唯織の弱点
「……もうこんな時間なのね。全員集合しなさい」
天井の穴から差す空の光が無くなった頃…アリアがパンパンと手を叩くと浮かない表情のリーチェとティリア、何かを悩んでいる唯織とシルヴィアとリーナとシャルロット、満面の笑みのテッタがアリアの元に集まる。
「テッタはいい感じみたいね?」
「はい!」
「唯織、シルヴィ、リーナ、シャルはもう少しって感じかしら?」
「わたくしはまぁ…何となく方向性は…」
「私もどういう技にするかは決まってるんですけどまだ難しいです…」
「私も方向性は見えてるんだけど難しー」
「僕は…正直まだ何も見えてません。考える事が多すぎて…」
「ふぅん…リーチェとティリアはかなり苦戦してるようね?」
「はい…剣と合わせるのが難しくて…」
「わ、私も…氷を使いたいんですが…」
「なるほどねぇ…」
そう言って左眼を片手で隠し右眼だけでじっと唯織達を見つめたアリアは黒表紙に何かを書き込みパタンと音を立てて閉じる。
「よし、とりあえず今日の授業はこれで終了するわ。最後にこのまま連絡事項を伝えるけれど、一ヶ月後に友好国であるムーア王国に留学という形で行く事になっているの。だからそれまでに今考えている必殺技を形にしておいてちょうだい」
「ムーア王国ですの?突然ですわね…」
「突然なのも仕方ないわよ。イグニスのせいでかなりの生徒が退学になってしまったからガイウス理事長がムーア王国で学ぶ学生を一部受け入れようとしているのよ。だからあなた達は簡単に言えばレ・ラーウィス学園の宣伝の為にムーア王国に出向く事になるわ」
「そうなんですのね…本当に申し訳ありませんわ…」
「別にリーナのせいじゃないから重苦しく考える必要はないわ。こういう面倒くさい事はまだ大人に任せなさい」
「…わかりましたわ」
リーナの頭を撫でて宥めると顔を真っ赤にして俯き…まるで別人の様に変わったリーナに苦笑しつつもアリアは連絡事項の続きを語っていく。
「次なんだけれど…外部から学園に学生を向かい入れるという事で学園のテコ入れとして明日から私がこの学園に残っている全学年と教師に対してムーア王国に行くまでの間、授業をする事になったのよ。一応学園には居るけれど、あなた達を見る事が出来ないからあなた達にはマンツーマンで特別講師を用意しておくわ」
「「「「「「「特別講師…?」」」」」」」
「私の仲間達だけれどどんな人かは会ってからのお楽しみよ。で…最後、今日一日で何か変わった事があったかしら?」
「「「「「「「え…?」」」」」」」
アリアの突然の問いに唯織達は何も思い当たらず疑問を浮かべると…
「どうやら誰も気づかなかったみたいっすねー!ミネアっち合格っす!」
「あ、ありがとう…ございます…」
天井の穴から蝙蝠の様な羽を広げたユリがぐったりとしたミネアを小脇に抱えてアリアの横に立った。
「どうやらユリの方は問題なかったみたいね?」
「もちっす!ミネアっちは素質あるっすよ!」
「そう…でもぐったりしてるわよ?」
「魔力を使いすぎたんっすよ!ポーションを渡してもよかったんっすけど、それだと魔力量が増えないっすからね」
「精神的に参っているのならどうにかしようと思ったのだけれど魔力切れでぐったりしてるのならいいわ」
「あ、アリア先生?ミネアはどうしたんです…?」
「シャルと同じでユリと特訓してたのよ」
「特訓…?」
シャルロットの心配は当然の事…ミネアはレ・ラーウィス学園の校長であってもセドリック公爵家に仕えるメイド故にアリアに問うが返ってきた特訓という言葉に首を傾げると…
「んじゃ、特訓の成果を見せるっすよミネアっち!」
「は、はい…戻りなさい…」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
ミネアの消え入りそうな言葉を合図に唯織達の影が揺らめきその中から様々な小動物が姿を現しミネアの影へと潜って姿を消した。
「今のは…?私の影から何か出てきたような…」
「今のは私が創り出した…情報収集を目的とした新しい闇の魔法…です…っ…」
最後の力を振り絞ったのかそう言い残すとミネアは口を両手で押さえて更にぐったりと項垂れ…ユリの腕に洗濯物の様にぶら下がり始めた。
「み、ミネア…?」
「あー…多分あれっす。集めた情報を処理するのに頭が追いつかなかったのと魔力切れで気を失ったっすね。このままぐっすり寝て起きれば問題ないっすよ」
「よかった…」
「にしても一日でここまで出来るとは思わなかったわ」
「っすねー。大分仕事出来るっすよミネアっちは!可能ならうちで吸血鬼にして働いてもらいたいぐらいっす!」
「ユリがそこまで言うのは相当ね。しばらく任せていいかしら?今後この国をリーナが納める事になったらリーナとシャルに必要不可欠な人材になるわ」
「りょうかいっす!」
そう言ってもう一度羽を広げて飛び立とうとするユリだったが…
「ま、待ってくださいまし。まだ言ってなかったのですがわたくし、王位継承権を破棄して我儘を言って家出したので今はただの平民ですわよ…?女王になるつもりも全くありませんし今後女王になるとも限りませんわよ?」
「へぇ~そうなんっすか…えっ?」
「あら、そうなの?…え?そ、そうなの?」
「この件は国民には知らせず国王様、王妃様、わたくしだけの話ですが一応シャル達には昨日の夜に伝えてイオリさんとテッタさんには今朝伝えましたわ。だから今のわたくしはメイリリーナ・ハプトセイルではなくただのリーナですわ」
「「…マジかぁ~…」」
アリアと一緒にリーナのカミングアウトに項垂れるのだった…。
■
「ご馳走様でした。…じゃあ僕は先に部屋に戻って休むね。みんなおやすみ」
「わかりましたわ。おやすみなさい」
「イオリ君また明日ね」
「私も全く思いつかないので早めに休みますね…」
「わ、私も…」
「僕も庭の花たちに水やりしてから休む!」
「みんなおつおつー」
特待生寮の食堂…皆で食事を取り終え唯織の言葉を皮切りに各々のやる事をし始めると唯織は自分の部屋に戻りシャワーを浴び始め、半分だけ黒くした髪がシャワーによって真っ白に変わり床に落ちる黒い雫を眺めながらポツリ呟く。
「透明の魔色の魔法…か…」
今まで無色の無能だと蔑まれていた自分の色について何も知らない事がわかった唯織は指先に各色の小さな玉を浮かべてじっと見つめる。
(こうやって全ての魔色を起こして扱える事が透明の魔色の魔法だと思っていたけど師匠だって同じことが出来る…ならこれはただ単に透明の魔色の魔法じゃなくて各色の魔色の魔法を使ってるだけなんだ…何でこんな簡単で当たり前の事に気付かなかったんだろう…本当にアリア先生の言う通りだ…)
単純で当たり前で簡単で今まで何も疑問に思わず出来た事…アリアが初日に言っていた今まで無意識に出来てた事だから疑問を持つのも難しいという言葉を思い出し苦笑を漏らす。
(ならもっと根本的な所から考えるか…透明の魔色は世間からは無色の無能だと言われている…それは他の魔色の様に魔法が無いと思われていて今まで透明な魔色を持って生まれた人はどうやって魔法を使うのかがわからなかったから。次に透明の魔色の魔力は普通の人には見えない…その原因はアリア先生や師匠、みんなみたいに魔力が鍛えられていないのと常に魔力を起こして目に魔力を纏っていないからだ)
流れ続けるシャワーを止めて濡れた長い髪をタオルで拭い全身の古傷を隠す様に服を着るとゆっくりと紅茶を淹れながら思考を続けていく。
(そして大昔に魔色という概念は存在せず、皆が自由に魔法を使って生活を豊かにしていった…だけど魔王ヴァルドグリーヴァが現れ世界を絶望に染め…師匠がこの世界に神の手によって召喚された。その時の師匠は魔法が扱えない世界から召喚されたから魔法が使えるように神様が師匠に魔法が使えるよう色を与え、そんな神の力を使う師匠と並び立つ為に透明である人達は自由に魔法を使う事を諦め、自分の魔力に最初から火や水しか使えないという制約を課す事によって今まで以上の魔法、神の力に匹敵する魔法が使えるようになって師匠と一緒に世界を救う力を手に入れた…これが魔色が生まれた瞬間で人の身で神の力に近づく為の代償であり透明の魔色が使えなくなった原因…)
出来上がった紅茶をテーブルに置き、師匠からもらったペンと紙を用意しつつ透明の魔色について考えた事を書き起こしていく。
(この話で見直す点はまず、今までの透明の魔色を持って生まれた人達が魔法を使えなかった理由…これは憶測に過ぎないけど透明の魔色は魔法が使えないという周りの認識と自分は魔法が使えないんだという自分自身の思い込み…魔法が使えないと心の何処かで思いながら魔法を使おうとすれば全然イメージが出来ずに魔法は使えないのが原因…かな。次は魔色の制約…僕が透明の魔色のまま他の魔色が使えるのは赤の魔色になりたい、赤の魔色になるという制約を課さずにイメージだけで色を変えているから。だから僕は師匠みたいにすごい魔法は使えないし平凡な魔法しか使えない…昔の透明の魔色のまま暮らしていた人達と同じぐらいでしか魔法は扱えないしよくて中級魔法ぐらいしか使えない。でもそれを補う為に知識を付けて平凡な火魔法を風魔法や空間魔法で工夫して威力を上げたりしているから準備に時間がかかる…僕は弱い魔法を強くする為に知識を元にした明確なイメージを持たないといけない…)
透明の魔色の唯一の欠点…自分の弱点を洗い出すと思考をリセットする為に紅茶に口を付け温まった息を小さく吐き捨てる。
「ふぅ…だから僕は色々考えて準備に時間がかかる魔法を出来るだけ使わずに魔力を纏って身体を動かして戦ってるんだよなぁ…空間魔法とか苦手過ぎるし…自由で縛られない透明の魔色の魔法って本当に何なんだろ…?」
何度目かわからない疑問を零した唯織はテーブルを片付けてベッドに腰を下ろすと…
「…いつの間に…まぁいっか…」
いつの間にかベッドに潜り込んで寝息を立てていたシルヴィアに苦笑しつつそのまま一緒に意識を手放した…。




