血に刻まれた魔法
「もらいました!!!!」
「…」
突然背後から首目がけて振るわれた雷を宿した細身の片手剣がアリアの首にもう少しで触れるという所で白黒の手袋を嵌めたアリアの指が間に挟まり、硬質な音と共に剣が弾かれてしまう。
「っ!?ならこれでどうですか!?」
そしてリーチェは息をつく間もなくアリアの両の足首、両の膝裏、腰の撫で斬り、背中から心臓目がけての突き、脇の下から肩を切断しようとするが…
「甘いわね」
「っ!?」
その全てが振り返ったアリアが身に着けている白黒のブーツと白黒の手袋によって硬質な音を響かせながら弾かれてしまい、リーチェはたまらず顔を歪めながらアリアから距離を取ってもう一度剣を構え直す。
「…何なんですかその手袋とブーツ…まるで岩に剣を振るってる感覚だったんですが…」
「まぁ私の剣と盾みたいなものよ。…それにしてもなかなかいい狙いしてるじゃない?首への一撃、すぐさま足の健を狙った行動不能狙いの二撃に胴を切断する一撃、最後は心臓狙いの一突き。なかなか実戦向きの剣なのね?」
「…ええ、我がニルヴァーナ家は戦争で功績を上げ続けたおかげで一代貴族から貴族に成り上がった家ですからその剣はもちろん人を殺す為に磨かれた実戦の剣です。わざわざ狙いやすい場所を浅く斬って血を流させ、相手の動きが鈍くなるのを待つ様なお粗末な剣技ではありませんよ」
「へぇ…あんたもなかなかいいじゃない。付与魔法と血統魔法まで使えるのはびっくりしたわよ?体を軽くする風の付与魔法を自身に施し、切れ味を高める為に雷の付与魔法を剣に施し、それで相手を斬り付けて殺せればよし、殺せなくても掠れば雷で体が痺れて動きが鈍くなって次の攻撃が容易になる。そしてダメ押しの血統魔法…あんたの血統魔法は自分の速度と思考速度を上げる魔法なのかしらね?確かにあの速さならどれだけ対策したとしても瞬きした瞬間にやられて終わりだわ。これは大幅加点ね…」
「……全部正解です。それを然も当然の様に防いでしまう貴女が恐ろしいですね…」
「貴女じゃなくてアリア先生よ。…んで?まだ他にも奥の手とかはあるのかしら?」
「…いえ、私は剣だけを磨き続けてきました。攻撃魔法も防御魔法も使えません。付与魔法は剣の高みに上る為に仕方なく覚えただけですから他の付与は使えません」
「なるほどねぇ…ならその辺の応用が出来る様に育てればもっと化けそうね。んじゃ…ちょっと待ってなさい」
「…?」
いきなり両の掌を胸の前で合わせたアリアを訝しむ様に見つめたリーチェは次はどうやって急所を狙おうかと思案していると…
「えーっと…こうかしら…我が血に宿りし聖剣よ…我が呼びかけに答え全てを斬り伏せる聖なる剣の姿を顕現させよ…我が名はアリア…聖剣の鞘にして聖剣を振るう者なり…は、恥ずかしいわね…」
「なぁっ!?!?!?」
顔を赤くしながらぼそぼそと呟かれた詠唱…そしてアリアの手の間から黄金の柄頭が現れそのまま右手で左手から抜くと黄金の刀身を持つ片手剣が姿を現し、リーチェは驚きのあまり目を見開きながら声を漏らしてしまう。
「……んんっ!…まぁいいわ。剣が得意なら私も剣で相手してあげるから脚と腕が動かなくなるまで打ち込んできなさい。…言っとくけれど、私の剣技…舐めない方がいいわよ?」
「っ!?!?」
さっきまで恥ずかしそうにしていたのに黄金の剣を軽く振った途端、まるで別人の様な殺気を放ち始めたアリアに気圧されたリーチェは手足が勝手に震え始めてしまう…。
「…どうしたのかしら?私はこの円の中から動けないのよ?」
「っ…す、すみませんでした…こ、降参『ダメよ』ひっ!?」
「これは実技テストよ?別に殺したりしないわ。リーチェ、あんたさっき言ったわよね?自分の剣はお粗末な剣技じゃないって。だから私はあんたに教えなくちゃならないわ」
「っ!?」
「人の命を糧に磨かれた技術にお粗末なものなんて何一つありはしないのよ。命を賭けて技術を残し続けた先人達への冒涜、あんたのその価値観、私の剣技でバラバラにしてあげるわ。死ぬつもりでかかってきなさい。本当に人を殺す剣の重さ…あんたに教えてあげる」
「あ…あ…ご…ごめんなさ『謝っても許さないわよ』っ!?」
「自分の命を賭ける怖さを知らない者が人を殺す為に磨かれた剣を振るう?剣だけを磨いてきた?仕方なく魔法を覚えただけ?…これはシャルロットとメイリリーナにも言える事だけれど、その剣も魔法も人や生き物を殺す為の技術っていう事を忘れて自分はこれだけ強いんだって他者を見下し自分を誇示する為だけに磨いてきたんでしょ?あんた…シャルロットとメイリリーナがテストを終えた後…見下した目で二人を見てたわよね?」
「っ……ほ…本当にご…ごめんなさい…」
「…私ね、どうしても許せない事が一つだけあるの。仲間を蔑ろにする奴がどうしても許せないのよ。殺したくて殺したくて仕方なくなるぐらい許せないのよ。正直仲間と呼べるほどあんたと特待生のみんなは時間を過ごしてないわ。だけれどね?同じクラスになって自分が透明の魔色だって蔑まれてるイオリだけはまだ一言も喋った事も無いのにあんたが今ビビッて震えてる私から死を覚悟してあんた達を庇おうとしてたのよ?」
「っ!?」
「…そこんところちゃんと考えて自分の考えを改めなさい。他者を見下してる間…あんたは何も成長しないわ。だから今ここでイオリが感じた命を賭けるっていう怖さを知りなさい。…さぁ来なさい。軽く撫でてあげるわ」
「っ…あ……あああああああああああああ!!!!!!」
まるで死というものが手招きをしている錯覚を覚えながらリーチェは自分が今まで磨いてきた剣技をアリアにぶつけ、その全てを一歩も動かず打ち砕かれ…何度も死というものを体験した…。
■
「ひっく…ご…ごめんな…うぐっ…ごめんなさい…」
「…よしよし、命の重さを正確に理解出来たリーチェは間違いなく成長したわ。だからこれからも折れずに私に付いてきなさい。…後、これからテストするテッタとシルヴィア、イオリの事をちゃんと見てるのよ?」
「ひっぅ…は…はぃ…」
横抱きで抱えられ、アリアの胸にしがみ付く様に泣きじゃくるリーチェをシャルロット達が待機している場所に降ろしたアリアは怯えっぱなしのテッタの元まで歩いていく。
「…さて、次はテッタの番よ?準備はいいかしら?」
「っ…は…はい…」
「んじゃ少しみんなから離れましょうか」
「はい…」
声をかけられその場で跳ねてしまう程怯えているテッタを連れてアリアが円を描いた場所まで移動している時…
「ねぇ、テッタ?どうしてイオリの席に魔法をかけてたのかしら?」
「っ!?…そ…それは…」
「…あんたは虐げられる者の気持ちがわかってるはずよね?」
「っ…し…知ってるんですか…?僕の…事…」
「そりゃ担任だもの。全部知ってるわよ?盗みや殺人、悪い事はほとんどしたんでしょう?…まぁ、テッタは悪い奴らに利用されて無理やりその片棒を担がされてたって但し書きが付くけれど」
「……」
「だから不思議なのよ。何で唯織にいたずらしようとしたのかしら?」
「そ…それは…ごめん…なさい…」
「…自分の口からは言えないのね。なら私が代わりに言ってあげるわ。あんた、誰かにイオリに危害を加えろって脅されてるんでしょ?」
「っ!?!?」
「そうねぇ…」
目が落ちてしまうのではないかと心配してしまう程目を見開いて驚いているテッタを無視してアリアは黒表紙を開いて呟く。
「イオリがこの国に来てから今まで関わってきた人はかなり限られるわ。考えられるのは…イオリの所為でレ・ラーウィス学園の最終試験場を追い出されてしまったと考えている元教師、元学生と元学生の身内、元門番…このどれかに属する人からテッタはイオリがこの学園から逃げたくなる様に危害を加えろと脅されてる…どうかしら?」
「っ…」
「その反応はどうやら当たりの様ね。まぁ正直言ってイオリは悪い意味で色んな人からモテるから流石にどこの誰がとまでは特定できないけれど…テッタは喋れないようだし…あ、ちなみにテッタは幼い頃から偶然発現してしまった血統魔法を使わせて犯罪の片棒をあんたに担がせ続けて罪を逃れ続けている両親に情はあるのかしら?」
「どっ!?ど、どうしてそれを!?」
「理事長には優秀な目と耳と鼻…更には手足があるそうよ?テッタを特待生として迎え入れるのに徹底的に調べたらしいわ」
「そ…そんな…じゃあ僕は…捕まっちゃう…んですか……?」
まるで捨て猫…誰かに救いを求める様なか細い声を出すテッタ…そんなテッタに笑みを向けたアエリアは頭を撫でながら言う。
「…もし捕まえるつもりならとっくのとうにテッタは牢屋の中で拷問でもされてるわよ」
「っ…な…なんで…?なんで理事長は僕の事を…?」
「…知っているけれどそれはテッタ自身で聞いてみなさい。…んで?両親に情はあるのかしら?」
そう問い直すとテッタは俯き…憎しみが籠った声色を出しながら言う…。
「………いいえ。…僕は娼婦の母から望まれず生まれました…自分の父は誰かもわかりません…ずっと僕はいない者として扱われ続け…ある時、僕は寂しさのあまり友達が欲しいと思ったんです…。そうしたらボロボロになったぬいぐるみが…動いたんです…」
「…それが物に命を吹き込んで自由に操るテッタの血統魔法…生命なのね」
「…はい。…僕はそれからボロボロのぬいぐるみを友達として過ごしていました…ですが…」
「…それを母親に見つかって悪用された…ってわけね」
「はい…母が犯罪者相手の何でも屋の様な事をやり始め…僕はその血統魔法を使って鍵のかかっている家を開けたり、犯罪者の犯罪を隠蔽したり……その時に今の父に見つかり…」
「それでどんどんエスカレートしていったわけね…ほんっと胸糞悪いわね…」
「…だから僕は…情なんてこれっぽっちも抱いてません…正直殺したいぐらい…憎んでます…」
常に何かに怯えていたテッタとは思えない程に意思が籠った物言いにアエリアはテッタを抱きしめ…
「…そう、よく殺さずに我慢したわね。えらいわテッタ」
「っ…僕は…どうしたらいいんですか…アリア先生…」
本当の母親の様に震えるテッタをあやし、誰もが目を閉じてしまいそうになる程優しくアリアは呟く…。
「安心なさい。…実は既に両親を捕まえる算段は付いてるのよ」
「っ!?そ、そうなんですか…?」
「ええ。理事長には優秀な目と耳と鼻、更には手足があるってさっき言ったでしょう?だから私がテッタと話して情が無いのならすぐにでも捕まえるつもりだったのよ。ほんの少しでも情を抱いてたらテッタが可哀想でしょう?」
「っ…な…なんで…」
「…だからそれは理事長に直接聞きなさい。…んじゃ、理事長に実行して大丈夫って伝えてくるから先に開始位置で待っててちょうだい。すぐ戻るわ」
「…はいっ…はい…っ…ありがとう…ございます…」
「…後ついでに面倒くさいからテッタの事を脅してそうな奴を片っ端から捕まえてもらう様にするわ。…だからもう怯えなくて大丈夫よ」
そう言うとアリアは黒表紙で肩を叩きながら歩きだし…テッタは今まで背負っていた物が無くなった開放感を感じながら嗚咽を漏らした…。
「…はぁ、初日から私は教え子達を泣かせまくって何してるのかしらねぇ…」
苦笑しながら呟かれたアリアの言葉は誰の耳にも届かなかった…。