自分の否定と肯定
「ほ、本当にティリアさんと戦うんですか…?」
「そうよ?何か問題あるかしら?」
「えっと…とてもやり辛いです…」
イグニスが天井に開けた穴がそのままの闘技場…唯織は目の前にいるティリアを見つめアリアに抗議していた。
「何でやり辛いのかしら?女の子だから?」
「えっと…」
「もしかして…ティリアが自分より実力が下だから怪我させたくないとか思っているのかしら?」
「………」
的確に今思っている事を言い当てられた唯織はバツの悪そうな表情を浮かべるがティリアは両手で握り拳を作りぶんぶんと振る。
「だ、だいじょう…ぶ、です!ほ、本気でき、来てください!」
「ティリアはこう言ってるわよ?それでもやらないのかしら?」
「……わかりました、ティリアさんよろしくお願いします」
「お、おねがいし、します!」
まだ遠慮がちな表情をしている唯織にやれやれと苦笑を漏らしながらアリアは二人から離れテストのルールを告げる。
「制限時間は5分。武器は自分の持っている物を使ってちょうだい。近接戦闘、遠距離戦闘、魔法戦闘何でもいいけれど殺すのと回復魔法系は無し。勝敗条件は制限時間以内に戦闘不能にするか降参させるかよ。制限時間を迎えても両方立っていた場合は試合内容で私が勝者を決めるわ。二人とも問題ないわね?」
「…はい」
「は、はいっ!」
テストのルールを確認した唯織はナイフケースからトレーフルを抜き深呼吸を繰り返すティリアを見つめる。
「…ティリアさん、本当に大丈夫…?」
「はいっ…だ、だいじょう、ぶ、です!」
「……」
おどおどする姿に不安を感じつつもティリアを見つめているとスカートのポケットから真っ黒の手袋を取り出し嵌めると青と水色のラインが手袋全体に浮かび上がっていく。
(手袋…徒手格闘…?手に嵌めた瞬間青と水色のラインが浮き上がったからティリアさんは青色と水色の魔色…?)
「じゅ、準備できっ…ましたっ!」
「僕も準備大丈夫です」
何度か手を握って調子を確かめ終わったのかティリアは小さくお辞儀をして構えもせず棒立ちするが唯織はトレーフルをくるくると回し油断なくティリアを見据え…
「んじゃ、唯織対ティリアの実力テスト…開始!!」
「ッ!!」
アリアの掛け声と同時に地面に罅を入れる程の瞬発をした唯織は一瞬でティリアの懐に入り首にナイフをあてがおうとした時、自分の愚かさを呪った。
「ていっ!」
「っ!?あがぁ!?」
ナイフをあてがう為に右の脇腹を開いた瞬間を狙いすましたティリアの左の掌底が可愛らしい掛け声と共に突き刺さり、唯織は成す術なく横に吹き飛び遠く離れたテッタ達が立つ闘技場の壁へ轟音を生みながら叩きつけられる。
「っ!?い、イオリ!?大丈夫!?」
「いおりん!?大丈夫!?」
「い、イオリさんが吹き飛ばされましたの!?」
「う、うそ!?」
「ユイ君大丈夫ですか!?」
「おえっ!…ごほっ…おえっ!?げほっ!ごほっ!」
すぐ近くに吹き飛ばされた唯織が心配で駆け寄るテッタ達だったがテスト中の為触れられず、えずきながら立ち上がろうとする唯織は自分の身体に起きている異変に気付く。
(なんだこれっ…血じゃなくて水!?それに頭痛…手が震える…!?なんだこれ…なんだこれ!?)
腹の底から上ってくる液体の正体は血では無く水…更にたった一発の攻撃で異常に震える両手足と頭に杭でも刺されているとしか言いようのない激しい頭痛に恐怖を感じていると…
「…無理そうね。勝者ティリア!!」
「あぐっ…」
アリアの無慈悲な声を最後に唯織の意識は闇に落ちた…。
「ティリアの事を舐めてかかった結果ね…すぐに良くなるはずだからみんなはティリアと戦ってちょうだい」
「ちょ、ちょっと待って!?今の何!?いおりんが一撃で落ちるとか普通じゃないでしょ!?」
自分に瓜二つな唯織を膝に寝かせ回復魔法をかけるアリアにシルヴィアが詰め寄るとアリアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「あら?もしかしてティリアと戦うのが怖いのかしら?」
「っ!?いや怖くないけど!?全然怖くないけど!?」
「なら後で種明かししてあげるから今は何もわからないまま戦って来なさい。油断していると唯織みたいに一撃で終わるかも知れないわよ?」
「…挑発してくれんじゃん?いいよやってやろうじゃん!」
「頑張るのよ~」
愛弟子が一瞬で負けた事とアリアの挑発でやる気になったシルヴィアはずかずかと遠くでこちらを心配そうに見つめるティリアの元に向かって行くと心配そうな声でテッタ達が口を開く。
「シルヴィ大丈夫かな…?ティリアちゃんがイオリを一撃で倒せる程強いなんて思わなかった…」
「わたくしもびっくりしましたわ…緊張していておどおどしていましたから心配していたのですが認識を改めないといけないですわね…」
「うん…シルヴィも一撃で何て事無い…よね?」
「…今は自分自身の心配をしておいた方がいいですよ?シルヴィが終わったら私達の番ですからね?」
「「「…」」」
………
「まさかいおりんを一撃でのしちゃうとは思わなかったよ?」
「い、イオリさん…大丈夫…で、でした…か?」
「もうアリア先生が回復魔法で治したみたいだから大丈夫」
「よ、よか…った」
「…」
シルヴィアの言葉にほっと胸を撫で下ろすティリアは庇護欲を掻き立てる気の弱そうな少女そのもので…シルヴィアはよりティリアの実力がわからなくなっていた。
「流石にいおりんとの一戦を見た後に油断する程馬鹿じゃないから割と本気でやるけど…いいよね?」
「は、はいっ…あ、アリア先生から聞いて、ますっ…ゆ、勇者様って…!わ、私もも、もっと本気…出しますっ!」
「…いおりんの時は本気じゃなかったの?」
「本気…で、でした…で、でもイオリさん…ゆ、油断してく、くれてた…から…隙、つ、突きました」
「遠くて話し声は聞こえてなかったけどなるほどねぇ…いおりんティリアの事侮ってたのか…正直私もティリアがこんなに強いなんて思わなかった」
「あ、ありが、とうございま、すっ!」
ティリアの身体を治したいと強く思っていた唯織はまだティリアの事をあの時の庇護対象として見ていたのだろうと結論付け空間収納からデスサイズ…ではなく、ランに作ってもらっていた真っ黒の片手剣、唯織に渡した魔王の角で出来た剣とそっくりな黒曜石の剣を抜き放つ。
「じゃあ、そろそろ始めよっか」
「は、はいっ…すぅぅ…はぁっ…」
シルヴィアの宣言でティリアは両の頬をパンと叩き鋭く息を吐き捨てると弱々しかった目つきがスッと細まり、深く腰を下ろした構えから殺気にも似た何かがシルヴィアの肌を刺激していく。
「…へぇ、そのやる気を最初に出していればきっと唯織は一撃で負ける事は無かったね」
「アリア先生がイオリさんと本当の友達になるには強い事を証明するのが一番だと言ってました。イオリさんはまだ私の身体を治せなかった事実に後ろめたさを感じていました…だから私はもうあの時の自分じゃないと証明する必要がありました」
「またアリアちゃんの手回しか…的確だけどホントやり方が騙し討ちっていうか未来が見えてる様なやり方…まぁいいや」
剣を回す度に重苦しい風を切る音が鳴りゆっくりと構えると…
「シルヴィア対ティリアの実力テスト…開始!!」
「「…」」
アリアの声が響くが二人とも構えたまま一歩も動かずお互いの出方を伺っていた。
(…隙が全く無い…少し揺さぶってみるか)
「…随分慎重じゃん?このまま制限時間いっぱいまで動かないつもり?」
「シルヴィさんは動かないんですか…?」
「殺し合いならともかくルールが決まってる戦いだしね。じっくり観察させてもらうよ?」
「そうですか…手遅れにならない様にしてください」
「手遅れ…ね」
その後も立ち位置をずらし何度もイメージの中のティリアに攻撃を仕掛けても唯織を簡単に落としてしまった一撃をもらってしまう事に頭を悩ませ…試合開始から三分が経った時、突然シルヴィアの身体に異変が起きる。
「…ごほっ…?あれ…?」
規則正しい落ち着いた呼吸に混ざった雑音…そしてその雑音を皮切りに…
「っ!?ごほっ!?げほっ!?な、なにこれ!?げほっ!?」
激しく咳き込み自分の喉からヒュウヒュウと隙間風が抜けていく音がし上手く息が吸えず、必死に酸素を求めると口端から水が滴り落ち…シルヴィアは既に自分が手遅れだと理解する。
「み…?ごほっ!?…そ…これ…肺…げほっ…水…!」
「はい、気づかれない様に水分量を減らしていたので時間がかかりましたが…警戒してくれていたおかげでシルヴィさんが動かなかったので規則正しい呼吸に水を混ぜ続けるのに集中出来ました」
「っ!?」
黒縁の眼鏡を外して紫紺の瞳、魅惑の魔眼でティリアに見つめられたシルヴィアは…
「ぐっ…負け…た…」
そう言葉を絞り出し、久々に味わう敗北の味と強く跳ねる心臓に表情を歪めて倒れる…。
「…落ちてるわね。勝者ティリア!よくやったわね?」
「は、はいっ!」
「ほら、伝説の勇者とその弟子が手足も出せずに負けたわよ!さっさと次の犠牲者を決めなさい!」
倒れているシルヴィアを抱えティリアの頭を撫でるとアリアは遠くて驚いているリーナ達に笑みを浮かべた…。
■
「…戦闘時間もシルヴィの三分が最長で唯織の一秒が最短…全員ティリアに一撃も当てれず一撃でノックダウン…ねぇ、あんた達?私がいない間…自主訓練サボってなかったでしょうね?」
「「「「「「……」」」」」」
「はぁ…その様子だと遊びにかまけてたわね…」
ティリアとの戦闘訓練を終えた皆は教室に戻り…ティリア以外揃って俯きながら正座していた。
「まずテッタ」
「はい…」
「あんたはビビりすぎよ。唯織とシルヴィが手も足も出ずに負けた『『うっ…』』事にビビりすぎて最初から戦意喪失してたわよね?あんたの憧れた黒猫の守護神は敵わない相手でも笑って血反吐吐きながら仲間を守ってたわよ?そんなんで仲間を守れると思ってんの?もっと自分に自信をつけなさい。あの時のいい顔していたテッタの方が断然強かったわ」
「ごめんなさい…」
「次、リーチェ」
「はい…」
「みんなの戦い方を見て色々工夫していたのは素直にえらいと褒めてあげるけれど、ティリアの未知の攻撃に警戒しすぎてあなたの持ち味である思い切りの良さが全くなかったわ。戦いっていうのはどれだけ自分の得意を押し付けるか…あなたはその得意な部分を自ら捨てて戦っていたわよ。そこは反省しなさい」
「わかりました…」
「次、リーナ」
「はいですわ…」
「始める前から気付いていたけれど魔法に対して少し引け目を感じてるわね?この世界は魔法が全てって言う下らない思想に染まっているけれど、あなたの強みは膨大な魔力量に物言わせる魔法のごり押しよ。だから自分の力を嫌わず積極的に使って行きなさい。近接戦闘の動きはよかったわよ」
「わかりましたわ…」
「次、シャル」
「はい…」
「あんたは動きも魔法もだいぶ酷かったわ…アスターの身体強化に頼りすぎて自分の動きを制御しきれてない、上位魔法を扱えるぐらい繊細な魔力操作が全く無くなってる、ぶっちゃけアスターに振り回されてるのよ。アスターは使わず普通の槍で動きを見直して基礎をやり直しなさい」
「ごめんなさい…」
「次、シルヴィ」
「…」
「返事」
「…はい」
「どうせ殺し合いなら負けなかったとか思ってるんでしょう?あんたはこの世界を救って守り続けている勇者かもしれないけれど、最近唯織の事にかまけすぎて鈍ってんじゃないの?もう一回私がボコボコにして危機感を植え付けてあげてもいいわよ?…ティリアに負けて少しでも悔しいと思うのなら鍛え直しておきなさい」
「…うん」
「次、唯織」
「はい…」
「あんたがこの中で一番多い手札を持っているのに何故それを使わずに馬鹿みたいに突っ込んで傷つけず無力化しようとしてんのかしら?あんたはティリアの事を見くびって手を抜きすぎよ。ティリアは既にあんたなんかに守られなくても強い…勝手に人の品定めをして勘違いして一目で相手の実力が見抜けなければそれが命取りになる事ぐらいあんたならわかるでしょう?透明の魔色で世間から悪意の視線に晒されて臆病になっているのはわかるけれどもう少し周りを見て目を養いなさい。正直テッタとシャル以上にガッカリしたわ」
「…すみません」
実力テストの結果を発表し良かった点は褒め、悪かった点を容赦なく咎めるとアリアは唯織の耳元に顔を近づけ小声で囁く。
「あんたはティリアに昔の自分を重ねていたんでしょうけどティリアはそんなに弱くないわ。ちゃんと庇護対象としてではなく対等な仲間として、友達として接してあげなさい。いいわね?」
「…はい、本当にすみません…」
「それはティリアに言ってあげてちょうだい。…ティリア」
「は、はいった!?」
唯織の肩を一つ叩き椅子に座り直したアリアは隣に立つティリアの額にデコピンを放ち呆れた様にじっとりとした視線を向ける。
「何で手ぇ抜いたのよ?シルヴィの時しか魔眼使わなかったわよね?私全力でやれって言ったわよね?」
「そ、それは…」
「私はね?あんた達が生まれ持った力を、培った力を嫌ったり否定して欲しくないのよ。その力は自分自身そのもの、その力を嫌って否定する事は自分で自分を嫌って否定する事なの。上手く扱えない事を恥じる必要はないし誰だって最初は失敗する…その失敗を乗り越えて成長する事だって出来るのに嫌って否定して失敗する事も出来ずにそのままにするのは成長を止めるのと同じ事なのよ?」
「…」
「ティリアの魅惑の魔眼は確かに世間からはよく思われていないかも知れないけれど失敗しても私がいる間はいくらでもフォローしてあげるし、きっとここに正座してる仲間達が助けてくれるわ。だから自分の力を嫌わず自分の一部だって認めてあげなさい。きっとその力はいつかあなたと大切なモノを守る素晴らしい力になるんだから」
「は…はい…」
優しく撫でられ顔を赤く染めたティリアは俯き…
「今から魔法の授業を開始するわ。…覚悟出来てるんでしょうね?」
「「「「「「はい…」」」」」」
唯織達は顔を青くして俯くのだった…。




