思惑
「…見えてきたわね。クロ、シロ、炎を消してちょうだい」
明るい茶色の壁…王都リアスを取り囲む巨大な壁が見えると唯織達が乗る馬車を引く真っ白の炎と真っ黒の炎を棚引かせる馬、クロとシロはアリアの言葉に返答する様に嘶くと炎を消し毛並みの美しい黒馬と白馬へと変わり門を守る守衛へと近づいていく。
「止まれ。通行許可証はあるか?」
「あるわ。ユリ?」
「あいっすー。これでいいっすか?」
「ど、どこからっ!?…んんっ…拝見する」
ユリの胸の谷間から出てきた通行許可証に顔を真っ赤にしながら驚く守衛だったが読み進めていくと赤かった顔は元に戻り深々と頭を下げる。
「確かに確認した。ハプトセイル王国からレ・ラーウィス学園の生徒達が来る事は事前にターレア・ムーア殿下から伺っているので早速案内をさせて頂きたいのだが…」
「…?どうしたのかしら?」
「その…案内を務めるはずだった者が腹痛を起こしてしまって病院に行ってしまったのだ…」
「あら…じゃあ代わりの案内人が来るまで待ってたほうがいいかしら?流石にこのまま入るのはまずいでしょう?」
「ああ、申し訳ないが少しばかりま『待たなくていいよ。俺が直接案内しよう』…っ!?た、ターレア・ムーア殿下!!」
申し訳なさそうにする守衛が振り返るとそこには燃えるような赤い髪に青い瞳、非常に整った顔立ちの青年、ターレア・ムーア第三王子が優し気な笑みを浮かべていた。
「いつもご苦労様ゴドウィン。君達のおかげで今日もムーア王国は平和が保たれてる。ここは俺に任せてくれ」
「っ!?は、ハッ!!」
「…上から失礼したわ。私はレ・ラーウィス学園特待生二年の担任アリアよ。今回はよろしく頼むわ」
「同じくレ・ラーウィス学園特待生二年の副担任ユリっす。よろしくお願いするっす」
「…世界に五人しかいないSSSランクの冒険者、白黒狼のアリアさんと鮮血嬢のユリさんですね?既にゴドウィンが名前を呼んでしまったので驚かすことは出来ませんでしたがムーア王国第三王子のターレア・ムーアです。今回は遠い所ご足労頂きありがとうございます。そしてようこそムーア王国の王都、リアスへ」
「これはご丁寧に…よければそちらの彼についても紹介頂いてもいいかしら?」
「ああ…申し訳ありません。彼は同じクラスの仲間で森人族のアーヴェント、少し人見知りなんですよ」
「…人を勝手に恥ずかしがり屋にするな。申し遅れた、アーヴェントだ。よろしく頼むアリア殿、ユリ殿」
「ええ、よろしく頼むわ」
「よろしくっすー」
ターレアの一歩後ろで控えていた新緑の葉を思わせる緑の髪と瞳の美青年、アーヴェントの紹介を終えるとターレアはクロとシロに近づき目を輝かせる。
「っ!これは…とても美しい馬だ…それにこの箱馬車も美しい…何処の行商から買ったんですか?」
「この子達も馬車も売り物じゃないわ。この世界に一頭ずつしかいない幻想馬と私が一から作った手作り馬車なの。だから譲れって言われても譲らないわよ?」
「幻想馬…ユニコーンやペガサスと同種の馬…それにこんな美しい馬車まで作れるとは流石はSSSランクの冒険者。まだまだ俺達が知らない世界や知識を知ってらっしゃるんですね?」
「まぁ、旅をすれば自ずとね」
「そうですか。…学園を卒業したらみんなで冒険者になって世界を旅するのもよさそうだねアーヴェント」
「ターレアがそうしたいならそうすればいい。俺はターレアについていく」
「嬉しいね。…すみません、あまりにも美しくて興奮してしまいましたがずっとここにいるのもあれですのでハルトリアス学園に移動しながらこちらのクラスメイトも揃った状態で改めて自己紹介でもどうですか?」
「そうね。行くわよクロ、シロ」
「…驚いた。とても利口なんですね?」
「ここまでの旅路も寝ずの番を任せられる程この子達は頭がいいわ」
御者台に誰も乗らず手綱も握っていないのにアリアの一声で大人しく従順についてくるクロとシロに目を丸くするターレアとアーヴェントだったがすぐに表情を改める。
「…それでアリアさん?ムーア王国にはどのくらいの間、滞在されるのですか?」
(さっきからちょいちょい探りを入れてきてるわね…少し試してみようかしら)
「レ・ラーウィス学園の理事長、ガイウス・セドリック理事長からは私の采配に任せると言われてるのよねぇ…私としてはレ・ラーウィス学園の宣伝が出来れば明日にでも帰国しようと思ってるわ」
「明日…ですか…?流石に早くありませんか…?」
(この感じは逆に長く居て欲しい感じね…厄介ごとになぁなぁで巻き込むつもりかしら…?)
「あら、私達に長く滞在して欲しいのかしら?てっきりレ・ラーウィス学園の評判はハルトリアス学園ではよくないと思っていたから早めに国を出て欲しいが故の質問かと思ったわ」
「ははは…確かにアリアさんの仰る通り、ハルトリアス学園ではそういう声を上げる者も居ますが少なくとも俺は友好国のレ・ラーウィス学園の事をこれっぽっちも悪く思っていませんよ。逆に俺は歓迎していますし、この留学をきっかけにお互いの交流をより密にしてお互いの学園を更に良く、お互いの友好を更に深めたいとすら思っています」
(少なくとも俺はね。別にターレア自身からはこちらを利用するとか嵌めるっていう害意は感じられないけれど…何が目的なのかしら…)
「随分立派な考えを持ってるのね?流石は王族と言ったところかしら?」
「いえいえ、俺は出来のいい兄達に劣る道楽王子ですよ。どうせ王になるのは兄のどちらかですし、柵もない俺はこの通りにある食事処にクラスのみんなでご飯を食べに行くのが一番の楽しみで、みんなで公園で花見をしたりするのが趣味なんですよ?ね?アーヴェント」
「ああ。ターレアはこの食事処の野菜定食を二人前食べるし制服をタレで汚すし、花見をしている時に虫に驚いて料理をひっくり返すし…とても王族とは思えん」
「ははは…手厳しいねアーヴェント…」
(仲間との関係は良好…とても演技とは思えないし…)
「そんなに夢中になるなら後で私達も行ってみようかしらね」
「っ!なら顔合わせ兼親睦会ということで歓迎会の後、昼食一緒にどうですか?是非アリアさんや皆さんの話を聞いてみたいと思っていたんですよ!」
(歓迎会…十中八九、全校生徒の前での模擬戦の事ね。透明の魔色の唯織の事を晒し物にするつもりか、唯織達をボコボコにしてハルトリアス学園の士気を上げるのに利用するつもりか、レ・ラーウィス学園の宣伝の邪魔をするつもりか…でも負けたら負けたで面子が潰れるから非公式…?それともこういうタイプは自分の欲求を求める傾向が強いから私達が何処まで出来るのか試したいのかしらね…それなら明日帰るって言った時に若干動揺したのも頷ける…試合して宣伝終了で帰国何てなったら何も知れないものね)
「いいわね?ならそうしましょうか。歓迎会でお互いいっぱい運動するかも知れないものね?」
「…はは、そうですね。きっと昼食が美味しくなる歓迎会になると思いますし、歓迎会の事で話に花が咲くかもしれませんね?…ここが俺達の学園、ハルトリアス学園です」
歓迎会で驚かせようとしていたのがバレたと苦笑するターレアだったが目的地である巨大な建物が何個も建つハルトリアス学園に到着し、ターレアが警備の人と一言二言言葉を交わすと巨大な校門が開いていく。
「すごいわね?学園というより軍の施設みたいじゃない」
「やっと驚いてくれましたか…ハルトリアス学園はレ・ラーウィス学園の様に多才を輩出するのではなく、戦闘に重きを置いているので自然と造りは頑丈になってしまいますね」
「なるほどねぇ…っと、防音と衝撃障壁かしら?」
「一目で見破るとは流石ですね。この学園では階級制…俺が考えた制度が取り入れられているのでいつでも何処でも階級を上げる為に決闘を行っているので近隣住民への配慮も兼ねて結界を張っていますよ」
「ふぅん…」
門が開くと魔法の爆発音、衝撃が響き始め至る所で一対一の決闘や訓練が行われていたが…
「あっ!?そこの人危ない!!!!!!」
「っ!?すみません!!」
「はぁ…」
訓練をしていた生徒が狙いを誤ったのか、はたまたわざと狙ったのか曖昧な火の中級魔法とわざとらしい演技で盾になろうとするターレア…そんな茶番に付き合う様にアリアはため息をつきつつ指を差し…
「上がりなさい」
「「「っ!?」」」
「ナイスっすー!」
指を上に向けるとファイヤーランスは空へと軌道を曲げて火の花を咲かせた。
「試したい事は済んだかしら?」
「はは…少しわざとらしかったですか?」
「そうね。そのニヤけた口元ともっと見たい、どうやってやったか知りたいっていう目をどうにかすれば騙せたかも知れないわね」
「手厳しいですね…ホープ!手伝ってくれてありがとう!やっぱりバレたよ!」
「これで貸しはなしだからな!!そこの人すみませんでした!」
「いいわよ、頑張りなさい」
協力者とも別れ驚きのまま固まるアーヴェントを連れてターレアに導かれるまま付いていくと大き目の厩舎へと辿り着く。
「すみません、幻想馬のクロとシロには相応しくないかも知れませんが…」
「全然大丈夫よ。クロ、シロ、ここまでご苦労様。少しだけ休んでてちょうだい。後で美味しいご飯を用意するわ」
「…本当に懐いているんですね?」
「そうね?ちょっかい出したら燃やされるから注意してちょうだいね。馬車もここに置いておいていいかしら?」
「はは…ええ、ここに置いておいてください。誰もいたずらはしないと思いますので」
「いたずらねぇ…ほら、あなた達着いたわよ」
クロとシロを馬車から外し厩舎に入れたアリアは馬車をノックしつつ万が一に備えて気付かれない様に結界を強めて中に合図を送ると馬車から唯織達が出てくる。
「ターレア・ムーア第三王子、アーヴェントさん、お初にお目にかかります。ハプトセイル王国、レ・ラーウィス学園特待生クラス二年のメイリリーナ・ハプトセイルですわ」
「初めまして、同じく特待生クラス二年のシャルロット・セドリックです」
「同じく二年のリーチェ・ニルヴァーナです」
「アンジェリカ・ランルージュ、三年だ」
「フレデリカ・ランルージュ、三年」
「由比ヶ浜 詩織で~す」
「テッタです」
「てぃ、ティリアです」
「由比ヶ浜 唯織です」
「これは…随分かっこいい制服ですね?俺の記憶にあるレ・ラーウィス学園の制服とは随分違うようですがアリアさんが作られたのですか?」
「そうよ」
「なるほど…あ、失礼しました。ムーア王国第三王子のターレア・ムーアです。皆さんとお会い出来るのを楽しみにしていましたよ」
「アーヴェントだ。よろしく頼む」
人の好さそうな笑みを浮かべながらリーナ、シャルロット、リーチェ、アンジェリカ、フレデリカと握手を交わしティリアと握手を交わそうとした時…
「………似ている。これも運命か…」
「え…?」
「…いえ、何でもありません。ようこそハルトリアス学園へ」
ティリアには聞き取れない程小さな声で呟いたターレアはティリアと握手し残りのテッタ、詩織、唯織を見つめる。
「…何?私達の顔になんかついてる?」
「………いえ、シオリさんよりイオリさんの方がお兄さんに見えるなと」
「はぁぁぁ~!?いおりんは私の弟だし!!」
「ははは、ちゃんとわかってますよ。ようこそハルトリアス学園へ、シオリ・ユイガハマさん、テッタさん…そしてイオリ・ユイガハマさん」
「はい、よろしくお願いしますターレア・ムーア第三王子」
「…」
笑みとは裏腹に唯織の手をきつく強く、握り砕こうと思いながら握手を交わすターレアだったが何も反応を示さない唯織に目を丸くし…
「では、歓迎会の会場へと移動しましょうか。きっと俺の仲間達も皆さんの到着を心待ちにしていますから」
歓迎会の会場へ唯織達を連れて歩き出す…。




