追う者と追われる者
「シャルはこれを飲みながらみんなのテストを見てなさい。見て自分ならどうするかって考える事も重要な事だからよそ見するんじゃないわよ?」
「はい…」
アリアが青い液体が入った華奢なガラス瓶をシャルロットに渡して頭を一撫でするとシャルロットは赤くなった顔を俯いて隠し、アリアからもらったガラス瓶を咥える。
「…すみません理事長、お孫さんの心を結構遠慮なしに折っちゃったみたいで…」
「い、いや…儂の孫はこれぐらいじゃ挫けん。…そうであろう?シャルロット」
「…はい」
「…まぁ、でもこれで話しやすくなったと思うのでお任せしますね?」
「うむ…配慮痛み入る。残りの生徒もよろしく頼む」
「ええ、任せてください…ほら次は誰がやるのかしら!」
シャルロットをガイウスとミネアに預けたアリアは次のテストを受けるのは誰だと声を上げながら離れていくとシャルロットは俯いたまま口を開く。
「…おじい様…ミネア…傷どころか服を汚す事も出来ませんでした…」
「…そうだな。正直言うのであれば儂も無理だろう」
「…私も無理ですね」
「…おじい様もミネアもですか…?」
「ええ…私の直感が正しければ…アリア先生はイオリ君の師匠であるシオリ様と同じ私達の常識外の存在です」
「常識外…ミネア、どういう事ですか?」
「…簡単に言ってしまえば何もかもが常識に当てはまらないのです。…シャルロット様は転移魔法をご存じですか?」
「転移魔法…それはおとぎ話に出てくる勇者様が使う伝説の魔法ですか?」
「はい。…実はイオリ君の師匠であるシオリ様はその転移魔法が使えるのです」
「っ!?ほ、本当にそんな魔法が存在するんですか!?」
「ええ…ガイウス様も私もこの目で見ております」
「うむ…だから儂はシオリ殿を特待生クラスの担任にしたかった…そしてそのシオリ殿が7歳の時から育て上げたというイオリ君もな」
「伝説の魔法を使える方が7歳から育て上げた…?おじい様?彼…イオリ君はむ…透明の魔色なんですよね…?透明の魔色は攻撃魔法も防御魔法も無いと…世界の常識ですよね…?ならイオリ君は体術がとても優れている…のですか?」
「うむ。イオリ君の体術はもの凄く優れている。儂の不意打ちの拳を避けるだけではなく一撃で殺せる様に首にナイフまで当てて見せた。それに儂より体術が優れているミネアが殺すつもりで動かないとかすり傷を与える事すら出来ないと言うほどだ」
「っ…そう…なんですね…」
「だから儂は見たいのだよ」
「…何を見たいのですか…?」
「この世界の常識が崩れる様を…」
「…それはどういう…」
「片やおとぎ話の勇者しか扱えないと言われる転移魔法をまるで旅行をする様に軽々使うシオリ殿、片や世界の常識では攻撃魔法も防御魔法も使えないと言われ、戦争の為に人を傷つける魔法だけが評価され迫害されるこの世界でイオリ君とシオリ殿の二人だけが常識に囚われていないのだ。…だからその常識が二人の手とあのアリア殿の手で崩れる様を見たいのだ」
「…そう…ですか…やはりおじい様は私よりイオリ君の方がいいと…そういう事…ですか…」
「…む?何を言っておるのだ?」
「…最近のおじい様は口を開けばイオリ君イオリ君…私の事よりイオリ君の方が大事なのでしょう…?ミネアもそうなんでしょう…?」
「…シャルロット様、それは違います。ガイウス様はシャルロット様の『ミネア、儂から言おう』…かしこまりました」
「シャルロット、勘違いしている様だから言うが…儂がシャルロットを最後まで特待生クラスに入れるのを迷っていたのはそういう事ではないのだ」
「…どういう事ですか…」
「以前儂はシャルロットに聞いたはずだ。何故シャルロットは魔法を学ぶのだ?と。そしたらシャルロットは戦争で死んだ母と父の為に来るべき時に備えてと言った。…覚えているな?」
「…はい」
「もしシャルロットを特待生クラスに入れて実力をつけてしまえばきっと両親の敵討ちの為に戦争に行ってしまうと思った…だからシャルロットを戦争に行かせるぐらいなら実力を付けさせず、儂の手の届く範囲で守り続けたかったからなのだ」
「っ…」
「…儂は既にシャルティーナとシャルティーナが愛した義理の息子を失っている…儂の元にいるのはそんな二人が残してくれたシャルロットだけなのだ。大切に思っていないわけがないであろう…」
「…なら何で私を特待生クラスに入れたんですか…?私が不憫だったからですか…?私が惨めに映ったからですか…?」
「…違う。さっきも言ったであろう…イオリ君とシオリ殿…そしてシオリ殿が連れてきたアリア殿は儂達の常識外の存在だと。そして儂はその常識が崩れる様を見たいとな」
「…それがどうこの話に繋がるのですか…」
「…儂はこの三人に復讐に囚われているシャルロットの常識を崩してもらいたいのだ」
「…私の…常識…」
「うむ、だから儂はシャルロットを特待生クラスに入れたのだ。きっとこの三人なら儂の一番大切な孫の常識を覆してくれると…それがシャルロットの幸せに、復讐という血みどろな未来ではなく明るい未来を見せてくれるのではないかと期待してな。…初めて仕事に私情を挟んでしまったがな…」
「っ!?…そう…ですか…」
「…うむ。だからイオリ君にもシオリ殿にもアリア殿にも期待しているのだ。…だが、それ以上に期待しておるのは…シャルロットの幸せだ。…今すぐ復讐を忘れろとは言わん。もしどうしても諦めきれないのであれば好きにするといい…それが本当にシャルロットの幸せにつながるのであればな」
「…」
「アリア殿の元で一人前に育ってくれる事を心から期待しておるぞ…シャル」
「っ!?…はい…おじい様…っ」
初めて愛称で呼ばれながら頭を撫でられたシャルロットは大粒の涙を膝に零し続けた…。
「…ガイウス様、少しセリフ回しがクサいかと」
「む…そうか…?」
■
「んじゃ次はメイリリーナね。いつでもいいわよ~」
「っ…!!本当にムカつきますわね…!!シャルの上級魔法を破っただけで天狗にならないでくださいまし!!!」
「…はいはい、んじゃ始めて~」
「このっ!?…絶対にぎゃふんって言わせてみせますわ…!!!」
やる気なさげに黒表紙を眺めているアリアを睨んだメイリリーナは最初から自分に与えられた五つの色…赤、青、緑、水、白の魔色を起こして詠唱を始める。
「火よ!!水よ!!風よ!!氷よ!!光よ!!我が呼びかけに答えその姿を現し続けなさい!!!オル・ファイヤーボルト!イル・ウォーターボルト!ハル・ウィンドボルト!アル・アイスボルト!ニル・ホーリーボルト!」
詠唱が終わるとメイリリーナの両手から連続で五色の弾が絶え間なく生まれ続けてその全てがアリアの立っている場所へ向かって行き…連続した爆発音が鳴り響く。
「ふん!!わたくしは魔力の総量には自信がありますのよ!!このままギブアップするまで当て続けてやりますわ!!!!」
得意げな表情を浮かべて魔力量にものを言わせるような連撃を続けていくと…
「ふぅん…なるほどねぇ。魔力量は確かにすごいわね?これは加点…だけれど自分で使ってる魔法なのに属性の相性を考えずに乱れ撃ちしてるのは減点。後、効いてるかどうかも確かめないでずっと同じ攻撃をし続けて魔力を無駄遣いしてるのも減点ね」
「なぁっ!?…何でこんなに撃ってるのに無傷なんですの!?!?」
ただの黒表紙でメイリリーナの初級魔法を弾きながら呆れた表情を浮かべているアリアが土煙の中から現れる。
「んで?もしかして初級魔法しか使えないなんて言わないわよね?上級魔法は使えなくても中級魔法のランス系ぐらい使えるんでしょ?そっちを撃ってきなさいよ」
「くっ!?…ならそうしてあげますわよ!!!火よ!!水よ!!風よ!!氷よ!!光よ!!我が呼びかけに答え槍の姿を現し続けかの者を貫きなさい!!!オル・ファイヤーランス!イル・ウォーターランス!ハル・ウィンドランス!アル・アイスランス!ニル・ホーリーランス!」
呆れた表情のアリアに苛立ったメイリリーナは挑発通り五色の槍を生み出し続けてその全てをアリアに向って放つが…
「…んー…確かに魔力量はシャルの二倍…三倍ぐらいあるけれど…それだけで相性も考えず、戦略も考えず、工夫すらせずに撃ち続けるだけねぇ…正直ガッカリだわ。減点ね」
「はぁっ…!!はぁっ…な、何で…!!何でなんですの…!!」
それでもアリアは黒表紙でメイリリーナの中級魔法の嵐を弾き飛ばし…
「あぐっ……も、もう…無理ですわ…」
遂に魔力切れを起こして校庭に倒れ込んだ…。
「んー…確かに私以外なら通用する戦法だけれど豆鉄砲を何百発、何千発撃たれても痛くも痒くもないし…まぁ、ある意味育て甲斐があるわね」
「わ…わたくしの魔法が…豆鉄砲ですって…!?」
「ええ、そうね。確かにメイリリーナの魔力量は同世代の子供達からすれば驚異的な量よ。だけれどその魔力の使い方が全然なってないわ」
「ぐっ…」
「…はぁ、根性だけは一人前ね…」
魔力切れで四肢に力が入らないのにも関わらず自力で立ち上がろうとし続けるメイリリーナに苦笑したアリアはシャルロットと同じ様に横抱きに抱き起こす。
「っ!?自分で歩くから降ろしてくださいまし!!」
「ねぇ、あんた。あんたにとって魔法って何よ?」
「っ!?な、何を急に…いいから降ろしてくだ『真面目に答えなさい』っ!?…」
「…あんた、魔法を玩具や道具の様に考えてるでしょ?」
「っ!?そ、そんな風に思ってませんわ!!」
「じゃあ何?」
「…そ、それは…わたくしは王族ですわ…使えなければ王として示しがつきませんわ…」
「…その示しって何?魔法が使えればそれだけでえらいとでも言いたいのかしら?」
「…」
「結局権力を得る為の玩具や道具、見栄を張る為の玩具や道具を使ってるのと同じじゃない」
「っ!?じゃあ貴女は魔法を何だと思ってるんですの!?」
「命を簡単に摘み取る技術よ」
「っ!?」
「それを子供の玩具や道具の様に何も考えず使って偉そうに人を見下してるあんたは魔法についてどう考えてるのか気になったのよ」
「…貴女は…人を殺した事があるんですの…?」
「ええ、あるわよ。私は剣とかも使えるから剣で殺した事もあるわ。人の肉と骨を断つ感覚…命を摘み取っているのにも関わらず、自分の手にも足にも何処にも命を摘み取ったという感覚をよこさない魔法で殺した事もあるわ」
「…」
「王って言うのは民を導く為に毅然としてなくてはいけない…そんな事はわかってるわ。だからそうやって自分を大きく見せて次は自分が王なのだって示している事もちゃんと理解してるわ。だけれど命を摘み取る技術をひけらかして他者を見下して…あんたが平民だったらどう思う?」
「…そ…それは…」
「…だから自分が持ってる力についてちゃんと考えなさい。リーナが持ってるその力は何も考えず振り回していいものじゃないのよ。振るい方を間違えれば破滅を、振るい方を間違えなければ民を守る素晴らしい力になるって事…私の話を聞いた後のリーナならわかるでしょう?」
「……ええ…」
「…まぁ大丈夫よ。私がちゃんと正しい使い方と道を教えてあげるわ。だからリーナは折れずに私に付いてきなさい」
「っ……わかりましたわ…後、そろそろ降ろしてくださらないかしら!?恥ずかしいですわ!!」
「そういうのは藻掻きながら言うものよ?全然腕も脚も動かしてないじゃない」
「くっ…屈辱ですわ…!!」
「はいはい…勝手に屈辱を感じてなさい」
「くっ…別に貴女を担任だと認めたわけじゃないですわ!!!わたくしが成長する為に利用するだけですわ!!勘違いしないでくださいまし!!!」
「貴女じゃなくてアリア先生よ。…ツンデレは物語だから可愛く見えるけれど実際にやられると腹が立つわね~…はいはい…」
「何ですのそのツンデレと言うのは!!何だかすごく不快ですわ!!」
「はいはい…」
全く体を動かさず口だけは威勢のいいメイリリーナにうんざりしながらもアリアはずっとこちらに熱い視線を送り続けている唯織、シルヴィア、シャルロットを見て笑みをこぼし…
「…」
まるで敗者を見る様に見下した目をシャルロットとメイリリーナに向けているリーチェを見据えた…。
■
「んで、お次はリーチェね。…にしてもかなりギャラリーが増えてきたわね…」
動けないメイリリーナに青い液体が入った華奢な瓶を渡してシャルロットが居る所まで送り届けた後…アリアの前にはリーチェが立っており、それを囲む様に真っ白の制服を着た生徒達が遠くから校庭を見つめていた。
「それもそうでしょう。入学式初日で授業やテストをやるクラスはありませんし、校庭の真ん中でこれだけ激しく魔法を使ってれば嫌でも他の生徒の目に留まります。…それに私達は特待生、他のクラスからは倒すべき敵ですから。少しでも倒すべき敵の情報を手に入れるのは自然の行動です」
「…へぇ?ちゃんと自覚してるのね?」
「当然です。…それにこの実力テスト、私達の戦闘を他のクラスの生徒に見せつける為に校庭で行ってるんですよね?」
「その考察、正解だから加点してあげるわ。あんた達には常に後ろから追いかけてくる者が居るって事を教えておきたいのと少しは対策されて苦戦して、それを自力で乗り越える力を付けさせる為にあんた達の手の内をここで全生徒に晒してるのよ」
「…一応は先生なんですね?」
「まぁ、あんた達が初めての教え子だけれどね。…んで、あんたは剣を使うのね?」
「いけませんか?」
「別にいけなくなんかないわよ。…あんたがどれだけその剣を扱えるのかとても気になるわ」
「そうですか。なら見せてあげますよ」
そう言うとリーチェは腰に吊るした細身の片手剣を抜き放って自分に与えられた二つの色…緑と黄の魔色を起こし始める。
「先に言っておきますが…私は対策なんてされませんよ?」
「ふぅん?」
「だって私の動きは誰にも見えませんから。風よ、我が呼びかけに答え我に羽をもたらしたまえ…ハル・ウィンドウィングエンチャント」
呟く様に詠唱をするとリーチェの体から突風が吹き、真っ黒の制服のバサバサと揺らすと剣を胸の前で横に構えて手を翳し…
「雷よ、我が呼びかけに答えかの剣に宿りたまえ…ラル・ライトニングシャープエンチャント」
もう一度呟く様に詠唱をするとリーチェが持つ細身の片手剣がバチバチという音を鳴らして青白い光を灯した。
「あら、付与魔法なんて使えるなんてすごいわね?これは大幅加点だわ」
「そうですか。ですが…まだありますよ」
「ふぅん…?」
「その余裕な表情と態度…絶対に崩してあげます」
強い意志を瞳に宿してアリアを睨みつけたリーチェは雷の宿った細身の片手剣を空に向けて自分の血に与えられた魔法の名を口にする…。
「我が血に宿りし力よ!我が呼びかけに答え我に仇成す敵を討ち滅ぼす力を与えたまえ!!我が名はリーチェ・ニルヴァーナ!!神速の血を宿した者なり!!!」
「消えた…」
そしてアリアの目の前から土埃だけを残して姿を消したリーチェは…
「もらいました!!!!」
細身の片手剣をアリアの背後から首目がけて振り抜いた…。




