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第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第二章 友情
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汗と思い出と傷と涙と

 





「こんなお風呂初めてですわ…」


「汗が凄い出る…これなら早く集まりそう」


「そうですわね…呪いを解く為にも汗を集めますわよ」



 サウナで全身から汗を滴らせるメイリリーナとシャルロットは自分達の体をタオルで拭い濡れたタオルを桶の上で絞りながら順調に汗を溜めていた。



「それにしても流石に暑いですわね…」


「うん…飲み物を用意して置けばよかったね…」


「…冷たい物が飲みたいですわ」


「でもこの中だとすぐに熱くなっちゃいそう…」


「そうですわね…」


「うん…」


「…」


「…」



 徐々に暑さで言葉数が少なくなってきた二人が黙々と桶に汗を集め続けていると熱が籠ったサウナの中に少しだけ涼しい風が吹き扉が閉まる音がする。



「ほら、冷えた飲み物よ。何も飲まずに汗をかいてたらぶっ倒れるわよ?」


「「…」」


「いつまで拗ねてんのよ…早く飲みなさい」


「「…」」



 バスタオルをしっかりと巻いたアリアが暑いサウナの中にも関わらず冷気を出し続けるコップを差し出しても二人は顔を背けるだけで一向に受け取る気配は無く…



「…あっそ、なら用件だけ伝えるわ。私、自分の事を異世界人だって言ったわよね?その異世界で私は魔族を含めた全種族が幸せに暮らす一国の国王で魔王。ちなみにユリはサキュバスと吸血鬼のハーフの魔族で私の嫁で王妃。ランも王妃だしムゥ達は神龍。そして私、半天半魔の魔神なの」


「「……………は?」」



 まるで伝言を残すような軽さで今まで秘密にしてきた自分の事を伝えたアリアがパチンと指を鳴らすとアリアの真っ白な背中から白黒の髪色に倣うようにして天使の羽と悪魔の羽が生え、頭には悪魔の禍々しい角と神々しい天使の輪が現れる。



「これが証拠よ。テッタとリーチェにはユリ…本当の名前はユリアンナって言うのだけれどユリが私の秘密を伝えてるはずだからリーナとシャルにも伝えないと不公平だと思ったから話をしたかっただけ。それじゃあ汗集め頑張ってちょうだい」



 もう一度パチンと指を鳴らして背中の羽と頭の輪っかと角を消したアリアは呆けているメイリリーナとシャルロットの膝に飲み物を置きサウナを出て行く。



「「……………()?ちょちょちょっと待ってくださいまし(待ってください)!!」」



 数拍遅れて現実に帰ってきた二人は即座に扉を開けて浴室を出て行こうとするアリアの手を掴むと気だるげな声が浴室に響く。



「…何よ?」


「…何よ?じゃありませんわよ!!王で魔王ってどういう事ですの!?」


「さっきの天使の羽と悪魔の羽は何なんですか!?それに魔神ってアリア先生は神様なんですか!?」


「…さっきまで無視を決め込んでいた癖に随分な心変わりね?」


「「うっ…」」


「…まぁいいわ。何でも答えてあげるからさっさとサウナに戻りなさい。あの桶が満タンになるぐらい溜めないといけないんだから」


「「はい…」」



 そして三人でサウナに戻ると…



「…最初からやり直しみたいね?」


「「………」」



 ひっくり返った桶がそこにはあった…。





 ■





「…てな感じでアリアっち…魔王様はずっとこっちの世界に居られないんっすよ」


「だからいつか別れる…ですか…」


「そうだったんだ…」



 強烈な風を真っ赤な狼の背に乗りながら感じるリーチェとテッタはユリから聞かされたアリアの秘密を反芻していた。



「だからあたし的には出来るなら拗ねてる時間をいつか元の世界に帰ってしまう魔王様との思い出作りに当てて欲しいんっすよ」


「「…」」


「…でも無理にとは言わないっすよ?思い出の数だけ別れる時は悲しくて辛くて苦しいっすし、そんな思いをしたくないならただ知識を教えてくれる先生として接すればいいっす。そこはリーチェっちとテッタっちに任せるっすけど…まっ、限られた時間をどう使うのはみんなの自由っすからこれ以上はあたしからは何も言わないっすわ」



 言いたい事を言い終えたユリは更に真っ赤な狼の速度を上げて目的地である迷いの森へと向かって行くと強く鳴る風の音に紛れて声が聞こえてくる。



「…リさん!ユリさん!!」


「んあ?どうしたっすかテッタっち?」


「もしユリさんが僕達の立場だったらどうしますか!?」



 テッタの問いにユリは狼の速度を落として顎に指を当てながら考え…身体を後ろに乗る二人に向けて問いに答えだす。



「…んー、そっすねぇ…あたしなら思い出を作りまくるっすね」


「でもそれは…悲しくて辛くて苦しくなるんですよね?どうしてなんですか?」


「なら逆にリーチェっちに問うっすけど、別れの時が来たら今まで楽しかった全ての思い出が最悪な物に変わっちゃうんっすか?例えばっすけど両親が寿命で死んだとして今まで育ててくれた思い出は全部最悪な物になっちゃうんっすか?リーチェっちは」


「それは…」



 ユリの問いに俯いてしまうリーチェだったがユリは笑みを浮かべて自論を披露する。



「結局はどうやって別れるかが大切なんっすよ。喧嘩別れなら今までの楽しかった思い出はその人への怒りや後悔で最悪な物になるっすし、お互いがいい思い出を持った状態で別れたのならいい思い出になって思い出す度に悲しくて辛くて苦しくなるっすけどよかったなって思えると思うんっすよ」


「…よく…わかりません…」


「まぁまだ経験してないんっすからそうっすよね。他人にあーだこーだ言われた所でわかんないんっすよ。結局は自分がその人といい思い出をいっぱい作りたいか作りたくないかっす!あたしは悲しくて辛くて苦しくなってもそれをかき消せるほどの思い出を作って作って作りまくってかけがえのない時間を大切にしたいっすからいっぱい思い出を作るっす!だから二人も自分が大人になった時後悔しない様にしとくといいっすよ?あの時もっとこうしておけばよかったって言うのは一生の傷になるっすからね」


「「はい…」」



 口調とは裏腹に色んな事を経験したのだろうと思わせるユリの自論はリーチェとテッタに色んな事を考えさせたのか二人は迷いの森へ着くまで一言も言葉を発さなかった…。





 ■





「ねぇシルヴィ!?こんな感じでいいの!?」


「いい感じ!もう少し魔力を流しても余裕ありそう!」


「わかった!!」


「おおー!!!」



 爆煙としか例え様の無い程の土埃を生み出し台風としか例え様の無い強風を受けながら唯織と詩織…銀髪碧眼に戻ったシルヴィアは運転を交代して全速力で走る時とは比べ物にならない程の速度でカラ砂漠へと移動していた。



「ねぇいおりん!学園卒業したらどうするの!?」


「んー!テッタと冒険者になって旅をするのもいいかなって話したよ!」


「そうなんだ!」


「よかったらシルヴィも一緒に旅する!?」


「んー!考えとく!」


「そっか!」



 唯織の後ろから腰を抱きしめる様に腕を伸ばしたシルヴィアは自分の正体を隠す必要が無くなった反動か唯織の背中に頬擦りをしつつ存在を確かめると耳元に顔を近づけて問う。



「いおりん?」


「ん?」


「…復讐はどうするの?」


「………するよ」


「…じゃあ奴隷印は?アリアちゃんから聞いたけど…私が契約書取ってくる?」


「…それも自分で何とかする」


「…私の手伝いは…いらない?」


「…うん。全部僕の手でやるよ」


「そっか…あのさ?身体の傷…私は回復魔法が苦手だったからいっぱい傷痕を残しちゃったんだけど…アリアちゃんなら綺麗に消せると思うんだ。…だから身体の傷痕だけでも…消さない?」


「…いえ、この傷は僕に復讐を忘れさせない為の呪いで…師匠と僕が出会えた幸せの傷です。だからこの傷痕は絶対に消しません。…このお腹の奴隷印だけは絶対に消したいですけどね?」


「…そっか…この傷痕に復讐以外の思いがあるんだったらよかった…」


「…はい」



 唯織の服の上から隠された凄惨な傷痕を恨めしそうに…しかし愛おしそうに撫でたシルヴィアは目を閉じて背中に身体を預けると重厚な音と共にバイクは加速していくのだった…。





 ■





「…で?もう聞きたい事は無いかしら?」


「…はい、これまでのご無礼大変申し訳ございませんでした…」


「神様…申し訳ございません…」


「リーナ…一国の王女として他国の王へのそれは正しいかも知れないけれど私はこの世界の国王でもないしあなた達の先生よ。シャルもそう言うのはやめなさい。…ったく、だからあんまり言いたくなかったのよ…」


「「…」」



 アリアの秘密を聞いたメイリリーナとシャルロットの態度は怯える様なものになりアリアは少し悲し気な表情を浮かべながら苛立たし気に小さく愚痴る。



「…そう言う事だから私はもう戻るわね。汗集め頑張ってちょうだい」



 どれだけ時間を空けても一言も喋らなくなった二人から逃げる様にサウナの扉に手をかけたアリアだったが…



「ま、待ってくださいまし…」


「…何かしら?」


「い…いつ元の世界に帰るんですの…?」


「あなた達がレ・ラーウィス学園を卒業する頃…かしら」


「そうなんですのね…」



 やっと喋りだしたメイリリーナの為に流れる汗を拭い湿った前髪をかきあげながらもう一度腰を下ろす。



「あの…神様…アリア先生は元の世界に帰った後…もうこの世界には帰って来ないんですか…?」


「そうねぇ…正直に言うなら世界の行き来をするのに莫大って言葉が生ぬるい程の魔力が必要なのよ。例えるならシャルの全魔力が1だとするでしょう?」


「は、はい」


「1000以上の魔力が必要になるのよ…片道500程。一人に付きね?」


「「っ!?」」


「ちなみにシャルとリーナの魔力量をそこらの人と比べた場合、比較出来ないほどの差が開いているの。一般の人を基準にしてたら数万、もしかしたら数十万でも足りない程の魔力を使うのよ。しかもそんなポンポン世界を行き来しているとこの世界を見守ってる神様が…ねぇ?怒っちゃうのよ」


「え…!?ほ、本物の神様に会ったんですか!?」


「今シャルの目の前にも一応神様がいるでしょうに…流石に別世界の神が遠慮なしに自分の庭で好き勝手してたらイライラするでしょう?目を付けられない様に頑張ってるのよこれでもね」


「そ、そうなんですか…確かにそれなら気軽には…」


「という事でまた来れるなんて曖昧な約束が出来ないのよ。…わかってくれるかしら?」


「…はい…」



 そう言うと二人は俯き震え始めるが…メイリリーナが勢いよく顔を上げて詰め寄ってくる。



「…!あ、アリア先生!!」


「っ!?な、何よ?どうしたのよ?」


「いつか居なくなると言うのならアリア先生の全てをわたくしに教えてくださいまし!!」


「は…?え?ど、どういう事よ?」


「そのまんまの意味ですわ!魔法の技術や王としての考え、戦いから政治とありとあらゆるアリア先生の知識!経験!嫌いな物から好きな物!その全てをわたくしに教えてくださいまし!!」


「え…?ちょ、ちょっと近いわ…よ…」



 コロコロと態度が変わるメイリリーナに面を食らったアリアだったがメイリリーナの目は少し充血して目尻には汗と違う水滴が浮かんでいるのに気付く。



「な、なら私もアリア先生の何もかも!全てを教えてください!もしリーナが女王になるのなら私は公爵家の当主としてリーナを傍で支えたい!!」


「シャルも近………」



 まるで懇願する様なシャルの目も充血し目尻からは汗を伝う様に雫が流れ…



「…わかったわ。私が知りうる限り…私が持ち合わせていない知識もどうにかして全てあなた達に教えてあげるわ。だからほら、泣かないでちょうだい」


「「っ…」」



 二人の頭を自分の胸に抱き寄せたアリアは自分のタオルが汗とは違うもので濡れて行くのを感じながらすすり泣く音が止むまで頭を撫で続けた…。

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