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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第三章 新しい風
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神速の逃亡者

 





「待ってリーチェ!!」


「一人にしてくださいユイ君!!!」



 涙を流しながら走るリーチェを追いかける唯織は既に学園という狭い場所ではなく()()()()という広大な範囲でリーチェを追いかけていた。



(は、速すぎる!!全力で走ってるのに全然追いつけない!!絶対に血統魔法使ってる!!)



 たった一歩で100m以上を移動するリーチェは常人からは消えて見える速度で移動しており唯織は必死に食らいついていたが徐々に距離が開き始める。



(こうなったら苦手だけど転移魔法で…!!)



 全力で走りながら魔力を起こし自分が視界の先に一瞬で移動するイメージを構築して転移魔法を発動しリーチェの真後ろに転移すると…



「待ってよリーチェ!!」


「っ!?きゃぁっ!?」


「あぶっ!?ぐあっ!!」



 さっきまで距離を離していたのに一瞬で真後ろに移動してきた唯織に驚き転ぶリーチェを咄嗟に抱くと何度も地面を跳ねて行き王都を囲む石造りの壁に勢い余って激突する。



「あぐ…だ…大丈夫…?怪我…して…ない…?」


「だ、だいじょ…っ!?ユイ君頭から血が!!う、腕が変な方向に!?」


「あ、あはは…大丈夫…辻治しでいっぱい練習したから…」



 視界を真っ赤に染める頭からの出血とリーチェを抱いていないもう片方の腕がぐちゃぐちゃになっている事に気付くと唯織は痛みを誤魔化す様に笑い復元魔法で怪我と砕いた石の壁を元通りに復元した。



「リーチェは大丈夫?本当に怪我してない?」


「大丈夫です…怪我をさせてごめんなさい…」


「大丈夫だよ。こういう時の為に復元魔法を練習したんだから」


「…あの…そ、そろそろ離してもらっても…?」


「…もう逃げない?」


「はい…」



 きつく抱き寄せて逃げない様にしていた腕を緩めるとリーチェは顔を真っ赤にして前髪を弄りながら唯織から離れ壁にもたれる様に唯織の隣に座る。



「ごめんなさい…私の父と母がユイ君に酷い事を言って…」


「大丈夫だよ。透明の魔色が無色の無能だっていう事はこの世界の常識だし、貴族として爵位とか魔色とか血統魔法を重視するのは普通の事だし…逆にこれでお父さんとお母さんを嫌いにならないであげてね?」


「…ユイ君は優しいんですね。…ユイ君が許しても私は…許せそうにありません…昔の自分みたいで…恥ずかしい…」


「…」



 膝の間に顔を埋めるリーチェにどう言葉をかければいいのかわからない唯織は何も言わずにただ隣に座っているとリーチェはポツリ呟く。



「アリア先生に自分を持っているって言われた時は素直に嬉しかった…私、貴族って嫌いなんです」


「え…?」


「今は学園の生徒なのでこうやってユイ君たちと居れますけど…色々大変なんですよ?」


「…例えば?」


「そうですね…まずは身嗜みですね。毎日よく見られるように髪を手入れして肌を綺麗にして爪を綺麗にしてお化粧して…そういうの私はあまり好きじゃないんです。だって面倒くさくないですか?」


「確かに…」


「妙に実感が籠ってますね…ユイ君も髪が長いですし、シルヴィの髪の手入れもしてるんですよね?」


「まぁ…うん。そういうのやらないから仕方なく…」


「私もそういうのしてくれる人が傍に居るんだったら髪を伸ばしたままでいいですけど正直邪魔だなって思うんです。でも短くすると可愛くないから切っちゃダメだっておか…母が言うから仕方なく…」


「そうなんだ…他には?」


「…喋り方とか礼儀作法ですね。丁寧な口調も本当は疲れるんです。脚だってはしたないって言われて胡坐すら出来ないんですよ?脚を揃えなさい、お淑やかにしなさいって言われますし、食事は綺麗に食べなさい、ナイフとフォークを上手く使いなさいとか字をもっと綺麗に書きなさいとか…後ダンスですね。他家のお祝い事とかに招かれるとドレスを着てダンスを踊ったりするんですがもうそれが嫌で嫌で…貴族のそういう上っ面だけな所とか本当に大っ嫌いなんです。どちらかと言うと剣を無心で振っている方が私は好きです」


「確かに普段からそういうのに気を付けてると息が詰まっちゃいそうだね…」


()()()()!!()()()()()()!!…ごめんなさい、口調が…」


「…話しやすい口調でいいよ?」



 思わず口調が崩れてしまったリーチェは顔を真っ赤にして…呟く。



「…はしたないとかがさつとか女の子らしくないとかだらしないって思われたくないんです。察してください…」


「あー…ぁー…その…うん…別にそんな風に思わないよ?ほら…僕の師匠が…ね?」



 どうにか持ち上げようと苦し紛れに言葉を出すとスッとリーチェの目が細くなり…



「…私と話してる時に他の女性の話をするんですか?」


「…ご、ごめん」


「…ふふ、冗談ですよ。からかっただけです」



 唯織があたふたしたのが嬉しかったのかリーチェは笑みを浮かべる。



「…私、性格も悪いし面倒くさがりだし寮の部屋とかメイドさんがいなかったら脱いだ服で散らかり放題なんだよ?」


「え?そうなの?…全然想像つかない…」


「そうなんだよ?貴族じゃないリーチェはそんな女の子らしくない女の子…貴族のリーチェはユイ君が知ってる女の子らしい女の子…どっちが好き?」


「…えっと…りょ、両方?」


「そうやってどっち付かずの答えってよくないよ?」


「う…と言ってもどっちもリーチェなんでしょ…?」


「…ほらね?こういうユイ君が絶対困って答えにくい様な事を平気で言うぐらい性格が悪いの。…幻滅した?」


「いや…心臓に悪いなって思うけど幻滅はしないよ?これもリーチェなんだなって思うだけ」


「…ふーん?…なら、()()()()()()()()()()()()?」


「え…?」



 そう言うと唯織の言葉を待たずにリーチェは唯織の唇に…自分の唇を重ねた。



「え…ええええ!?り、リーチェ!?な、何して!?」


「…こんな貴族じゃない私を好きだって言って慰めてくれたお礼。…どう?困った?」


「……」


「…ふふ、そうやって困ってるユイ君は可愛いね?」


「もうリーチェ…あんまりからかわないでよ…」


「今の私の初めてのキス。…()()()()()()()()()()()()()?」


「っ…」



 からかう様に問われたリーチェの言葉に()()()が頭にチラついた唯織は最悪な記憶を振り払う様に額を殴りつける。



「……違う」


「…そうなんだ。ごめんね?急にキスして…嫌だった…?」


「…違う。…詳しくは話せないけど…トラウマで…でも嫌じゃなかった…」



 悲しそうな表情をするリーチェに胸が締め付けられるような痛みを感じた唯織は…覚悟して自分の気持ちを口にする。



「でもごめんリーチェ。僕はリーチェが思っているほど綺麗でも優しくも無い汚れきった醜い人間なんだ。きっと本当の僕を知ったらリーチェは僕の事を嫌いになると思う。…だからリーチェの好きだっていう気持ちには…はっきり言って答えられない…」



 その唯織の言葉を聞いたリーチェは考える様な表情の後…一瞬泣きそうになるがすぐに笑みを浮かべる。



「…そっか。他に好きな人がいる…とかじゃないんだよね?」


「僕にそういう人がいると思う…?」


「…シルヴィとか?」


「シルヴィは僕を育ててくれた母さんって感じだし…そういう好きじゃないかな?シルヴィもそういう好きじゃなくて家族としてすっごく愛してくれてるし…」


「そっか…シルヴィはユイ君のその汚れきって醜い部分は知ってるの?」


「知ってる…」


「ふーん…じゃあ、今は振られちゃったけどその部分を知ってもまだ好きだったら…望みはあるんだ?」


「…え?」


「私がユイ君のそういう所も全部含めて好きって言えたら…ちゃんと見てくれる?」


「…本当に性格悪いね?リーチェは…」


「そう言ったでしょ?…望みがあるなら今はそれでいいよ私」


「…嫌じゃないの?」


「本当は嫌だよ?…それでも私はユイ君が好きなんだなって…はっきりユイ君に答えられないって言われて気付いちゃった。…だから…何時でもいいからその部分のユイ君を教えてね?」


「そっ…か…」



 シルヴィアと同じ家族の愛情ではなく、初めて恋愛の好意を真摯に向けられた唯織は辛そうに笑うリーチェの表情を見てもう一つの覚悟をし…()()()()()()



「え…?その手…」


「…どう?酷いでしょこの手…」


「…その傷…前にシルヴィが修行中に大怪我したって言ってたやつ…?」


「あれ、嘘なんだ。修行中に大怪我する事もあったけどそれよりも前…もっと前についた傷なんだ。こんな傷が僕の全身にあるんだよ…ほら」


「っ…」



 袖を捲ると目を背けたくなる様な古傷が見え自然とリーチェは息を飲む…。



「こういう傷が顔以外にあるから肌は出さない様にしてるんだ。どう?嫌いになった?」


「…ユイ君もだいぶ性格の悪い質問するね?こんな傷で私の好きな気持ちが変わるわけないよ」


「僕は今まで一度も自分の性格がいい何て言ってないよ?」


「悪いとも言ってないけどね?」


「…確かに」



 袖を戻し手袋を嵌め直すとリーチェは唯織の肩に頭を乗せて呟く。



「どうして見せてくれたの?」


「…貴族じゃないリーチェを見せてくれたお礼…かな」


「ふーん…でも全部は教えてくれないんだ?まだ隠してる事あるんだよね?」


「…ある」


「そっか…ユイ君の秘密を全部暴くのは大変そうだね」


「あはは…」


「…気まずくなってみんなの前で避けるとかやめてね?そんな事されたら私、みんなの前で泣くよ?ユイ君が私の事無視するって」


「そんな事しないよ…はぁ、まさかこんな事になるなんて…」


「本当だね?まさか私もユイ君にこんな状況で告白するなんて思いもよらなかった」



 教室でリーチェの両親と会い、泣いて逃げるリーチェを追いかけ、壁に激突して死にかけて…告白されて…数ある自分の秘密の一部を打ち明け…そんな濃密な時間を過ごした二人は自然を笑みを浮かべていた。



「でも思ったけどさ?リーチェのご両親は僕と一緒に居るのを絶対反対すると思うよ?そしたらリーチェはどうするの?」


「んー…その時はこのアネモネとアイリスでぶっ飛ばす!そしてユイ君と二人で駆け落ちする!」


「あはは…だいぶすごいね?」


「これが貴族じゃないリーチェだもん。そして…今からは貴族のリーチェです。教室に帰りましょう、()()


「…そうだねリーチェ」



 先に立ち上がったリーチェから差し伸べられた手を掴んで立ち上がった唯織は…



「…ここ何処だろう?」


「…とりあえず高い所から見渡せばわかるのでは?」


「そうしよっか…」


「ではエスコートをして頂いても?」


「はいはい…」



 リーチェを横抱きに抱いて高く飛びあがる…。





 ■





「…あの二人遅いわね…」


「なーんかさっきからシルヴィアちゃんレーダーにビビッて来るんだよねぇ…」


「何よそのシルヴィアちゃんレーダーって…」


「いおりんに女の気配が近づいた時にビビッて来るレーダー」


「こわっ…」



 教室で唯織とリーチェの帰りを待つ二人と…



「い、痛ひ…」



 シルヴィアちゃんレーダーにビビッと来る度に頬を伸ばされるテッタは教室の扉が開く音を聞いて視線を向けるとそこには唯織とリーチェではなく暗い表情をしたメイリリーナとシャルロットがいた。



「この魔力の感じは…リーナとシャルね、久しぶりじゃない」


「「あ、アリア先生!?」」


「んー?二人ともどったの?そんな暗い顔して」


「い、痛ひ…」



 アリアがいる事に驚いたメイリリーナとシャルロットは教室を見渡し確認したい事が山ほどある事にため息をつきながら一つずつ確認をし始める。



「…少し整理させてくださいまし。アリア先生?その目はどうしたんですの?」


「ティリアを治した時の魔法の反動で目がまだ見えないのよ。今は魔力を薄く伸ばして何処に何があるかとか魔力の感じで誰かを特定してる感じね」


「相変わらず凄いですわね…ティリアさんは無事ですの?」


「ええ、ピンピンしてるわよ」


「よかったですわ…」


「えっと…じゃあ何でテッタ君はシルヴィにほっぺを抓られてるんですか?」


「シルヴィアちゃんレーダーにビビって来てるらしいわ」


「ええ…?何それ…」


「唯織に女の気配がしたらビビッて来るらしいわよ」


「「こわっ…」」



 ビビッと来る度に頬を抓られているテッタに祈りを捧げた二人は教室の隅で泣いている二人の大人を見つめる。



「あの方々はどなたですの…?」


「リーチェのお父さんとお母さんよ」


「…何で泣いてますの?」


「私が転移魔法で天高くたかいたかいして地面にぐちゃってなる前に助けたから」


「「……」」



 初対面なのにも関わらずここで何があってそうなったのか悟った二人はテッタに捧げた祈りと同じものを捧げる。



「最後…イオリ君とリーチェは来てないんですか?」


「さっきまで居たんだけれど…あそこで泣いている二人が原因でリーチェが飛び出して唯織が追っかけてまだ戻って来てないのよ」


「「ああ~…透明の魔色……」」



 悟った事が確信に変わった二人は微妙な声を上げると教室に入ってきた時と同じ暗い表情に戻ってしまう。



「…だから二人ともどったのよ?何でそんな暗い顔してんの?」


「「それが…あっ…先…あっ…」」


「…何コントしてんのよ?悩み事なら聞いてあげるからリーナから言いなさいな」


「わ、わかりましたわ…」



 やけに素直に悩みを打ち明けるなと思いながらアリアはメイリリーナに耳を傾けると…



「実は…私の兄、イグニス・ハプトセイルが四年生になったのですがわたくし達のクラスに獣クサい教師と無色の無能がいるから追い出してやるとか言い始め…父と母、イヴィルタ・ハプトセイルとメルクリア・ハプトセイルがガイウス理事長に抗議しに来ますわ…もしかしたらこのクラスにも来るかもしれませんわ…」


「…は?え?…国王と王妃が来るのかしら?」


「ええ…今頃新入生達に向けた演説を兄が行っていてそれに出席しているかと思いますわ…」



 頭が痛くなる様な言葉の数々がメイリリーナの口から飛び出し項垂れ…



「…はぁぁぁぁぁぁぁ…わかったわ…ちょっと待ってちょうだい…詳しい事を聞く前にシャルの話を聞かせてくれるかしら?」


「えっと…そのリーナの兄…イグニス・ハプトセイルに婚約を申し込まれました…」


「…今日は厄日かしら…」



 頭を抱えた…。



「わかったわ…まずはすぐに片が付きそうなシャルの方から…婚約はしたいのかしら?したくないのかしら?」


「したくありません…なのでカモフラージュとして…」



 何度も深呼吸を繰り返したシャルロットは…



「アリア先生、リーチェを連れて戻りました」

「イオリ君と婚約したいんです!!!!」


「「「「「…は?」」」」」


「え…?えええええ!?!?」



 唯織とリーチェが帰ってきた最悪のタイミングで叫んだ…。



「いいいいい!?いたいいたいいたい!シルヴィほっぺ千切れる!?!?」

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