化け物狼とアリクイ
「…っ!!納得できませんわ!!!なんでわたくしが無色の無能と同じクラスで学ばなくちゃいけませんの!?」
「リーナ…無色の無能って言っちゃダメよ?おじい様が理事長でいる時は本当に容赦がないのは知ってるでしょう?」
「わかってますわよシャル!!どうしようも出来ないからこんなに苛立ってるんですのよ!!シャルは何も思わないんですの!?他の方も何も思わないんですの!?」
「もうリーナ……私だって思うよ?何で透明なんかが特待生クラスにいるのかなって…」
メイリリーナ・ハプトセイル第一王女とガイウスの孫であるシャルロット・セドリックがお互いを愛称で呼び合いながら唯織のいない特待生クラスで声を荒げているとニルヴァーナ男爵家のリーチェ・ニルヴァーナが反応する。
「そうですね…私も思う所がないと言えば嘘になりますね。…ですがシャルロットさんが仰った通り、理事長が容赦ないのであればコネでこの特待生クラスに入れるわけありませんし、万が一コネで入れたとしてもすぐに実力が露呈するはずです。なら…」
「…リーチェさんでしたわよね?貴女はこう言いたいのかしら?あの無色の無能とわたくし達が同等であると…そう言いたいのかしら!?」
「…私だって無色と同列視されるのは不服ではありますがコネではないのであればそうとしか考えられません」
入学式で見せた聖女の様な笑みとはかけ離れた苦々しい表情を浮かべたリーチェは苛立ちを抑える為に爪を噛み始めてしまう。
「っ…ああもう!!本当に何なんですの!?テッタさんでしたわよね!?貴方はどう考えていらっしゃるのかしら!?」
「え、えっと僕は……ご、ごめんなさい…」
どうしても苛立ちが収まらないメイリリーナは離れた席に座っていたテッタに詰め寄るとテッタは自分の尻尾を握って俯いてしまう。
「っ!!男性なら男性らしく自分の意見を口にした方がいいんじゃないかしら!?」
「っ…ご、ごめんなさい…」
「…もういいですわ!!」
ずっと俯いて自分の意見を口にしようとしないテッタに痺れを切らしたメイリリーナは特待生クラスの教室にいる最後の一人…シルヴィアへと詰め寄っていく。
「シルヴィアさん!?貴女はどう思ってらっしゃるのかしら!?」
シルヴィアが座っている席を両手で思いっきり叩き、顔を寄せる様にしてメイリリーナがシルヴィアに問うとシルヴィアは…
「…うざい」
「そうですわよね!?貴女もそう思いますわよね!?」
「…違う、お前達がうざい」
「「「「っ!?」」」」
メイリリーナの目を睨みつけながら全員にそう言い放った。
「ど、どういう事ですの!?わたくし達の何処がうざいのかしら!?」
「…そうやって自分の欲求を満たす為に人を傷つけてる所。そしてその人を傷つけてる自覚が無い所がうざい」
「な…何ですって!?わたくしは事実を申し上げてるんですのよ!?攻撃魔法も防御魔法も使えない無色の無能をそう呼んで何がいけないんですの!?」
「…そういう所がうざい」
「っ!!」
シルヴィアの言葉に我慢の限界を迎えたメイリリーナが腕を振り上げると…
「はいはいそこまでよ」
瞳は血の様に真っ赤な赤、左右で白と黒の二色に分かれた髪色で頭の上からは白と黒の狼耳、腰からは白と黒の狼の尻尾を生やしたスーツ姿の女性が手を叩きながら教室へと入ってくる。
「っ!?一体誰ですの!?」
「あら?この状況でわからないのかしら?あんた達の担任よ、担任。いいから早く席に戻りなさい」
「っ!?あ…あんた達ですって!?わたくしを誰だと思ってるんですの!?」
「別に誰だっていいわよ。あんた達は私の生徒、そして私はあんた達の担任、これだけはっきりしてれば問題ないわ」
「な、なっ!?なんて言葉遣い…!!」
担任というにはあまりにも教師らしくない言葉遣いに怒りを露わにしたメイリリーナはそのまま担任に詰め寄っていくが…
「…私言ったわよね?早く席に戻れって。そんなに退学になりたいのかしら?金髪縦ロール、マセガキピンク、腹黒オレンジ」
「「「っ!?!?」」」
担任はメイリリーナ、シャルロット、リーチェの特徴を捉えたあだ名を口にした。
すると…
「金髪縦ロール…マセガキピンク…腹黒オレンジ…ぷふっ…あはっ…あははははははは!!!!!」
「あらシルヴィ?そんなに面白かったかしら?」
「や、やめて…うくっ…お、お腹痛い…ぷふっ…あ、アリアちゃん…ぷはっ…あ、ダメ…ツボに入った…くふふふふふふふ…」
「アリアちゃんじゃないでしょ?アリア先生よ」
シルヴィアは担任…アリアと親し気に話しながら机に突っ伏してお腹を抱え、痙攣する様に体を震わせて爆笑し始める。
「ご…ごめんなさいアリア先生…で、でも…今のは面白過ぎる…わ、脇腹痛い…ぷはっ…」
「…シルヴィのツボよくわからないわ…まぁ、これからの学園生活が楽しくなりそうね?」
「う、うん…ぷふっ…」
「…それはそうと…」
笑いを頑張って堪えているシルヴィアから視線を外したアリアは顔を真っ赤にして親の仇の様にこちらを睨みつけているメイリリーナ、シャルロット、リーチェに笑みを返す。
「そこの三人は何時まであほ面晒して突っ立ってんのかしら?すぐに席に戻らないと金髪縦ロールは退学、マセガキピンクと腹黒オレンジは停学にするわよ?」
「な!?何でわたくしが退学なんですの!?」
「そ、そうよ!!こんな横暴この学園では許されないわ!!おじい様が許すはずない!!」
「私達の担任だか何だか知りませんが…少し私達の事を舐めていませんか…?」
「…ふぅん?まだ納得出来てない様ね?ならアリア先生があんたらのスカスカな頭でもわかる様に懇切丁寧に説明してあげるわ」
「「「っ!?」」」
教壇から約4mの距離…その間には教卓や机等の障害物があるのにも関わらず一瞬でメイリリーナ達の目の前に移動したアリアは笑みを浮かべたまま口を開く。
「まずは金髪縦ロール。あんた、ガイウス理事長が禁止した言葉を四回も使ったわよね?」
「っ!」
「私が聞いてないとでも思ってんのかしら?一回目で停学、更にマセガキピンクの言葉を聞いても反省すらしないで二回目…ここであんたは退学になってもおかしくないのよ?それでも私はその一回目も二回目も三回目も四回目も聞かなかった事にしてあげて席に座るよう指示した…だけれど席に座るっていう簡単な指示すら守れないんだったら私はあんたを今ここで退学処分にするわ。…黙って席に座るか、見っとも無くこの学園から去るか、さぁ選びなさい?」
「っ…」
「ハッ…威勢だけのクソガキね。初めから従ってればそんな思いしなくて済んだのに。…で、次はマセガキピンク」
「…」
「あら?随分と素直に席に座るじゃない?お友達の金髪縦ロールが言い負かされてビビったのかしら?」
「っ…」
「まぁいいわ。あんたが停学になる理由は『透明なんか』って言ったからよ。そしてその後金髪縦ロールが無色の無能っていう言葉を使う事を止めなかったからよ。よかったわね?私があんたのおじい様に言いつけない優しい先生で」
「…」
「最後にあんた、腹黒オレンジ。無色と同列視されるのは不服?あんた面白い事言うわね?きっとシルヴィもイオリもあんたらみたいに簡単に無自覚で人を傷つける人間の屑と同列視されるのは不服よ?よかったわね?」
「…貴女だって私達に同じ事をしているじゃないですか。それはいいんですか?」
「私があんたらと屑と同じ?本当に言葉を理解出来てないのね?私は無自覚で人を傷つけるって言ってんのよ。今の私はあんたらを傷つける為に自覚してわざとボロカスにこうやって喋ってるのよ?わかったかしら腹黒オレンジ」
「っ……」
「…んじゃ馬鹿娘達も席に着いたところだし、これからの話を進めていきたいのだけれど…」
アリアの物言いに何も言えなくなったメイリリーナ達は顔を真っ赤にしながら席につき、アリアはずっと尻尾を握って俯いているテッタに目を付ける。
「そこのにゃんこ」
「っ!?…は、はい…」
「今回は見逃してあげるわ」
「っ!?!?…な、何を…」
「あら?ここで暴かれたいのかしら?あんた、イオリの席に『っ!?ご、ごめんなさい!もうしません!』…そう、今回だけよ?」
「は、はい…」
アリアの謎の指摘で完全に折れてしまったテッタは自分の尻尾を足の間に挟んで丸くなり震えだしてしまうがアリアはそんなテッタを無視してシルヴィアを見つめる。
「シルヴィ、あなたよく手を出さなかったわね?」
「…アリアが止めなかったらここにいる全員やってた」
「…ほんっと容赦ないわね…まぁいいわ。よく我慢したわね。後、アリアじゃなくてアリア先生よ」
「…うん、もっと褒めるべき」
「…はいはい、えらいわよ」
「…ん」
無表情で頭を突き出してくるシルヴィアの頭を撫でながらアリアは教室を見渡し、こんな一癖も二癖もある生徒達を教えなくちゃいけないのかと内心で思っていると…
「す、すみません。遅れました…」
教室の扉が開き、理事長室から戻ってきた唯織が教室の中へと入り…
「あら、あなたがイオリね?」
「っ!?!?!?みんな逃げて!!!!!」
髪を逆立ててアリアの首目がけてナイフを抜き放った…。
■
「っ!?!?!?みんな逃げて!!!!!」
(や、ヤバイ…!!この人はヤバイ…!!!ど、どうにかみんなを逃がさないと…!!!)
理事長室から特待生クラスの教室へ戻ってきた唯織は目の前にいる白黒の化け物にナイフを振り抜いたが…
「あら?かなりいい攻撃するわね?」
「なっ!?」
渾身の一撃を親指と人差し指で摘まむ様に受け止められてしまい声を漏らしてしまう。
「な、いきなり何しているんですの!?」
「っ!?な、何でみんな逃げないの!?!?早く逃げてよ!!!」
「い、いきなり先生に攻撃するなんて校則違反よ!?」
「そんな事言ってる場合じゃないよ!!!ここに居たらみんな死んじゃう!!!早く逃げて!!!!」
「いきなり何を言ってるんですか…?何で逃げる必要があるんです…?」
「っ!!いいから逃げろよ!!!こいつは化け物だ!!!!」
何度逃げろと言っても驚くばかりで動かないクラスのみんなに痺れを切らした唯織は丁寧な口調が荒っぽくなるのもお構いなしに叫び、受け止められたナイフを手放して手足を駆使して目の前の化け物に連撃を放つが…
「…へぇ、イオリ…あなたシオリから聞いてた以上にいいじゃない」
「っ!?あがっ!?!?」
全てを紙一重で回避されてしまい首を掴まれ吊し上げられてしまう。
「み、みん…に…げて…!!!!」
それでも唯織は目の前の化け物からクラスのみんなを逃がそうと必死に藻掻くと目の前の化け物は笑みを浮かべた。
「…ふぅん…?イオリ、あなた相当いいわね?この状況で自分より他人を優先できるなんて……本当に優しいのね?ならこれでもまだ自分より他人を優先できるかしら?」
「っ!?!?!?」
化け物の体から得体の知れない…濃密すぎて息が出来ない程の濃密な黒い何かが噴き出し、唯織の体を化け物の何かが蹂躙していく。
「み…にげ…」
どんどん視野が狭まり、意識が遠のいていく中…それでも唯織はクラスのみんなを逃がす為にそう口にして意識を手放し…
「へぇ…?ほんっとうにいい子で優しいわねイオリ」
「っ!?がはっ…!はぁっ…はっ…」
後半秒でも遅ければ意識を手放していた唯織は目の前の化け物が笑みを浮かべながら自分を開放した事に驚きつつもクラスのみんなを庇う様に体を盾にする。
「み…みんな…逃げ…」
「…大丈夫よイオリ。私は別にあなた達を殺そうなんてしないわよ」
「「「「っ!?」」」」
「…」
化け物の言葉に後ろに庇ったメイリリーナ、シャルロット、リーチェ、テッタは驚きを露わにするが…シルヴィアだけは唯織を愛おしそうに見つめるだけだった。
「そんなの…信じられるか…!!」
「あら、本当よ?もし私が殺すつもりなら一瞬で殺せる事ぐらい…イオリなら今のでわかるでしょう?」
「っ…何が目的だ…!!」
「目的?私はあなた達の担任よ?あなた達を成長させるのが私の目的だわ」
「……」
目の前の化け物は確かに殺気もないし嘘を付いているようにも思えない…だけど唯織は化け物の危険性を正確に把握しているが故に警戒を解く事も出来なかった。
だが…
「だからほら、アリクイみたいになってないで警戒を解いてちょうだい」
「ぶふっ!…あっははははははは!!!アリア先生…!!ぷははははは!!!」
「「「「「…?」」」」」
アリアの言葉でシルヴィアは笑い出し、唯織達は何故シルヴィアが笑っているのかわからなかった…。