報連相
「なぁ知ってるか?最近辻斬りならぬ辻治しが出るらしいぞ?」
「はぁ?辻治し?何だよそれ?」
「いや…なんか怪我とかすっと勝手に怪我が治るんだってよ」
「はぁぁ…?わけわかんねーよそっ!?いっつぅ…爪が割れちった…」
「おいおい何やってんだよ…」
造りかけの建物の前、息も白く雪が降って積もっているのにも関わらず大粒な汗を流し上半身を露出している大柄な男二人が木に金槌を打ち付け最近王都ラーウィスで噂になっている辻治しの話をしていた時…
「はぁぁ…えーっと何だっけ?辻治しだっけか?辻治しさーん、この爪治してくださぁ~い…っつってな?」
「ははは!信じてねーのに都合いいやっちゃなぁ!…っと、わりぃわりぃ、道塞いじまったな」
「大丈夫です。…指、お大事に」
「お…おう…?」
真っ黒のローブを目深に被った人物が二人の間を通り過ぎた。
「…不気味なやつだな?」
「…お、おい!!」
「あぁ?どうした?」
「み、見ろよ俺の爪…」
「…治ってる。…マジもんの辻治しだ」
………
(最近辻治しの噂が広まってるなぁ…だいぶこの魔法も慣れてきたし続けすぎると回復屋さんとか病院が迷惑するだろうからそろそろ辞めようかな…正体がバレても困るし…)
黒ローブの中身…唯織は回復魔法改め自己流で編み出した復元魔法を使い王都ですれ違う怪我人を片っ端から治していたがあまりにも噂が広がっている事に苦笑していた。
(アリア先生はあれから全く帰って来ないし…教室に行ってもみんなと顔を合わせ辛いし…師匠…シルヴィとは喧嘩したままだし…)
アリアがまた帰って来なくなってから三ヶ月…季節は夏から冬、一年の終わり際へと変わり、黒いローブの上から肩に積もった白い雪を払った唯織は…
(…?狙われてる?まさか回復屋さんとか病院の関係者…?辞めるのが遅くて恨みを買っちゃったかな…とにかく正体がバレない様に姿をくらまして辻治しを引退しないと…)
何処からか自分を狙う視線に気づき路地裏へと姿を消した…。
■
「…あれは絶対にユイ君ですね」
「うん…あれは絶対にイオリだね」
真っ黒のローブを被る人物が二人の男の間を通り抜けた後、男達が指が治ったとはしゃぎだしたのを見たリーチェとテッタは黒ローブが唯織だと見抜き真っ白のローブを目深に被って後を追うと…
「っ!?路地裏に!」
「気付かれた!?」
「わかりません!行きますよ!」
「うん!」
肩に積もった雪を払いながら路地裏に消えた唯織を見逃さない様にリーチェとテッタはすかさず近寄るが路地裏には誰もいなかった。
「…逃げられましたね」
「うー…このままイオリを探す?それとも一回リーナ達に辻治しがイオリだったって報告しに戻る?」
「そうですね…集合場所と時間は決めてますしその時でいいでしょう。その時間までは一旦私達でユイ君を探しましょう」
「わかった。…はぁ…イオリは何処にいるんだろ…」
「シルヴィと喧嘩してから一度も寮にも教室にも顔を出してませんからね…サバイバル能力が高いと何処でも生きれてしまうから探すのが大変ですね…」
「確かに………あ、こんな時にイオリの血があれば…」
「…?ユイ君の血がどうかしたんですか?」
「実は…僕のアンドロメダ、ランさんに作ってもらった武器なんだけど血を与えるとその人を追跡する能力があって…」
「なるほど…それでユイ君の血ですか…ですがただの喧嘩でそこまでしなくてもいいと思いますよ?」
「…そうだよね。とりあえず今はイオリを探しにいこっか…」
「ですね」
白い雪に紛れる様に真っ白のローブを直したリーチェとテッタは唯織を探す為に歩き出す…。
■
「まったく…素直に謝っていればこんな事にならなかったんじゃないんですの?」
「うう…だってぇ…」
「だってじゃないでしょ…?確かにイオリ君が死んじゃうかも知れないっていうリスクがあったけどアリア先生は私達の為に選択肢を用意してくれただけなのにあんな言い方し続ければ誰だって怒るよ…私も少しムカついてたし」
「だってぇ…」
リーチェ達と同じく真っ白のローブを目深に被るメイリリーナ、シャルロット、シルヴィアは王都が見渡せる時計塔の上で唯織がいないか探しているのだが…
「いおりんをこーーーーんな小さい時から育ててきたんだよ?死ぬかも知れないって言われれば怒るに決まってんじゃん!」
「イオリさんは豆ですか…ですから、アリア先生は『まずあなた達の誤解を生まない様に先に言うけれど、この件に関してはあなた達に強要するつもりも全く無いし私が解決するべきだと思っているわ。あなた達だけで解決する場合の方法を今伝えているって言う事を忘れないでちょうだいね』…って言ってましたわよ?」
「わっ!リーナ、アリア先生の真似うまい!仕草もそっくり!」
「シャル…茶化さないでくださいまし」
「あはは…でも誤解が無いように先に言ってたのにそれをアリア先生が帰って来ないねって話の度に『いおりんが死ぬかもしれない事を提案するあんな奴知らない!!』…って言ってたら…ねぇ?」
「シャル…あなたの方が似てますわよ…」
「うう…だってぇ…それだけいおりんが大切なんだよ!?万が一でも許せないんだよ!」
「でもイオリ君はそれでもティリアちゃんの事を私達の手で救いたかったんだよ…?」
「…」
「まさかあのイオリさんがあそこまで怒るとは思いませんでしたが…何か思う所があったんでしょうね」
「…」
教室での唯織とシルヴィアの壮絶な喧嘩を思い出したメイリリーナとシャルロットは小さく身体を震わせて息を吐き捨てる。
「…シルヴィ?もうイオリさんとアリア先生に謝る言葉は用意しているんですの?」
「う…」
「用意しておかないとイオリ君を見つけた時に混乱するよ?」
「…わかってるよ」
「「…」」
伝説の勇者とは思えない程に拗ねているシルヴィアをじっとりと見つめた二人は言葉を交わさなくてもシルヴィアを放置し王都を見渡す。
「そういえばシャル?最近噂になっている辻治しは知ってまして?」
「あー…怪我をしたら勝手に治るってやつ?」
「ですわ。…その噂が立ち始めた時期とわたくし達がこちらに帰ってきた時期…一緒じゃありません?」
「…もしかして辻治しがイオリ君って事?でも、回復魔法はかすり傷を治せるぐらいだって言ってなかった?」
「だから辻治しで練習していると考えられますわよ?」
「…確かに」
「別に怪我を治しているだけで悪いと言いませんが…回復屋や病院関係はよく思わないかも知れませんわ。もし、イオリさんが辻治しならそろそろ辞めさせなければ…」
「面倒な事になっちゃうね…なら今日中に…?」
「どうしましたのシャル?」
「あの目立つ黒…屋根ぴょんぴょんしてるの見える…?」
「…目立ちますわね」
シャルロットの指差す先を見ると真っ白な雪景色に真っ黒の何かが屋根を飛び跳ねているのを見つけたメイリリーナは…
「…犯罪的な何かを感じますわね。わたくし達であれを捕まえますわよ!」
「えっ!?あ、リーナ!?…もう!!シルヴィいくよ!!」
「えええ…別にどうでも『いいから行くよ!』うぇ~…」
時計塔から飛び降り追いかける様にシャルロットもシルヴィアの腕を掴み強引に飛び降りた…。
■
「視線はもう感じない…か」
屋根を飛び跳ね監視を振り切った唯織が上から人通りのない道を探していると…
「何処か人通りの無い場所できがえっ!?!?」
屋根に着地する瞬間、こめかみを正確に狙った雷の槍を仰け反って躱しそのまま雪の上を寝そべって滑る様に建物の影へと落ちる。
(やばい…かなりの手練れだ…!)
屋根から落ちながら雷の槍が撃ち込まれた方向を見つめ次の攻撃に備えてトレーフルを構えると…
「逃がしませんわ!!!」
「ぐっ!?」
雷の槍が放たれた逆方向から建物の壁をまるで地面の様に走ってくる真っ白のローブが急所を的確に狙った細剣の突きを唯織はトレーフルの腹を盾にして防ぎそのまま吹き飛び距離を取る。
(何だこの力…!本当にヤバいかも知れない…!!)
吹き飛びながら建物の壁にトレーフルを突き刺して壁に斬り込みを入れながらも衝撃を殺した唯織はすかさず壁に復元魔法をかけて直し壁と壁の間を跳ねながら逃げて行くが…
「そっちに行きましたわ!!」
「了解!!逃がさないよ!!」
「っ!?」
建物の影から突きを放った者と同じ白ローブが飛び出しこちらの退路を防ぐ様に土の壁が目の前にそびえたつ。
(魔法の構築も早いし規模も大きい…!)
「「捕まえましたわ!!」」
(このまま破壊して逃げてもいいけどこの奥は大通りに繋がる通路…被害が出るかもしれない…)
「さぁ観念して大人しく捕まった方が身の為ですわよ?」
「逃げたという事は何かやましい事がある証拠!しっかり調べさせてもらいます!」
(えぇっ!?別にやましい事…やっぱり回復屋か病院関係か…捕まったら学園に迷惑がかかる…こうなったら無理やり…いや、怪我をさせたらそれこそダメだ…どうしよう…)
前と後ろからじりじりと距離を詰めてくる白ローブに焦りを感じつつどう穏便に抜け出そうかと考えていると…
「二人ともまだ捕まえてないの?こんなのこうしちゃえばいいじゃん」
「「っ!?」」
三人目の白ローブが気だるげな声と共に唯織を氷の棺へと閉じ込める。
(閉じ込められたけど逆にこれはチャンスだ…!)
「―――!」
「――!!」
「―――――」
閉じ込められ声が上手く聞こえないがどんどん近づいてくる気配を感じ…氷の棺に誰かが触れた瞬間、
(ここだ!!)
「「「わぁっ!?」」」
両手から高温の炎を生み出し一瞬で氷の棺を溶かし周囲の雪すらも溶かしつくすと辺り一面が湯気で覆い尽くされていく。
「くっ!?目くらましですの!?」
「全然見えない!!」
「ええー!?あの氷溶かせるの!?」
メイリリーナとシルヴィアが腕を振り湯気を風で巻き上げ視界が晴れるとそこにはもう黒ローブの姿は無くなっていた。
「…逃げられましたわ」
「ねぇリーナ…これまずくない…?これだけ魔法が使える犯罪者を逃がしたら警戒されて見つけにくくなるんじゃ…」
「ていうか…私のあの氷を溶かせる時点で結構ヤバイ相手だよ。あの氷の棺は閉じ込められた瞬間に相手を仮死状態にして動けなくする魔法だったんだけど…普通に破られた。普通の犯罪者じゃないよあいつ…もしかしたら魔族かも知んない…」
「「魔族!?」」
黒ローブの正体が魔族かも知れないという事に三人が表情を曇らせ野放しにしたら王都がどうなるのか考えていると…
「みんな!!何があったの!?」
「この状況…どうしたんですか?」
テッタとリーチェが屋根から飛び降りメイリリーナ達と合流した。
「…この王都に魔族がいるんですわ」
「「ええっ!?」」
「さっきまでその魔族を三人で追い詰めたんだけど逃げられちゃって…」
「私の魔法を破ったから多分かなり高位の魔族かも知れない…このまま放置すると王都が危ないかも」
「「えええっ!?!?」」
「これはお父様に知らせて王国騎士団を動かした方がいいかもしれませんわね…」
「いや、正直言って騎士団レベルだと被害が大きくなるから私達だけでやる方がいいよ」
「そうなんだ…せっかくイオリを見つけたのに魔族がいるかもしれないんだったらそっちを優先した方がいいよね…」
「ですね…ユイ君は一旦後回しで魔族を見つけた方がいいですね。ちなみにその魔族の特徴は?」
「え?イオリ君見つかったの?…ええっと、真っ黒のローブをすっぽり被ってて顔とか特徴とかは…」
「「え…?」」
「体術もかなり使えましたわ。わたくしの突きを空中で防ぎましたわ」
「「……」」
「私の魔法も破るぐらいだから魔法もかなりの腕だね」
「…黒ローブで体術も凄くて魔法も凄かったんだよね…?リーチェ…?」
「…あの、三人とも?その黒ローブ…ユイ君だと思うんですけど…」
「「「…え?」」」
「実は僕達も黒ローブを追いかけてたんだけど追いかけてる最中に指を怪我した男の人を治してて最近噂になっている辻治しがイオリだってわかったんだけど…」
「…そ、そういえば壁を壊していたのに何故か直してましたわね…」
「それに皆さん怪我をしてませんよね?それ程の手練れなら三人の誰かを傷つけて強引に逃げる事も出来たんじゃないでしょうか…?」
「…確かに。あれだけ強かったのに私のアースウォールを壊さなかったし…壊して逃げる事も出来た筈…」
「この壁の向こうって確か大通りに繋がる道で結構人通り多かったよね?それがわかって壊さなかったんだったら…」
「…え?あの黒ローブ…いおりんだったの…?」
「「「「……」」」」




