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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第三章 新しい風
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悲劇の幕が下りる時

 





「イグニス・ハプトセイル対メイリリーナ・ハプトセイル…決闘開始!!」



 ガイウスの開始の合図と共にメイリリーナが爆発すると観客は驚き阿鼻叫喚の声を失うが今度はイグニスが高笑いと共に声を上げる。



「ハハハ!!今の魔法が見えなかったようだね!?これが私が編み出した詠唱を必要としない速攻魔法だ!!この魔法は世界でただ一人!私だけの特別な魔法だ!!」



 詠唱を必要としない魔法と聞いた瞬間、観客は未知の魔法に歓喜の声を上げてイグニスの名を叫び始める。



「「「「イグニス!!イグニス!!イグニス!!イグニス!!」」」」


「私が国王になった暁にはこの特別な魔法をこの国だけの特殊技術とし、ハプトセイル王国に住む民を更なる高みへ導き何不自由する事の無い安寧と至福、他国からの羨望の眼差しを受ける日々を送らせるとここに誓おう!!」


「「「「イグニス!!イグニス!!イグニス!!イグニス!!」」」」



 土煙が立ち込める中、まるで王になったとでも言いたげに賞賛を両手を目一杯広げて受けるイグニスは蔑む様にアリアを睨みつけ口の端を吊り上げる。



「さぁ!決着はついた!取り決め通り教師アリア!ここに跪き首を差し出せ!!」


「…」


「今更怖気付いたか!?恨むならお前の首を賭けたメイリリーナを恨むんだな!早くここに跪け!」


「「「「そうだそうだ!!」」」」


「…」



 ()()()()()()()()()を感じながらもアリアは闘技場の壁に寄りかかり笑みを浮かべたまま一歩も動かずにいた。



「往生際が悪いぞ!!ここにはこの国の王と王妃であるイヴィルタ・ハプトセイルとメルクリア・ハプトセイルがいる!!約束を反故にする事は出来ない!!さっさとここに跪き首を差し出せ!!!」


「「「「やーれ!!やーれ!!やーれ!!やーれ!!」」」」


「…」


「…っ!!貴様が来ないのなら私がそっちに行ってお前の首を刎ねてやる!!」



 笑みを浮かべるだけで動く気配のないアリアに痺れを切らしイグニスが一歩、また一歩とアリアに近づく度に観客の熱気が高まり…



「…避けるなよ?」



 アリアの首に剣の切っ先を突き付けた瞬間、



「…よそ見してていいのかしら?」


「っ!?」



 闘技場の中心から強烈な突風が吹き荒れ観客の声ごと土煙が吹き飛びエーデルワイスを抜いた無傷のメイリリーナの姿が露わになる。



「随分焦らしてくれるじゃないリーナ?」


「ふふっ…アリア先生が焦る表情を見たかっただけですよ?」


「焦るわけないじゃない。リーナの事を信じてるんだから」


「……アリア先生が女性で本当によかったですよ」



 アリアの言葉で顔を真っ赤にしたメイリリーナはアリアに切っ先を向け続け化け物を見る様に目を見開いているイグニスにゆっくりと近づいて行く。



「お兄様?どうしてそんなに驚かれているんです?」


「な、何で無傷なんだ!?」


「どうしてでしょう?…それよりまだ私は試合終了の合図を宣言していないのに何故アリア先生の首に剣を突き付けているんですか?決闘の取り決めを無視するんですか?」



 徐々に近づいてくるメイリリーナに足が震えそうになるのを必死に堪え続けるイグニスは唾を飛ばしながら虚勢を張り続ける。



「そ、そうか!わかったぞ!!私の魔法で再起不能になったのにも関わらずこの教師の時間稼ぎで回復魔法をかけてもらっていたんだろ!?ガイウス理事長!!これは明確なルール違反です!!決闘は一対一のはずです!!自身で回復魔法を使うのなら問題ないが他者から回復魔法をかけてもらうのは明確なルール違反です!!この決闘は私の勝ちです!!」


「…?何を言っているんですかお兄様?私は回復魔法をかけてもらっていませんし、アリア先生は詠唱何てしていなかったですよ?詠唱を必要としない魔法はお兄様が編み出した特別な魔法なんですよね?アリア先生がそんな特別な魔法を使えるわけないじゃないですか」


「っ…!」


「いい加減アリア先生の首から剣を退かしませんかお兄様?」


「私は別にこのままでもいいわよ?私の事が心配なのかしら?」


「別に心配してません…が、()()()()()()()()に剣を向けられ続けていると腹が立ってしょうがないんですよ」


「…あらあら、随分可愛い事言ってくれんじゃない?」


「…茶化さないでください」


「…チッ!」



 ようやくアリアの首から剣を引いたイグニスは近づいてくるメイリリーナから逃げる様に開始位置まで移動し剣を振りかざして声を張り上げる。



「まさか我が妹がこんな不正をするとは思わなかった!!神聖なる決闘を穢した罪を兄である私がこの手で裁く!!私はこんな不正には屈しない!!かかってこい!!」



 まるで悲劇のヒーローの様な演説で静まり返った観客に火を付け直したイグニスは底意地の悪い笑みを浮かべながらメイリリーナに切っ先を向けるが…



「ほら、舞台役者さながらの名演技を披露してるわよ?」


「一応役者の賞をもらっているんですよ?何故か私は審査すらされませんでしたが」


「知ってるわよ。ユリに調べさせたもの」


「流石ですね」


「………っ!!!!」



 無視して二人きりの空間を作り出しクスクスと笑う姿に激昂したイグニスは叫ぶ様に詠唱を始める。



「火よ!我が名はイグニス・ハプトセイル!!赤色(せきしょく)の信徒なり!!」


「…速攻魔法はどうしたのかしらね?」


「きっと速攻魔法を使うには下準備が必要なんでしょうね?」


「我が呼びかけに答え魂すら燃やし尽くす!!!!」


「ここにいたら巻き込んでしまうので行ってきますね?」


「今までの分、きっちりやってやりなさい」


「わかりました、アリア先生」


「その猛々しく紅蓮に燃え盛る焔を今ここに!!!!」



 アリアを巻き込まない様、詠唱するイグニスにゆっくりと近づくとイグニスはメイリリーナを睨みつけながら口端を吊り上げ両手を突き出す。



「オル・ファイヤーバースト!!!!」



 魔法の名を叫ぶと突き出された両手から地面を溶かす程の真っ赤な炎が噴き出し無防備に歩くメイリリーナに直撃すると闘技場の天井を焼き尽くす紅蓮の柱が立ち上る。



「これがお前には使えなかった上級魔法だ!!今度こそ仕留めたぞリーナァ!!!!ハハハハ!!!」


「「「「イグニス!!イグニス!!イグニス!!イグニス!!」」」」



 観客と会場の熱気を物理的に上げたイグニスはまたも両手を目一杯広げて歓喜の声に身を震わせようとするが…



「これが上級魔法ですかお兄様?」


「っ!?」



 紅蓮の柱から焦げ跡一つ無い無傷のメイリリーナが現れ天高く立ち上る柱を不思議そうに見つめる。



「な、何故だ…!?何故無傷なんだ!?」


「天井に大きな穴が開いてますね…観客席に瓦礫が落ちてきたら大変ですが瓦礫すら残さず焼く程の魔法…流石お兄様ですね?…あ!お兄様に見てもらいたい魔法があるんです!」


「っ!?」



 エーデルワイスを持っていない方の手を持ち上げるとイグニスは反射的に身構えるがその手はイグニスが放った紅蓮の柱に向けられ…



「まだまだ下手ですが…これが私の精一杯の魔法です」


「っ!?!?!?!?!?」



 キーンという甲高い音が響き一瞬で紅蓮の柱は白い冷気を棚引かせる巨大な氷柱へと姿を変えた。



「どうですか?先程から汗をかいているお兄様の為に少しでも涼しくなる様氷の柱を作ってみたんですが…汗、引きそうですか?」


「ひ、ヒィッ!?!?」



 純真無垢な笑みを浮かべるメイリリーナに気圧され尻もちをついたイグニスはガチガチと歯を鳴らしてそのまま後ずさって行く。



「どうしてそんなに震え…あ、今度は寒いんですね?ならすぐに暖めてあげますね」



 自分で作り出した氷柱に手を当て一瞬で溶かし尽くすとイグニスが開けた天井の穴から雲一つない晴れにも関わらず洪水の様な雨が闘技場に降り注ぐ。



「…あら、氷を溶かせば暖かくなると思ったのですが氷が溶けたら水になる事を忘れていました。そんな事も分からない私は本当に…愚妹ですね、お兄様?」


「あ、あぁ…あぁぁぁぁ!?!?」



 自慢の金糸の様な巻き髪を濡らし真っ直ぐになった髪を払いながらぐちゃぐちゃの泥になった闘技場を見っとも無く四つん這いで逃げていこうとするイグニスをゆっくりと追いかけ…



「今度は鬼ごっこですか?昔、お兄様が遊んでくれた事を思い出しますね?確かあの時、お母様が自分の部屋で大切にしていた花瓶を外にいた私が割ってしまったんですよね?とても怒られている私をお兄様は笑顔で見守ってくれて…ふふっ、思い出したら思わず笑みが…」


「うぐっ!?」


「捕まえましたよお兄様?今度はお兄様が鬼ですよ?」



 汚れ切ったイグニスの襟首を掴み上げ笑みを向けるとイグニスは震える声で降参と…



「こ、ここここ…こ、こうがっ!?!?」


「あら?今何か言いましたか?」



 首を鷲掴みにして握りつぶそうとするメイリリーナに言わせてもらえなかった。



「おごっ!?がっ!!」


「今…何か喉から嫌な音がしましたね?風邪でも引いてしまいましたか?…そういえばお兄様、私が風邪を引いた時この様にして看病してくれましたよね?」


「!?!?」



 ゴキッという鈍い音が首から鳴り、藻掻き苦しむイグニスの首から手を離したメイリリーナは掌から大量の水を生み出しイグニスへかけていく。



「どうですか?風邪は治りましたか?私はお兄様が看病してくれた後、すごく悪化してしまったんですが…お兄様はきっと良くなりますよね?お兄様は私の風邪が良くなる様にこうしてくれたんですし、お兄様が間違った方法で看病するはずないですよね?」


「ごあっ…!あぼぁ!?」


「…ああ!思い出しました!こんな風に私の服を破いて濡れて気持ち悪かった身体を乾かしてくれてましたよね!今服を破いて脱がしてあげます!」



 エーデルワイスで身体を傷つけない様下着だけを残して切り刻みずぶ濡れになったイグニスをしゃがんで見つめたメイリリーナは優しくイグニスの手を持ち上げる。



「――――!?――――!?」


「昔、私がピアノを弾いていた時、指が柔らかくなると言って私の指をこうやって…」


「―――――!?」


「こうやって…」


「―――――!!!」


「こうやってマッサージしてくれましたよね?」



 喉が完全に潰れて喋れなくなったのか指がゴキゴキと音を立てる度に籠った声を漏らすイグニス…。



「お父様とお母様とお出かけをするのを楽しみにしていた私の足をこうやって…」


「―――!!!!!!!」


「してくれましたよね?」


「――――!!!!」



 バキッという音が二回鳴り…



「私がシャルからもらったお手紙を開けようとした時、こうやって…」


「――――!」


「ペーパーナイフを渡してくれましたよね?」



 掌にエーデルワイスを突き立て…



「私のご飯が美味しくなる様にってこうやって…」


「――――!!!!!」


「土と石をいっぱい入れてくれましたよね?」



 泥水を両手で掬ってイグニスの口に注ぎ強引に口を動かし…



「私を可愛くしてあげるってこうやって…」


「―――…」


「髪を短く切ってくれましたよね?」



 イグニスの髪を掴み強引に何度も千切り…



「…眠くなりましたか?…お兄様は…こうやって私の首を絞めて…優しく寝かしつけてくれましたよね…?」


「――――」



 エーデルワイスを引き抜き声も出さずに痙攣し続けるイグニスの身体を首を掴んで吊り上げたメイリリーナは静まり返った闘技場を見渡し…



「見つけた…お父様とお母様…」



 ()()()()()()観客席で鑑賞していたイヴィルタとメルクリアに笑みを浮かべながら小さく手を振った。



「お兄様?お父様とお母様が見ていますよ?」


「――――」


「…気絶しましたか。これじゃあ降参と言わせられそうにありませんね」



 苦痛に歪んだ顔のままピクリとも動かなくなったイグニスの胸に耳を当て生きている事を確認したメイリリーナはイグニスを掴んだままアリアの元へ向かって行く。



「…アリア先生、決着をつけたいので手足はそのままで死なない程度に治してもらえますか?」


「わかったわ。…スッキリしたかしら?」


「スッキリというか…最初は清々しい気持ちでしたがこんな小物の為に皆さんの時間を浪費するのが勿体なく感じましたし…何というか…虚しい…」


「…上出来よ。その気持ちもちゃんと感じられたのならリーナは大人よ。その気持ちを絶対に忘れないでちょうだい…仲間の為にね?」


「…はい」



 メイリリーナの顔に付いた泥を拭ってイグニスを受け取るとアリアはイグニスの喉に指先一つで触れて喉だけを治していく。



「…にしても凄い絶妙な加減ね?後ほんの少し力が強かったら死んでたわよ?」


「そんなの褒めないでください…」


「いや褒めてないわよ…」



 虫を観察する様に二人してしゃがみ込んでイグニスを見つめているとイグニスの瞼がゆっくりと持ち上がり…



「…!?ひぁ…ひ、ひ…」


「起きましたかお兄様?まだ続けますか?今度は腕と脚を根元から斬り落とそうかと考えているんですが…」


「こ…こう…さん…する…」


「わかりました。…ガイウス理事長、こちらにお願いします」


「う、うむ…」


「お兄様?もう一度お願いしても?」


「こうさん…する…」


「…わかった。この決闘、イグニス・ハプトセイルが降参を口にした為、メイリリーナ・ハプトセイルの勝利とする!!決闘の取り決めに従いイグニス・ハプトセイルは今から王族ではなくただのイグニスとなり、国外追放!重ねてレ・ラーウィス学園の退学処分とする!!」



 イグニスの人生に静かに幕が下ろされた…。

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