ユキちゃん
「…いっつぅ…あの突き…凄かったな…」
薄暗い石造りの通路、真ん中に決して清潔とは言えない水の音が流れる場所で黒ローブを脱いだ唯織は…唯織ではなかった。
「的確に右胸を突いてきたから防ぎやすかったけどしばらく息が出来なかった…この姿ならバレないと思うけど…目立たずに外に出れるかな…?」
真っ黒の長髪を三つ編みにしてハーフアップに変え、アリアからもらった変装グッズ…女装グッズで目の色を赤から青に、服装を真っ黒から真っ白のレ・ラーウィス学園の女子制服に着替えた唯織は白い手袋と白いタイツを履き下水を歩いていた。
「多分この上なら人がいないと思うけど…それより何でアリア先生は僕に女の子物の服しか渡してくれないんだろ…?着慣れてきたっていうか色々慣れてきた自分にも怖いけど…」
女装にも慣れてきた自分に苦笑しつつも鉄の梯子を上り厚みのある金属の板を押し込むと…
(ううう…寒いな…)
下水の籠った臭いから解放されるのと同時に外の冷えた空気が唯織の肌を冷やしていく。
(誰もいない…ね)
周りに誰もいない事を確認し素早く下水から出た唯織は赤いマフラーで口元を隠して雪の降る街へと歩き出していく。
(雪かぁ…ドランド山脈近くの雪山に行った時、僕の髪色が真っ白だから雪と同化して師匠が僕の事を見失った事があったなぁ…魔王領の家は季節が全く変わらないしこうやって雪が降ったり暑くなったり外の世界は面白いな…)
リーチェ達とデートした道なのに雪が降り積もるだけで雰囲気を一変する街並み、歩く人達の装い、売られる品物、人の活気に笑みを浮かべると視線が突き刺さっていく。
「すげぇ美人…」
「お貴族様…?」
(狙われてる視線じゃないけどやっぱりこの格好だと見られる…今度アリア先生に男物を選んでもらおうかな…リーチェとのデートの時に着てた服は着やすかったし…シルヴィだと女の子っぽい物ばっかだし…テッタとかリーチェにでも選んでもらおうかな?あの二人ならいいの選んでくれそうだし、リーナとシャルは……うーん…)
真っ赤なマフラーを鼻の上まで持ち上げみんなの事を思うと自然に零れる笑みを隠すと…
「きゃぁっ!?」
「あらやだ…!大丈夫!?怪我してない!?」
「うぅっ…うわあああああああん!!!」
「ああっ…こんなに血が…!」
母親と一緒に歩いていた小さな女の子が雪に足を取られたのか膝と掌を擦り剥き真っ白な雪を赤く染めていく。
「うわああああん!!」
「ああ…どうしましょう…!すぐに病院に…」
(…仕方ない…か。誰が見てるかわからないし喋り方を変えて…)
「あら、そんなに涙を流していたらせっかくの可愛い顔が台無しよ?」
(な、何でアリア先生っぽい喋り方にしちゃった!?)
白い手袋を嵌めた手で女の子の涙を拭った唯織は内心赤面しつつもアリアの様に凛とした表情を浮かべながら女の子に声をかけると女の子は泣き止み唯織の顔をじっと見つめる。
「…?」
「え、えっと…?どちら様ですか?」
「ただの学生よ。それより貴女のお名前は何かしら?」
「…シウ」
「シウちゃんね?どうして泣いていたのかしら?」
「ころんだ…」
「そう、転んじゃったのね?こんなに綺麗な手と足なんだから気を付けないとダメよ?」
「うん…」
「ふふ、泣き止んでえらいわね?ご褒美にいいものを見せてあげるからおててを見てなさい?」
「…?」
真っ赤になったシウの両の手に真っ赤なマフラーを乗せ…
「3…2…1…それ」
「っ!わぁあ!?」
「ええっ!?」
カウントに合わせてマフラーを退けるとシウの両手は真っ白の子供らしい手に戻っていた。
「凄いでしょう?」
「すごい!お姉ちゃんすごい!!」
「ふふ、ほら、足も見ててちょうだい」
「うん!」
同じく血が出ている膝にもマフラーを優しく巻き付けた唯織はまたカウントする。
「…3…2…1…ほら、もう元通りよ」
「すごぉい!お姉ちゃんすごい!!」
「もう痛くないでしょう?これでママと楽しくお出かけが出来るわね?」
「うん!!お姉ちゃんありがとう!!」
「今度は転ばない様にちゃんと手を繋いであげてちょうだいね、ママさん?」
「はい…すみません、本当にありがとうございます。…お名前をお伺いしても?」
「……ユキよ。それじゃあねシウちゃん、ママさん」
「バイバイ!ユキお姉ちゃん!!」
赤いマフラーを首に巻きなおし野次馬からの拍手を受けつつアリアの様に後ろ髪を払った唯織はシウに小さく手を振り路地へと入り…
(くわぁぁぁぁ!?!?何でアリア先生の真似をしちゃったんだあああああ!?!?)
ユキすら溶かすほど顔を真っ赤にしていた…。
■
「…うう、見つかりませんわ…」
「流石に見つからないね…」
「そうですね…こんな雪の日に黒ローブなんて目立つと思うんですがこれだけ見つからないとなるとやっぱり脱いでる可能性がありますね」
「んー…やっぱりイオリの血があればなぁ…」
「…」
白いローブのフードを外し顔を出して歩く五人は唯織を探していたが一向に見つからず、ただただ雪景色の街を歩いていたのだが…
「実はあの女の子が例の辻治しだったりしてな?」
「俺もあんな可愛い子に治してもらいてーなぁ。ワザと怪我しよーかなぁ」
「やめとけやめとけ」
「ははは!」
「「「「「え…?」」」」」
通りすがりの男達が発した言葉に足を止め、すかさずテッタがその男達に駆け寄る。
「す、すみません!ちょっとお話いいですか!?」
「おん?どうした?」
「さっき辻治しの話をしてませんでしたか!?」
「お、おう…それがどうしたんだ?」
「辻治しが女の子って本当ですか!?」
「え?…あぁ、さっき雪で足を滑らせた女の子の手と足を治した女の子がいてな?多分レ・ラーウィス学園の女の子だと思うんだけど滅茶苦茶美人でな~」
「おいおい、話が逸れてんぞ?まぁ、その女の子が首に巻いてた赤いマフラーを手に巻いたら綺麗さっぱり治ってたんだよ。詠唱もしてなかったから魔法じゃなく手品みたいなもんなのかなって思ったけど痛みも無くなってたみたいだし足も同じ感じで治しててなぁ…どうやって治したんだろうな?あれが噂の特待生ってやつなんかな?」
「詠唱なし…女の子?…赤いマフラー…そ、その女の子ってどんな感じでしたか?」
「あー…黒い髪をこう…三つ編みにしてて白い手袋に白い制服、白いタイツを履いてて赤いマフラーを巻いてたな。すげー美人だったぞ?」
「えっとえっと…あ、眼の色とかどうでした!?赤い宝石みたいな感じでしたか!?」
「いや、青だったぞ?」
「青…?」
「確か…シウちゃんだったか?」
「ちげーよ、それは怪我した女の子。怪我を治した女の子はユキって名前だろ?気の強そうな喋り方してたけど可愛かったな~。あんな感じの姉御肌の嫁さんが欲しいぜ!あれなら尻に敷かれても文句ねぇな!」
「ちげぇねぇ!あれは男を上げてくれる気がするしな!」
「姉御肌…ユキ…気の強そうな喋り…男を上げてくれる…尻に敷かれる…?ほ、他には何か…?」
「んー…わりぃな、ちょっと見ただけだから流石にこれ以上は…」
「俺もだな」
「そうですか…すみません、呼び止めちゃって。お話ありがとうございました」
「「おう」」
所々唯織に被りそうな特徴とアリアに被りそうな特徴が混ざったユキという謎の生徒の話を聞いたテッタは首を傾げる。
「どうでしたの?」
「んー…一般生徒のユキっていう女の子…知ってる?」
「は…?誰ですの?」
「正直私達一般生徒と関わりないから話したりしないし…」
「そうですね…私もわかりません。どうせシルヴィはユイ君だけしか見えてませんし聞くだけ無駄でしょうけど」
「はー?何その言い方?一応リーチェ達も見てるつもりだけどー?」
「あら、意外ですね?」
「腹黒オレンジ!」
「ガキ勇者」
「なぁっ!?」
「そんな事どうでもいいから二人とも…えっと、そのユキって言う子は詠唱なしで女の子の怪我を治して…眼の色は青で髪は黒でこんな感じの三つ編みで…真っ白で赤いマフラーをしてて…男を尻に敷いてあげてくれそうな姉御肌で気が強い喋り方?らしいよ?」
「…よくわかりませんが、気が強い辺りイオリさんではなさそうですわね」
「うーん…でもイオリ君は結構頼りになるよ?」
「でも詠唱なしで怪我を治してるならイオリの可能性が高いんだよね…それにシルヴィみたいに姿を変える魔道具を持っていても不思議じゃないし…」
「そうですわね…ならイオリさんとそのユキさんと言う人を探せば良さそうですわね」
言い合うリーチェとシルヴィアを放置して三人で方針を固めると…シャルロットに電流が走る。
「あ!いい事考えた!おびき出そう!!」
「「おびき出す…?」」
「うんうん!誰かがわざと怪我して大声を出せばイオリ君かそのユキって子が怪我を治しに来るんじゃない!?」
「……それ、誰がやるんですの?流石にわたくしはやりたくありませんわよ?」
「え?リーナやらないの?」
「やりませんわよ!?わたくしは王女ですのよ!?」
「あ、そっか…私も一応公爵家の娘だし…」
「そっかとか一応じゃありませんわよ…」
「そうなるとリーチェも無理だし…シルヴィも絶対やらなさそうだし…」
「…」
「「…」」
「え…?ぼ、僕がやるの…?」
「テッタさんが一番の適役ですわ」
「頑張ってテッタ君!泣き真似でもいいから!」
「ええぇぇ…?」
メイリリーナに適役だと言われ眉を顰めるテッタは唯織を見つける為ならと顔を赤くしつつ…
「う、うわぁぁん…い、いたいよぉ~…」
「もっとちゃんとやってくださいまし。ローブも白いのじゃなくこっちを」
「そうだよテッタ君…イオリ君を見つける為だよ?」
「他人事だと思って…わかったよ…んんっ…うわああああああああああああああん!!!いたいよおおおおおおおお!!!!」
遠くからメイリリーナ達に見つめられつつ迫真の泣き真似を道のど真ん中で披露した…。
■
「うわああああああああああああああん!!!いたいよおおおおおおおお!!!!」
(やっぱり雪で足を滑らせやすいからかな…?今日はよく泣き声を聞く気がする…気付いて無視するのはやだし…仕方ないか)
シウを治した後、特にやる事も無かった唯織は屋台を見て周っていたが男の子の泣き声を聞きつけ声のする方へと進路を変える。
「うわあああああん!!痛いよぉぉぉ!!」
(あの茶色のローブの子か…血は出てないけど骨が折れてるかも知れないし…)
座り込む雪が赤く染まってない事から出血はしていないと見抜いた唯織は喉を鳴らしながら声を高くしてゆっくりと近づき…
「大丈夫かしら?そんなに泣いていたらせっかくのかっこいい顔が台無しよ?」
涙を拭おうと泣いている子の顔に手を伸ばした瞬間…真っ赤な顔をしながら笑みを浮かべた見覚えのある少年にがっちりと腕を掴まれる。
「…やっぱりイオリだよね?」
「っ!?テッタ!?」
驚きのあまり反射的にテッタに掴まれた腕を振り解こうとするが…
「見つけましたわよイオリさん?そんなに顔を赤くしていたら可愛い顔が台無しですわよ?」
「…今はユキちゃんって呼んだ方がいいかなイオリ君?」
「ユイ君…どうしてそんなに女の子の格好が似合うんです?」
「…」
「み、みんな…!」
「と、とりあえず恥ずかしいからイオリこっち!」
「う、うん…」
路地裏からニヤニヤした三人と気まずそうな一人ともう絶対に逃がさないという意思を感じさせるテッタに連れて行かれる…。
■
「え!?さっきの白ローブはリーナとシャルとシルヴィだったの!?」
「…ならあの黒ローブは魔族じゃなくてイオリさんでしたのね…」
「よかったぁ…魔族だったらどうしようかと思った…」
「……」
人通りの全くない薄暗い路地裏、大き目の木箱に腰を下ろした面々は久々の再開を楽しんでいたがシルヴィアだけは未だ暗い表情だった。
「でもイオリ?何でユキなの?」
「えーっと…雪が降ってたから?」
「随分安直ですね…では何でアリア先生みたいな喋り方を?」
「…僕だってバレない様に喋ろうと思ったら自然と…」
「まぁ確かに私達じゃなければ絶対にバレませんね」
「うん!僕達から隠れるなら顔を包帯とかでぐるぐるにしないと!」
「いやいや…それじゃあ滅茶苦茶怪しいでしょ…?」
「確かに!」
………
「ほら、シルヴィ?イオリさんに謝りませんの?」
「…」
「時間を置く程謝り辛くなるよ?」
「言われなくてもわかってるよ…ふぅっ」
楽しそうに会話する唯織達に聞こえない様小声で話すとようやくシルヴィアは表情を変えた。
「ねぇいおりん?」
「…シルヴィ」
「ちょっと二人で歩かない?」
「…………わかった」
シルヴィアの誘いに頷いた唯織を見たメイリリーナ達は笑みを浮かべ白いローブを直しフードを目深に被ると木箱から降りてゆっくりと歩き始める。
「…では私達は寮にでも戻りましょうか」
「そうですわね。流石に寒いですわ」
「指先ももう真っ赤だし早く温まりたい…」
「じゃあ、イオリ?僕達は先に戻ってるけど…今日からは…寮に帰って来るよね?」
「…うん」
「よかった!また後でね!」
手を振り角を曲がったメイリリーナ達を見送った唯織は…
「…いこう、シルヴィ」
「…うん」
赤いマフラーを鼻の上まで上げてシルヴィアに手を伸ばししっかり繋いで歩き出す。
「…ねぇ、いお『師匠』…?」
「僕達色々変わりましたね」
「…私は変わってないよ?」
「変わりましたよ。…僕達が喧嘩するのはいつも何が食べたいとかお風呂に入ってこないでとか早く起きてとか…そんなのばっかりだったじゃないですか」
「…そうだね。逆にそれぐらいしか言い合う事なかったもんね」
「ええ。…今回みたいに誰かが原因で喧嘩したのは初めてです」
「…」
自然とシルヴィアの手を握る自分の手に力が入る感覚を感じながら唯織は小さく…けど、しっかりとした声色で呟く。
「…僕は生きる術を師匠から教えてもらいました。そしてアリア先生からは命の尊さを教えてもらいました。…だから僕はアリア先生が用意してくれた方法でティリアさんを救いたかった」
「でも『師匠の気持ちもみんなの気持ちもちゃんとわかっています』…」
「もしアリア先生が用意してくれた救う方法が僕以外の誰かが死ぬ可能性があればきっと僕も止めていました。…だからあの時、アリア先生に私がいても難しい?って尋ねたんですよね?…師匠なら死んでも生き返るから」
「…うん」
「僕と同じ人形だった今までの師匠ならきっと僕以外の事で自分の命を賭ける事なんてなかったですよ。だから僕は師匠も変わったと思います」
「そう…だね」
「だから…」
そう言葉を区切ると唯織はシルヴィアの前に立ち…深く頭を下げた。
「師匠、我儘を言ってごめんなさい」
「…えっ!?」
「みんなの気持ちをちゃんとわかっていたのにも関わらず僕はそれを踏みにじりました。正直な話、僕はあの時…僕の命で救える命があるのなら…死んでもいいと思っていました」
「いおりん…」
「でもそれは間違っていました。僕は新しく回復魔法じゃなく復元魔法と言うのを創って色んな人を治して周って気付いたんです。命を代償に救われた人にも、命を落とした人の大切な人達にも一生残る傷痕を残すという事に」
「…」
「アリア先生もウォルビスさんに同じ様な事を言ってましたが…正直あの時は理解出来ませんでした。だって僕はあの時、自分の命なんてって思ってましたから…でも、やっぱりしたくてしたわけじゃない怪我をして悲しいのにその怪我の為に誰かが死んだらもっと悲しい…なら、その怪我を何の犠牲も無く治したらそれ以上悲しくなることは無いんだって…子供みたいな考えですけどね?…そう思ったら心配してくれたみんなと顔が合わせ辛くなって…師匠が僕の事を思ってくれているって言うのもわかっているのにアリア先生の話をする度に怒る師匠にきつく当たってしまいました…」
自分が思っていた事を全て吐き出した唯織が顔を上げると…シルヴィアは両手で顔を覆い静かに涙を流していた。
「私の方こそごめんね…アリアが唯織達の事を考えてくれてるのも私もちゃんと知ってる…アリアが毎日唯織達の為に寝る間も惜しんで色々用意してくれたりしてるのもちゃんとわかってる…わかってるんだよ…?…だけど私にはもう唯織しか残されてないから…唯織が私の全てなの…だから唯織が死んじゃうと思ったら頭が真っ白になって何も考えられなくて…唯織の事になると私…ダメなの…唯織がいなくなったら今度こそ私は…壊れちゃう…」
「師匠…」
「だからもう…死んでもいいなんて言わないで…お願いだから…私を一人に…しないでぇっ…」
「……ごめんなさい師匠、もう言いません…一人にしません」
「うぅっ…いおりぃっ…」
「…寮に帰ろっか、シルヴィ」
子供みたいに泣き崩れるシルヴィアを背負い唯織は笑みを隠す様にマフラーを直した…。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。
この話で第二章完結となります。
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絢奈




