見ている世界の違い
「よーし、唯織君!お話しよっか!」
「え…?お、お話ですか…?」
生い茂る木々…視界が悪い森の中まで移動した唯織とユリス。
「うんうん。唯織君の事をもっと知りたいし、私は魔法が使えないから魔法が使える人達にはない視点で魔法について話せると思うし、そういう所から唯織君が悩んでる部分に閃きを与えられるんじゃないかなって!」
「魔法が使えない…アリア先生が住む世界では魔法が使えない方も大勢いらっしゃるんでしたよね?」
「そだねー、魔力はみんな持ってるんだけど魔法は使えない人も大勢いるかな。でも、魔法は使えないけど魔法に近しい事なら体術で出来るよ?」
「魔法に近い体術…?」
「ちょっと見ててね~…よっ!」
ピンと突き出したうさ耳をピコピコ動かすとユリスはその場で唯織の頭がある位置まで軽く飛び跳ねそのまま空中を蹴って二段ジャンプを披露する。
「っ!?…そ、それは魔法じゃないんですか…?」
「これは空歩っていう技術だよ。こう…腕を振ったりしてると空気の抵抗があるじゃん?そのタイミングでその抵抗がある部分を勢いよく踏みつけるっていうか…」
「えっと、勢いよく足を踏み下ろす事によってその場の空気を踏み固めて足場にしている…みたいな感じですか?」
「そうそう!そんな感じー!後ねー…っそいっ!!!」
「……?ええっ!?」
腰の後ろに吊るした二本の内一本の短剣をいつの間にか抜いていたユリスが短剣を上段に構えたと思ったら下段に構えており…暫しの沈黙の後、斬られた事を思い出したかのようにゆっくりと遠くにあった木が縦に割れていく。
「これが斬風っていう技術。こう…空気に切り込みを入れ続ける様に振るって言うのかな?振った時に出来た切り込みが対象に向って進むって言うか…」
「なるほど…確かに魔法と言っても遜色ない技術ですね…アリア先生の世界ではユリスさんの様な技術を持っている方ばっかりなんですか?」
「んーーー…めっちゃ少ないって言うかリアに教えてもらったから出来る人が限られてるって言うのが正しいかも?」
「アリア先生はそんな事も出来るんですね…」
「後は…そそいっ!!」
その場で正拳突きと回し蹴りを放つと遠くにあった木がドンドンと音を立てて二回揺れて木の葉がパラパラと舞い落ちる。
「な、何でもありですね…」
「飛拳と飛蹴…これは空歩と同じ感じかな?空気を押し出す感じ!」
「なるほど…聞いただけじゃ真似出来そうに無いですね…」
「魔法が使えない分、こういう技術が必須だからねー!魔法が使える人からしたら取るに足らない小細工かもしれないけどね!」
「いえ…魔法もそう万能じゃないですし、魔力が無くなったら何も出来ませんから是非覚えてみたいです」
「魔力が無くなったら身体動かせないんじゃない?」
「た、確かに…でも覚えてみたいですね…」
ユリスの使う技術を扱うには並外れた身体能力がないと到底不可能…魔力を纏っていても扱えるかと言われれば否としか言えない技術に羨ましそうな声を漏らす唯織だったがユリスは唇を尖らせる。
「んー…流石に一ヶ月で使える様にはならないと思うよ?ていうか私ばっか話してるしそろそろ唯織君の話も聞かせてよ」
「そうですね…と言っても、何を話せば…?」
「そうだなぁ…」
そう言って顎に指を当てながら可愛らしく考え込むユリスだったが…
(…あれ?ユリスさんの眼の色が変わってる…?)
自分と同じ真っ赤な瞳だったのに今は金色の瞳に変わっている事に気づき小首を傾げているとユリスはぽんっと掌に拳を打ち付ける。
「唯織君って意外と女装趣味あるでしょ?」
「え…っと、無いですよ」
「嘘だね」
「っ!?」
即答で嘘だと言われた事に驚いたのではなく…ほんの少しだけ、本当に少しだけユキになった時の自分がいい感じだと思っていたのを見破られた事に驚いていると…
「最初は嫌々だったけど、変装だからとか理由付けて女装しているうちに意外とイケてるかも?とか思った口でしょ?」
「いえ…」
「それも嘘だね」
「……まさか、その眼ですか?」
ユリスの金色の瞳に見据えられると内側を覗かれている様な不思議な感覚がある事に気付いた。
「ふふん、私のこの眼は魔王の眷属になった時に授かった力で看破の魔眼って言うんだー!私の前じゃ嘘はつけないよ!唯織君、リアに似て可愛い顔してるもんねー!女装姿見せて見せて!」
「えっと…その、変装道具は今無くて…」
「それも嘘。空間収納に仕舞ってあるんでしょ?」
「うぐっ…」
嘘がつけない…ガイウスの血統魔法と同じ力の厄介さを改めて感じさせられ仕方なく腕を伸ばし空間収納から真っ白の制服を取り出そうとするとユリスがその腕を制する。
「…まぁ、冗談はこの辺にしておいて~…ねぇ唯織君?私には嘘がつけないって事、わかったよね?」
「…はい」
「よしよし。…で、ここから授業を開始するんだけど、唯織君って魔色に縛られたこの世界で唯一魔色に縛られず自由に魔法が使える透明の魔色っていう特別な魔色なんだよね?」
「そうですね?」
「じゃあ、どんな魔法が使えるの?」
「どんな魔法…」
ユリスの問いに手袋を嵌めた自分の両手を見つめてどんな魔法が使えるのか考えながら思考を口から零すが…
「火の魔法で剣に纏わせて風の魔法で火の勢いを高めて空間魔法でその火を閉じ込めて相手に放ったり…怪我や物を復元する魔法…とかですね」
「…?それって透明の魔色じゃないと出来ない魔法なの?」
「…いえ、赤、緑、紫の魔色を持っていれば前者は誰でも使えますし、復元魔法も怪我なら白の魔色、物ならそれに対応した色の魔色を持っていれば使えると思います…」
「ならそれって透明の魔色の魔法じゃないよね?」
「…はい、これは自分でも透明の魔色の魔法ではないと思います…」
「じゃあ、これが透明の魔色の魔法だ!って言うのは無い状態なんだね?」
「はい…それをずっと悩んでいる状態です…」
「ふむふむ…そっかぁ…なるほどなるほど…」
「…?」
ユリスの指摘に落ち込み苦笑するとユリスは何か紙の様な物を取り出しそこに書かれた内容に一人で納得したと思ったら唯織の顔に顔を近づけて自分の両眼を指差した。
「じゃあ、この魔眼は魔法なのかな?」
「…え?」
突然毛色の変わった問い…きっとさっき取り出した紙はアリアがアドバイスを書いてくれた紙だろうと思いつつ唯織は自分なりの回答をする。
「…魔法と言われれば魔法かも知れませんし、魔法じゃないと言われれば魔法じゃない…と思います」
「ん…?どゆこと?」
「えっと、この世界で魔眼と言うのは血統魔法という血に宿った魔法が眼に現れたと言われるんです。ティリアさんも強力な魅惑の魔眼を持っているのですがこれはティリアさんの種族、水人族の精神支配という血統魔法が眼に現れているんじゃないかと」
「ふむふむ。じゃあ、魔法じゃないと言われれば魔法じゃないって言うのは?」
「一口に言ってしまえば…体質…ですかね?ティリアさんの魅惑の魔眼はとても綺麗な瞳なのでそれが人を惹き付ける魅力の体質という捉え方も出来るかも知れません」
「じゃあ、私の看破の魔眼はどう説明する?」
「そうですね……嘘が見破れる…魔法であれば相手の思考を読む事が出来る、魔法で無ければ視線や表情や仕草、声色や息遣い等が普通の人より見分けられる体質…ですかね?」
「なるほどねぇ…リアが言ってた通り唯織君は結構頭が回るんだね?」
「そ、そうですか?」
「うんうん、私だったらぐっって目を凝らしたら嘘か嘘じゃないかわかる!ぐらいしかわかんないし」
「あはは…」
唯織は魔眼が血統魔法の表れという説と体質という説を唱えるとユリスは木に身体を預けて更なる問い、唯織にとっては人生を変える程の問いを投げかける。
「じゃあさ、私のこの魔眼が魔法だったら…どんな属性かな?」
「属性…」
魔眼の属性…そんな事を一度も考えた事が無かった唯織は徐々に表情を驚きに変え…
「む…無属性…!?」
「まぁ確かに見ただけで何かを燃やしてるってわけじゃないし、無理やり火属性とかみたいに分類したら無属性だよねー?」
まるで最初から答えを知っていたかのようにニヤニヤとしているユリスを見つめて思考の海へと落ちていく…。
(考えた事すらなかった…嘘が見破れる魔法なんてどの魔色にも属さない…それに今思えばガイウス理事長の血統魔法、テッタの血統魔法、リーチェの血統魔法、ティリアさんの魔眼だって無属性じゃないか…!!もしかして僕は血統魔法を再現する事が出来る…!?いや、それだけじゃない…属性さえなければそれが透明の魔色の魔法…!)
「…?どったの?」
何も言わず伸ばした腕を向けられたユリスは小首を傾げながら問うが唯織は口の端を少しだけあげて笑みを浮かべる。
「そのままじっとしていてください…」
「…なんか閃いたんだね?いいよ、じっとしとく」
腕を組んで興味津々に見つめてくるユリスから意識をユリスの腰の後ろに吊るされた短剣へ意識を移し、並々ならぬ集中を注ぎ…呟く。
「来い」
「っ!わお!?」
「っ!?で、出来た!?うあっれ…?」
ユリスの短剣に触れていないのに短剣が意志を持ったように鞘から脱走し、唯織の手に収まったかと思うとありえない程の脱力感…魔力が限りなく0になっている事に驚きながら膝をついてしまう。
「凄いねー!?今の何て魔法!?」
「お、思いつきで…短剣を吸い寄せるイメージを…」
「…何でそんなぐったりしてるの?」
「ま、魔力が…」
「あー…多分それは私のせいだねー…とりあえず、このポーション飲みな?リアが作った魔力ポーションだよ」
「ありがとう…ございます…」
魔力が無くなったのは自分のせいだと苦笑するユリスの足につけられた小型のケースから真っ青な液体が入ったガラス瓶を受け取り口を付けると今までの脱力感が嘘の様に消え去っていく。
「す、すごい…こんな少量なのに魔力が全快してる…」
「リアは何でも出来るからねー」
「…それより、僕の全快だった魔力がほぼ0になったのがユリスさんのせいってどういう事ですか?」
「あー、私が今着てる装備ね?アリアが作ってくれたんだけど魔法抵抗力を高めて魔法を阻害する装備なんだ。魔法が使えないから私には関係ないんだけど、魔法が使える人が着ると魔法使えなくなっちゃうぐらい強力で、それを無理に突破したから魔力が無くなったんだと思うよ?」
「そういう事だったんですか…納得しました。すみません、勝手に短剣を抜いてしまって…」
「いーよいーよ!私じゃなくて別の物で試してみれば?」
「そうですね、試してみます」
持った感触で業物だと感じる短剣をユリスに返して木々にポツポツと実っている赤い果実に腕を伸ばし、ユリスの短剣を引き抜いたのと同じ感覚で集中すると今度は全く抵抗なく自分の手に赤い果実が収まったが唯織は頭を横に振りながら苦笑する。
「…軽い物であれば問題なく扱えそうです。ただ…これは雷の魔法で磁力を付与すれば同じ事が出来そうですし、ユリスさんみたいに魔力を遮断する様な装備や逆に高める装備を付けている相手には効果が薄そうです…これはあまり使えそうにないですね」
「おー!超便利じゃん!!喉が渇いてるけどベッドから動きたくない時とかめっちゃいいじゃん!」
「…え?」
「え?」
用途は抜きとして自分とは全く別の評価をするユリスに小首を傾げるとユリスも唯織と同じ様に小首を傾げた。
「だってこの魔法はユリスさんみたいに魔力を阻害する装備をした人には全く脅威になりませんよ…?」
「戦闘じゃそうかも知れないけどさ、磁力が付与出来なさそうなものも引き寄せられるし、子供達が木にボールを引っかけちゃった時とか取るのに便利そうじゃない?」
「え…?」
「え…?」
考え方が全く違う…そんなユリスの考えを聞いて唯織はハッとする…。
(…そっか、ユリスさんの魔法に対する考えは戦闘の道具としてだけじゃなく誰かの為に使う力なんだ…回復魔法だけが人の為になる魔法なんじゃない…僕のこの魔法も手を伸ばしても掴む事が出来ない人の為に使う事が出来るし、火の魔法も寒さに凍えている人を温める事が出来る…水だって誰かの喉を潤す事も綺麗にする事も出来る…氷だって火傷を冷やしたり暑さに喘ぐ人を涼しくする事も出来る……いつの間にか人の命を摘む魔法が凄いって言うこの世界の考え方に僕も染まって囚われていたんだな…)
魔法が当たり前に使える唯織、魔法が全く使えないユリス…考え過ぎてしまう自分にユリスという柔軟な思考が出来る臨時講師をアリアが付けてくれた意味がわかった気がした唯織は笑みを浮かべる。
「…確かにそうですね。この魔法なら図書館で手の届かない所にある本を梯子無しで取れますね」
「…」
「…?どうしたんですか?」
「え…あ、ううん何でもない何でもない…ふぅっ…」
明らかに雰囲気が柔らかくなった唯織に自分の大好きなアリアを重ねていたユリスは頬を叩いてぶんぶんと頭を振ると笑みを浮かべ…
「よし、何かわかんないけどいい感じに解れてきたみたいだし後は実戦形式で何か魔法が閃かないか試してみよっか!」
「わかりました、お手柔らかにお願いしますね?」
「それは無理な相談かな~!私、結構強いから本気でやらないと大怪我するから気を付けてね?」
「あはは…頑張ります」
二人はナイフと短剣を抜き放ち、一瞬で森の中に姿を消し…ナイフと短剣がぶつかり合う硬質な音が森の何処かで響き渡る…。
そして…
「…?シルヴィ…?」
「よそ見厳禁!!」
「ぐっ!?…はい!」
何か嫌な予感がした…。




