お母様
「…あれ…?私…どうしたの…?それにここは…?」
透き通った存在が不確かな自分の身体、何も無い際限なく続く真っ白な空間…そんな場所にいる詩織はきょろきょろと辺りを見渡し混乱している頭を落ち着かせ…
「確か私…セッテ様と話してて…エルミスティア様の血を飲んで………死んだ?え…?死んじゃった…?え、え、え?…し、死んだの…?そ、そんな…し、死にたくない…消えたくない…!!!」
られず、自分が死んでしまった事を悟り感覚が無く消えかかっている身体がこれ以上消えない様に身体を抱きしめ蹲る…。
「いや…嫌だ…!!私はまだ唯織と一緒に居たいのに…!!!何で…!?何でなの…!?何で何で何で何で!?」
誰かが聞いているわけでもないのに口から溢れてくる死の恐怖…頭が可笑しくなりそうな恐怖に身体を震わせ見っとも無く泣き喚いていると…
『詩織…』
「…………え…?」
蹲って震える詩織に聞き覚えのある優しい声色を誰かが届けてくれた…。
『泣かないで、詩織…』
「…こ、この声…え、エルミスティア…様…?」
『私の所に来て…』
「エルミスティア様…」
感覚なんて最初からない、動いているかすらわからない消えかけている足を、手を動かして前に進んでいるか曖昧な白い空間を縋る様に自分の名前を呼ぶ声の方に進んでいく。
「エルミス…ティア…さ…ま…っ…」
『来て…詩織…』
自分の何もかもが消え失せていくような喪失感の中…何度も名前を呼んで存在を繋ぎとめてくれている声の元に辿り着いた時…
「あ…れ…?」
「…!詩織…!来てくれたのですね…!!!」
「エルミスティア…様…」
真っ白な空間が色を思い出したかのように色付き始め、自分と唯織が住んでいたログハウスが足元に現れるとそこには湖に足を浸している千夏だけが映っており…詩織は緑色の長い髪を引きずる白い羽衣に身を包んだ女神、エルミスティアに抱きしめられている事に気付いた。
「よかった…本当によかった…また会えたわ…」
「…いつもこうやって私の事を…見守ってくれていたのですか…?」
「ええ…それぐらいしか私には出来ませんから…」
「私の所為で…」
「いいえ…詩織の所為じゃありませんよ。もう自分の事を責めないであげてください。…今まで私の事を覚えてくれていてありがとう…」
「っ!?………はい……ごめんなさい…っ」
きつく、苦しくなる程に強く抱きしめられ頭を優しく撫でる手は小刻みに震え…それだけこんなにも優しい女神に心配をかけていたのかと思うと自然と詩織の目尻からは涙が流れ自然とエルミスティアを抱きしめていた。
こうして再び会う事が叶わぬはずだった女神と眷属は再会を果たしたのだった…。
■
「あ、あの…エルミスティア様?」
「何ですか詩織?」
「その…そろそろ離してもらえませんか…?」
「…もう会えないはずだったのにこうして会えたんですよ?」
「それはそうですけど…流石に恥ずかしいというか…」
「ここには私と詩織しかいませんよ?恥ずかしがる必要がありますか?」
「は、はぁ…」
禿げるのではないかと心配する程に頭を撫でられ続け、骨が折れるのではないかと心配する程に後ろから抱きしめ続けられ、その場に座ってもずっと背中にエルミスティアの身体がべったりとくっついてくる…会えなかった寂しさも分かるし嫌じゃないけど流石にしつこいかな…?と思い始めた詩織は唯織も私といる時はこんな気持ちなのだろうかと少し反省していた。
「…それでエルミスティア様?…私はどうなったのですか…?」
「…そうですね、そろそろ説明をしましょうか」
「あ…このまま説明するんですね…?」
「ええ、離れたくありませんから」
詩織をぬいぐるみの様に抱え込んだエルミスティアは小さく咳払いをすると詩織が置かれている状況について語り始めた。
「まずですね、詩織は不老不死の呪いを解く私の血を飲んだことによって死に、魂だけの存在となって私の所にいるんです」
「…そうなんですか」
「そんな悲しそうな顔をしないでください。詩織がここに居るという事は死の怖さを思い出し、あの世界に生きる意味を見つけたからなんですよ」
「…でも死んでしまったんですよね…?」
「ええ。…ですが」
「…?」
小さく目元に浮かんだ詩織の涙を拭ったその指でエルミスティアは詩織の前を指差すと光の粒子が集まり…
「え…?私の身体…?」
「はい、不老不死の呪いが解けた詩織の身体です」
蝋人形…そう言うのが正しいと感じる生気を感じない詩織の身体が現れた。
「もう詩織の身体はボロボロで…魂の器としては機能しません。なので…」
「あ…」
エルミスティアが手を広げると詩織の身体はもう一度光の粒子へと変わり詩織は小さく声を漏らすがエルミスティアはそんな詩織の頭を撫でつける。
「詩織のこの身体を元に転移者ではなくアルマで生を受けた転生者として新しい身体を創ります」
「っ!?て、転生ですか!?」
「ええ。アルマで生まれた事になるので新しい身体では自分で魔力を生み出す事も出来ます。…だから詩織には死ぬ怖さを思い出して欲しかったのです。今度は死ねませんから…」
「…はい、もう死のうだなんて思いません…」
「…ふふ」
また泣き出しそうになった詩織を抱きしめると漂っている光の粒子を集め、また目の前に詩織の身体…否、身長も身体つきも唯織達と同じ13歳相当になった新しい身体が出来上がった。
「詩織が不老不死の呪いを受けたのは18歳…だから身体に関しては慣れが必要かも知れません。一応、唯織と同じ13歳頃の詩織を想像して創ってみたのですが…どうですか?」
「…もう少しスタイルが良くなりませんか?」
18歳にしてはかなりあった胸、綺麗にくびれていた腰つき、綺麗なお姉さんと呼ばれる要素が全て幼児体系へと変わっている事に不満を漏らすが…
「今後の成長、努力次第ですよ?不規則な生活をしていれば成長しませんし、スタイルを良くしたいのなら頑張ってください」
「はい…」
創造主…新たな母に笑みで却下された…。
「魔色や血統魔法は元の詩織の身体を使っているので同じになってしまいますが…唯織と同じ透明の魔色がよかったですか?」
「…いえ、エルミスティア様が付けてくれた色なのでそのままがいいです。それに透明の魔色は唯織の特別ですし、奪いたくないですから…」
「…そうですか。本当に唯織の事が好きなんですね?」
「はい…恋愛感情じゃないですけど…多分、エルミスティア様が私に抱いてくれている愛と同種の愛を唯織に抱いてます。…可愛くて仕方ないんですよ」
「ふふ…素敵な出会いがあってよかったですね?」
「はい。…エルミスティア様、本当にありがとうございます」
後ろから回されているエルミスティアの腕を抱きしめ心の底からそう呟くとエルミスティアは詩織の頭の上に顎を乗せながら言う。
「…こうやって詩織と話せるのも、詩織に新しい身体を用意してあげられるのも全部あの二人…セッテとアリアのおかげなんです。あの二人がこの世界に来てくれて消えかかっていた私に力を与えてくれて…だからお礼はセッテとアリアに言ってあげてください」
「…そういえばセッテ様も呪いを解く為に私達に頭を下げたって…」
「ええ、それはもうペコペコ何度も頭を下げました。ですが、この頭を下げるだけで私の可愛い詩織の為になるなら何度でも下げます。…なのに…」
「…?」
喋る度に頭に揺れを感じるまま不自然に言葉を切ったエルミスティアに小首を傾げると抱きしめる力を強めて不服そうな声色で続きを話し始める。
「あの二人は元々私と詩織を助けるつもりだったみたいで過保護なんですねって笑ったんですよ?生徒にあれだけ過保護にしてる自分の事、アリアが好きすぎて神の力まで与えて結婚した自分の事を棚上げにして笑ったんですよ?酷くないですか?」
「あーー…すっごくその光景が目に浮かぶ…アリアちゃん結構自分はいい、相手はダメの鬼ルールだし、セッテ様も少し話しただけでその気があるなって思いましたし…」
「だからかなり欲張って力を奪っ…もらったんですよ?なのにあの二人は笑うだけで…」
「今奪ったって言いかけました…?」
「気のせいですよ?」
「そ、そうですか…アリアちゃんが朝ぐったりしてたのは惚気話だけの所為じゃなかったんだね…」
「…まぁ、こんな事を言っていますがあの二人には感謝しきれない程に感謝しています。…だから、生まれ変わったらあの二人にお礼を言ってあげてください」
「…わかりました」
そう言うとエルミスティアは徐々に薄くなっていく詩織から身体を剥がし笑みを浮かべてお互いの額を合わせながら言う…。
「そろそろ時間の様です」
「あ…もう…ですか…」
「…大丈夫です詩織。まだまだ話したい事はあるのですがこれでまた会えなくなるわけではありません。今は必要な事だけを伝えますね?」
「はい…」
「まず、詩織の新しい身体は私の分身、神の子、私の娘と言っても過言ではありません。成長していけば神の力の一端を使う事が出来るかも知れません。…ですが、その力をひけらかしてはいけません。その力を、貴女を求めて国同士が争うかも知れませんから」
「…はい、わかりました」
「次、勇者の事ですが…詩織がいつも魔王に昇華する恐れのある危険因子を排除してくれていたおかげで今までちゃんとした魔王が生まれる事はありませんでした。そして、魔王であるアリアがこの世界にいる間は魔王は生まれないはずです。…ですが、アリアがこの世界を去った後はわかりません。なので…」
「はい、もう一度私が勇者として『いえ、違います』…え?」
もう一度勇者になろうとする詩織の言葉を遮るとエルミスティアは申し訳なさそうな表情を浮かべながら消えかかる詩織の頭を撫でつけた。
「詩織には勇者に相応しい、貴女の後継に相応しい人物を見つけて欲しいのです。…ただし、唯織はダメです」
「え…?ど、どういう事ですか…?唯織なら十分『唯織だけはダメなのです』…その理由は…?」
「詳しくは言えません…ですが、これは詩織の為なのです。そしてこの事はアリア以外には決して言ってはいけません…いいですか?」
「………わかり、ました…」
何故唯織だけは勇者になれないのか…転移者でも転生者でも無く純粋にアルマで生を受けた者であれば唯織が一番勇者の素質があるのにも関わらず、念を押す様に唯織だけは勇者になれないと、それが自分の為だと言われた詩織は渋々了承すると…
「最後…今すぐには無理かも知れませんが新しい身体であれば『夢渡』でもう一度ここに来れるはずです。また私に会いに来てくれますか…?」
「…はい、また必ず会いに来ます…お母様」
「っ!?…ええ…待ってるわ詩織…いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
泣き笑いの表情を浮かべたエルミスティアに笑みを向け…詩織の身体は完全に消えた…。
「……唯織さんの事を言わなくてよかったのですか?これぐらいの事実で詩織さんと唯織さんの絆は断ち切れないと思いますよ?」
「セッテ…まだそうと決まったわけではありません。私はそうならない事を、あの子がそうさせない事を信じているので言わなかっただけです」
「その割には新しい後継者を見つけろと行動が矛盾していませんか?それに、後継者はエルミスティアが言ったあの子でもう決まっているんじゃありませんか?」
「…それも決まったわけじゃありません。詩織の判断に委ねるだけです」
「そうですか。流石にそこまで私達は手を貸せませんからね?ただでさえ私達の旦那様はお人好しなんですから」
「…わかっています。この世界の行く末の全ては詩織達次第…どうか祝福を…」
「神が神頼みとは…まぁ、いいです。色々落ち着きましたら他の主神達にも挨拶させて頂きますからそう伝えておいてくださいね。では」
突然姿を現したセッテも言いたい事を言い終えたのか姿を消し…
「詩織と唯織…どうか…どうか…!」
エルミスティアは一人、詩織と唯織の行く末が幸せであるように祈り続ける…。




