師弟の絆
一章の終わりに幕間の話を差し込みました。
「……ん…」
「…お目覚めですか?」
「ここは…?」
「貴女のお家の前ですよ。……新しいお名前を伺っても?」
「セッテ様……名前…由比ヶ浜 詩織…です」
「そうですか。…やはり生まれたての新しい身体の所為でしょうか?少し舌足らずですね?」
「新しい身体…っ!?あ、新しい身体!?」
夜の帳が落ちた湖の傍…千夏の膝から勢いよく頭を退かした詩織は身体を包む白い布を剥がし、まだ上手く見えない視界の中で一糸纏わぬ自分の裸体を見つめペタペタと触っていく。
「…わ、私の新しい身体…」
「随分と子供っぽくなりましたね?変に達観した今までの顔つきより今の子供らしい表情の方がよっぽど可愛いですよ?」
「顔…」
光の球と一緒に差し出された鏡を受け取りミルクティー色の長い髪に隠れた自分の顔を見つめると幼い時の面影と何処となくエルミスティアの面影が見えてクスリと微笑んだ。
「エルミスティア様の面影もある…」
「正真正銘エルミスティアの娘ですから母に似るのは当然ですよ?それより…」
「はい…?」
「夜の湖で全裸で自分の姿を鏡で見て微笑んでいるのは…変態にしか見えませんよ?」
「あ…制服も一緒に消えちゃったんだ…」
「とりあえず千弦さんの服を用意してあるので着替えてください」
「ありがとうございます…って、何で女性用の下着まであるの…?しかもサイズピッタリだし…というか10代前半の女の子が付ける下着じゃないよね…?」
「千弦さんは女性の身体を二つ持ってますからね。その辺は抜かりないですよ」
「…」
13歳の下着にしては大人っぽく色っぽい黒の上下のガーターベルト付き下着、肩を大胆に露出させて肩ひもが見えるもこもこした白いセーター、ぴったりとしてお尻のラインが際立つホットパンツに足を包む黒のオーバーニーを吊るしてブーツを履くと千夏は手鏡ではなく全身が見える姿見を取り出して詩織に笑みを向ける。
「可愛らしい格好になりましたね?」
「う、うわぁ…結構派手じゃない…?流石に恥ずかしいかも…」
「永遠の若さが無くなった今、可愛い格好を楽しむのも人生ですよ?」
「っ…そうだ、もう不老不死じゃないんだ…」
「ええ、今までみたいにずぼらな生活を送っていればすぐに髪はボロボロ、肌もボロボロ、お腹はぽっこり、足も美味しそうに肥えると思いますよ?」
「うっ!?…気を付けないと…」
不老不死じゃ無くなった喜びとその弊害…嬉しさと辛さを苦笑いしながら噛みしめると千夏は詩織の長い髪を手に取って梳かし始めた。
「今まではどれだけずぼらでも不老のお陰で美しさを保てていたので唯織さんにべたべたしてたかも知れませんが、気を付けないと粗を見つけられてしまいますからね?」
「ううっ!?」
「だから少しは自分で髪を弄れる器用さを身に着けてください」
「はい…」
項垂れる詩織の髪でいくつか三つ編みを作りリボンでポニーテールにして纏め、その房を優しく梳かして三つ編みを解き可愛らしい髪形を作ると詩織は目をキラキラと輝かせる。
「え!?何この可愛い髪型!?」
「女の子たるものこれぐらい出来ないとダメですよ?」
「こんな髪型一人で出来る気がしない…」
「それは練習ですよ。…それより、皆が帰ってきたようですね」
「えっ!?嘘!?心の準備がっ…」
新しい自分、派手な格好…まだ見られる心の準備が出来ていない詩織は千夏を壁代わりにして身を隠した…。
「ふいーせーちゃん戻ったよー」
「おかえりなさいフェイナ。随分と手荒くしたんですね?」
ラフな格好のフェイナの肩にまるでお風呂上がりのタオルの様に引っかけられたテッタは制服をボロボロにしてピクリとも動いていなかった…。
「まぁねー。何度も殴って蹴ってぶん投げてブチ転がして心をバッキバッキにへし折ってきた」
「ふふふ。魔法の方はどうでした?」
「結構すごかったよ?まだまだ引き出しはありそうな感じするかな?」
「そうですか。千弦さんにはいい報告が出来そうですね」
「だねー!」
千夏とフェイナがテッタの進捗について話していると…
「ただいま…って、テッタ君が悲惨な事になってるけど?」
「おかえりフィー。何度も地面を転がったら制服なんて破けるっしょ?てかシャルちゃんも気ぃ失ってんじゃん?」
目元をタオルで隠してぐったりとしたシャルロットをお姫様抱っこして帰ってきたフィーヤは呆れた様にため息をついた。
「はぁ…気絶してるテッタ君と違ってシャルちゃんは魔力切れと知恵熱で寝てるだけ。魔法を操りながら計算と知恵の輪を同時にやらせて並行思考の訓練をしてたんだけどパンクしちゃったみたい」
「いや熱出しちゃってんじゃん…」
「ふふふ。でもそれだけ真剣に取り組んでいた証拠ですよ」
空間収納から取り出した大きな布を湖の傍に広げたフィーヤはそこにシャルロットを寝かせ、フェイナもテッタを寝かせると…
「ありゃ、私達が最初じゃなかったかー」
「ふふ、テッタ君以上にボロボロですね?」
制服をボロボロにしたリーチェを背負ったフィオが帰ってきた。
「ずーっと戦ってたからね!まさか刀を抜かされるとは思わなかったし、多分リーチェちゃんが一番伸びしろあるんじゃない?」
「はー?テッタ君の方が凄いと思うけど?」
「いやいや、シャルちゃんの方が凄いから」
テッタとシャルロットが寝ている場所に気を失っているリーチェを寝かし身体を隠す様に布をかけてあげると…
「あら?もう皆さん集まっていましたか」
「私達が最後…じゃないみたい?」
「サリィもルノもおかえりー。ユリスと唯織君がまだかな?」
サリィとルノアールがぐったりとしたリーナとティリアをお姫様抱っこで連れ、皆が寝ている布に降ろした。
「ふふふ…皆さん初日から大分厳しくしているんですね?」
「…てゆーか、せーちゃんこそシルヴィアちゃんの姿が見えないけど?ちゃんとやってたの?」
千夏が担当したシルヴィアの姿が見えないとフェイナが言うと千夏は困った様な表情を浮かべ…
「ええ…不老不死の勇者様ですから加減が出来ず、一度殺してしまったのですが…」
「ええ…?流石にそれはやり過ぎじゃない…?」
いくら不老不死でも殺すまでやるの?とドン引きする皆の表情に満足したのか笑みを浮かべた。
「ふふ、殺したらですね?なんと私の女神パワーで不老不死の呪いが解けて幼くなっちゃったんですよ」
「わわっ!?」
「「「「「っ!?」」」」」
後ろ手に隠した玩具を見せる様にすっかり様変わりした詩織を披露するとフェイナ達は目を丸くした。
「えっ?全然別人じゃん?髪色も違うし」
「この感覚…ルノが生き返って戻った時にも味わったなぁ…」
「…確かにそうだね?」
「おー?身体つきもだいぶ子供っぽい?」
「あらあら…フィオちゃん?皆さん?あまりべたべた触っちゃダメですよ?」
「んぎゅっ!?ぐ、ぐるじい…」
「「「「サリィ…」」」」
詩織の激変にべたべた触るフェイナ達から子供に目が無いサリィが抱きしめて詩織を確保すると皆の背後から二人分の足音が聞こえる。
「あっらー…私達が最後かな?」
「すみません、遅くなりました…え?みんな…?」
元気なユリスと女装させられている唯織が帰り、テッタ達がまとめて寝かされているのに驚いた唯織だったが…
「ふふ、生き残りは唯織さんだけでしたか。それともユリスの授業が温かったんですかね?」
「はー!?めっちゃハードだったし!そうだよね!?」
「え、ええ…確かにハードでしたが…それよりも千夏さん、シルヴィは何処にいるんでしょうか…?ユリスさんと戦っている時、何か嫌な感じがして…」
「…ふふ、離れていても絆で繋がっているという事ですか。直感的に唯織さんは何かを感じ取ったようですね?」
「…どういう事ですか…?」
「どういう事だと思います?」
「……」
千夏の不敵な笑み、不穏な言葉、この場にシルヴィアがいない事に警戒を露わにした唯織はトレーフルに手を掛けると…
「ちょ、い、いおりん!?私はここ!ここだから!!」
「…っ!?し、師匠!?ど、どうして幼くなっているんですか!?」
「あらぁ…」
惜しそうに声を漏らすサリィの抱擁から抜け出した詩織が唯織と千夏の間に割って入った。
「じ、実はね?千夏さんは女神様で…私をこの世界に召喚した女神エルミスティア様と神友で私の不老不死の呪いを解いてくれたの…」
「っ!の、呪いが解けたんですか!?」
「う、うん…それでね?私は異世界から来た人間だったから自力で魔力を生み出す事が出来なくて、こっちで魔法が使える様にってエルミスティア様がずっと私に力を分け与えてくれてたみたいなの。その所為でエルミスティア様は弱ってしまって…でもね?千夏さんとアリアちゃんがエルミスティア様に力を分け与えてくれたおかげでエルミスティア様が不老不死の呪いを解いてくれたんだけど、呪いを解く為には一度死ななくちゃいけなかったの。それから私はエルミスティア様に新しい身体を作ってもらってエルミスティア様の娘として生き返ったの…」
「…じょ、情報が多すぎて全部は理解出来ませんが…千夏さんは女神様で、師匠をこの世界に召喚してくださった女神エルミスティア様とお友達で、千夏様とアリア先生のお陰でエルミスティア様は師匠の不老不死の呪いを解いてくださり、師匠に新しい身体を授けて下さってエルミスティア様の娘になった…そして今は不老不死じゃないという事でいいですか…?」
「そう!」
「「「「「物分かり良すぎぃ…」」」」」
「あらあら…」
「ふふ…」
「そ、そうだったんですか…千夏様、勘違いして申し訳ございません…それと、師匠の呪いを解いてくださり本当にありがとうございました」
「いえいえ、千夏様じゃなくて千夏ちゃんって呼んでもいいですよ?」
「あ、あはは…」
捲し立てる様な詩織の説明をしっかりと理解した唯織は千夏に深々と頭を下げ…目の前に居る詩織を抱きしめ涙を零した。
「…え?え?いおりん…?」
「本当に…本当に呪いが解けたんですね…本当によかった…」
「…心配かけてごめんねいおりん」
「ずっと…師匠は気付いてなかったかも知れませんが…師匠はいつも僕と寝ていると泣いてたんですよ…?」
「え…?」
突然告げられた自分の知らない事…心当たりの無い詩織は小さく言葉を漏らすが唯織は更に強く抱きしめて言う…。
「私を一人にしないでって…いつもうなされていたんです…」
「っ!」
「僕と生きる時間が違ったから…どれだけ一緒に居ても僕が先に死んでしまうから…ずっと僕が死んで一人になるのが怖くて不安だったんですよね…?」
「…………うん…」
「…これでもう夜は泣かなくて済みますね師匠…」
「……うんっ…」
生きる時間が違った師弟…決して同じ時を生きる事が出来なかったはずの師弟は生きる時間が同じになった事に悲しみではなく嬉しさに涙を流すのだった…。
「…はぁ~…ユリスが唯織君を女装させなきゃもっと感動する場面なのになー??」
「はぁ~…ほんっと…何で余計な事したのユリス…」
「本当だね…はぁ…」
「ユリスっていっつも間が悪いよねぇ…」
「ちょっ!?私が悪いの!?みんなだって唯織君の女装姿が見てみたいから訓練で罰ゲームやらせて着せちゃえって言ってたじゃん!?訓練から返ってきたらこんな感動的になるなんて思わないじゃん!?」
「確かにちょっとだけ残念ですが…そんなに責めてはいけませんよ?姉妹みたいでいいじゃないですか」
「ふふ…確かに姉妹みたいですけどせっかくの感動がユリスの所為でユリユリしてますね?」
「「「「「「……」」」」」」
「女神ジョークですよ?我慢せずに笑っていいですよ?」
感動のワンシーンを全てぶち壊す千夏の駄洒落は唯織達の邪魔になるフェイナ達の言い合いを止めるのには効果てきめんだった…。
■
「…っふぅ…こういう内政系は私の領分じゃないのよねぇ…アンジェとフリッカには今いる寮の荷造りをしておくよう伝えたし、後はアンジェとフリッカの訓練の為にあの子達をこっちに呼んで…」
理事長室での会議を一旦中断して転移魔法でログハウスまで戻ってきたアリアはこれからやるべき事を口に出しながら整理し、堅苦しいスーツを脱ぎ捨てゆったりとしたセーターとロングスカートに着替えて訓練が終わっているであろう唯織達を迎えにログハウスの外に出ると…
「みんな待たせたわね…って、これ…どういう状況?」
布の上に寝かされたボロボロのテッタ達、抱きしめ合う女装した唯織と幼くなっている詩織の姿をただ棒立ちで見つめているフェイナ達の姿があった。
「あ、ちーちゃんおかえりー!ゆるふわでかわいーね!」
「ただいまフェイナ。流石にずっとスーツは疲れるのよ…それで?これはどういう状況かしら?」
「テッタ君達は心が折れたり魔力切れだったりで寝てて、シルヴィアちゃんが不老不死の呪いを解いて唯織君と感動を分かち合ってるのをユリスが女装で台無しにしてせーちゃんが女神ジョークで雰囲気ぶち壊しにしたところ!」
「…まぁ、何となく想像通りね。起こすのも可哀想だし、今日はこっちで寝かせてあげましょうか。フェイナ達はテッタ達のベッドの準備をしておいてくれるかしら?」
「りょーかい!みんな最後に一仕事だよー!」
「あ、千夏は残ってちょうだい」
「わかりました」
帰ってきたアリアに声を掛けつつ千夏を残してフェイナ達がログハウスへと戻るとアリアは千夏を連れて唯織達の元へと近づいた。
「詩織…千夏からエルミスティア様の血を受け取って不老不死の呪いを解いたのに生きているって事はこの世界で唯織以外の生きる意味を見つけれたのね?」
「……うん、テッタ達の事も見守りたくなったし…エルミスティア様からあんなに愛されてるなんて知らなかったし…そ、それに…エルミスティア様を救ってくれたり私達の為に色々してくれるアリアちゃんにも恩返ししないとだし…」
「別に恩返しなんていいわよ。エルミスティア様は私達がこの世界を行き来するのを他の神に問題ないって説得してくれていたみたいだからお礼をしただけ。…それに形はどうであれ詩織は私の生徒でしょう?なら呪いを解きたいその願いを叶えるのは先生として当然じゃない」
「っ…本当にありがとうアリアちゃん…セッテ様も本当にありがとうございます…」
「僕からも…アリア先生、改めて千夏様…師匠の呪いを解いてくださり本当にありがとうございます…」
「ふふ、私はただ神友が困っていると千弦さんに話しただけですよ」
「…私も自分がしたい事をしただけよ。だからそんな大げさに感謝なんてしなくていいわ」
「ふふ、千弦さん?照れ隠しが下手ですね?」
「…余計な事は言わなくていいわ。とりあえず唯織と詩織はみんなを家の中に運んでちょうだい。私はご飯を作るわ」
「…わかりました、本当にありがとうございました」
「…胡桃ちゃん、ありがとね?」
「っ!?…はぁ…」
詩織をこの世界に召喚したエルミスティアを救った事、不老不死の呪いを解いてくれた事のお礼を伝えた唯織と詩織はそのまま布に寝かされているテッタ達をログハウスへと運んでいき…
「……詩織は大丈夫かしらね」
「…それは身体の事ですか?気持ちの事ですか?それとも詩織さんと唯織さんの今後についてですか?」
「全部よ。普通に動くだけなら問題ないと思うけれど、今まで思い通りに操れた身体と魔法が新しい身体とのギャップで気持ちが落ちないか…そもそも今まで不老不死だったからこそ色々出来たけれど今はもう不老不死じゃない。人でも魔獣でも敵意を向けられた時、今まで感じなかった死ぬかも知れないっていう気持ちに折れないか…唯織だけの事を考えていた詩織がテッタ達の事を考える様になった今…いえ、今後についてはあの子達が自分で決めるべきだわ…私はあの子達が決めた事を出来る様にしてあげるだけ…」
「そうですね、あの子達の人生はあの子達の物です。私達はそれを見守り、壁を乗り越えられる様育ててあげるだけです」
「…そうね。…明日も詩織の事を頼むわね」
「ええ、任せてください」
詩織と唯織の今後を案じたアリアも千夏と一緒にログハウスへと入るのだった…。
「さて、みんなの夜ご飯でも作ろうかしらね」
「お手伝いしますよ?」
「…面白そうで色々な物を入れないのなら手伝って欲しいのだけれど」
「ではお手伝い出来そうにありませんね…」
「はぁ…」




