家出
「ユイ!ここはもうお前の家だ!!何時でも帰ってこい!!」
「そうよ!いつでもお母さんって呼んでいいわよ!!」
「あ、あはは…では僕達は学園に行きますので失礼し『『違う!!』』…い、いってきます」
「では僕もこれで失礼『『違う!!』』っ!?…い、いってきます」
「「いってらっしゃい!!」」
ニルヴァーナ家の門前…娘がいないのにも関わらずお泊りする事になった唯織とテッタは両親の様に送り出してくれるセリルとニーチェに顔を赤らめながらも手を振り返し学園へと歩を進めていく。
「いい人達だったねイオリ?」
「確かにいい人だったし楽しかったけど朝方までずっとセリルさんとニーチェさんと試合してたし寝てないから魔力もすっからかん…」
「イオリの実力が知りたいってすごく興奮してたもんね?」
「うん…まぁ、最近あまり身体を動かしてなかったからよかったけどね」
学生らしい会話を交わしながらいつもとは違う道を歩いていると唯織とテッタの耳に当然とも言える人々の会話が聞こえてくる。
「イグニス王子が捕まったって本当か!?」
「何でもスナッチとかいう犯罪組織を動かして悪事を働いていたらしいぞ」
「メイリリーナ王女がその悪事を見破って決闘を持ち掛け牢に投獄したらしいな」
「メイリリーナ王女…あまり話題にも上がらねぇがこの国は本当に大丈夫なのか…?いつもイグニス王子の話しか聞かねぇし…」
「それよりイグニス王子がそんな事って本当なのか?案外メイリリーナ王女の方がこのままじゃ王位継承出来ないからって嵌めた可能性もあるぞ?」
「あり得る…この件には例の白黒狼と鮮血嬢も関わってるらしいぞ?」
「SSSランクの冒険者が二人もか!?」
「何でもメイリリーナ王女が通うレ・ラーウィス学園の先生をやってるとか…」
「それに噂じゃ無色の無能も…」
………
「当然とはいえ…聞いててあんまり気分のいい話じゃないね」
「うん…リーナは頑張って耐えてただけなのに…それに透明の魔色の話はどうにかならないのかな…」
「まぁまぁ…もう慣れっこだし気にしないで。というよりアリア先生とユリさんって白黒狼と鮮血嬢って呼ばれてたんだね」
「イオリがそういうならいいけど…今まで噂になってなかったのが不思議だけどね?」
世間の考えと真実のギャップに微妙な苛立ちを感じながらも大きな学園の門を潜ろうとした時、豪奢な馬車が唯織とテッタの前に止まり中から見覚えのある金髪の少女が姿を現す。
「ここまでで結構ですわ。ではイヴィルタ・ハプトセイル様とメルクリア・ハプトセイル様によろしくとお伝えくださいまし」
「ハッ!」
「「え…?リーナ?」」
お尻まで伸びる真っ直ぐの金髪を払いこの場を去って行く馬車に小さく手を振る少女は紛れもなくメイリリーナだったが唯織とテッタは別人の様に変わった…大人びたメイリリーナを呆けた表情で見つめる。
「あら、イオリさんにテッタさんおはようございます」
「「…」」
「…?どうしたんですの?顔に何か付いてまして?」
「え、えっと…リーナだよね…?」
「…?何を言ってるんですの?正真正銘リーナですよイオリさん?」
「いや…か、髪はどうしたの?寝坊とかじゃないよね…?」
「馬車で来ておいて寝坊なんてしませんわよ…」
「そ、そうだよね…」
「…?テッタさんも何故固まってるんですの?何処かおかしい所がありまして?」
「え、い、いや!?な、何かすごく大人っぽくなったっていうか…ふ、雰囲気がアリア先生に何処となく似ているっていうか…」
「そうですの?わたくし自身そこまで変わった感じはしませんが…今は教室に向いますわよ。ずっとここにいたら遅刻してしまいますわ」
「「う、うん…」」
一つ一つの仕草が妙な色気を醸し出すメイリリーナの髪から香るいい匂いに導かれる様に教室に向かう唯織とテッタ…。
「そういえば昨日は寮に帰らなかったようですがどちらにいらしたんですの?」
「え、あ、うん、昨日はみんながティリアさんと出掛けた後、セリルさんとニーチェさんに食事に誘われたんだよ」
「そ、そうそう。セリルさんとニーチェさんと食事を終えた後に実力を確かめさせてくれとかで僕とイオリは朝まで試合してたんだ」
「そうだったんですのね」
「そういうリーナは何で馬車で登校してたの?それに…何か他人行儀みたいな感じで国王様と王妃様を呼んでなかった…?」
そうテッタがメイリリーナに問うと妙にスッキリとした表情を浮かべ何でもない事の様にとんでもない事を言い出す。
「実はわたくし、王位継承権を破棄して王女じゃなくなったんですの。所謂家出ですわ」
「「へぇ~…いええええええええええ!?!?」」
「い、いきなり大きな声出さないでくださいまし…み、皆さんが変な目で見てますわよ…?」
「「ご、ごめん…」」
不審がる生徒達の視線から逃げる様に手に持ったカバンで顔を隠した三人はそのままの姿勢で小声で話し続ける。
「で、でもどうして家出なの…?イグニスが捕まったから必然的にリーナが女王になるんじゃ…?」
「…イグニスをボコボコにして気付いたのですが…わたくしは国の為に女王になるのではなく、わたくし自身の為に女王になろうとしていた様なんですの」
「自分の為…?」
「ええ、イグニスよりわたくしの方が優秀だと証明したい、国王様や王妃様にわたくしを認めさせたい、国民にイグニスよりもわたくしの方が王に相応しいと知らしめたい…そんな考えを思っていたつもりは全くなかったのですが…どうやらそう考えていたみたいですわ。証拠にイグニスが捕まった今、全く女王になりたいと思っていませんの…無責任なものでしょう?」
テッタの問いに笑みを浮かべるメイリリーナだったが唯織はメイリリーナの目を見つめて呟く。
「無責任…じゃないよ」
「…?」
「上手く言えないけど…きっと今は状況に気持ちが付いて来ていないだけでちゃんと気持ちを整理したいから家出…したんでしょ?リーナのその目…全部投げ出した様に見えない…本当に全部を投げ出した人の目はもっと…酷いから…」
全てに絶望していた昔の自分と詩織を思い出し次第に小さくなる言葉だったがメイリリーナにその言葉は届き目を軽く見開きつつもクスリと笑う。
「……ふふ、流石ですね?イオリさんの言う通りですわ。今の立場を捨てて平民の立場から世界を見て人として成長してから本当にわたくしが女王となるべきか否か考えると我儘を言って来ましたの。あんな事があった手前、わたくしの我儘はすんなり許可されましたわ」
「そっか…という事はイグニスの血統魔法の効果は切れたの?」
「ええ、地下深くにある魔力を遮断する牢に投獄された後、すっかりその影響が無くなったみたいですわ。血統魔法が切れた後の国王様と王妃様は酷く取り乱してわたくしに泣いて謝ってきましたが…魔法が全てのこの世界、わたくしよりも魔法の才能があったイグニスを贔屓するのは何も間違っていなかったのでは?と笑顔で質問したらピタリと動きを止めて青褪めてましたわ」
「え、えぐいね…」
「いくら操られていたとしても簡単に割り切れる事じゃありませんもの。少しぐらい痛い目を見て考え方を改めて欲しいですわ。…アリア先生に痛い目を見せられ教えられたわたくし達の様にね?」
「あはは…」
「確かに…この世界の魔法と魔色が全てっていう考えは変わった方がいいと思う…さっきだって街の人は無色の無能がとか言ってたし…イオリは気にしてないって言うけどやっぱり友達…し、親友…が悪く言われるのは嫌だな…もちろんリーナが悪く言われるのも嫌だよ?」
「わかってますわ。そう思ってくれて嬉しいですわ」
「テッタ…ありがとう…」
顔を赤くしつつ親友と言ってくれたテッタに嬉しさと気恥ずかしさと…リーチェの時にも味わった本当の自分を隠している事に対する後ろめたさと胸の痛みが唯織の表情を陰らせるがすぐにいつも通りの笑みを浮かべる。
「そういう事ですのでわたくしは今日からメイリリーナ・ハプトセイル第一王女ではなく、ただのリーナですわ。同じ平民としてよろしくお願いしますねイオリさん、テッタさん」
「「うん、よろしくリーナ」」
第一王女という地位から一時的にでも解き放たれたリーナは年相応の笑みを浮かべ背に翼が生えた様に軽い足取りで教室へと向かう…。
■
「…では、イグニスに操られていた者達は記憶をしっかり持っている…という事ですね?」
「うむ…二年生は一般生徒57名、三年生は一般生徒84名、四年生は一般生徒129名、特待生8名、教師16名…とんでもない数の生徒がこの学園を去る事になった…」
「そうですか…申し訳ありません…」
理事長室…イグニスの悪事に加担していた生徒と教師を片っ端から捕まえる様、唯織達に指示をしたアリアは頭を抱えるガイウスに深々と頭を下げていた。
「いや…頭を上げてくれアリア殿。アリア殿が暴いてくれねばこれだけの悪事が明るみに出なかったのだ…偏に儂の不甲斐なさが招いた惨事だ…本当に助かった、重ねて申し訳ない…」
「本当に申し訳ありませんアリア先生…私がもっと目を光らせていれば…」
頭を下げるアリアに対抗する様にガイウスとミネアも頭を下げると三人して苦笑を漏らし顔を上げる。
「謝罪合戦は一旦置いておきまして…ミネア校長、先日ご紹介すると言った私の優秀な羽と血と嫁を連れてきていますが…」
「っ!是非会わせて頂いても!?この様な事が二度と起きぬ様お話を…」
「わかりました。…ユリ、入ってきてちょうだい」
「りょうかいっすー!」
「「っ!?」」
理事長室の扉を勢いよく開き元気よく入ってきたユリは驚き硬直しているミネアをつま先から頭のてっぺんまで舐め回す様に見ると笑みを浮かべる。
「ふんふん、ミネアっちっすねー!仕事できるってオーラビンビンっすね!」
「み、ミネアっち…ですか…?」
「んで、こっちのおじちゃんがガイウスっちっすね!」
「が、ガイウスっち…う、うむ…ユリ殿であるな?」
「そうっす!アリアっちの優秀な羽と血と嫁のユリっす!」
「そうか…この度の情報、本当に助かった。よければその手練をミネアに伝授してもらえないだろうか?」
「いいっすよいいっすよ!ばっちり教え込むんで一日拉致るっすよ!」
「ご教授の程よろ…え?拉致ですか?」
「んじゃ行ってくるっす!!」
「んぅっ!?」
ミネアの腰に腕を回し変な声を残しながら乱暴に窓から飛び出たユリを見送るとアリアは小さく咳払いし唖然としているガイウスを現実に引き戻す。
「…んんっ、すみません…言動はあれですがかなり優秀ですので大目に見て頂ければと…」
「う、うむ…」
「それで…どうしますか?今回の件に関わった貴族は7家、いずれも伯爵位以上の家名が捕縛されたはずです。王都はしばらく混乱の渦、新たな学生を受け入れるのは二つの意味で難しいと思いますが」
「うむ…学生の大量退学は人々に不信感を植え付けるのには十分すぎる出来事…レ・ラーウィス学園の信用が崩れ落ちている現状、その信用を回復せねばならぬが…」
眉根を歪め整った逞しい髭をしごきながら考えるガイウスにアリアは何枚かの書類を手に一番簡単な解決方法を口にする。
「学園だけの力じゃ正直厳しいでしょう…今回の件を仇と感じるか恩と感じるか次第ですが国王と王妃に協力してもらうのが一番簡単な道です。私は少々やりすぎてしまったので仇と感じられていると思いますが…教え子の立場を利用している様で気が引けますがリーナの一件もあります。悪い様にはならないかと」
「…それは最終手段として置いておきたい……流石に儂にも孫と同じ歳の少女に何もせず最初から頼りきりという見っとも無い事をしたくない老骨の見栄がある…しがない見栄だがな」
自嘲気味に笑うガイウスに安心したアリアは手に持った書類を何枚か並べながら…
「その見栄は大事ですよガイウス理事長。その見栄が無くなった時、人は段差を転げ落ちるように堕ちていくものですから。ガイウス理事長がそう言ってくれると思って色々考えてきましたのでその中からどの手段を取るか精査してください。私の案を見て新たな案が出ればそれに沿うようやらせてもらいます」
「…本当に助けられてばっかりだな…まるでしがない見栄を吹き消してしまうような悪魔の囁きだ…」
「…言い得て妙ですね?」
「……流石に…冗談…よな?」
「半分、冗談ですよガイウス理事長」
「う、うむ…」
引きつった笑みのガイウスに悪魔の笑みとも天使の笑みとも取れる半天半魔らしい笑みを浮かべた…。




