見えない背中
「さてと…おさらいでもしましょうかね…」
レ・ラーウィス学園の闘技場の門…その向こう側から洩れ聞こえる生徒達の声を聞きながら黒表紙を開くアリア。
(馬鹿正直に全部教える必要性は無い…悪戯に無詠唱や魔法の威力を上げる方法を教えてしまえば好奇心旺盛の子供達はきっと暴走するし、成長した子供達が戦争に参加する様になれば戦争は激化する。そして急激に力を付けたハプトセイル王国を危険視して同盟を組んで潰しに来るし他国からその力を暴く為にスパイやらなんやらで国内がめちゃくちゃになる。…戦争は国や人々に技術と成長をもたらすけれどその技術も成長も魔法だけでその魔法が命を奪う事だけにしか昇華されないのは違う…余所者の私達がこの世界をかき乱すわけにはいかない…本当の魔法の使い方、人の為になる魔法について諭してみようかしら…)
黒表紙にびっしりと書かれた唯織達の今までの情報、更にはこれからどう成長するのか多岐に渡る今後の唯織達の情報、そしてこじんまりと書かれた各国の現状の情報とこれから国がどう動くかが纏まった未来の情報…まるで預言書の様な黒表紙をパタンと閉じたアリアは空間収納から白黒の手袋と赤い縁の眼鏡、丸い水晶を取り出すと門を開き突き刺さる学生や教師の大量の視線を浴びながら闘技場の真ん中へと歩みを進める。
(随分熱烈な視線…昔を思い出すわね。やっぱり誰か見せしめにしてからの方が話が早そうかしら…?)
驚き、怒り、苛立ち、不安、軽蔑、嫌悪、困惑、恐怖、憎悪、怨み、敵意、侮蔑、拒絶、悪意…昔、魔王になった時に勇者だった自分に期待や希望を抱いていた人々が掌を返した様に向けてきた様々な視線を懐かしみながら円形の観客席を眺めて…声を出す。
「私の事を知らない人はいないと思うけれど一応名乗っておくわ。レ・ラーウィス学園二年生、特待生クラスの担任をしているアリアよ。この水晶を見てわかる通り、私は死神と言われている由比ヶ浜 唯織と同じ透明の魔色よ。今回、隣国のムーア王国にあるハルトリアス学園から留学生を募ると言う事で留学兼、宣伝として『無色の無能が育てた優秀な生徒達』がレ・ラーウィス学園の代表でハルトリアス学園に出向くわ」
無色の無能が育てた優秀な生徒達をわざと強調して発言すると様々な視線は更に鋭くなるがその視線を心地よさそうに浴びたアリアは笑みを浮かべて爆発寸前の導火線へ…
「そして何でこんな授業を設けたか…その理由はハルトリアス学園から留学してくる生徒達にアンタらみたいな他者を見下して優劣を付けなきゃ自分を保てないレ・ラーウィス学園の汚点を見られて後ろ指を指されて笑われない様にする為よ」
火を付けた。
「ふざけるな!!」
「そうよ!私達が学園の汚点!?アンタみたいな非常識な教師こそ汚点だわ!!」
「偉そうに獣風情が吠えるなよ!!」
「無色の無能は引っ込んでろ!!色付きの俺達に偉そうに語るな!!」
(…席を立って捲し立ててるのは三分の一、大半が貴族連中かしらね。その他の席を立ってない生徒は怯えてる…イグニスにあの決闘の日だけ操られてぼんやりとした記憶がハッキリ戻って思い出した生徒っぽいわね。ちなみに三年と一年の特待生は…ん?三年は静観…?一年はあんなに捲し立てているのに…見どころがありそうね)
罵声を浴びせられながらも冷静に生徒達を観察し、アリアの煽りを静観している黒い制服を着た三年生の二人に目を付けるとその中の一人が笑みを浮かべながら手を上げて他の生徒達に負けない程の声量で声を上げた。
「アリア教諭!!私は貴女の英知を学びに来た!!この様な戯れに貴重な時間を割かないで頂きたい!!」
「…へぇ?言うじゃない?あなた、名前は?」
「私は特待生クラスに所属する三年のアンジェリカ・ランルージュ。イグニス生徒会長が学園を去った今、生徒会副会長だった私がレ・ラーウィス学園の生徒会長を務めさせて頂いている。以後お見知りおきを」
「ランルージュ…何処かで聞いた気が…セドリック公爵家と一緒に二大貴族と呼ばれてる公爵家…だったかしら?」
「この学園では爵位など無用の長物。お近づきと親しみを込めてアンジェとでも呼んでもらえれば幸いだ」
左眼は青、右眼は緑のオッドアイ、長い茶髪を緩い三つ編みにして白いリボンで結ったアンジェリカ・ランルージュ…シャルロットと同じ公爵家の令嬢はスカートを押さえながら軽い身のこなしで高さのある席から闘技場に降りるとその後に続く様にもう一人の特待生が闘技場に降りる。
「ならアンジェ?後ろの子も紹介してくれるかしら?」
「うぐっ…!…んんっ!紹介が遅れて申し訳ない。双子の妹のフレデリカ・ランルージュだ」
「フレデリカ・ランルージュ。フリッカって呼んで。風紀委員長」
「そう、フリッカね」
「うっ…」
「…?」
双子の妹フレデリカ・ランルージュ…彼女も姉のアンジェリカと同じ髪色と髪型で唯一違う所は左眼は緑、右眼は青…その違いが分からなければ瓜二つとも言える双子は胸を押さえながら色の違う瞳でアリアを見つめる。
「私達は既に透明の魔色が色付きの私達より優れている事を知っている。この茶番はそれを知らしめる為の茶番…違わないだろうか?」
「悪く言えば見せしめ。違う?」
「…驚いた。あなた達みたいに察しのいい子もいるのね?百聞は一見に如かず…私がどんなに諭した所で理解されるとは思っていないから実戦で見せようと思ったのよ」
「…ならその実戦の相手、私達が務めさせて頂いてもいいだろうか?」
「特待生二年を除いてこの学園で一番強いのは私達。爵位を翳す貴族達も公爵家の私達なら納得する。どう?」
「…」
妙に協力的…ここで透明の魔色だと公言した者にこれだけの観客の中で二人が負ければ学園内では問題なくてもランルージュ家自体が世間の不評を買うはず…
「…妙に協力的ね?何か企んでるのかしら?」
「なら授業が終わった後、時間を頂けないだろうか?」
「その時理由を話す。ダメ?」
何かを企んでいる事は遠回しに認めたが悪意が感じられない…そんな不思議な二人の真っ直ぐな視線にアリアは諦めた様に小さく息を吐き捨てた。
「わかったわ。協力してちょうだいアンジェ、フリッカ」
「「…んんっ…」」
「…?」
「…申し訳ない、気にしないで欲しい」
「…気にしないで。いい?」
「ええ…?」
名前を呼ぶ度に妙な反応をする二人に小首を傾げ、公爵家だから愛称で呼んでくれる人が少ないから愛称で呼ばれるのが嬉しいんだろうと思いつつアリアは二人から離れて声を上げる。
「今から学園最強の生徒会長と風紀委員長を相手にあんたらが馬鹿にしていた透明の魔色の本当の力を見せてあげるわ!」
そう言うと観客席から爆発した様に罵詈雑言が飛び交うがアリアはそんな罵詈雑言を吹き飛ばすような大声を出しながら胸に手を当て…
「我が血に宿りし聖剣よ!!我が呼びかけに答え全てを斬り伏せる聖なる剣の姿を顕現させよ!!我が名はアリア!!聖剣の鞘にして聖剣を振るう者なり!!」
黄金に輝く片手剣を胸から引き抜くと今までの喧騒が嘘の様に静まり返る…。
「さぁ、こっちは準備完了よ。アンジェ、フリッカ、好きな様にかかってきなさい」
「…流石だ。あの様な剣を生み出す血統魔法など聞いた事も無い」
「うん。でも私達も負けてない」
「そうだな。やるぞ、フリッカ」
「わかった」
黄金の剣を向けられるとアンジェリカとフレデリカは笑みを浮かべて手を取り合い、自分達だけの魔法を発動させる。
「「我らが血に宿りし絆よ!!我らの呼びかけに答え我らの真の姿を顕現させよ!!我が名はアンジェリカ・ランルージュ!!分かたれた半身は今ここに!!我らは二対一体の体現者なり!!」」
血統魔法の詠唱が終わると二人の周囲に光と闇の粒子が舞い…アンジェリカの眼が両方とも緑、フレデリカの眼が両方とも青へと変わると光の粒子がアンジェリカに光の片翼を授け、闇の粒子がフレデリカに闇の片翼を授けた。
「随分派手な血統魔法ね?」
「今まではただ見た目が派手で不便なだけの血統魔法だったが…」
「一年前のあの日、校庭でアリア教諭と後輩達の模擬戦を見たあの日から私達の全てが変わった」
「そう…図らずもあなた達の背中を押していたのね?なら今のあなた達の全力を見せてちょうだい。頑張ればご褒美をあげるわ」
「…俄然やる気の出る申し出だ」
「全部ぶつける」
あの時の模擬テストで唯織達の背中を追おうとしてくれたたった二人の少女に笑みを向けたアリアは黄金の片手剣を一振りしてそのまま中腰に構えるとアンジェリカとフレデリカは生唾を飲み下しながら片手を背に隠し…
「来なさい!アンジェ!フリッカ!」
「「っ!!」」
髪で隠していた得物…白と黒の光刃を付けたレバーアクション式のライフル銃を構えて白と黒の魔力弾を一斉に掃射し始める。
「っ!?なかなかレアな物を使ってんじゃない!」
「それを初見で看破する英知!」
「こんなに早いのに全部斬ってるその技術!」
「たまたまよ!」
「「…ならこれは!?」」
「っ!?」
絶え間なく発射される白と黒の魔力弾を全て斬り伏せているといきなり白と黒の魔力弾が黄金の剣を避ける様に軌道を変え、迫りくる弾丸を避ける為に一瞬の判断でバックステップを踏むが…
「追尾…なかなか厄介ね!」
それでも地面に穴を開ける程の威力がある弾丸が執拗に追ってくるのに対して凄惨な笑みを浮かべつつ、背後にある丸くカーブを描いた闘技場の壁まで下がり壁を地面に見立てて疾駆する。
「っ!?…常識では考えられない動きだ!」
「でもまだ見える!!」
アリアの人外で曲芸染みた動きに驚きながらもアンジェリカとフレデリカは壁を走るアリアに掃射を続けるが…
「「…来る!!」」
「いい読みだわ!!!」
丁度闘技場の壁を一周し終え、追尾してくる弾丸と距離が開くとアリアは自分の身体を弾丸に見立てて二人へ瞬発し…ドンッという音と共に土煙が舞い上がる。
「………驚いたわ。まさか魔力が纏えるとは思わなかったし、相当力を入れていたから受け止められるとはもっと思わなかったわ」
「っ…一人では到底無理…でもっ…!」
「二人なら…っ出来る!」
全身だけではなく銃にまで魔力を纏わせてアリアの剣を受け止めたアンジェリカとフレデリカ…二人は確実に唯織達と同じ様に全身に魔力を纏わせて身体能力を上げている事に驚いたアリアは二人にしか聞こえない小さな呟きで問う…。
「その全身に魔力を纏うやり方…誰に教わったのかしら?」
「…アリア教諭だっ…」
「後輩達をっ…校庭で走らせてた時…見て盗んだっ…!」
「へぇ…?見て盗む…相当優秀で努力家…気に入ったわ。この授業が終わった後、少し私に付き合いなさい」
「…願ってもない申し出だ…!」
「楽しみっ…!」
見て魔力を纏う技術を盗んだと言うアンジェリカとフレデリカに何かを見出したアリアは銃と鍔迫り合いをしていた剣を引き、距離を取ると目を閉じ片手を二人に向けて詠唱を始める。
「理より排斥されし魔道の原初よ。我の幻想を叶えたまえ」
「っ!?…聞いた事も無い詠唱…!?」
「…止めないとまずい…!」
「燃え盛るその身を持って火は我らに温もりをもたらし」
赤色の魔法陣が空中に現れた途端、魔力を全力で起こしてアリア目がけて白と黒の弾丸を放ちながら瞬発するアンジェリカとフレデリカ…。
「清く澄んだその身を持って水は我らの渇きを満たし」
「っ…!全く当たらない!?」
「目を閉じてるのに…!」
剣を回避する様に軌道を変えた直後、その軌道を見透かしたようにもう一度剣を振って斬り伏せるその姿に目を見開きながら白と黒の光刃で斬りかかっても詠唱を止める事は叶わず、空中に青色の魔法陣が現れる。
「優しく揺蕩うその身を持って風は我らに四季の訪れを告げ」
「二人で攻撃してもかすりもしない…!」
「何で…!?」
まるで視覚を共有しているとしか思えない完璧な連携で光刃を振るうアンジェリカとフレデリカだったがその切っ先すらアリアに掠る事無く空中に緑色の魔法陣が現れる。
「大いなるその身を持って土は我らの揺り篭となり」
「こうなったら…フリッカ!」
「わかった!」
どれだけ光刃を振るっても舞い落ちる木の葉の様にひらひらと避けるアリアから距離を取ったアンジェリカとフレデリカは銃を掲げて詠唱を始めるとアリアの頭上に茶色の魔法陣が現れる。
「荒々しいその身を持って雷は我らに裁きの鉄槌を下し」
「「光よ!!我が名はアンジェリカ・ランルージュ!!白色の信徒なり!!」」
アリアの頭上に黄色の魔法陣が現れるのと同時にアンジェリカの銃に白色、フレデリカの銃には黒色の魔法陣が現れる。
「凍えるその身を持って氷は我らに世界の厳しさを説き」
「「我が呼びかけに答え聖なる光で悪しき者を照らし!!」」
アリアの頭上に水色の魔法陣が現れ、アンジェリカとフレデリカの魔法陣は白と黒の光が溢れ出し…
「全てを飲み込む漆黒のその身を持って闇は我らに静寂と安らぎをもたらし」
「「その聖なる光を持って悪しき者を浄化せよ!!」」
アリアの頭上に黒色の魔法陣が現れるとアンジェリカとフレデリカの魔法陣が一回り、二回り程大きくなり…
「全てを照らす輝かしいその身を持って光は我らに繁栄と平和をもたらす」
「「ニル・ホーリーバースト!!!!」」
アリアの頭上に白色の魔法陣が現れた瞬間、アンジェリカとフレデリカは頭上に掲げた銃をアリアに向けて引き金を引くと白と黒の柱が混ざり合い、アリアに直撃すると観客席を覆い尽くす程の土煙が舞う…。
「はぁっ…はぁっ…うっ…どうだ…?」
「ふぅっ…ふっ…や、やった…?」
憎まれ口を叩いていたアリアがアンジェリカとフレデリカの上級魔法をもろに喰らった事が嬉しかったのか観客席の生徒達は二人を称え始め、闘技場が歓喜の声で埋め尽くされていく。
「流石ランルージュ生徒会長!!」
「ランルージュ風紀委員長ステキー!!」
「ランルージュ!!ランルージュ!!ランルージュ!!」
「「…」」
観客席からの割れんばかりの声を煩わしそうに眉を顰めて聞き流すアンジェリカとフレデリカだったが…
「全ては自然の理。全ては世界の理。その理を魔法によって乱す我らは罪深き者なり。そしてその理を乱す魔法を極めし魔道の王である我は大罪の咎人、その名はアリア」
「「っ!?」」
煩い声で聞こえないはずなのにまだ晴れない土煙の中でアリアの詠唱が聞こえた二人は自然と身体を震わせた。
「大罪を犯さねば歩めぬのなら、大罪を犯さねば守れぬのなら、我は喜んで大罪を犯そう。全ては守り抜くと誓った者達の為に、その大罪を全て我が背負おう」
「っ…傷一つ…」
「ない…っ」
華奢な黄金の剣を一振りすると闘技場を覆っていた土煙は全て消え去り、膝をつくアンジェリカとフレデリカ、無傷で変わらず二人に手を向け続けているアリアの姿が露わになると闘技場が静寂に包まれ…
「この魔法は人殺しの為だけに魔法を使うこの世界を憂う一柱の女神が使う魔法よ。…創造神の嘆き」
パチンという指が鳴った音が闘技場に響いた時、アリアの手は下ろされ闘技場は極彩色の光に飲まれた…。
■
「…という事で魔色というものが生まれ、原初の透明の魔色は人々から忘れられて今の認識、魔法が使えない無能、無色の無能と蔑まれる様になったわけ。ただ…」
砂漠、草原、雪原、山、火山、雪山、海、朝、夜、四季折々の木々…まるで世界をミニチュアの模型に全て現した様にすっかり様変わりした闘技場の中心から観客席を見渡したアリアは黒表紙をパタンと閉じて言う。
「さっきの戦闘、この闘技場の光景を見てもまだ透明の魔色が無色の無能だと信じている奴が居るのなら…そいつこそが救いようの無い無能、馬鹿に付ける薬はないからさっさとこの国を出て人間至上主義を掲げているバルドス神聖帝国に移り住むといいわ。私から学びたいと思うのなら各自今日の授業を受けてどう思ったのかを纏めたレポートを短くても長くてもいいから明日提出する事。これにて今日の授業は終了よ。…アンジェ、フリッカ、行くわよ」
「「っ!?は、はい…」」
指を鳴らすだけで幻想的な闘技場を元の闘技場へと戻したアリアは恐縮しきっているアンジェリカとフレデリカを連れて闘技場を後にし、先約を片付ける為に理事長室へと向かう。
「どうだったかしら?私の授業」
「どう…と言われても…衝撃的な事実過ぎて…」
「正直頭回ってない…」
「…あなた達でそうなんだから闘技場にいる子らはもっと混乱しているでしょうね。リーナ達が物分かり良すぎるのかしら…?まぁそんな事より、あなた達には後でちゃんとした授業をしてあげるわよ」
「…?ちゃんとした授業とは?」
「実は魔法を使う時に詠唱が必要無いとか、魔色は九色じゃなくて実は十色だったとかよ」
「っ!?…じゃあ、さっきの授業は嘘?」
「本当の事よ。ただ、詠唱が必要無い事をむやみやたらに広めたら酷い事が起きるでしょう?戦争とか犯罪とか」
「…確かに。詠唱が必要無いと分かれば戦争は激化、無法者が通りすがりに魔法を使って犯罪を犯す可能性も高くなる…情報の遮断…賢明な判断だ」
「…なら何で私達に?」
「手伝ってくれたご褒美よ。アンジェとフリッカなら悪用しないと信じているわ」
「「んんっ…」」
「…?あ、そういえば…」
顔を真っ赤にしながら俯くアンジェリカとフレデリカに小首を傾げるがアリアは思い出した事を呟く。
「アンジェとフリッカが使っていたあの銃…どうやって手に入れたのかしら?」
「…ああ、この魔道銃はアーティファクトで本来二つで一つの物らしいのだが…」
「私達で一つずつ持って使ってる。お父様とお母様からもらった」
「そうなのね?ちょっと見せてもらっていいかしら?」
「ああ。実は私達のお父様とお母様は大の冒険者マニアでよく冒険者の話を聞く為に屋敷へ招待するのだ。その時にお父様とお母様は登録した初日にSランクの冒険者になった二人組がいるとはしゃぎ、その冒険者に多額の依頼料を支払って発見して間もない未探索のダンジョンに行ってもらったらしいんだ」
「で、そのダンジョンの奥からその冒険者が持ち帰ってきたのがその魔道銃。魔道具に魔力を流すのと同じ様にすると撃てるし、近づかれても魔力の刃が出る様になってるから剣みたいに扱える。魔法もその銃を通して放つと威力が上がる。すごい」
「ランルージュ…何処かで聞き覚えがあると思ったらなるほどねぇ…これを取ってきたのが私だから私に目を付けてたのね?」
「「………え?」」
「え?ち、違うのかしら?確か…私が教師の給料が入るまで金欠だったから日銭を稼ぐのと唯織達の課外授業の為に冒険者になって、未探索のダンジョンを踏破して中の宝を取って来て欲しいって言う依頼を受けた事があったのだけれど…」
「そ、そうなのか…!?」
「…運命?」
「運命って大袈裟ね…この銃にも見覚えあるし多分間違いないわ。今度お父様とお母様に聞いて見なさい。白黒の狼獣人と真っ赤な剣を持った銀髪の女性がこの銃を取ってきたのかって」
「あ、ああ…」
「うん…」
アンジェリカとフレデリカから受け取った銃でスピンコックをしながらかっこつけて渡すと当然疑問に思っている事を問う。
「…じゃあ何で私に目を付けていたのかしら?」
「そっ…それは…」
「…うん…」
「…?話すって約束でしょう?」
「そ…うだな…うん…そのだな……フリッカ…言ってくれるか…?」
「…いわゆる一目惚れ…かな?」
「……は?」
アンジェリカもフレデリカももじもじしながら顔を真っ赤にしている状況に流石のアリアも思考が追いつかないのか足を止めると二人は意を決したのか表情を改めて語り始める。
「…戦う前にも言ったと思うが…私達は一年前のあの校庭での模擬戦の日…校庭で戦う姿を見て全てが変わったんだ」
「私達は一年生からずっと二人だけで特待生だった。一年生から二年生になる前に学園の授業も四年生の分まで全部終わらせてる。優秀」
「お父様とお母様の冒険者好きが高じて私達は色んな冒険者の戦闘技術も魔法も血統魔法も見てきた…だが、あの日見たたった一時間の模擬戦は私達が今まで見てきたもの、信じてきたものを破壊するには十分な一時間だった!」
「リーナとシャルは小さい時から知ってたから実力は最初から知ってた。だけどイオリ君とシルヴィアちゃんの剣技と魔法はどんな冒険者よりも凄かった。テッタ君とリーチェちゃんの血統魔法は今まで見てきたどんな血統魔法より凄かった。でも一番すごかったのはアリア教諭。一歩も動かずあんなに凄い剣技も魔法も全部捌いていた。私達もあんな風に動き回って、楽しそうに魔法を使って、見た目だけ派手で不便な血統魔法を凄いものにしたいって思った。アリア教諭みたいになりたいって思った」
「それからは校庭で授業をするアリア教諭達を見て少しでも近付こうと観察をして魔力を常に起こし続けるなんて離れ業を必死に二人で自分達の物にし、アリア教諭に改善点があるか教えを乞おうとしたが…」
「全然学園の教室にいない。校庭にもいない。闘技場にもいない。だから私達はずっとアリア教諭の事を待ってた」
「三年生になった直後、リーナとイグニスの決闘を見て正直震えた…武者震いじゃない…私達はあんなに苦しい思いをして必死に身に着けた魔力を纏う技術を然も当然の様に、息をするのと同じ様に、それが当たり前の様にリーナもシャルも、テッタ君もリーチェちゃんも行っていた事に愕然とし…後一年、生まれるのが遅かったらと私達もアリア教諭に育ててもらえたのにと生まれを初めて恨んだ…」
「しかも私達の担任はイグニスの件に加担していた。三年生になってからは教師もいない中、ずっと私達は少しでも近付く為に毎日戦った。でも…近づけない…ずっと見えない背中を追いかけてる…」
「だから私達は全生徒の前で恥をかいても構わないと、アリア教諭に直々に指導してもらえるなら見せしめでも構わないと今回の対戦相手を志願したのだ…」
「…そうだったのね」
今にも泣きだしそうなアンジェリカとフレデリカ…高すぎる向上心故に目標に近付く度に自分達との差を痛感する絶望感…藁にも縋る思いで手を伸ばし続け、ようやく掴みかけたチャンスに貪欲に食らいつく…そんな二人をアリアは抱きしめる…。
「わかったわ。アンジェとフリッカの根性勝ちよ」
「「…?」」
「実はこの後、理事長室でガイウス理事長と国王様と王妃様と話す予定があるの。その時にガイウス理事長に提案するからあなた達もそこに同席しなさい。担任がいないのなら私があなた達を立派に育ててあげるわ」
「「っ!?」」
「その代わり…折れずに私にちゃんと付いてきなさい。いいわね?」
「「…はい!お願いします!!」
ようやく掴んだ目標の背中、アンジェリカとフレデリカの頬に自然と涙が伝い笑みを浮かべると二人の耳に軽い重みが加わった。
「…?こ、これは…?」
「…イヤリング?」
「それは私の教え子の証よ。ちゃんと肌身離さずつけておくのよ?」
「「っ!はい!」」
双子だからかお互いの顔を鏡代わりにしてイヤリングを付けた自分を確認するとアリアはそんな二人に笑みを向けつつ大扉の前で足を止めノックをし…
「…ガイウス理事長、いらっしゃいますか?」
「うむ。入りたまえ」
「失礼します。…ここがスタートラインよ。来なさいアンジェ、フリッカ」
「「はい!」」
新しい仲間、新しい生徒と一緒に理事長室へと入って行く…。




