問題ないわ」
「…正気か?お前さん達の大切な仲間なんだろう?」
「だからです」
「…?」
「シャルならきっと勝ってくれます。努力してきたのを知ってますから」
「そうね、期待しててと言われたもの。どんな戦いをするのか楽しみで仕方ないわ」
「…」
絶対の信頼…二人の笑みからこの試合はシャルロットが勝つと信じ切っていると感じたトーマは…
「…こりゃあ、白黒狼と鮮血嬢を冒険者に復帰させんのは無理そうだな。お前さんはすっかり教師になっちまった」
「あら?そんな事を考えてたのかしら?私の本業は最初から教師よ。冒険者はこの子達を色んな所に連れて行く為の副業なの。悪かったわね」
「ははっ…こりゃあすげぇ教師を持ったな坊主。試合、楽しみにしてんよ」
「はい。一戦お願いしますトーマさん」
「第六試合、レイカ・ムラサメ対シャルロット・セドリック…試合開始!!」
アリアの開始の声を聞き、嫁を見つめた…。
………
「…?叩き切った感触が無いわね?」
勢い余って地面まで割ったが土埃が舞う中、確実に目の前にいるシャルロットを肩から腰にかけて二つに割ったはずなのに戦斧に肉と骨を断つ感覚が無い事に首を傾げると…
「流石鬼人族…身体能力は化け物ですね」
「…あらぁ?さっきの妖精ちゃん達と同じですばしっこいのかしら?」
「いいえ、私はそこまで速くないですよ。実際に断たれましたから」
「…何よその魔法…すごいわぁ…!!」
声と共に土埃が晴れ、左肩から右腰まで一直線に炎を走らせたシャルロットがアルメリアに座り浮いていた。
「『不死鳥の炎』を初手で披露する事になるとは思いませんでした」
「へぇぇ…!?もっとその魔法を見せてちょうだいっ!!!!!」
「…」
シャルロットの両腕と胴を断ち切るはずの暴力の戦斧は何も感触を残さずシャルロットをすり抜け、身体に横一線の炎が走るだけだった。
「満足ですか?」
「…何その魔法?不死身?痛みはないのぉ?」
「ありませんよ。この魔法は魔力が続く限り、身体を炎に変換する魔法なので魔力が尽きるまでの間…私は不死身です」
「なるほどねぇ…それは厄介ねぇ?でもそんな秘密を喋ってよかったのかしらぁ…?滅多切りにして魔力を切らせれば攻撃は通るのよねぇ?」
「ええ、魔力が切れれば攻撃は当たりますが問題ありませんよ。…だってこの勝負は絶対に勝てるって言ってもらえましたから」
「…うふっ…うふふふ!!!その顔を苦痛に歪めたくなったわぁ!!!!」
満面の笑みを浮かべるシャルロットに戦斧を一心不乱に振り抜く暴力…
「このまま攻撃を受けてあげてもいいですが、何度も斧を振られるのも気分が悪いのでそろそろ反撃させてもらいますね」
自分の身体を戦斧が通り過ぎる度に炎を纏うシャルロットは徐々に戦斧を避け始め、アルメリアの上に立ち天井まで浮かび上がり呟く。
「復讐に身を窶し、孤独故に復讐を決意する愚者、数多の寵愛に気づかぬ愚者の名はシャルロット・セドリック」
「そのぐらいの高さ…跳ねれば届くわよぉ!?」
弾丸の様に跳ねてきた暴力をするりと躱し、天井を拉げさせながら瓦礫を落とし狙いを定めてくる暴力を見つめつつシャルロットは呟いていく。
「白黒の魔王、銀の血嬢、金の女王、橙の剣、黒の豹、水の白雪姫、乳茶の勇者、白の死神、白黒の妖精…その指に繋がる糸は桃の復讐を縛る運命の赤い糸」
「っ!!なかなかすばしっこいわねぇ!?」
空中をふわふわと浮遊し一直線の暴力を上から下、下から上へといなし続け…
「運命の赤い糸を結び、愚者の娘を見守る寵愛者達…愚者の感謝を受け取りたまえ…愚者が友と歩む幸せを見守りたまえ…愚者である事に終わりを告げ、賢者に至る始まりの物語…」
「っ!ここよ!!!」
動きを止めたシャルロットの身体を空中でバラバラに切り付けた暴力は…
「開演、『愚娘の演奏会』。序章、『独奏曲』」
「っ!?ぐあっ!?!?」
何をされたか認識する事すら出来ずとてつもない衝撃で地面へ叩きつけられ闘技場を揺らした。
「焼き加減の方はどうですか?」
「あぐっ…何よ今の…!いいのをもらっちゃったじゃない…!!!今の聞いた事のない詠唱…どんな魔法なのかしら!?」
「私は特別に答えてあげてますが、誰も私みたいに喋ってくれませんよ?…私の中のアリア先生を炎の人形で再現しただけですよ」
「再現…!?」
空中から地上に戻り、焼けた制服から覗く火傷を負った暴力の腹が見る見るうちに元の白い肌に戻っていくのを眺めつつ、指を指揮者の様に振るうとアリアと瓜二つの炎人形がシャルロットに覆いかぶさり笑みを浮かべる。
「流石にアリア先生の魔法までは再現出来ませんが、アリア先生は魔法抜きでもえげつない強さなので問題ありません。…よかったですね?アリア先生と一戦交える事が出来て」
「…舐めてくれるじゃない…!」
「別に舐めてませんよ?…人間と蟻、どっちが強いのか分かりきっているのに舐めるわけないじゃないですか」
「何ですって…!?」
「ようやくヘラヘラした気色悪い笑みが消えましたね?魔力が尽きるまで不死身の私、圧倒的な再生と膂力の暴力さん…どっちの気力が尽きるか勝負です。レアじゃ満足いかなかったみたいなので次はミディアムでいきますよ」
「……調子乗ってんじゃないわよ!!!!」
「無駄ですね」
完全に余裕が無くなった暴力の首を一撃で落とす正確な戦斧を躱さず受けるシャルロットと独奏曲…そしてお返しとばかりにシャルロットが指を振るうと独奏曲が蹴りを暴力の顔面へと叩き込み、闘技場の壁が揺れる…。
「あがっ…あの小娘ぇ…!!!!」
「今の相手は私ではなくアリア先生ですよ?」
「あうっ!?」
浮遊するアルメリアに腰を下ろし指揮者となるシャルロットに従う様に独奏曲は焼け焦げた顔を癒した暴力の顔面にもう一度蹴りを放ち、そのまま壁に縫い付ける様に灼熱の拳を暴力の腹に振り抜いていく。
「うべっ!?ぐぇ!?あぶっ!?!?」
「…流石鬼人族ですね?とてつもない再生能力…」
殴れば焦げる腹が腕を引き戻す度に真っ白の肌に変わっていく事に感嘆を漏らしつつもシャルロットは独奏曲に殴らせ続け…約十分、
「…やっと落ちましたか。本当にタフなんですね…」
完全に二本の鬼の角を生やした暴力の腹が白く戻らず、力なく倒れた事にため息を吐いた…。
「第六試合、レイカ・ムラサメ対シャルロット・セドリックの試合はレイカ・ムラサメの気絶によりシャルロット・セドリックの勝利とするわ!!…よくやったわねシャル。本当に驚いたわ」
「お疲れ様シャル。凄すぎてびっくりしっぱなしだったよ」
「アルメリアに一年以上も魔力を貯めてたからですよ。不死鳥の炎もまだ二日ぐらいなら余裕で維持出来ますし…流石にあまりのタフさにびっくりしましたけど期待に添えてよかったです!」
試合が終わり、闘技場に降りてきたアリアと唯織の称賛を受けたシャルロットは満面の笑みを浮かべるが…掠れた声を耳にした。
「……ス」
「…?アリア先生?イオリ君?今何か言いましたか?」
「何も言ってないわよ?」
「僕も何も言ってないけど…?」
「コロス…コロスコロスコロスコロス!!!!コロス!!!!!!!!」
「「っ!?」」
気を失っていたはずの暴力が戦斧をとてつもない速さでシャルロットの首めがけて投擲し、唯織とシャルロットは驚きに目を見開くが…
「…もう試合は終わってんのよ!!」
「「「っ!?」」」
投擲された斧をブーメランの様にそのままの速さで投げ返したアリアの戦斧は伸びきった鬼の両角をへし折り壁に突き刺さる。
「…ったく、自分でも制御しきれない力をひけらかしてんじゃないわよ。意識戻ったらレイカも一発ぶん殴らなくちゃいけないわね…」
「「……」」
角が折れ、今度こそ完全に気を失った暴力に治療を施したアリアは荷物の様に持ち上げるのだった…。




