死合
「…クソッ!!!!!」
闘技場の更衣室で乱暴にロッカーを殴りつけるイグニス…そしてその音を聞きつけたのか更衣室の扉が開かれると特待生クラスの黒い制服を着た赤髪の粗野な風貌の男が現れる。
「おーおー荒れてんなー?四年生特待生クラス主席、腹黒イグニス王子様?」
「ゲイル…無駄口はいい、闘技場に仕掛けは終わったのか?」
「ああ、ちゃんとバレねーように仕掛けたぜ?」
「ならいい…これがゲイルの報酬、この四つは他の奴らの報酬だ。がめるなよ?がめたら今度からお前の報酬だけ半分にする」
「しねーよそんなこと!毎度あり~!」
ジャラジャラと音のする革袋を五つ投げ渡されたゲイルと呼ばれた男は自分用と言われた革袋の中身を確認し、金色に輝く硬貨に目を輝かせて一枚ずつ数え始める。
「つーかイグニス様よ?何で決闘なんか受けたんだ?入学式に乱入した馬鹿どもをスナッチ使ってけしゃぁよかったんじゃねーか?」
「お前は馬鹿か?教師の方はそれでいいが一応あの愚妹は王族だぞ?暗殺より公的に国外追放にした方が簡単だ」
「おーおーそっかそっか、確かにそーだったな?イグニス様が愚妹としか呼ばねーから王族だって事すっかり忘れてたわ」
「ったく…」
「でもよ?俺もそんな下手な仕事しねぇけど俺の魔法を仕掛ける必要があったのか?」
「保険だ。俺があんな愚妹に負けるはずないが俺はどんな手を使ってでも全て完璧にして一部の隙も無く完封するのが信条だ」
「ほぉー?まぁ我らがイグニス様が負けるとは思ってねーけど…卒業したら本当に俺らを国の中枢に置いて好き放題させてくれんだろーな?」
「それに見合う仕事をこなせばと言っただろう?今の所お前達の仕事に文句はない」
「そうかいそうかい。んじゃ頑張れよ?特待生一同イグニス様が俺らにいい思いさせてくれるって信じてるぜ?」
「わかっている」
金貨を数え終わり満足気な笑みを浮かべながらゲイルが更衣室を出るとイグニスは…
「俺は愚妹になんか劣ってない…!俺が王位を継ぐ…!そしてあの女を絶対に手に入れてやる…!!!」
もう一度力強くロッカーを殴りつけた…。
■
「あの…アリア先生…」
「どうしたのかしら?」
「…ありがとうございます。あんな風に言ってくれて…」
「…なーにしおらしくなってんのよ。いつものツンデレは何処に行ったのかしら?」
「…」
「はぁ…」
闘技場の更衣室…ずっと暗い雰囲気を出しているメイリリーナの頭を乱暴に撫でつけたアリアは目線を合わせ頬を両手で挟み込む。
「うぎゅ…なひひへるんへふは…?」
「どんな卑怯な手を使ってきたとしても虐められて一人でお裁縫していた弱かった頃のリーナじゃない…理不尽な事もリーナのこの手と足、魔法…私達の剣で斬り開いていけるわ。壁にぶち当たったとしてもそれを助けてくれる信頼できる友達と仲間もいる…自分じゃどうしようも出来ないなら遠慮なく頼りなさい。辛かったら仲間に打ち明けなさい。寂しかったら傍に居てもらいなさい。もうあなたは一人じゃない…一人で戦う必要もない…だから安心してクソ兄貴をボコボコにしなさい。腕の一本や二本、斬り落としても私がまた生やしてあげるから遠慮はいらない…今までやられた事をやり返す気持ちで本気で殺すつもりでやるのよ?わかったかしら?」
「…はい」
「大丈夫、あなたには天使と悪魔と魔王と魔神の加護があるわ。信じなさい、私と友達を」
「…はい!」
「よし、次はあなた達の番よ」
顔を触っていつも通りの気の強そうな美人顔に戻ったメイリリーナを優しく撫で目に包帯を巻き直すと更衣室の扉が開きぞろぞろと唯織達が入ってくる。
「リーナなら絶対に負けないから頑張ってね?ちゃんと見てるから」
「ありがとうございます、イオリさん」
「リーナなら大丈夫!頑張って!」
「わかりましたわ、テッタさん」
「アリア先生のその服を着ているんですから頑張ってくださいね?」
「わかってますわ、リーチェ」
「がんばー。リーナならあんなの一瞬っしょ」
「一瞬では終わらせませんわ、シルヴィ」
「リーナ、頑張ってね?」
「ええ、シャルにちょっかいをかけるクソ兄貴をボコボコにしてきますわ」
一人ずつメイリリーナと微笑み拳を合わせると更衣室を出て行き一人になったメイリリーナは…
「私は今日…本当の意味で生まれ変わる…!」
自分の道を斬り開いてくれる細剣、エーデルワイスを腰に吊るし更衣室を後にする…。
■
「これどっちが勝つんだ!?」
「んなのイグニス様だろ?特待生四年主席…謂わばこのレ・ラーウィス学園のトップだぞ?同じ特待生だとしても二年生…こんなの出来レースだよ。王位継承が絶望的になったからこうやって大々的に王位を譲るつもりなんだよ。自分を飾りたいだけの自己満足な演出なんだろ」
「そ、そうか…!この結果次第では次期国王が決定的になるのか…!」
「だからほら見てみろよ?学生以外の貴族様がいっぱい来てるだろ?新しく国王になるイグニス様を見に来てんだよ。それに現国王のイヴィルタ・ハプトセイル様もメルクリア・ハプトセイル様も見に来てる…これも全部筋書きなんだよ」
………
「ただの家族喧嘩なのにドヤ顔で筋書きとか…ぷふーっ!」
「あんまり意地悪な事言わないであげなさい。傍から見ればそう思われるのも必然よ」
全校生徒だけではなくハプトセイル王国の重鎮、全ての貴族がレ・ラーウィス学園の闘技場に集まり事実上次期国王が決まる決闘を今か今かと待ちわびていたが観客の全て、唯織達を除いてイグニスの勝利を確信している様な雰囲気が立ち込めていた。
「公爵から男爵…一代貴族も集まっていますし…この物々しい感じ、騎士団もいますね」
「多分この騒動が終わったらアリア先生をどうにかしようとしてるんだと思うよ。国に喧嘩を売ってる様なもんだし」
「リーナは何も悪くないのに…悪いのはイグニスなのに…」
「私達がリーナは悪くないってわかってれば十分だよ。それにこうなるのをアリア先生は絶対に見越しているし私達は私達のやるべき事をやるだけだよ」
「ちゃんとわかってんじゃないシャル。…んじゃ、手筈通り頼んだわよ」
「「「「はい!」」」」
「シルヴィアちゃんうけたまわり~」
アリアが腕を軽く振って指示を出すと唯織達は各々のやるべき事を果たす為に一瞬で姿を消しフィールドにはアリアとイグニスの担任、審判役のガイウスの三人だけになる。
「約束の時間だ。両者問題はないか?」
「問題ありません理事長」
「私達の方もこのままで大丈夫です、ガイウス理事長」
「…うむ。では、これよりイグニス・ハプトセイル対メイリリーナ・ハプトセイルの決闘を始める。両者入場!!」
ガイウスの声が決闘の時間を知らせると闘技場の喧騒が嘘の様に静まり返り重厚な扉が開く音が響き…イグニスとメイリリーナが扉から姿を現し中央に立つ。
「まさかリーナからこんな決闘を申し込まれるとは思わなかったよ…何故こんな決闘を申し込んだんだい?」
「…自分の胸に聞いて見たらどうです?」
「…そうかい。まぁいいさ…リーナとお別れする事になるのは悲しいけど『戯言は聞き飽きました』…」
「理事長、お願いします」
「う、うむ…では決闘の内容だが、規定通り安全の為に魔法障壁を張ら『理事長』…む?どうしたのだメイリリーナ?」
「私の魔法障壁は張らなくて大丈夫です」
「なっ…お、おいおいリーナ…流石に私はお前の命まで『あなたは何重にも障壁を張って構いませんよ?』っ…調子に乗るなよ…?」
「…ふふ、調子になんて乗ってませんよ?魔力障壁なんてものが割れたぐらいで決闘を終わらせたくないだけですから」
「お前…それが調子に乗っていると言うんだぞ…?」
徐々にイグニスの仮面が砕けてきている事に気分を良くしたメイリリーナは妖艶な笑みを浮かべながら続ける。
「ビビっているあなたに私と同じ土俵に上がれとは言いません。お仲間にお願いした闘技場の仕掛けもちゃんと万全ですか?足りてますか?それで私を殺せますか?」
「っ!?…そうやって私が不正をしていると印象付けて負けた時の言い訳にするつもりか?随分小賢しい手を使うんだな…?それもあの得体の知れない教師の入れ知恵か?」
「ふふっ…そんなに怯えてどうしたんです?笑顔…引きつってますよ?お兄様?」
「…ッ!」
メイリリーナの笑みが得体の知れない化け物の様に見え始めたイグニスは知らずに震える脚を殴りつけて剥がれかけた仮面を繕う。
「ガイウス理事長…私も魔法障壁はいりません」
「…そうか。ここまで来たらお主らの満足いく内容に決めたまえ」
「ありがとうございます、ガイウス理事長。…ではお兄様?こういうのはどうでしょう…腕や脚が無くなってもガイウス理事長が降参という私達どちらかの声を聞くまで決闘は終わらないというのは。外野がどれだけもう決闘を終わりだと言っても決闘は続行…気が済むままに決闘を理由に公衆の面前で私の事を虐められますよ?」
「…本気か?」
「冗談を言っている顔に見えますか?」
嘲る様な笑みを浮かべるメイリリーナの顔はまるでゴミを見ていると呼ぶべきもので…イグニスの心をざわつかせ怒りという感情に思考を曇らせるのには十分すぎるものだった。
「…いいだろう、なら私も条件を付ける。もしお前が負けたら私を挑発したあの教師の首をこの手で刎ねさせてもらおう」
「………いいですよ?なら追加で私の首も差し上げます」
「「っ!?」」
目配せだけでアリアの首を賭ける許可をもらい自分の首すらかけると言ったメイリリーナに目を見開くイグニスとガイウスだがメイリリーナはただただ笑みを浮かべるだけだった。
「もう他に追加の条件はありませんか?お好きな条件を付けて頂いていいですよ?」
「…いや、結構だ」
「そうですか…ならそろそろ始めましょうか。お互いの運命を賭けた最初で最後の兄妹喧嘩を」
「…後悔するなよリーナ」
「…ふふ」
決闘とは名ばかりの死合の取り決めが交わされお互いの開始位置に着くとガイウスは深いため息を吐き捨て声を張り上げる。
「ではこれより決闘の内容を伝える!!両者合意の元、魔法障壁の展開は無し!どちらかの降参の声が発せられるまで四肢の欠損をしても試合は続行!イグニス・ハプトセイルが勝利した場合、メイリリーナ・ハプトセイル及び特待生クラス二年生担任アリアの首をイグニス・ハプトセイルの手を持って斬首とする!メイリリーナ・ハプトセイルが勝利した場合、イグニス・ハプトセイルは学園の退学、王家離脱、国外追放とする!両者、相違ないな!?」
「「はい!!」」
ガイウスの宣言と両者の合意の声が響き、阿鼻叫喚としか例え様の無い声が闘技場を埋め尽くし…
「イグニス・ハプトセイル対メイリリーナ・ハプトセイル…決闘開始!!」
ガイウスの声を合図にメイリリーナの足元が爆ぜた…。




