巻き戻しと復元
「さてと…ウォルビス?」
「なん…はい、何でしょうか…?」
「別に喋りやすい話し方でいいわよ」
「そうか…」
唯織達を王都へ返した後、アリアとユリはウォルビスとティリアを交えて四人でテーブルを囲み話の続きをしていた。
「で…?ティリアちゃんって何者なわけ?」
「…アトラス海王国国王オーバルセル・アトラスの妾だったアミュカの娘…ティリア・アトラス王女だ」
「うぇ!?マジっすか!?」
「…そうなの?ティリアちゃん」
「…」
ティリアの正体…それが王の妾の娘だという事に目を丸くしたアリアとユリは自然とティリアに視線が向き…ティリアは小さく頷く。
「…じゃあ、あんたは何者なのよ?」
「俺は……アミュカと同じパーティにいた冒険者だ」
「……はぁぁ…」
「…うあっちゃぁ…こりゃぁ…厄介な事になりそうっすねぇ……」
「ねぇ、あんた?私にこの事を伝えずにティリアちゃんを私に預けようとしたわけ?」
「……すまない。話を聞けば絶対に断られると思って…」
「あんたねぇ……っはぁ……」
「俺はSランクにもなれなかったAランク冒険者だった!Sランク冒険者を六人も引き連れていたアリアさんはSSランクなんだろ!?」
「…私もユリもSSSランクよ」
「SSSランク!?!?な、なら尚更…!!依頼料は一生を賭けて支払う!!何なら俺をアリアさん達の奴隷にしてくれてもいい!!だからティリアを『っざけんじゃないわよ!!!!』っ!?」
「おっとティリアっちあぶないっすー」
「!?」
テーブルに拳を振り下ろし砕いたアリアはウォルビスの胸倉を掴み上げて睨みだけで人が殺せるんじゃないかと言うほどの視線をウォルビスにぶつける。
「あんたねぇ…!?唯織達が頑張って救った命をそんな軽々しく扱ってんじゃないわよ!!!!」
「ぐぅっ!?」
「あんたはまたそうやってティリアちゃんの気持ちを蔑ろにし『アリアっち落ち着くっす!!ティリアちゃんの前っすよ!?』っ…チッ」
「ぐ…」
ユリに止められ投げ捨てる様に椅子の上にウォルビスを落としたアリアは変わらず睨みつけながら問う。
「次…下手な事言ったらわかるわよね?」
「…すまない…げほっ…」
「…で、王女であるティリアちゃんが何故こんな状態になってるのか教えてちょうだい」
「ああ…だが、それを説明する前にアリアさんは…水人族、マーマンとマーメイについて何処まで…?」
「マーマンは男の水人族、マーメイは女の水人族。水人族ではマーマンは生まれにくく、マーメイが生まれやすくて男女比は0.8対9.2…1を下回る人数しかいないから一夫多妻制は普通でマーマンは国の中枢に置かれ子供を作る事が義務付けられている。国の事情もあらかた調べてはいるけれどこんなもんでいいかしら?」
「そうだ…そして話の流れでもうわかるかもしれないがアミュカはマーメイ…そんな国が嫌で一人で国を出てきたらしいんだ」
「まぁそういうマーメイも多いって聞くわね」
「ああ…それから俺は冒険者の繋がりで何度か臨時パーティを組んで依頼をこなしていくうちに固定パーティを組む様になったんだが…しばらくした時、アミュカはSランク、俺はSランクに成り損なっちまったんだ」
「…それで?」
「アミュカがSランクになれば知名度も上がる…それが不幸な事にアトラス海王国のオーバルセル・アトラスの耳に入っちまったんだ…」
「…」
「一緒に抵抗したんだが大勢に囲まれてどうしようもなくて…アミュカは国のお偉いさんに連れてかれちまった…」
「…続けてちょうだい」
「俺はその抵抗した時に背中を大きく斬られちまって冒険者を引退してこの村に身を置いた時…アミュカから一枚の手紙が届いたんだ」
「アミュカから手紙…?」
「ああ…最初はあの時仕留めそこなった俺を殺す為の罠なんじゃないかって思ったんだが中を見たらアミュカの字だったんだ。何度も依頼書に字を書いていたのを見ていたから間違えるはずはねぇ…それで手紙の中身は他愛ない内容が書かれていたんだが俺達が依頼をこなす時に使っていた暗号化された手紙だったんだ」
「内容はお察しね…」
「…娘のティリアを助けて…だった」
「「「……」」」
そこまで話すとティリアは声も無く大粒の涙をボロボロと膝に落とし始める…。
「でもちょっと待ってちょうだい。あんたはどうやってティリアを助けたのよ?それよりアミュカがどうなってるのかわかるのかしら?」
「…その手紙にはティリアは他国来た奴隷商に連れていかれる事とその日時も書いてあった…だから俺は馬車が国を出た時を襲撃して攫ったんだ。その時にはもうティリアは…アミュカはもう生きていない…ティリアがそう…」
「…」
「…そう、あらかた事情はわかったわ」
「…!ならティリアを『その話は後よ』っ…」
「まずはティリアちゃんの身体を治すわ。ティリアちゃんもあんたに言いたい事があるだろうし…とりあえず、あんたはこの部屋から出て行ってちょうだい」
「え…?」
「ティリアちゃんを脱がすのに男のあんたに見せるわけないでしょう!?さっさと出て行きなさい!」
「い、いや…!?俺はティリアの世話をしていたぞ!?今更『いいから出てけ!!』ぐあっ!!」
ウォルビスを部屋から閉め出しユリの腕の中で泣き続けているティリアをベッドに寝かせるとアリアは枕元に腰を下ろす。
「ねぇティリアちゃん?今からあなたの身体を治すけれど…身体、見ていいかしら?」
「……」
「じゃあ、姿を偽ってるこの耳飾りを一旦預かるわよ…」
「…」
小さく頷くティリアの耳から金色の耳飾りを外しゆっくり服を脱がせていくと肩から腕、脇腹から太ももにかけて青いボロボロの鱗と唯織程ではないが傷ついた身体が露わになっていく。
「さてと…どうしましょうかね…」
「ちゃちゃっと時間を戻すんじゃダメなんっすか?」
「ダメに決まってるでしょう?傷つく前まで時間を戻したら身体が赤ん坊になるかもしれないわ。…見た感じ、回復魔法でどうにかなるレベルじゃないし…仕方ない、少し身体の記憶を遡ってみるしかないわね」
どうやってティリアの身体を治そうか悩んだアリアが両眼に意識を集中させると瞳に時計と四角い箱の様な模様が浮き出し光を帯びて行く。
(これは…かなり幼い時に傷つけられた様ね…回復魔法があるせいで幼い時にこんな怪我をさせても生かす事が出来る…ほんっとクソね…)
「眼…大丈夫っすか?」
「…ごめんユリ、今は話しかけないで」
「りょうかいっす」
(傷つけられた後は牢屋で幽閉で穢されてはない…わね。でも何故生かし続けた…?何故奴隷として売ろうとした…?これは念のために一旦ユリに探ってもらった方がいいかしらね…)
ティリアの記憶ではなく身体の記憶…今まで経験してきた記憶を全て漁ったアリアはゆっくりと痛む目を閉じて息を吐く。
「ふぅ…大体わかったわ」
「そっすか…血、失礼するっす」
「…あら、悪いわね」
アリアの両目から流れた血を集めたユリはそのまま血の球を口に投げ込み飴玉の様に転がしながら半天半魔の姿に変わったアリアを見つめる。
「なんか手伝う事あるっすか?」
「大丈夫よ。ティリアちゃんの傷ついた部分を傷ついていない子供の時の状態に戻してそのまま今の年齢までその部分を成長させるわ」
「相変わらずえぐいっすねぇ…その両眼」
「えぐい便利さに釣り合う程のえぐい代償があるのを忘れてないかしら?」
「っすねぇ…使い過ぎたら両眼がパーンっすもんね」
「しかも今回は数秒とかじゃなく年単位…ここまで時間を戻したり進めたりするのは初めてだからしばらく視力を失うか破裂する可能性がある…そうなったら任せるわよユリ」
「…っす」
少し悲しそうな笑みを浮かべながら返事したユリから笑みで視線を外すとベッドに横たわっていたティリアが二人の話を聞いていたからか心配そうに身体を起こしていた。
「…ふふっ、心配しなくて大丈夫よティリアちゃん。だから少し眠っててちょうだい」
「……」
ティリアの顔の前に手を翳すとティリアの身体から力が抜けてベッドに倒れ込み…
「さて…やるわよ…!!!」
息が出来ない程の濃密な魔力がアリアの身体から吹き出し部屋を満たしていく…。
■
「すぅぅぅ…はぁぁぁ………」
レ・ラーウィス学園の誰もいない屋上…唯織は手すりの上に立っていた。
(回復魔法か…僕のこの身体の傷は古傷としてもう自分の身体の一部になっているから治すつもりもないけど普通の魔法では治せない…でもアリア先生は治せると言った。そもそも回復魔法は自分の身体の再生能力を魔法によって強制的に高めて治癒させる魔法…だから失った腕や脚を生やすなんて出来ない…でも決闘の時もアリア先生は腕の一本や二本どうって事ないって言ってた。何でアリア先生は失った腕や脚を治せる…?透明の僕ならアリア先生と同じ回復魔法が使えるのかな…?僕とアリア先生の違いは…?)
ティリアを救えず教室に強制的に返されてしまった事がずっと引っかかっている唯織は一人でずっと回復魔法について考えていた。
(魔法はイメージ…アリア先生と師匠の言葉…怪我が治るイメージ?腕や脚が生えるイメージ?古傷が無くなるイメージ…?にょきにょき…?キノコ…?いやいやキノコと人の身体は全然違うし……全然違う…?何で全然違う…?あれ…?キノコってどうやって出来てるんだ…?人の身体ってどうやって出来てるんだ…?)
色んな物がどうやって出来ているのかが気になり始め手すりに腰を下ろしてうんうん頭を悩ませていると小さな悲鳴が上がる。
「いたっ!?」
「っ!?…だ、大丈夫ですか?」
校庭で授業をしていたクラスの誰かが校庭に寝そべっているのに気付き屋上から飛び降りてその人に駆け寄っていく。
「え…?ひっ!?し、死神!?」
「えっ!?死神ですか!?どこですか!?」
「あなたの事よ!?」
「え!?僕ですか!?」
「他に誰がいるの!?」
「誰かいるんですか!?」
「いやなに言って…っぅ~…」
「あ…大丈夫ですか…?」
自分が死神と言われている事に驚きつつも女子の脚を見ると膝から血が出て痛そうに庇っていた。
「すみません、少し脚を見せてもらいます」
「えっ!?むしょ…透明のあなたが治せるわけないでしょう!?」
「いいから動かないでください」
「っ!?」
真剣な表情で徐に怪我をしている女子の脚を持ち上げて水の球と淡く緑に光る球を指先に創り出した唯織は水の球で傷口を綺麗に洗い、淡く光る球を傷口に当て…
(イメージ…傷が塞がるイメージ…でもそれだと傷痕が残るかも知れない…)
なかった。
「え…?え…?な、何…?」
(違う…傷が塞がるイメージじゃない…もっとこう…埋まる…?)
「…え?何してるの?」
(割れた皿を合わせてヒビを埋める様な…塞ぐ…埋める…割れた皿が…繋がる…!そうだ繋がるんだ!!)
「ちょ…流石に離してくれない!?保健室に行かないと傷痕が残っちゃうかも知れないでしょ!?」
(回復魔法は身体の再生能力を強制的に高める…それは皿に例えれば割れて無くなった破片を作り出すのと同じ…だからイメージは怪我をして擦りむいた事によって失った身体の一部を生み出してその一部を身体に同じ様に繋げて流れて失った血液を元通りにするイメージ…!回復魔法じゃなく…復元魔法!!)
「ちょ、ちょっと『黙って!!』っ!?」
脚を持ち上げられながら叫ぶ女子に声を荒げた唯織は指先に淡く緑に光る球…ではなく、虹色に輝く光の球を創り出してゆっくりと傷口をなぞり…
「……………出来た」
「へ…?」
「さっきは声を荒げてごめんね…?膝、まだ痛む?」
「え…!?う、うそ!?痛くないし傷も無い!?」
痛みすらなく怪我した事実が無かったかのように白い無傷の脚に戻っていた。
「治ったならよかった…ずっと脚掴んじゃってごめんね?それじゃあね」
「あちょ!?……な、何なの…?無色って魔法が使えないんじゃないの…?」
怪我をした女子の言葉も聞かず高く飛びあがり屋上へと戻ってきた唯織は…
「ふふ…回復魔法じゃなくて復元魔法…もっと練習を重ねて自分の物にしなくちゃ…!」
ナイフケースからトレーフルを抜いて手袋から解放された傷だらけの指先を浅く傷つけて練習を始める…。