アーヴェントVSアンジェリカ
「エルダ…もう立てない…?戦えない…?」
「…エルダは心を折られた…どんなに攻撃しても当たらない…なのに相手はいつでも攻撃出来るのに弄ぶ様に触るだけ…自分の命がいつでも刈り取れるちっぽけなものなんだと教え込まされたんだ…身体は無傷、心は死ぬ…えげつないやり方だ…」
「…ケッ、これがあいつの力の限り徹底的にやるっつーことなんだろ。胸糞わりぃ…」
気を失っているエルダの手を握り、エルダと仲が良かったレイカの悲しそうな呟きに答えるターレアはキースの言う通り胸糞の悪い思いをしながらエルダを見つめ…
「これが俺が誤った選択した代償か…手厳しい所の話じゃない…アーヴェント…無事に戻ってきてくれ…」
闘技場の真ん中でアンジェリカと対峙しているアーヴェントに罪悪感を感じながら祈る…。
「アリア…二度と立てないかもしれない心の折り方をするのがあなたのやり方なの…?」
闘技場にいるアンジェリカをじっと見つめる自分と対等言ってくれたアリアの存在が何処か冷たく…怖く感じたクルエラそう呟いた…。
………
「試合での出来事とは言え、エルダがもう一度立ち上がれるよう祈っているよ」
「……どの口がほざくんだ…!」
怒りの形相のアーヴェントと凛とした表情のアンジェリカは視線を交えていた。
「たかが一試合負けただけ…だが、今まで弱者だと思っていた相手にああまでも一方的に弄ばれれば立ち直るのは難しい…いやはや、本当にもう一度戦いの場に立てる事を祈っているんだ。私も竜人族のエルダとは戦ってみたいのでね」
「そうやって心を折るのがお前達のやり方か…悪魔の方が可愛げがある…」
「アーヴェントは慧眼だな。私達は守るべき大切なモノの為なら悪魔にでも魔王にでもなるさ。…それが私達の憧れ、アリア教諭の教えなんだ…だから私達の憧れであるアリア教諭にちょっかいを出す外敵に容赦するつもりもない。それはお前もだアーヴェント」
「…」
「心当たりがあるだろう?」
「…何の事だ」
「誤魔化すならもっと上手くやるんだな。森人族の『樹の声』とやらで国境を越えた辺りからずっと私達を見守ってくれてただろう?」
「……」
「そんな表情をしているのに都合が悪くなればだんまりか。いっその事、開き直った方が清々しいと思うのだが?」
「……」
「自分の事でもだんまり…か。どうやら操り人形のアーヴェントは自分で考えるという術を持ち合わせていない様だな。興味も失せたし時間の無駄だ。…それにその演技にも嫌気が差す」
「………」
怒った表情のまま何も言わなくなったアーヴェントに興味を失ったアンジェリカは視線を切り、開始位置まで移動すると銀のゼラニウムの抜きフレデリカと同じ様に軽く口付けするとエルリとルエリからもらったモノクルを右目に付け唱える。
「光を求め精霊の園へ迷い込む者は我…光の導くままに精霊を求めるは我…我は光を求め手を伸ばし、園に迷い導かれた者…その名はアンジェリカ・ランルージュ。至る事の出来ぬその憧れを、掴む事の出来ぬその背を、共に歩む事の出来ぬ貴女の隣を…どうか…どうか精霊よ…我を憧れの頂に、我を手の届く場所に、我をあの光の隣まで導きたまえ…双生の白黒妖精」
白い光を放つ粒子に包まれフレデリカと同じ半透明で淡く光を宿した白い羽を背に生やした白の妖精が純白の繭から姿を現し…産声と共にゼラニウムを向けた。
「さぁ、早く構えろアーヴェント。お前の本当の姿をターレア第三王子に見せてやる」
「…何の事を言っているかわからないが負けた仲間の仇を取らせてもらう…!」
アンジェリカの射貫く様な視線を受けつつアーヴェントは肩にかけていた巨大な樹から取ったと思われる長い枝で作られた長弓を天井に向けて掲げ…
「我が血に宿りし盟約よ!我が呼びかけに答え大いなる精霊の力、精霊神フィーディシーの加護を与えたまえ!我が名はアーヴェント!!精霊と契りを交わすものなり!!」
詠唱するとアーヴェントの掲げた腕が長弓ごと真っ赤な炎に飲み込まれ周囲に火の粉と熱風をまき散らすと右腕に荒々しい炎を模した赤いガントレットとアーヴェントを守護する巨大な炎の精霊が覆いかぶさる様に現れる。
「準備は出来たようだなアーヴェント」
「ああ。…どうせ見えないだろうがな」
「…?」
何が見えないのかわからないアンジェリカは素直に小首を傾げるとアーヴェントは矢も番えていない弓を引き絞りアンジェリカへ狙いを定め…
「第五試合、アーヴェント対アンジェリカ・ランルージュ…試合開始!!」
アリアの試合開始の合図と共に弦を離し、爆炎の矢をアンジェリカへ放った…。
………
「流石精霊の力って所ねぇ…」
「はい…たった一発の矢でこの火力は凄まじいです…」
アーヴェントがアンジェリカへ向けて放った爆炎の矢は直撃するなり極太の炎の柱を生み、周囲に熱波を浴びせ地面を焼き焦がしながら天井を突き抜けて空へと伸びていた。
「…それにしても熱いわねぇ…何でこうも火を使う奴は天井を貫くのかしら?少しは加減出来ないのかしらね?」
「あはは…イグニスも火の魔法で天井に穴を開けてましたもんね」
「まっ…うちの学園じゃないからどうでもいいけれどねぇ…」
………
「…勝負あったな。流石アーヴェントだ」
「ウチらですら朧げにしか見えないアーヴェントの精霊の矢だ。全く見えないあいつらに躱せるはずがねぇ」
「見えないのに熱い…不思議…」
「ケッ…見えねぇなら六感で良けりゃぁいいだろうが」
「それはキースとルマにしか出来ない芸当だよ。…これでようやく勝ち星一個か…とんでもないなレ・ラーウィス学園は…」
辛うじて見える炎の柱に勝利を確信するターレア達は…
「…いえ、まだ終わってないわ」
「「「っ!?」」」
「…チッ」
クルエラの一言によって驚きに変わった…。
………
「…何故アリア殿は試合終了の合図をしない…?このままだとアンジェリカが死ぬぞ…?」
脚を組んで膝に肘を立てながら唯織と喋っているアリアに疑問を浮かべたアーヴェントの耳に…
「これが火の精霊の力か…凄まじいものだな」
「っ!?!?」
炎の柱の中から何ともないのか試合開始前と変わらない落ち着いたアンジェリカの声が届くと目を見開き驚きのあまり声を荒げた。
「馬鹿な…!?何故だ!?イフリートの炎だぞ!?」
「そうか、アーヴェントを抱く様に守っているその後ろの炎の塊がイフリートなのだな?」
「っ!?イフリートが見えるのか!?!?」
「…?最初から見えているが?」
「あ、あり得ない…!!!ずっと一緒にいたターレア達ですら朧げにしか見えていないんだぞ!?何故お前がイフリートを捉えられるんだ!?!?」
「………ああ、そうか…精霊というのは精霊と親和性が高くなければ見えないんだったな。最初に言っていたどうせ見えないとはイフリートとこの炎に対して言っていたのだな?」
「…っ!!問いに問いで返すな!!何故お前が精霊を見る事が出来るんだ!?」
炎の柱から姿も見せずに淡々と声を届けるアンジェリカに恐怖を感じて返答を待たずに更に爆炎の矢をアンジェリカに向けて放つと…
「問いに答える前に攻撃するとは相当焦っているのだな?」
『――――――――――――!!!!!!!!!!!』
「なぁっ!?イフリート!?!?!?」
炎の柱の中からアンジェリカがゼラニウムで撃ったであろう巨大な水の魔力弾が突き抜け、放った爆炎の矢を的確に飲み込み…怯えるアーヴェントを守るイフリートの腕が耳が痛くなる程の蒸発音を生みながら弾けて声にならない声で絶叫した。
「その精霊は今の一撃で痛みを感じ言葉を発したのか?…済まない…痛みを感じるとは思わずどの程度なら通用するか小手調べのつもりで撃ったが余計な痛みを与えてしまったな…」
「っ!?小手調べだと!?!?今の上級魔法が小手調べだと!?!?それにお前は光の魔色一色のはずだ!!何故水の上級魔法が使える!?」
「…?何を言っている?今のはただの魔力弾…そちらのティアが使う魔道銃から放たれるものと同じものだ。私が水の魔力弾を撃てるのはアリア教諭から頂いたこのゼラニウムのおかげで魔法の媒介としては使えないが、魔力を込めれば込める程先程の威力はいくらでも撃てるんだ。だから私はこの辺りの空間に充満している精霊の魔力を背の羽で取り込んで水の魔力弾に変換して撃たせてもらったんだ」
「さっきのがティアの魔道銃と同じ魔力弾…!?魔色を変換する魔道銃…!?精霊の魔力を取り込む魔法…!?お、お前はさっきから何を言っているんだ!?」
「…信じられない事が起き過ぎて思考する事を諦めたか。もう終わりにしよう」
「っ!?!?」
もう終わりにしよう…その言葉が思考を放棄したアーヴェントの耳に届くとアンジェリカを包み続けていた炎の柱の勢いが弱まり…淡く白く光る妖精の羽は赤より赤い深紅の羽へと色付き、その深紅の羽が炎が全て吸い込むとゼラニウムを天井に向けたアンジェリカの姿が露わになる。
「私はあまり相手を嬲るのは好まないんだ。故に今出せる最高火力の一撃をアーヴェントに放つ。覚悟はいいな?」
「…あり得ない…そんなのあり得ないだろ…!?」
「思考放棄の次は現実逃避か…耳障りだ。イフリート!全力で守れ!」
『―――――!!!』
「ひっ!?」
ゼラニウムの銃口がアーヴェントに向けられるとイフリートはアンジェリカの言う事を聞く様に全身を使ってアーヴェントに覆いかぶさり…
「いい精霊だ…空っぽの主人に仕えるお前が哀れに思える…」
『―――――――――――――――――!!!!!!!!!!』
「ぐあっっ!?!?!?!?」
ゼラニウムから放たれた水の魔力弾は先程の比にならない程の大きさ…まるで海に蝋燭を投げ入れた様にイフリートは絶叫を残し消えた…。
「そしてアーヴェント…何も気づいていないお前に言わなきゃいけない事が一つある」
「げほっ!?ごほっ…!…あぐっ!?」
水に流され全身を泥で汚したアーヴェントに近づき肩を踏みつけたアンジェリカはゼラニウムのスライドを鳴らし…
「ターレア第三王子が大切に思う仲間だからという理由で自分は欠片も仲間だと思っていないのに仲間の演技をするお前に仲間を語る資格はない!!」
「っ!?」
アーヴェントの顔にゼラニウムの引き金を何度も引いた…。
………
「アンジェも気づいていたのねぇ…あの子がターレアしか信用していない事に」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。少し話しただけで全てをターレアに委ねてるってわかったし、試合開始前に怒っている顔をしてたのは仲間が負けて悲しむターレアが可哀そうだって理由だと思うわ」
「なるほど…全然気づきませんでした…」
「アンジェとフリッカは公爵として、特待生として、生徒会長として、風紀委員長として、双子として様々な視線を浴びてきたはずよ。だからそういう人の視線や気持ちの機微に敏感なんだと思うわ」
顔の横に何度も何度もゼラニウムを撃ち、気を失ったアーヴェントから足を退かしたのを見たアリアは…
「第五試合、アーヴェント対アンジェリカ・ランルージュの試合はアーヴェントの失神によりアンジェリカ・ランルージュの勝利とするわ!」
白い羽に戻った妖精の笑みに拍手を送る…。




