二つの授業
「はい、全員出席ね…」
いつものゆったりとした服ではなくきっちりとスーツで決めたアリアは…見てわかる程のくっきりとした隈が目の下に現れていた。
「ど、どうしたんですの…?目の下が真っ黒ですわよ…?」
「ああ…これね…昨日、私がいた世界から特別講師を呼んだ後にガイウス理事長とお酒を飲みに行ったのだけれど…まさかあそこまで…シャル…あなた滅茶苦茶愛されてるわよ…」
「お、おじい様…す、すみませんでした…」
きっと疲れた後に学園の愚痴とシャルロットに対しての惚気をたっぷりと聞かされたのであろうアリアに微妙な表情を浮かべる皆だったがシャルロットだけは顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
「まぁ…それより今日は昨日も言った通り、私はしばらく別授業になるから今から魔王領のログハウスに転移してあなた達は特別講師の授業を受けてもらうわ。夜になったら迎えに行くから頑張ってちょうだい」
「「「「「「はい!」」」」」」」
「あいあい~」
「んじゃ、いくわよ」
そう言ってアリアが指を鳴らすと教室から一瞬で魔王領にあるログハウス前に転移し、今まで見た事の無い人物達がアリアの後ろに立っていた。
「みんな待たせたわね。私の教え子達を連れてきたわよ」
「ちーちゃん遅すぎー…」
「本当に私達の事を待たせるのを好きだよねぇ…」
「本当ですよ…」
「まぁお兄ちゃんはいつもそうじゃん?」
「待った分、会った時に嬉しいものですよ?」
「ふふふ、これはナナちゃんに報告ですね?」
「リアだし仕方ないかな~」
「ちょ、ちょっと…待たせたって言っても5分くらいでしょう…?勘弁して欲しいわ…」
「「「「「「「……」」」」」」」
友人…それよりももっと親し気に話し、タジタジになっているアリアにちょっとした驚きと…今まで感じた事の無い嫉妬にも似たモヤっとした気持ちが芽生える唯織達だったがアリアは小さく咳払いをして自己紹介を始める。
「んんっ…とりあえず私の仲間達と嫁達を紹介するわ。まずはフェイナ、担当はテッタね」
「はいはーい!ちーちゃんの嫁のフェイナちゃんだよー!」
アリアの事をちーちゃんと呼ぶ黒髪赤眼の猫型獣人の女性…フェイナは真っ黒の鎧に全身を隠せる大盾を背に担ぎ、外ハネの黒い髪を揺らしながらテッタの顔を覗き込み笑みを浮かべる。
「へ~?君がテッタ君かー!ほんっとうに私と似てるね?」
「へ…?も、もしかして…?」
「そうよ。テッタが憧れてるどんな攻撃も魔法も笑って防ぐ私達の鉄壁の守護者よ」
「え、ええええ!?」
「何々?私に憧れてんのー?照れるなー!とりあえずよろしくねテッタ君!」
「は、はい!よろしくお願いします!!」
フェイナから差し出された手をがっちりと両手で握るテッタはぶんぶんと尻尾を振り始める。
「じゃあ次…フィーヤ。担当はシャルね」
「えーっと…アリアの嫁のフィーヤだよ」
自分がアリアの嫁だと少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら言う赤髪赤眼の女性…フィーヤは真っ赤な巫女服の腰帯に赤い扇子を差し、ポニーテールにした髪を揺らしながらシャルロットの目を見つめて笑みを浮かべる。
「あなたがシャルちゃんね。短い間だけどよろしくね?」
「は、はい…よろしくお願いします…」
フィーヤから差し出された手に戸惑いながらも手を握るシャルロット。
「次が…ルノアール。担当はティリアね」
「アリアの嫁のルノアールです」
誇らしげにアリアの嫁だと言う金髪碧眼の女性…ルノアールは真っ青の巫女服の腰帯に青い扇子を差し、金髪の髪を耳にかけながらティリアの手を優しく取る。
「ティリアちゃん、よろしくね?」
「は、はい!よろしくお願いしますっ」
ルノアールに取られた手に笑みを浮かべながら重ねるティリア。
「次が…フィオ。担当はリーチェね」
「はーい!アリアの妹のフィオだよ!」
元気よく手を上げてアリアの妹だと言う紫髪青眼の女性…フィオは黒より黒い漆黒の袴の腰帯に一振りの刀を差し、サイドテールにした髪を揺らしながらリーチェを爪先から頭の先、最後に掌を見て笑みを浮かべる。
「…うん!リーチェちゃんとは仲良くなる予感がする!よろしくね!」
「あ、アリア先生の妹さん…よ、よろしくお願いします!」
同じ剣を扱う者として何かを感じ取って固く握手するリーチェ。
「次は…サリィ。担当はリーナね」
「アリアさんの納める国で歌姫と外交官をしているサリィです」
柔らかく慈愛に満ちた笑みを浮かべる茶と金の交じった髪と茶色の眼の女性…サリィはアリアが着ていた様な真っ黒のシスター服に身を纏い、真っ黒の手袋を外してリーナの頬を優しく両手で包み込む。
「私が担当するリーナさんは随分可愛らしいですね?…でもあまり甘えるのが上手じゃないみたいですね?甘えん坊にしていいですか?」
「へ…え…?」
「まぁ…程々程度で甘えられるようにしてちょうだい」
「わかりました。…リーナちゃん?私の前では甘えていいですからね?」
「むぎゅっ!?」
優しく豊満な胸に抱かれて頭を優しく撫でられるリーナ…。
「えーっと…次が…千夏。担当はシルヴィアね」
「ふふふ、アリアの嫁の千夏ですよ?」
口元を手で隠して笑う茶髪緑眼の女性…千夏は真っ黒の軍服姿で腰に金と黒の剣を吊るし、アリアの本当の姿、男の時と瓜二つな顔に驚いて目を見開いているシルヴィアと唯織を見つめる。
「あなたがシルヴィアさん…いえ、由比ヶ浜 詩織さんで、この子が由比ヶ浜 唯織さんですね?」
「え…あ、うん…よろしく…」
「よ、よろしくお願いします…」
「ふふふ、今回は詩織さんの担当ですので仲良くしてくださいね?」
「う、うん…」
顎を人差し指で持ち上げられてウィンクする千夏に得体の知れない何かを感じ取るシルヴィア…。
「あんまりからかわないでちょうだいね。…最後はユリス。担当は唯織よ」
「やっと私の番来た!リアの嫁のユリスだよ!」
元気よく前に飛び跳ねた白髪赤眼、ピンっと突き立ったうさ耳の兎型獣人の女性…ユリスは盗賊の様な軽装で腰の後ろに二本の短剣を吊るし、唯織の周りをぐるぐると回り始める。
「君が唯織君か~!」
「は、はい。よろしくお願いしますユリスさん」
「あー、私の事はユリスって呼び捨てでいいよ?とりあえずよろしくねー!」
「あ、はい…よろしくお願いします…」
ユリスに差し伸べられた両手に両手を重ねる唯織。
「これで一通り自己紹介は済んだわね。それじゃあ私は学園に戻って授業をしてくるからよろしく頼むわ」
そして指を鳴らして姿を消すアリア…。
「…まぁ~とりあえず授業しよっか!全員持ち場につけー!!」
こうしてフェイナの号令で唯織達の特別講師による授業が始まった…。
■
「…くあぁ~…流石に辛いわね…」
大きな欠伸をしながら教室へ戻ってきたアリアは空間収納から黒表紙と青色の液体が入っている細長い瓶を取り出しストローを差してちびちび飲みつつ理事長室へと向かって行く。
(フェイナ達に任せておけば唯織達は大丈夫だし…問題はこっちの授業よねぇ…あの子達は痛い目を見せて教えたから素直に落とし込めたみたいだけれど…大勢いるなら反発する子もいるだろうし見せしめにボコってから授業しようかしら…それとも全員ボコってからがいいかしら…?というよりさっきからずっと見られてるわね…ミネア校長とユリかしら?)
教師とは思えない凶悪な発想をしつつ、何処からか感じる視線に気を向け廊下を歩いていると…
「む、アリア殿」
「ガイウス理事長…と、イヴィルタ・ハプトセイル国王陛下、メルクリア・ハプトセイル王妃陛下…」
「「…」」
理事長室からガイウスと表情の暗いイヴィルタとメルクリアが現れる。
「アリア殿、授業前に少し時間をもらえないだろうか?」
「…ええ、問題ありませんが…後ろにいらっしゃる方々に関するお話、特にリーナに関してのお話でしょうか?」
「うむ…やはり後の方がよいか?」
「そういう事でしたら後にして頂けると助かります。不敬だと取って頂いて構いませんが、私にとって国王陛下や王妃陛下より生徒達の方が大切なので」
「「…」」
「そうか…なら儂らもアリア殿の授業を見学させてもらってもよいか?」
「問題ありません…が、異端だなんだって騒いだり、私を不敬罪だとか国家転覆を企む犯罪者だとか言って授業を中断しない、後…ずっと私の首を狙っている暗殺者に引くようお伝え願えますか?」
「何…?そんな者を待機させておるのか…?気付けぬとはミネアにいつも任せきりにしていたツケが回ってきたようだな…」
アリアとガイウスの咎める視線をイヴィルタとメルクリアに向けると二人は顔を青くして首を振る。
「彼らはただの護衛だ…」
「そ、そうよ…流石に失礼じゃないかしら…?」
「ただの護衛でしたか。お二方の護衛は常に抜き身で得物を構え続ける精鋭なのですね?」
「…お主はSSSランクの冒険者なのだろう?それなりの準備はさせてもらうのは道理ではないか?」
「…それでお二人の心が休まるならご随意に。それで両陛下?授業は中断しないで頂けますか?」
「ああ、我が名に誓おう…」
「…誓うわ」
胸に手を当て自分の名前に誓った二人を見つめ…アリアは小さく息を吐いて笑みを浮かべる。
「…ありがとうございます。であれば私も自分の真名、『アエリア・ウォルナッツ』に誓って私の大切にしている者達に危害を加えられない限り、ハプトセイル王国の不利益になる様な事はしないと誓わせて頂きます。それと授業が終わり次第、両陛下の大切な娘さんを預かる私の素性を一部明かさせてもらいます。…その方が親として安心では無いですか?」
「…そこは全てではないのか?」
「私の全てを知った時、比喩表現無しに両陛下の心臓が驚きのあまり止まってしまわないか心配なのですが……お覚悟はございますか?」
「それは…全てを知ったら殺すという事か?」
「真名に誓った通り、危害を加えられない限り不利益になる様な事はしませんし、比喩表現無しにとお伝えしましたよ?文字通りびっくりして心臓が止まらないかと」
「…ガイウスは知っておるのか…?」
「うむぅ…儂の口からは何とも言えぬが…信頼のおける人物とだけ言っておくぞ」
「そうか…」
そうイヴィルタが呟くと静かな時間が訪れ…意を決した表情を浮かべながら手を上げるとずっとこちらを見ていた無数の視線が消える。
「わかった、授業終わりに時間をもらおう。護衛も全て外し、父親としてアリア殿の話を聞かせてくれ」
「わかりました、ご配慮感謝します」
「うむ、ではまたじゅ『少々お待ちください国王陛下』…?」
「一つお願いと言うより…ご忠告があります」
「む…?」
背を向けてこの場を去ろうとするイヴィルタに声をかけたアリアは…
「この国の魔法が全てという考え方、私の授業の前にどうにかしないと…私がこの国の王になってしまいますよ?」
「「「っ!?」」」
三人にそう言い放ち一人全生徒、全教師が集まる闘技場へと歩いていく…。




