…嘘つかない
「先程は大変失礼しましたアリア様、ユリ様…」
「ほ、本当にすみませんでした…」
「別に問題ないし逆に私達こそ騒ぎを起こして申し訳ないわ」
「すんませんっした!」
長テーブルとソファーが二つ置かれた小さな部屋…その中で緑色の髪に長い耳、綺麗な琥珀色の瞳を持つ森人族が頭を下げると隣にいた同じ色の髪と瞳を持つ森人族の女性も頭を下げ、更にそれに合わせる様にアリアとユリも頭を下げる。
「えっと…ではもう一度自己紹介をさせて頂きます。私はハプトセイル王国王都ラーウィス支部、冒険者ギルドマスターのファニスと申します」
「私はハプトセイル王国王都ラーウィス支部、受付係のファルファと申します。…先程は突然気を失ってしまいすみませんでした…」
「私は一応SSSランク冒険者のアリアよ。よろしくお願いするわ」
「同じくSSSランク冒険者のユリっす!アリアっちと同じパーティーっす!」
「お二人のお話は既に聞き及んでおります。何でもアリア様は強靭な肉体で武器を使わず、ユリ様は真っ赤な剣を使いお二人とも魔法を一切使わずたった二ヶ月で今まで三人しか到達しえなかったSSSランクに昇格されたとか…」
「まぁそうねぇ…っと、私達の事はどうでもいいのよ。あなた達も自己紹介なさい」
自分達の話で長くなりそうなのを察したアリアは同じソファーに座る唯織達に話題を振ると微妙そうな笑みを浮かべつつも自己紹介を始める。
「雑な振りですわね…わたくしはハプトセイル王国第一王女、メイリリーナ・ハプトセイルですわ」
「私はセドリック公爵家長女のシャルロット・セドリックです」
「私はニルヴァーナ男爵家長女のリーチェ・ニルヴァーナです」
「ぼ、僕はテッタです。爵位も無いただの平民です」
「…シルヴィア。平民」
「由比ヶ浜 唯織です。僕も同じく平民です」
「…他人の空似だと思っていたのですが王女殿下に公爵令嬢のシャルロット様、更には戦乙女のリーチェ嬢だとは…今着ていらっしゃる制服から察するにレ・ラーウィス学園の特待生で皆さんご学友という事で間違いありませんか?」
「ええ、間違いないわ」
隣で口をパクパクさせてまた気を失いそうになっているファルファとは違いファニスは少し考え込む様な仕草をするとアリアに当然の疑問を問いかける。
「申し訳ありませんがアリア様、皆様とのご関係を伺っても?流石にメイリリーナ様やシャルロット様、リーチェ様はこの国の要人と言っても過言ではありませんから…」
「さっきファニスさんが言ったと思うけれど私はレ・ラーウィス学園の特待生を受け持つ担任よ。いわゆるこの子達の学校の先生ね」
「きょ!?教師!?」
どうにか冷静を保っていたファニスも流石に堪えられなかったのかアリアの教師という発言を聞いてテーブルに身を乗り出す。
「ええ、ちょっとこの子達の教育の為に冒険者の資格が必要だったのよ」
「え…?ちょ、ちょっとお待ちください…その口ぶりですとSSSランク冒険者になったのは…」
「この子達の教育の為よ。まさか二ヶ月かかるとは思わなかったけれどね。という事でSランク冒険者以上が行使出来る特権でこの子達をAランク冒険者として登録してくれるかしら?」
「あ、あはは…む、無茶苦茶だ…規格外すぎる…ははっ…」
「ちょ、ちょっと?大丈夫かしら?」
乾いた笑いを漏らしながら糸の切れた人形の様にソファーに沈んだファニスはしばらくの間目をきつく閉じて気分を落ち着けたのかゆっくりと話し始める。
「すみません、少し取り乱してしまいました。…アリア様とユリ様の特権でメイリリーナ様達をAランク冒険者として登録する事は可能ですが…私の記憶が正しければレ・ラーウィス学園の学生は冒険者になる事を禁じられていたと思うのですが…」
「その件に関しては問題ないわ。ガイウス理事長から特待生クラスは私の一存で動かしていいってお達しをもらっているのよ」
「そうなのですか?何か証明になる様な物はお持ちでしょうか?」
「これでいいかしら?」
「…拝見させて頂きます」
ファニスから見えない様に背中に手を回して空間収納から一枚の紙を取り出し手渡すとファニスはモノクルをかけて読み進めていく。
「…確かにガイウス理事長の物で間違いありませんね。ご提示ありがとうございます」
「問題ないわ。…随分特待生クラスに詳しい様だけれどもしかして卒業生とかかしら?」
「ええ。私も以前はレ・ラーウィス学園の特待生として学園生活を送っておりました。その後は世界を旅したいという事で冒険者になりSランクまで上り詰め今はここでギルドマスターをしております」
「あらそうだったのね」
「あのガイウス様がこんな特例を許されるなんて思いもよりませんでしたが…わかりました。早急に皆様のギルドカードを発行させて頂きます。ファルファ、登録手続きをお願いします」
モノクルを懐に仕舞い特に問題が無かったのか隣に座るファルファに指示を出すが…
「…」
「…?ファルファ?登録手続きをお願いします」
「…」
「…ファルファ?」
「ファニスさん…多分目を開けながら気絶しているわ」
「はぁ…全く…」
目を見開いて笑みを張り付けたまま動かないファルファに対してため息をつくとファニスが立ち上がり笑みを浮かべる。
「では私が登録手続きをさせて頂きますのでアリア様、ユリ様、しばらくこの部屋でお待ち頂いても宜しいでしょうか?」
「わかったわ」
「りょうかいっすー!」
「ありがとうございます。…皆さん、すみませんが場所を移動させて頂きますので付いて来てください」
そう言うと唯織達は小さく返事をしてファニスの後を素直に付いて行き部屋を出て行き…
「…うー、アリアっち…?そろそろいいっすか…?」
「…まぁいいわよ。ファルファがいる事を忘れないでちょうだいね?」
「りょうかいっす!頂きますっす!」
ユリは恍惚とした笑みを浮かべながらアリアに覆い被さる様に膝の上に乗りアリアの真っ白な首筋に齧りつく…。
■
「それにしても今期の特待生は羨ましい限りですね…」
「…アリア先生の事ですの?」
「ええ、メイリリーナ様達の教育の為に命を賭けてSSSランクまで昇格するなんて教師いませんし、ましてや生徒の為に二ヶ月でなんて…こんな事誰に話しても信じてもらえませんよ。私がアリア様に教えを請いたいぐらいですね」
「そうなんですのね…」
アリアの教えを受けるのがもう当たり前、その教えに振り回されるのが当たり前だと感じていた皆は確かにと小さく笑みを浮かべ自分達は特別なんだと感じるとまたも小さな部屋へと入っていく。
「では今からギルドカードを発行するので検査を行います。まずはメイリリーナ様、こちらの水晶に触れて頂いても宜しいでしょうか?」
「わかりましたわ」
「っ!?」
小さな部屋の隅で布を被った大きな水晶を露わにしたファニスは少し離れてメイリリーナに触る様促すと水晶が赤、青、緑、水、白と色濃く明滅し小さな部屋を眩い光が染め上げる。
「こ、これは凄いですね…もしこの魔力量で通常の水晶を使っていたら水晶がはじけ飛んでいたでしょう…」
「そうなんですの?…眩しいので手を離してもいいかしら?」
「あ、ええ…では次、シャルロット様お願いします」
「わかりましたっ!?」
「っ!?」
メイリリーナと変わる様にシャルロットがひんやりした水晶に触れるとメイリリーナと同じく自分の魔色と同じ赤、黄、茶、白の光が部屋を照らすが色は薄く、光量はメイリリーナとは比べ物にならない程眩く目を開けられない光が発せられた。
「な、何なんですのこの光!?」
「す、すごい…!!この魔力量は…!!」
「わ、私そんな魔力量多くないですよ!?上級魔法一回使ったら魔力切れになりますし!」
そう言ってシャルロットが水晶から手を離すと光は収まり唖然としているファニスを無視して唯織は顎に指を当てて口を開く。
「…多分だけどシャルはアスターとアルメリアに魔力を食べさせてるよね?」
「え、ええ…」
「いつも魔力切れになるまで食べさせてたりする?」
「魔力切れ…確かに夜寝る時はアスターとアルメリアを抱き枕にして魔力を流してそのまま寝てますが…」
「あはは…魔力って実は使い切ると身体がこれじゃ足りないんだって勘違いして少しずつだけど増えていくんだよね…本当は一回使い切ったぐらいじゃ体感も出来ないしわからないはずなんだけど、毎日魔力切れを起こしてたら…ね。ちなみにフォローで言うわけじゃないけどリーナは色がシャルより濃かったよね?これは魔色が鍛えられている証拠でリーナとシャルが同じ中級魔法、同じ魔力量のファイヤーランスを打ち合ったとしたらリーナのファイヤーランスがきっとシャルのファイヤーランスを撃ち抜くと思うよ」
「そうなんですの…?」
「そうなんだ…イオリ君物知りだね?」
「まぁ師匠の受け売りだけどね?」
そこまで言うとファニスは唯織の両肩をがっしりと掴んで森人族特有の整った顔を唯織の顔に近づけて興奮気味に口を開く。
「っ!?ま、待ってくださいイオリさん!!今の話は本当なのですかっ!?」
「っ…は、はい…」
「くっ…これはギルドマスターになったのは早計だったか…?だがギルドマスターになったからこそこの情報を得れた…かといって今からギルドマスターを降りれるのか…?…どうするか…」
「あ、あのファニスさん…?」
凄く真剣な表情で唯織達に背を向けぶつぶつと呟き始めたファニスの肩をトントンと叩くと我に返ったのかビクリと体を震わせる。
「す、すみません…実は私、Sランクになるのもかなりギリギリだったんですよ…それで世界を旅するという夢を諦めて冒険者をサポートするギルドマスターになったんですが…」
「そうだったんですね…」
「まぁ今は私の話よりギルドカードの発行ですね…少し話はそれてしまいましたが次はリーチェ様、お願いしてもいいですか?」
「わかりました」
水晶に触る様促されたリーチェが水晶に触ると緑と黄の光が一瞬力強く発せられ小さな部屋の中に心地のいい風が吹き水晶がバチバチと音を立て始める。
「…?これはどういう状況なんでしょうか…?」
「多分リーチェの場合はエンチャントの魔法を得意としてるからその影響が水晶にも現れてるのかな?ほら、エンチャントって自分の身体に魔法を纏ったり武器に纏わせるでしょ?だからリーチェは水晶に無意識でエンチャントを施した…的な?僕達も常に…ね?」
「ああ、そういう事ですかユイ君」
「…?…?……?」
唯織の説明で納得したリーチェ達だったが事情がわからないファニスは何かとんでもない物を見た様な表情を浮かべつつも話を進めていく。
「で、ではテッタ君…触って頂いても?」
「あ、はい…」
リーチェが手を離した事で風と音が収まった水晶にテッタが手を触れると…
「わっ!?な、何で大きくなったの!?」
茶色の温かい光が部屋を照らしバキバキという音を立ててただでさえ大きかった水晶が二回り程大きくなり小さな部屋の天井と壁に水晶の一部が突き刺さる。
「これどういう事なのイオリ?」
「テッタの場合は土の魔色のみだけどそれ故に成長した魔色が鉱石にも反応して水晶が成長した…みたいな感じかな?」
「そうなん…あ、じゃあもしかして僕が鉄とか鉱石を触ったら増えたり大きくなったりするって事かな?」
「うーん…多分この魔色を確認する水晶が敏感に魔力に反応するものだから…難しいかな…?」
「そっかぁ…」
すっかりファニスの解説役を奪ってしまった唯織は残念そうにするテッタに微笑むとファニスは水晶をじっと見つめて懐から取り出した一枚の紙にサラサラと文字を書いていく。
「す、凄い…今までこんな事なかったのに…これはAランクではなくSランクでスタートでもいいかもしれませんね…あ、すみません。では残りのシルヴィアさんとイオリ君も触って頂いていいですか?」
「あ、すみません…僕は魔法を主体として動かないので…」
「…私も」
そう言うとファニスは触ろうとしない唯織とシルヴィアを不思議そうに見つめて首を傾げながら言う。
「多分魔色の通知義務はないという事を言っているんですよね?確かにかなり大切な情報ですしそういう事でギルドカードに自身の魔色を記載しないという事も出来ますが魔色の検査だけはするんです」
「え…?そうなんですか…?」
「…アリアちゃん騙した?」
ファニスの説明に表情を変えた唯織とシルヴィアだったがシャルロットは何かに気付いたのか掌に拳を下ろして口を開く。
「あ、そういう事ね。イオリ君、シルヴィ?多分アリア先生は検査自体はしないといけないから人目が付かない様こうやって別室で検査する為にロビーで騒ぎを起こしたんじゃないかな?実際こうしてSSSランクだって事をファルファさんに見せつけて気絶させてギルドマスターのファニスさんに検査をしてもらってるわけだし…ギルドマスターなら口が固いって事も考慮してると思うよ?」
「…確かに…?」
「…アリア先生信じてた。シルヴィ嘘つかない」
「いやいや思いっきり騙した?って言ってたよね…?」
「…シルヴィ嘘つかない」
「まぁいいけど…じゃあ僕が触りますね」
シャルロットの読みで納得した唯織は不思議そうにしているファニスの横を通り抜け触ると…一切の反応を示さず、ファニスは目を丸くして唯織を見つめる。
「ファニスさん、これでいいですか?」
「…まさか、イオリ君は以前にも冒険者ギルドに来た事…」
「以前に一度……僕は透明の魔色ですから何も反応しないんです」
「そうか…なら申し訳ありませんがイオリ君。君の実力が測れない以上、君を―――――」
と口を開いていたファニスだったがシルヴィアはその先を言わせない様人差し指だけで水晶に触れるとテッタの魔色で成長していた水晶が色も現さずに木っ端微塵に弾け飛んで水晶が砕ける硬質で澄んだ高音が鳴り響き…シルヴィアは徐に驚いているファニスの胸倉を掴んで吊り上げる。
「ぐっ!?」
「…下手な事を言ってみろ。今の水晶と同じ様にしてやる」
「っ!?ちょ、シルヴィ!!」
「…イオリは黙って。私の…私達の前でイオリを馬鹿にする奴は誰でも許さない」
「…そうですわね。私達の前でイオリさんを悪く言うのであれば…」
「そうだね。私もシルヴィとリーナの気持ちに賛成かな」
「私もです」
「僕も」
「み、みんなまで…!とりあえずシルヴィ!ファニスさんから手を離して!」
「………ん」
「うっ!」
吊り上げたまま手を離したのか床に尻もちをついたファニスは小さく声をもらしつつ襟首を直すと申し訳なさそうにシルヴィアの迫力に震えながら話し始める。
「…すみません、助かりましたイオリ君。…別に君を貶める様な発言をしようとしていたわけじゃないという事を言わせてもらいます。この水晶…今は砕けてますがこれで実力が測れない以上、私が安心して今すぐ君をAランクとして登録できないんです。アリア様とユリ様というSSSランクの冒険者から推薦される程の人材だとはわかってはいるんですがこれでも私はギルドマスターです。若い命が散るのは心苦しい…ですので私にイオリ君の実力を何でもいいので見せてもらってもいいですか?」
「僕の実力…何でもいい…ですか…じゃあ少し失礼します」
「へっ!?」
尻もちをついたままのファニスの手を引いた唯織はそのままファニスを背中に負ぶって窓枠に足をかけるとそのまま三階の窓から跳躍する。
「うわあああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
「すみません!もう少し速度と高さを上げます!!」
突然の飛び降りに絶叫したファニスだが唯織はそのまま背の高い建物を跳び越すように高く高く跳躍し、まるで平坦な道を走っているかの様に高さ様々な建物の屋根を人とは思えない物凄いスピードで移動していく。
「どうですか!?これでいいですか!?」
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ファニスさん!!これでいいですか!?」
「降ろしてくれええええええええええええええ!!!!」
「じゃあさっきの部屋に戻りますね!?」
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
唯織は十分だと判断して先程の部屋へともう一度猛スピードで引き返すが王都ラーウィスでは不気味な叫び声が突然響くという怪談話が生まれる事となった…。