汚れた手
「ユリは私の嫁。吸血鬼とサキュバスのハーフよ」
「えっ!?えええええええ!?!?」
「ばっ!?大声出すんじゃないわよ!?」
「むぐっ!?」
野営地にいる人達の視線が突き刺さる中、大声を上げた唯織の口を手で塞いだアリアは小声で喋り始める。
「唯織には言ったでしょう?私が異世界人でそこで王様やってて魔族も一緒に暮らしてるって」
「…ぷはっ…え、ええ…で、でもいきなり吸血鬼とサキュバスのハーフって言われたらビックリしますよ…」
「まぁ…そこは私の配慮が足りなかったわ」
落ち着きを取り戻した唯織の口から手を離し料理を一緒に作る親子の様にアリアも料理に加わってユリの事を話し始める。
「ユリはああ見えてもかなり優秀なのよ?私がいなかった二ヶ月の間、ユリの血魔法…血統魔法じゃないわよ?血を自在に操る魔法を使って全部の国の情報を集めてもらったりしたわ」
「血を自在に操る血魔法…流石に師匠からも聞いた事ありません…ん?ああ…」
包丁がまな板を叩く小気味いい音が鳴りアリアからユリの話を聞いていた唯織は自分のズボンに真っ赤なネズミが引っ付いて首を小さく振っている事に気づきこれがユリの血魔法なのかと思いつつ気付かないフリをする。
「でしょうね。正直私でも扱え…いえ、無理をすれば扱えるけれどそう便利な魔法じゃないわ。それなのに上手く使って私が思いもよらなかった事や痒い所に手が届く程の情報を勝手に調べてくれたりとかすごいのよ?」
「なるほど……」
「本当にユリには助けてもらったばかりだわ。この野営だって眷属を配置してゆっくり休める様にしてもらっているし、水浴びが出来る様に水場があるか探してもらっているし、何から何まで頼りっきりだわ」
「…本当に信頼しているんですね?」
そう唯織が言うとアリアは心底幸せそうな笑みを浮かべ今までの思い出を思い出す様にしみじみ呟く。
「当たり前じゃない。…私は一人じゃ何も出来ないわ。仲間や嫁達がいなかったら今頃死んでいるわよ。だから私は仲間や嫁達、国民の為なら何だってする…例えそれが世界を滅ぼさなくちゃいけない事でも私は笑ってすると思うわ」
「そう…ですか…」
アリアの笑み、アリアの言葉は自分が無い物を持っている羨ましさに自然と唯織の表情に影を落として食材を切る手を止めるが…
「…何しょぼくれてんのよ?唯織にも守りたい大切なものはあるでしょう?」
「…え?」
「詩織にテッタ、リーナにシャル、リーチェにシルヴィア…六人もいるじゃない。それにもっと増えるかもしれないわよ?」
「…」
「私だって最初は七人…それから一人、また一人…どんどんどんどん増えてって今や一国の主で何百万っていう守りたい人がいるわ。私は唯織じゃないし唯織も私じゃない…だからそんなしょぼくれた顔してないで唯織は唯織らしくあの子達と楽しく過ごしてなさい。きっとあなただけの大切な物が見つかるわよ」
「………そうですね。僕は僕…ですもんね」
「そうね」
他人に憧れても自分は自分…その言葉がスッと胸に落ちた唯織は止まっていた包丁をまた動かしていると後ろから顔を見なくてもニヤニヤしている事がわかる声色が聞こえる。
「アリアっち~?また随分気障な事言ってたっすねぇ~?」
「っ!?聞いてたのかしら…?」
「聞いてたっすよ~?唯織っちの脚にしがみ付いてるあたしの眷属がばっちりと!」
「…唯織?気付いてたのかしら?」
「…ええ…まぁ…」
「はぁ…まぁいいわ。ユリの事だからからかう為だけに来たわけじゃないでしょう?あの少女について何かわかったのかしら?」
「からかい甲斐がないっすねぇ~…そっすよ、あの少女はあたしらの依頼主で間違いないっすね…でもちょーっと訳ありっぽいっすよ?」
「「訳あり…?」」
依頼主である車椅子に乗った少女を訳ありと言ったユリは唯織とアリアの料理を手伝いながら小さく二人だけに聞こえる様呟く。
「…依頼主、魔道具で人間ぽく変装してんっすけど…見た感じ水人族っすね」
「水人族…マーメイって事ですか…?」
「マーメイねぇ…確か血統魔法は種族全体で精神支配…だったかしら?」
「そっすねぇ…でもあの子…ティリアっちは多分血統魔法使えないっすよ」
「あら?何でかしら?」
「……」
アリアの問いにユリは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ…自分の中にあるムカつきを吐き捨てる様にその理由を告げる。
「ティリアっち…奴隷にされかけたのか目と足が潰されて舌も切られてたっす…」
「なっ!?」
「…はぁ、この世界の事はこの世界の事って割り切っててもほんっとうに胸糞悪いわね…」
ユリの言葉にアリアはため息をつき気分が悪そうに言葉を漏らすが唯織は自分と同じ様な境遇にある水人族の依頼主…ティリアという少女の存在に言葉を詰まらせる。
「…ていうかユリ?言葉も交わせない状況で何で名前も依頼主だって事もわかったのよ?」
「ん、これっすよこれ」
「「……」」
アリアの当然の疑問にユリは軍服のポケットから取り出された一枚の紙を広げて中に書かれた赤文字…血文字に絶句する。
「…何これ?ホラー?」
「違うっすよ。ティリアっちが頑張って書いたんっすよ。あたしはずっとティリアっちの手元を見てたっすからなんて書いてるのかわかったっす」
「…本当にユリは多芸ね?」
「凄いですね…」
「もっと褒めていいっすよ?…まぁ、そんなこんなでティリアっちが今回の依頼人っすね。夜になったらみんなで話を聞こうと思ってるっすけど…水に入れてないみたいで辛そうなんっすよ。夜に自己紹介して朝方に他の人らを捌けさせてあたしらの馬車で話を聞くって感じでいいっすか?」
「そうね…よし、唯織?料理が出来たからみんなに食事だって伝えてきてくれるかしら?」
「あ、はい」
ようやく人数分の料理が完成した事で唯織はテントに休んでいるクラスメイトや新しく加わった人達に声をかけに行き…
「…どうするっすか?魔王様だったら生まれつきじゃなきゃティリアっちの目も足も舌も治せるっすよね?」
「…治せる…けれどそれじゃあ唯織達の為にならないわ。だからロストポーションを自力で作り出してもらって何とかしてもらうわ。歯痒いけれどね…私の魔法は最終手段よ」
「…っすねー。人を育てるってほんっと大変っすわぁ…歯痒い事ばっかりっす…」
アリアとユリは唯織達を見つめて小さくため息をつく…。
■
「っ!?う、うまい!!!こ、これはアリア殿が作られたのですか!?」
「ほ、本当だ…!!いつも護衛任務の時は薄いスープと乾いた肉しか食えなかったのに…!!!」
「お、美味しい…こ、これ、作り方を教えてください!!」
「ん…!本当にこの料理美味しい…!!」
「ね、ネーラの料理より美味しい…!?うちの妻は料理上手なのにその上を…!?」
「…っ!!ライルをぶん殴りたいけど認めるしかない…!!どうやって作ったんですか!?」
「み、皆さん落ち着いてください。私は手伝っただけで作ったのはこの子ですよ」
「わっ…あ、アリア先生が手伝ってくれたおかげですよ…」
簡易的な焚火を囲む様に横たわる丸太に腰を掛けて料理を食べていた人達は野営にも関わらず王都の料理店にも負けない…それ以上の美味しさを持つ料理に興奮して唯織とアリアを取り囲んで談笑をし始める。
「随分と人気ですわね…」
「自分が王女だって気付かれないから不貞腐れてるの?」
「なっ!?そんな事ありませんわよ!シャルだって公爵の娘なのに気付かれてないじゃないですの!」
「まぁ私はそこまで表に露出してないし…」
「この料理…ユイ君が作ったんですか…私も剣だけじゃなく料理を頑張ってみますか…」
「ん…!アリア先生の料理に負けないぐらい美味しい…!」
「…当り前。イオリだもん」
「こっちもこっちで愉快っすねぇ…ティリアっち?口を開けるっすよ」
「…」
囲まれている唯織とアリアを眺めつつ対面で談笑するシルヴィア達だがユリはティリアに料理を食べさせようとすると短い水色の髪を左右に振る。
「ん?自分で食べれるっすか?なら気を付けて食べるっすよ?」
「…」
探る様な手つきでユリの手から木の器を受け取ったティリアは目が見えていないとは思えない程スムーズに口に料理を運ぶと頬を緩めて笑みを浮かべる。
「美味しいっすか?」
「…」
「そっすか」
小さく首を縦に振るティリアに素っ気無く言葉を返すユリだが笑みを浮かべて皆で食事を楽しみ…
「さてと…夜の見張りは私達に任せておいてちょうだい」
「いえ…流石に学生達に見張りをさせるのは冒険者として…」
「そうですよ!こんなおいしい料理まで頂いたのに!!」
「…ほら、唯織?自分のギルドカード見せてあげなさい」
「あ、はい…」
「き、金!?え、え、え、Sランク!?」
「一応私はこういう者よ」
「「っ!?SSSランク…!?す、すみませんでした…し、指示通りにします…!!」」
唯織とアリアの方でも夜の見張りの話が終わったのかテントへかけていくBランク冒険者の二人を見送り小さく息を吐くとその場にはメイリリーナ、シャルロット、リーチェ、テッタ、シルヴィア、唯織、ユリ、アリア…ティリアが残った。
「さてと…ティリアちゃんだったかしら?」
「…」
「っと、はいっす」
「…」
アリアの声にコクリと頷き水色の髪を揺らしたティリアは何かを求める様に何も無い前方に手を伸ばすがすかさずユリが板を下敷きにした紙と真っ赤なペンを手に握らせると笑みを浮かべる。
「…えー、まずは美味しいご飯を食べさせてくれてありがとう…らしいっす」
「気にしなくていいわよ。料理を作ったのは私の生徒、由比ヶ浜 唯織よ。…ほら」
「あ…初めまして唯織です」
「…」
「…え?」
アリアに背を押されてティリアに近づいた唯織が自己紹介するとティリアは声がした方に手を伸ばし唯織の顔や髪、首などを触りペンを紙の上で滑らせる。
「えー…唯織さんは可愛い顔をしてるんですね?男の子ですか?…らしいっす」
「い、今ので僕の顔がわかったんですか?僕は男です」
「…髪の色や瞳の色まではわからないけどわかります。美味しい料理をありがとうございました…っすね」
「す、凄い…お口に合ったならよかったです…」
そう言うとティリアはもう一度笑みを浮かべてゆっくりと紙に線を引いていく。
「えー…ここにいるユリさんとイオリさん、話しかけてくれた女性と…他に誰がいるんですか?…っすね。全員ティリアっちに自己紹介するっすよ」
「そうね。…私はアリアよ。唯織とこれから紹介する子達の学園の先生をしてるわ」
「…!」
唯織と同様に顔をペタペタと触って顔の作りや髪の長さを確かめると頭の上からピンと生える狼耳に興奮したのか両手で必死に触っていく。
「…耳は流石にくすぐったいわよ?」
「…!」
「まぁ獣人族の耳とか尻尾って触りたくても敏感っすから触らせてくれないっすもんねー」
「…とりあえずティリアちゃんよろしくね」
「…」
顔を真っ赤にしながらも何度も首を縦に振るティリアを一撫でしたアリアは目線だけでテッタに次を促すとテッタも近づき驚かさない様に声を出す。
「えっと…ティリアちゃん?さん?僕はテッタだよ。よろしくね?」
「…!」
「わ…く、くすぐった…」
「…!」
狼の次の猫だったからかテッタの顔をペタペタと触り頭の上に生える猫耳を触ったティリアはアリアの時とは違う触り心地に興奮して本物の猫をあやす様に首の下に手を伸ばすとテッタは尻尾を振りながら喉をゴロゴロと鳴らし始める。
「あ…そこは…う~…」
「…テッタ、猫?」
「っ!つ、つい…」
「…次、私」
シルヴィアの問いに顔を真っ赤にしたテッタは自分の意思に反して揺れていた尻尾を握ってティリアから距離を取り静かに顔を差し出しながら呟く。
「…私、シルヴィア。よろしく」
「…!」
シルヴィアの顔も髪もペタペタと触ると興奮気味に紙へ線を書いていく。
「えーっと…肌も髪もすべすべで顔なんてまるでお人形さんみたい!…っすね」
「…イオリが毎日手入れしてくれてる。当たり前、えっへん」
「少しは自分でやりなさいよ全く…リーチェ」
「わかりました。…ティリアさん初めまして、私はリーチェ、リーチェ・ニルヴァーナと申します」
「……」
シルヴィアと入れ替わる様に自分の顔を差し出したリーチェは少女の手に触られながら自己紹介をすると徐々に少女の手が震え…
「……!!」
「えっ!?」
「あ、ちょティリアっち!?ど、どうしたっすか!?」
車椅子から転げる様に地面に伏し動かない脚を投げ出して何度も何度も頭を下げ始め皆は驚愕の表情を浮かべる。
「ほら大丈夫っすか…?どうしたんっすか?」
「…!…!」
「えー…ニルヴァーナ男爵様にご無礼を働き…命だけは…あー、そういう事っすか…」
「…男爵と言っても平民とほぼ変わらないんですけどねぇ…ティリアさん、別に無礼討ちとか物騒な事をしたりしませんからそう怯えないでくださいね」
「……」
ユリの手を借りて車椅子に腰を下ろしたティリアはそれでもリーチェに向って一心不乱に頭を下げて服や顔についた土を落としていく。
「…え、えーっと…」
「シャル?わかってるわよね?」
「は、はい…ティリアちゃん?私はシャルロットって言うの。よろしくね?」
「…」
「あ、あれ?顔…触らないの?」
「…」
皆は顔を触ったり髪を触ったのにも関わらずシャルロットにだけは手を伸ばさず少し俯きながら紙に線を書いていく。
「えーっと…手が土で汚れてるから触れない…っすね」
「あー…ティリアちゃん、土で汚れててもいいよ、ほら」
「…!…」
土まみれになったティリアの手をシャルロットが優しく取り、汚れるのも気にせず自分の頬に当てるとティリアは恐る恐るシャルロットの顔を触っていく。
「……」
「えー…可愛い顔なのに汚してごめんなさい…っすね」
「別に問題ないから気にしないでねティリアちゃん」
「…」
「ほら、最後だよリーナ」
「わかりましたわ」
シャルロットの優しさでリーチェが貴族だと知った緊張が解れたのか笑みを浮かべたティリアにメイリリーナがゆっくり近づき顔を差し出すとティリアは土で汚れた手を引っ込めてしまう。
「わたくしはリーナですわ。土で汚れてても問題ありませんから触って確かめてくださいまし。ティリアさん、仲良くしてくださるかしら?」
「……」
自己紹介からも明らかに育ちの良さを感じたティリアだったが恐る恐る手を伸ばしメイリリーナの顔を触っていき…
「…」
「んっと…髪がふわふわでサラサラで、喋り方もお姫様みたい…だそうっす」
「そ、そうです…わ、わたく…私はただの町娘です…よ?」
「っ!あははは!何それリーナ!…あはは!」
「なっ!?シャル!?」
「今のは…うくく…そうですね、リーナは町娘…うふふ…」
「り、リーチェまで!?別にいいじゃないですの!!」
メイリリーナのぎこちない町娘に笑うシャルロットとリーチェは追いかけてくるメイリリーナから逃げ始める。
「…?…?」
「何でもないっすよーティリアっち。服も顔も土で汚れちゃったっすから一緒に水浴びしに行くっすか。そろそろティリアっちも水に浸からないときつくないっすか?」
「…!」
自分が水人族だという事を言い当てられたティリアはビクリと体を震わせるがユリはティリアの耳元に顔を近づけて囁く。
「まぁあたしとアリアっち、唯織っちはティリアっちが水人族だって事を知ってるっすよ。それにここに居るみんなはティリアっちが水人族だとしても何も言わないっすから安心して欲しいっす」
「……」
「大丈夫っすよ。…今から女子だけで水浴びに行くっすよー!アリアっちと唯織っち、テッタっちは見張りよろしくっすー!」
「わかったわ」
そしてユリは落ち着いたティリアの車椅子をゆっくりと押して元気よく駆け回っていたメイリリーナ達と森の奥へと姿を消していく…。




