神の寵愛を受けし者
「由比ヶ浜 詩織さん…いえ、今はシルヴィアさんでしたね?」
「う、うん…そうだけど…」
「ふふ…お話は色々聞いていますが、過保護な所が千弦さんとそっくりなんですね?」
「チヅルさん…?」
自分と唯織の住むログハウスの前…湖に足を浸し涼を取る千夏とシルヴィア…。
「千弦はこう書くのですが、アリアことアエリアさんの日本での本名ですよ?千棘さんと呼んだ方が馴染み深いですか?」
「あ…そういえば元の世界の本名とか聞いた事無かったかも…アリアちゃんって千弦って言うんだ…」
「そうですね。胡桃 千弦さんは色々と素性を隠さないといけなかったので千弦、千棘、千歳、チル、アエリア、アリア、リア、コル、ウル、イルと名前がいっぱいありますよ」
「ど、どんだけ偽名持ってんのアリアちゃん…しかも苗字めっちゃ可愛い…今度胡桃ちゃんって呼ぼ…」
アリアの名前の多さに驚きながらもシルヴィアはずっと疑問に思っていた事を千夏へ問う。
「…というか、何で千夏は千棘の姿にそっくりなの?」
「ふふ…気になりますか?」
「そりゃぁ…ねぇ…?胸と声以外千棘そのものだし…」
「ふふふ…この身体は千棘さんの身体をコピーして創っているので似るのは当然ですよ?」
「こ、コピーして創った…!?もしかして人間じゃない…?魔族…?」
「ぶぶー、不正解です。さてシルヴィアさん、問題です。私は何者でしょうか?」
「何者…?」
口元に人差し指で×を作りながら問い返されたシルヴィアは頭を悩ませ…アリアが言っていた言葉を思い出し目を丸くする。
「ま、まさか…本物の女神様…!?」
「はい、正解ですシルヴィアさん。私は時と空間、人の繋がりを司る女神セッテです。あ、ちなみにシルヴィアさんを日本からこの世界に転移させた女神エルミスティアは一応お友達ですよ?いわゆるかみとも…神友ですね?ふふふ…」
「っ!?」
両手で輪っかを作り笑みを浮かべる千夏こと女神セッテに驚きを隠せないシルヴィア…。
「え、エルミスティア様…」
「随分と心配していましたよ?私がこの世界に呼んでしまったせいで不老不死の呪いを受けて1000年以上もの間、たった一人で世界を守らせてしまっているって」
「…」
「…あまりエルミスティアにいい気持ちを抱いてはいないようですね?」
「っ…いえ、そんな事は…」
自分をこの世界に召喚したきりただの一度も姿も見せず、声も聞かせる事も無かった女神エルミスティア…思う所が無いと言えば嘘になる…だが、そのエルミスティアの願いを面白そうだから、異世界に憧れていたからと二つ返事で承諾した手前、恨む様な気持ちを持つのはお門違い…頭ではわかっているのだが世界の為に心を壊しても戦い続けている自分に直接言うのではなく人伝で心配していると言われても素直に気持ちを受け取る事が出来ないでいた…。
「…私はどんな形であれこの世界を救って欲しいというエルミスティアの願いを叶え続けているのに何で辛い時に助けてくれなかったのか…という所ですかね?顔に出てますよ?」
「………」
顔を見ただけでそこまでわかるのかと問いたいがこうも簡単に図星を突かれた事にこの女神の前では隠し事は無意味だと悟り苦笑しながら呟く。
「…ええ、その通りです。異世界に憧れ、来たいと言ったのは私…それを叶えてくれたエルミスティア様の願いを私は叶えて私は老いで死に、エルミスティア様は新たな勇者に私の役目を引き継がせてそれで終わりだったはずなのに、不老不死になってしまって死ぬ事も出来ず生きる屍となった今、私の願いは永遠の物となりエルミスティア様の願いも永遠の物となった…だけど私は自分の不注意のせいで不老不死になってしまったのにも関わらず、それが耐えきれなくなればエルミスティア様の事を逆恨みし自分が辛くなったら手の平を返す…本当に虫のいい話です…」
「随分素直に気持ちを吐き出すんですね?」
「…隠しても無駄でしょう…?」
「ええ、女神ですから」
「…」
両頬に人差し指を指して笑みを浮かべる千夏…女神というよりはこっちをおちょくって反応を見て楽しむ悪ガキにしか見えないがあのアリアの仲間で嫁…何を考えているのか全くわからない事に気味の悪さを感じていると千夏はクスリと笑みを浮かべる。
「素直に気持ちを出さないのであれば伝えないつもりでしたが…エルミスティアから他にも言伝を預かっています」
「え…?言伝…」
「どうします?聞きますか?」
「…」
聞きたい様な聞きたくない様な…勝手に期待して勝手に絶望してあまつさえ少なからず恨んでしまったのに心配してくれているというエルミスティアの言葉を聞いていいのだろうか…そんな気持ちが自分の中を駆け巡る気持ち悪さを感じつつ生唾と共に飲み下す。
「…はい、聞かせてください」
「わかりました。では一つ目…」
そう言って人差し指を立てた千夏の口からシルヴィアが耳を疑うような真実が語られる…。
「私の事を恨んでいるかも知れませんが貴女が辛い時に助けられなくてごめんなさい…言い訳に聞こえるかも知れませんが、貴女が辛い時に助けられなかったのは貴女をこの世界に召喚するのにかなりの力を使ってしまい、更に魔法が使い続けられる様に加護を与え続けなくてはいけない為、貴女を助ける余力が全く無かったのです…本当にごめんなさい」
「…………え?ま…待ってください…魔法が使い続けられる様に加護を与え続けないといけない…?ど、どういう事ですか…?」
「そのままの意味です。シルヴィアさんは転移者。転生者じゃありません。転生者であればこの世界の住人として魔力をその身体で生み出す事が出来ますが、転移者の場合は元々魔力なんてものが無い日本で生まれているので自力で魔力を生み出す事が出来ないんです。だから今、シルヴィアさんが纏っているその魔力も、シルヴィアさんが魔法を使う為の魔力も、シルヴィアさんが寝る度に回復する魔力も、シルヴィアさんが死ぬ度に必要以上に溜まっていく魔力も全てエルミスティアの力を魔力に変換した物なんです」
「っ!?!?」
「ただ…そのままの状態でエルミスティアの力…神の力を行使するのは不可能です。なのでエルミスティアはシルヴィアさんが扱える様に魔色という色を付けてその用途にしか使えない様に制限しているんです。そのおかげでシルヴィアさんは魔法が使えるんですよ」
「そ………そんな………わ、私ずっとエルミスティア様の力を奪っていたの…?」
「悪く言えばその通りです。よく言えばエルミスティアがずっとシルヴィアさんの事を守っていたんですよ」
「…………」
頭を巨大な金槌で殴られた様な衝撃…1000年以上もの間に培ってきた自分の力が偽りだった事、その力を1000年以上もの間をエルミスティアが使える様にしていてくれた事、不老不死になってから死ねば魔力が必要以上に回復し強力な魔法を使えるからと、飲まず食わずでも死ぬ事は無いからと自分の命を無駄遣いしてエルミスティアの力を無駄遣いしていた事が一気に嫌悪の感情となり、更にそんな自分の為にずっと力を尽くしてくれたエルミスティアの事を知らなかったとはいえ恨んでしまっていた事実がシルヴィアを喰らい尽くしていく…。
「わ………私………何て事を……」
「まぁ…この事実は本来であれば知るはずの無かった事実です。千弦さんが居て、私が居たからわかった事なんですよ?だから知らなかったシルヴィアさんに何の罪もありません」
「で、でも………」
「…でも、何ですか?」
「っ…」
でもと呟いた瞬間、千夏の雰囲気がふわふわしたものから重苦しく、こちらをいとも簡単に圧し潰してしまいそうな重圧のある雰囲気に変わり言葉を失ってしまう。
「…そうやって自分を責めればエルミスティアの力が返って来るとでも思っているのですか?思い上がりも甚だしい。たかが人間風情の尺度で神々の愛を測るな」
「ぐっ!?」
突然豹変した千夏に胸倉を掴み上げられたシルヴィアは千夏の手を振り解こうと必死に力を籠めようとしてエルミスティアが与えてくれている魔力を…込めなかった。
「どうしたんです?魔力を腕に集中させれば振り解ける程の力しか入れてませんよ?抜け出さないんですか?」
「は、離して…ください…」
「…」
魔力を纏わない人間の弱々しい腕力で必死に逃れようとするシルヴィアの姿に辟易した千夏は目を細め…
「そうですか。なら離してあげますよ」
「っ!?ぐあっ!?」
湖に向けてシルヴィアを投げ飛ばし、シルヴィアは水きり石の様に何度も何度も水面を跳ねて行き…向こう岸の木を何本も薙ぎ倒して受け止められる…。
「あ…ぐ…げほっごほっ!?」
エルミスティアの力を無駄遣いしない様、最小限の魔力を瞬時に身に纏い何とか死なずに済んだと安堵しつつも大量の血を口から吐き出し、不慣れな回復魔法で身体を死なない程度に癒していると土煙の中から草を踏む音と剣を抜き放つ音が響く。
「そんな弱々しい回復魔法で大丈夫ですか?一度死んで身体をリセットしてはどうですかシルヴィアさん?…いえ、詩織さん?」
「な、なん…で…?なん、で…こんなこ…と…」
「…」
さっきの衝撃でアリアから貸してもらっていた変装の腕輪が砕け本来の姿に戻った詩織は蹲る自分に向けられた黄金の剣を無視して千夏の顔を見ると…そこには怒りに歪んだ千夏の顔があった。
「エルミスティアの愛を拒絶しようとしている詩織さんに腹が立っているのですよ。詩織さんのその力は確かに世界を救う為に与え続けられている物かもしれません。ですがそれと同じぐらいに死んで欲しくないから与え続けているんですよ」
「っ!?」
「詩織さんは不老不死になってから自分の死に対して何も思わなくなっていますよね?」
「そ…それは…げほっ…」
「詩織さんは知らなかったとはいえ、エルミスティアは詩織さんをこの世界に召喚してから片時も詩織さんから目を離した事は無かったそうです。詩織さんが強敵を倒した時は歓喜し怪我をすれば助けてあげられない悔しさに涙を流す…不老不死になった後はまるでゲームの様に自分の命を簡単に捨ててコンテニュー…詩織さんが死にそうになる度に、死ぬ度にエルミスティアはもうやめて、自分を大切にして、お願いだから死なないでと懇願して絶望していたそうです。…きっと今も私の事なんて気にしないで怪我を治して、死なないでと思っているでしょう。投げられた時も普段と同じ様に魔力を纏っていればそんな大怪我をせずに済んだんじゃありませんか?」
「っ…」
エルミスティアの力を奪っている…いたずらに消費してしまっているという事実に極力魔力を使わない様にと考えてもエルミスティアはそんな事を気にせず使って欲しいと千夏の口から語られ…自分はどうしたらいいのかと俯くと…
「…何度も言わせるな人間。人間風情の尺度で神々の愛を測るな」
「あがっ!?」
徐々に治っていた傷口を抉る様に千夏の爪先が突き刺さりゴロゴロと転がり土煙を上げながら詩織はまた木に身体を強く打ち付け受け止められる…。
「げほっ…」
「死んで欲しくないと願うエルミスティア、自分の死に対して何も思わない詩織さん…そして死んで欲しくないから力を与え続けるエルミスティア、この力はエルミスティアから奪っているから使いたくないと思う詩織さん…何故こうもエルミスティアの愛を拒むのですか?」
「………」
「永遠の時を生きているのは詩織さんだけじゃありません。神も永遠の時を生きているのです。神は信仰心という人々の祈りや願いを己の力としますが信仰心が無くなればそれに比例して力は無くなる…そして信仰心を全て失った神は人々に忘れられ力を全て失いたった一人、誰からも存在している事を認識されず何もない無の空間で永遠を生き続けるんですよ。死んで消える事も許されずに」
「っ!?」
死ねない事に絶望して心が壊れ世界を歩き続けても詩織には唯織という刺激が存在していたが、エルミスティアは忘れられたら刺激が存在しない無の空間で永遠を生き続ける…そんな救いの無い絶望が誰よりも、この世界に住む誰よりも痛い程、心臓を抉り出したくなる程の痛みがわかる詩織は…自分の吐き出した血に自然と涙を流していた。
「詩織さんを絶望の淵から救ってくれた唯織さんという存在がある様に、エルミスティアを絶望の淵から恨むという形でも覚えてくれていて救い続けてくれている詩織さんの存在があるんです。エルミスティアは神人族の主神…そして神人族は詩織さんだけでエルミスティアを知っているのも詩織さんだけなんですよ。その詩織さんが自分の命をどうせ生き返るから、魔力が回復するからとゲームのリセットボタンを押すような気軽さで捨てていく姿を見たらエルミスティアはどう思いますか?恨まれている事を知っているのにどんな思いでエルミスティアが詩織さんに愛を注いでいるのか、死という感覚が麻痺した人間風情にその一欠けらでもわかりますか?」
「うくっ…うっ…」
「……こんな事はしたくないのですが…」
「っ…」
蹲って泣き続ける詩織の胸倉を掴み起こした千夏は黄金の剣の切っ先を詩織の左胸に向けて呟く…。
「詩織さんに死が本来どれほど恐ろしい物なのかを思い出させる事が出来るのであれば、エルミスティアの為に私は文字通り…死神となります。…これから何度死ぬかわかりませんが…覚悟は出来ていますか?」
「っ!?や、やめっ…」
「どうしてですか…?不老不死になってから死ぬのが怖くはないのでは?…それとも、死んでエルミスティアの力を悪戯に奪う事を恐れているのですか?」
「し…死にたく…ない…」
「どうして死にたくないのですか?」
「エルミスティア様の力を…奪いたく…ない…唯織を…エルミスティア様を…セッテ様を…悲しませ…たくない…」
「…………」
嗚咽に紛れ途切れ途切れになっても詩織の心からの言葉を聞いた千夏は…
「…そうですか。まぁ……いいでしょう」
「うっ…」
黄金の剣を鞘に納め詩織の胸倉を手放し、詩織は血だまりの中にドチャっという音を立てながら尻餅をついた。
「私もエルミスティアが悲しむ事は極力したくありませんし…このブレスレットは千弦さんに怒られそうですね…どうですか?動けますか?」
「…す、すみま…せん…あ、足が震えて…」
「…仕方ありませんね」
粉々になった変装の腕輪を回収し指を鳴らして詩織の怪我を全て治しても千夏に対しての恐怖からか、それとも死の怖さを思い出した恐怖からか足が震えて立てない詩織を負ぶった千夏は、ゆっくりとした足取りで水面をまるで道かの様にログハウスの前まで歩き始める。
「…神々の愛は詩織さん達人間からしたら迷惑な押し付けの様に感じるかも知れませんが…会えなくても、声をかけれなくても、それでも愛している事には変わりません。…だから忘れないであげてください。詩織さんを愛してくれているのは命を救われた唯織さんだけではなく、詩織さんをずっと見守り愛し続けてくれている過保護な女神がいる事を」
「っ…はぃ…うっ…ううううぅぅ…」
今まで自分が歩んできた灰色の道、後悔の道、恨みの道、絶望の道…そのどれもがエルミスティアに見守られていたのかと思うと自分の情けなさ、不甲斐なさ、安堵と嬉しさが溢れる様に声が上がった…。
■
「…………そ、そろそろ泣き止みませんか…?」
「だ、だってぇ……!」
自分が泣かした手前、スッキリするまで泣かせて上げようと思った千夏は明るかった空が暗くなり、後ろに高く積まれた空のティッシュ箱、大量の空になった飲み物とお弁当の容器を見つつ後悔していた…。
「…あの、詩織さん?エルミスティアからの言伝がまだ残っているんですよ…このままだと一日泣きっぱなしで終わる事になってしまうのですが…」
「うぇ…?ま、まだ伝言ある…の…?」
「え、ええ…忘れてるかも知れませんが、私は一つ目って言ったんですよ…また後日聞きたいのであれば後日にしますが…どうします?」
「ううっ…んぐっ…ぎ、ぎぐ…」
「そ、そうですか…わかりました」
飲んだら飲んだ分だけ涙と鼻水に還元してしまう詩織に苦笑しつつもコホンと小さく咳払いをした千夏は伝言を伝え始める。
「二つ目なのですが…貴女が不老不死になって絶望して不老不死の呪いを解く為に世界を旅し続けていた事は知っています。ですが不老不死の呪いはこの世界では解く事が出来ません」
「ぞ…ぞうなんだ…やっばむりが~…」
「…鼻水をかんでください。ですが、セッテとアリアが力を分け与えてくれたおかげで貴女の不老不死の呪いを解く為の物を用意出来ました。…と、これがエルミスティアから預かった不老不死の呪いを解くエルミスティアの神力が宿った血です」
「えっ…?」
鼻水をかみながらキョトンとする詩織の手に真っ赤な液体…エルミスティアの神の力が宿った血が入ったガラス瓶を渡すとそのまま千夏は話し続ける。
「本来不老不死というのは呪いではなく体質なんです。死んでも元通りに肉体が再生し生命活動が再開する…いわゆる超超速自己再生ですね。ですが貴女の場合は呪いによってそうあるべきだと変質してしまっている為、その呪いを解いてしまえば元の身体、死ぬ事が出来る身体に戻ります。ですが解いてしまえば身体は本来の身体に戻ろうとして急激に老いるか死にます。貴女の場合は生き過ぎてしまった、死に過ぎてしまったのでその両方であろうと身体が認識して死にます。なので私の血を飲むかは貴女にお任せします…との事です」
「呪いが解ける…けど…死ぬ…」
「…さっきまでの話と矛盾するかもしれませんが、これは詩織さんが人間のまま死ねる為の物でこれ以上苦しんで欲しくない、開放してあげたいというエルミスティアの愛そのものなんです。…流石にもうわかりますよね?」
「はい…」
エルミスティアの血…これを飲めば不老不死から解放されて本当に死ねる…そう思った途端、色々な思いが駆け巡り軽いはずのガラス瓶はどんな物よりも重くずっしりとした物へと変わっていく…。
「どうしますか?エルミスティアが頑張って、私達に頭を下げてまで用意したその血を詩織さんは飲みますか?」
「…」
だが…詩織はそのガラス瓶を大事そうに抱きしめ…首を横に振った。
「…今はまだ飲めません。死ねません」
「その理由を聞いても?」
「…我儘なのも、虫がいいのも、都合がいい様に掌を返してる事も全部わかっています…でも…まだ私は…唯織と一緒に居たい…唯織が初めて作った友達…テッタやリーナ、シャル、リーチェ、ティリアの事を見守りたい…私と唯織の世界を変えてくれたアリアやアリアの仲間達に恩返しをしたい…何より…ずっと私を見捨てないでいてくれていたエルミスティア様の寵愛を…まだ感じていたいんです…」
「…」
素直に自分の都合のいい様に、我儘に、虫がいい様に気持ちを吐き捨てた詩織に目を丸くした千夏は身体を折り曲げ小さく震えながら声を漏らす。
「………そうですか。ふふふ…そうですか…そうですか…ふふふふ…」
「…?」
「ふふふ…いえ、本当に自分勝手だなと。自分が求めていた死がいざ手に入ればまだ死にたくない、憎んでいた神が本当は自分を愛してくれていたと分かればその愛をまだ感じていたい…あまつさえ自分がしたい事まで…ふふふ…本当に都合がいい…」
「…」
千夏が言う事はその通り…自分が身勝手に欲しい物を欲しがるだけ欲しがっている事はわかっている…でもはっきりとそう言われれば心を突き刺されている様な耐え難い痛みが何度も襲い、惨めになる自分を守る様に身体を小さくすると…
「でも、それでいいんですよ」
「っ…!」
千夏は優しい声色で頭を優しく撫でてくれた…。
「人間の寿命は本来短いんです。その短い寿命の中で手に入れられる物は限られているんです。それなのに詩織さんは腐る事はあっても、無気力になったとしても、色んな事を捨ててもエルミスティアとの間にあった世界を守るという誓いだけは放り出さずに生きる屍となったその身体で突き通してきたんです。…だからそのぐらいの我儘を叶えてあげられない程、詩織さんの主神エルミスティアの寵愛は軽いものじゃないんですよ」
「えっ…あ…」
詩織の頭を優しく撫でつけたままそう言うと千夏は詩織が大事そうに抱いているエルミスティアの血が入ったガラス瓶を取り上げ、胸元に仕舞っていた透明の液体が入ったガラス瓶を取り出しその二つを一つのガラス瓶に混ぜ合わせていくと…真っ赤なエルミスティアの血が桜色に輝く液体へと変わる。
「最後の言伝ですが…死ぬ怖さを思い出し、本当に生きたいと思う何かがあれば…信じられないかも知れないですが、貴女を誰よりも長く見守り愛してきた私を信じてください…と」
「こ…これは…?」
「教えません。詩織さんがエルミスティアの事を信じるのであれば飲んでください。信じないのであれば捨ててください…ただ、もう一生呪いは解けませんが」
「…」
「さぁ、選んでください」
千夏から渡された桜色の液体…飲めば不老不死の呪いが解けて死ぬと言われたエルミスティアの血が混ざった液体…これを飲んでしまえば死んでしまうのか…そんな考えが一瞬だけ詩織の脳裏に過るが…
「…わかりました。エルミスティア様を信じます」
詩織はエルミスティアの寵愛を信じ一息に飲み干した。
「…飲みましたか」
「はい…っ!?――――――!?!?」
千夏の優し気な声に答えると詩織は声にすらならない苦しみの声を上げ…
「エルミスティアの寵愛を受けし眷属、勇者由比ヶ浜 詩織…安らかに眠りなさい…」
千夏の腕の中で心臓の鼓動を止め、詩織の身体は光の粒子となって崩壊を始めた…。




