特級クラス
「どうだいアーヴェント?」
「…問題なくこちらに向かっている…ん?」
豪華な部屋の中…簡単な朝食を食べ終えた赤髪の青年…ムーア王国第三王子、ターレア・ムーアは死んでいるのではないかと思う程に目を閉じて微動だにしない耳の尖った緑髪の青年、アーヴェントに問うと瞼がゆっくりと持ち上がる。
「もしかしてこっちが覗いている事に気づいたかい?」
「黒髪の女生徒…いや、男子生徒…イオリ・ユイガハマだな。馬車から出てきた…どうやら朝食を摂るらしい」
「そうか。本当にアーヴェントのその樹の声を聞く力は凄いね?」
「エルフなら誰でも出来ることだ」
「そんな謙遜しなくていいよ?ムーア王国全土の樹の声を聞けるエルフはアーヴェントしかいないんだから」
「…なら忌子として死ぬはずだった俺を見つけたターレアのほうが凄い」
「あの日あの場所あの時間…そこに行けば君に会えるっていう俺の血に従っただけさ」
「…運命か」
「ああ。だから俺とアーヴェントは必ずこうやって一緒にいたんだ。だから凄いのはアーヴェントだよ」
「…そういう事にしておく」
「まったくアーヴェントは…それで?キース達は準備終わったのかな?」
「…………ああ、全員ターニャの装備を付けて準備運動をしているようだ」
「わかった。…アーヴェントは準備しなくて大丈夫かい?」
「問題ない。調整は既にターニャにしてもらっている」
「そうか。なら俺達も準備をしようか」
「ああ、わかった」
■
「……?見られてる…?」
「ん?どうしたのイオリ?」
「なんか何処からか見られてる気がするんだ…ちょっとアリア先生とユリ先生に報告してくるよ」
「…わかった、一応警戒しとくね?」
「ありがとうテッタ」
高速で進む馬車の中…何者かの視線に気づいた唯織は御者台に出ているアリアとユリの元へ報告しに行くと…
「アリア先生、ユリ先生あの『そろそろ朝ご飯ね』…え?」
「っすねー。国境を越えたあたりからお腹ぺこぺこっすー!そうっすよね唯織っち?」
(この手の動き…)
「…ですね。みんなお腹を空かせているので僕が作りましょうか?」
「いいわ。そこに丁度よく開いた場所があるから先に戻っててちょうだい」
「わかりました」
既に視線に気づいていた二人に手話で促され馬車の中に戻るとフェイナからもらったガントレットを付け窓から外を警戒しているテッタが笑みを浮かべていた。
(笑ってる…?)
「イオリ?アリア先生とユリ先生はなんて?」
「え、あ、ああ…国境を越えた辺りから視線は感じてたみたい。ご飯を食べながら話そうって」
「そっかー…僕は全然気付かなかったよ?よく気付いたね?」
「んー…何て言うんだろ…ユリスさんとの特訓で感覚が鋭くなったっていうか…ユリスさんは魔力が一切感じられなくて常に自然と同化してる感じだったから今のも誰かに見られてるとかじゃなくて…森に違和感があったっていうか…感…直感かな?」
「直感かぁ~僕も感じ取れるようになるかな~」
(やっぱり笑ってる…こういう時のテッタは自信なさそうに苦笑いするはずなのに…それに喋り方もどことなくフェイナさんに似てるような…)
「…なんかテッタ、雰囲気変わった?」
「え?そう?それもイオリの言う直感的なやつ?」
「いや、さっきから笑顔だし喋り方とかもなんかフェイナさんに似てきてるっていうか…」
「え?笑ってた?…ほんとだ、笑ってる…確かに話し方とかもフェイナさんっぽくなってるかも?」
「訓練中はみんな疲れ切って殆ど話すこともなく寝ちゃってたからこうやって話すのも久しぶりだし余計そう感じるよ」
「まぁ、僕の憧れだからねフェイナさんは。自然と近づいたっていうか真似しちゃってるかも?」
「憧れか…」
たった一ヶ月で別人の様に変わったテッタを眩しく思えた唯織は自分は憧れる人がいるのだろうかと考え込んでいると御者台の扉が開かれアリアとユリが馬車の中へと入ってくる。
「私は朝ご飯を作るから頼むわユリ」
「ういっす!みんな集まるっすよー!」
「朝食ですの?」
「確かにお腹空いたかも…」
何者かに監視されてるとは知らない者達はアリアが朝食を作り始めた包丁の音で自分に割り振られた部屋から出てきてユリが座る長テーブルへと着いていく。
「朝食は魔王様が作ってくれてるんで待ちながらハルトリアス学園について説明しておくっすよ」
「魔王様が朝食を作るって凄い言葉ですわね…」
「確かにね?」
「ほらリーナっち、シャルっち茶々入れないっす。話が進まないっすよ?」
「申し訳ないですわ…」
「ごめんなさい…」
「…んじゃ、話を始めるっすけど、今回唯織っち達はレ・ラーウィス学園にハルトリアス学園の生徒を引き抜く為の広告塔になってもらうっす。でも正直なとこっすけど、ハルトリアス学園ではレ・ラーウィス学園の評価はあんまりよくないんっすよ。…何でかわかるっすか?フリッカっち?」
「え?…やっぱりイグニスがやらかしたから…?」
「それもあるっすけどハルトリアス学園は徹底した実力主義を掲げてんっすよ。レ・ラーウィス学園みたいに形だけの実力主義じゃなく本当の実力主義っす」
「形だけ…確かにそうですわね。いくら貴族や王族の身分が通用しないとしてもやっぱり平民の方々との意識の差はありますわ。わたくしもそうでしたから…」
「リーナっちの言う通りっす。心の何処かにある私は貴族だから、俺は平民だからっていう考えがハルトリアス学園には一切ないんっすよ。強い者が強い、強い者が偉い…そして意識の差を埋めたのがターレア・ムーア第三王子っす。リーナっちとシャルっち、アンジェっちとフリッカっちは会った事あるっすか?」
「第一王子のアルニクス・ムーアと第二王子のテルナーツ・ムーアとはお会いした事がありますが、第三王子となるとあまり公の場に姿は現しませんのでお見掛けした事はありませんわ」
「私も貴族の集まりには参加してたけどリーナと同じで第一王子と第二王子しか会った事ないです」
「私もだ」
「私も」
「おっけーっす。んじゃー順番に説明していくっすよ」
そう言って胸の谷間から小さな手帳を取り出したユリは現状のハルトリアス学園がどういう所なのかをアリアの朝食が出来るまで説明を始める。
「ハルトリアス学園はレ・ラーウィス学園と同じく四年制なんっすけど、第三王子が考案した階級制っていうものを取り入れてるんすよ。で、階級制ってーのは十級から一級、一級に近くなればなるほど強さの証明になってるっす」
「階級制…なら一級の生徒が一番強いんですのね?」
「んや、一級の上には特級っつーのがあるっす。レ・ラーウィス学園でいう特待生クラスっすね」
「評価が11段階…徹底した実力主義を掲げてるって事は十級の人達の扱いは酷いんですか…?」
「シャルっちの言う通り扱いは酷いっすけど暴力を振ったりとかの扱いが酷いわけじゃないっす。主に雑魚とかの罵倒や雑用を押し付ける感じっすね。そんな扱いを受けたくなければ強くなれって感じっす」
「結構な制度ですね…学園外で不当に扱われた貴族の仕返しとかがあるんじゃないんですか?」
「それがそうでもないらしいんっすよ。学園で実力を示せばそのまま王国の軍に入る事が出来るんで平民からしたら成り上がる手段、王国からしたら貴重で強力な戦力…いわゆる王国の財産っすから本人とその家族には手厚いサポートがあるんすよ。そんな財産に手を出す貴族は実力がない癖にって後ろ指を差されて笑われる感じっすし、しかもその制度を作ったのが王国側の第三王子っすからね。文句を言いたくても実力で示せって言われて裁かれるのが目に見えてるっすからそういう事はないみたいっすよ」
「なるほどな…まるで貴族はいらないと言っているようなものだな」
「確かに…でもそうなると何もかも力で解決する事になって治安とか悪化しそうだけど…」
「アンジェっちとフリッカっちの言う事ももっともっす。王国側もこの制度は貴族にとって篩としてるんっすよ。そして治安の悪化とかは第二王子のテルナーツが新たに新設した部隊、ロイヤルナイツが治安維持をしてるんすけどこれが結構好評で…実はこれ、王族しか知らない極秘情報っすけどロイヤルナイツは顔を隠して活動する秘密部隊でその正体がターレア率いる特級の生徒達なんすよ」
「「「「っ!?」」」」
「王族の秘密をいとも簡単に暴くユリ先生も凄いけどロイヤルナイツねぇ…自分で治安を悪化させる要因を作って自分達で火消しするとかマッチポンプもいいとこじゃん?」
「シオリっちの言う通りっすけど、膿を出すには一番効果的なんすよ」
「で、でも…そんな少人数で犯罪を裁き切れるんですか…?」
「ティリアっちもそう思うっすよね?でもそれを可能にする為にあたしには遠く及ばないっすけど、ロイヤルナイツの中にはムーア王国全土をカバー出来るほどの監視の力を持った奴がいるんすよ。…で、唯織っちは気付いたみたいっすけど、ムーア王国の国境を越えた辺りからあたし達は監視されてるっす」
「え、そうなのいおりん…?私全然気付かなかったんだけど…」
「はい…ユリスさんと訓練をしたおかげか魔力以外の何かを感じ取れるようになったみたいです。木々がこちらをじっと見ているって感じなんですが…」
「うわっ!?何それこわ!?ホラーじゃん!」
「…普通に怖いですわね…」
「まぁ、唯織っちの感覚は正しいっす。多分これは森人族の『樹の声』ってやつっすね。だから木がある場所では無詠唱だったり転移、空間収納や秘密に関する会話は絶対に控えてくださいっす。この馬車の中は魔王様が結界を張ってくれてるんで大丈夫っす」
「じゃあ僕達が安心出来るのはこの馬車の中だけなんですね?気を付けないとな~」
「っすね。ムーア王国にいる間はここがあたし達のセーフルームっすから何かあったら必ずここに来るようにしてくださいっす」
「確かにアリアちゃんの踵落としで傷つかないこの馬車の中は絶対安全か~…気楽に王都観光とかしたかったんだけどな~」
「まぁ、あたし達の秘密に関する会話をしなけりゃ全然いいっすよ。後は問題行動を起こさないことっすね。飽くまでもあたし達の目的はレ・ラーウィス学園の宣伝をする事っすから、厄介ごとに首を突っ込むつもりは全くないっす。特級=ロイヤルナイツ、何かに誘われたりでもしたら警戒しといてくださいっす」
ユリの言葉に全員が頷くと小さな手帳から折りたたまれた紙を取り出し皆の前に広げた。
「最後っすけど第三王子率いる特級の生徒達について話すっす。この特級の生徒達なんっすけど森人族のアーヴェント、狼型獣人族のキース、獅子型獣人族のルマ、小人族のターニャ、鬼人族のレイカ、竜人族のエルダ、水人族のティアっつー…どういうわけか全員第三王子が保護した他種族なんすよ」
「全種族…保護ですか?」
「そうっす。例えば今、あたし達を監視している森人族のアーヴェントっつー生徒は森人族なのに赤の魔色を持って生まれてきたせいで忌子として森人族から爪弾きにされて森に捨てられ野垂れ死ぬ所をターレアに保護されてるっす。あ、これは王族とハルトリアス学園の学園長しか知らない事なんで内緒っすよ?」
「…他の生徒達もアーヴェントさんと同じ様な感じなんですね?」
「っす。しかも全員血統魔法が発現してるらしく第三王子に関しては血統魔法が二つあるらしいっすよ」
「それは…すごいですね…」
「まぁ一筋縄ではいかないっすね。もしかしたら何かしらあたし達に仕掛けてくる可能性もあるんで冷静に対処してくださいっす」
八人全員が血統魔法を発現、更に第三王子のターレアは血統魔法が二つもあるという事に皆が驚いていると…
「何ビビってんのよ?相手がどれだけ凄かろうがあなた達は私達の生徒でしょう?いつも通りやんなさい。ほら、朝食も出来たし食べるわよ」
「っす!色々言ったっすけど実力は唯織っち達のが上っすからねー面倒ごとにならないよう気を付けるだけでいいっすよー!頂きますっすー!」
アリアの朝食が完成し、ハルトリアス学園の特級クラスの驚きを上回るような美味に皆は笑顔になるが…
(…全員が保護か…第三王子は師匠みたいな人なのかな…)
唯織だけは第三王子、ターレアの事が頭から離れなかった…。
「あ、忘れてたけど唯織?もうシルヴィじゃなくて唯織の姉、シオリ・ユイガハマで名前を登録してるから今後詩織の事はお姉ちゃんって呼びなさい」
「ええっ!?」




