きゅぅ…
「…にしても本当に帰って来ないねアリア先生」
「うん…何してるんだろうね?」
レ・ラーウィス学園の廊下を歩く唯織はテッタの問いにそう答え教室の扉を開くと教室には唯織からもらったリボンで可愛らしい髪形にしているリーチェ、更にあの後結局全員とデートして唯織からプレゼントされた髪飾りをつけているメイリリーナ、シャルロット、シルヴィアが学園のバックに付けたテッタの手作りの猫のアクセサリーを見せ合っていた。
「みんなおはよう。…みんなが持ってるそれ、テッタからもらったやつ?」
「そうですわ。こうしてバッグに付けてるんですの」
「これ可愛いよね~。テッタ君ってこういう小物作るのうまいよね?」
「ぬいぐるみとかよく自分で作ってたから自然とね…」
「ぬいぐるみも作れるんですか?私、犬のぬいぐるみを持ってるのでよかったら猫のぬいぐるみも作ってくれませんか?」
「うんいいよ。材料を用意したら作るね?」
「…ならわたくしは皆さんのぬいぐるみが欲しいですわ」
「あ!私もそれ欲しい!テッタ君作ってくれる!?」
「う、うん…じゃあみんなの分のみんなのぬいぐるみ作るね?…なんか言ってて変な感じするけど…シルヴィもいる?」
「…もち」
手芸が出来るテッタはサラサラと黒板に皆のぬいぐるみの絵を描いてどういうデザインがいいかとメイリリーナ達と話し始めとても賑やかになり、唯織はその幸せな光景を眺めつつ自分の席に座るとシルヴィアは唯織の机にちょこんと腰を掛ける。
「テッタモテモテだね…あ、ねぇシルヴィ?アリア先生っていつ帰って来るの?」
「…わかんない。私も知らない」
「そっかぁ…シルヴィなら何か知ってるかと思ったんだけど…」
「…知ってたらイオリに教えてる」
「それもそっか…まさかこのまま二年生になったりしないよね…?」
「…それは無いと思う」
「まぁそうだよね…でもアリア先生がいなくなってもう二ヶ月だし…大丈夫なのかなぁ…」
そう呟き黒板に描かれた自分達の絵を頬杖付きながら見つめるとガラガラと音を立てて教室の扉が開く。
「あら?随分仲良くなってるみたいじゃない。元気にしてたかしら?とりあえずみんな自分の席に着きなさいー」
「「「「「あ、アリア先生!?」」」」」
「…おー軍服かっこいい」
真っ黒で赤と金の装飾を施した軍服に不釣り合いのトレードマークとも言える黒表紙を脇に抱えたアリアが教室に入ると皆が驚きの声を上げながらも自分の席に着く。
「驚いてるのにちゃんと席には着くのね…とりあえずまぁ…今日からちょっとした野外活動をするわよ」
「「「「「野外活動…?」」」」」
「…なんかめんどそう」
突然帰ってきて突拍子も無い事を言い出すアリアに小首を傾げる唯織達だったがアリアはそんな唯織達を無視して話を進めていく。
「とりあえず野外活動には必須になるだろうからこれから冒険者ギルドに行って冒険者になりに行くわよ」
「「「「冒険者!?」」」」
「冒険者…か…」
「…めんどー」
「まぁ唯織とシルヴィの懸念はどうせ魔色の事でしょう?」
「…はい」
「…ん」
「言っとくけれど魔法を主力としない冒険者は魔色の通知義務はないわよ?」
「えっ!?そうなんですか!?」
「…初耳」
「…はぁ…シルヴィはともかく唯織はしっかり把握してると思ってたわ…とりあえず今回ばかりは私一人じゃ手が足らないから助っ人を紹介するわ。入ってちょうだいユリ」
「了解っすー!」
こめかみを指で押さえながらため息をついたアリアがパンパンと手を叩くと教室の扉が開きアリアと同じ真っ黒の軍服を着た一人の女性が入ってくる。
「おー!!君達がまおっ…アリアっちの生徒さんっすかー!!みんなちっこくて可愛いっすねー!!あたしはユリっす!!よろしくっすよー!!」
お尻まで伸びる銀髪に血の様に赤い瞳、穢れを知らない真っ白な肌と口元からチラリと覗く真っ白な歯、軍服に何とか収まっている豊満な胸に折れてしまいそうな程細い腰と不釣り合いなお尻…男女関係なく視線を奪ってしまう完璧なプロポーションに快活そうな話し方をするユリは自分に釘付けになっている唯織達の顔を覗き込んで笑みを浮かべていく。
「んーっと、君がリーナっちっすね?」
「り、リーナっち!?」
「んで君がシャルっち」
「シャルっち…?」
「で、リーチェっち」
「リーチェっち…」
「君が…あっは!!ほんっとうにそっくりっすね!?君がテッタっちっすねー!?」
「え?あ…はい…」
「でぇ…シルヴィアっちっすね?」
「…ん」
「最後に君が…唯織っち…ふぅん…」
「…?な、何か…?」
「んや、めっちゃアリアっちに似てると思っただけっすよ!みんなよろしくっすー!」
そう言ってユリはタンッと床を蹴って身を翻すとアリアの傍に着地して豊満な胸に埋める様にアリアの腕を抱きしめ人懐っこい笑みを浮かべる。
「まぁユリはこんな感じでおちゃらけて見えるけれどめちゃくちゃ優秀よ」
「ふっふーん!褒められたっす!」
「という事で冒険者ギルドに行くわよ。ついてらっしゃい」
するとアリアは腕に抱き着いたユリと一緒に教室を出て行き唯織達も慌ててアリアを追いかけていく。
「急な事には慣れたと思ってましたが…わたくし達は制服で行くんですの?それにアリア先生とユリさんのその物々しい格好は何ですの?」
「そういえば着替えるのを忘れてたわね…」
「っすねー。仕事終わってそのままっすもんねー。どうするっすか?一度着替えるっすか?流石に目立つっすよ?」
「そうねぇ…まぁいいんじゃないかしら?何とでもなるわよ」
「そっすか。確かにどうでもいいっすね!!」
「そ、それでいいんですの…?」
あっけらかんとしたアリアとユリに肩を落としたメイリリーナは唯織達と一緒に渋々アリア達の後ろをついて行く…。
■
「メイリリーナ王女殿下よ!!」
「隣にいらっしゃるのはガイウス公爵家のシャルロット様だ!」
「しかも戦乙女のリーチェ様もいる!」
「ええ、皆さんご機嫌よう」
「皆さんこんにちは」
「ええ、皆さんお元気そうで何よりです」
人通りの多い道を歩く度に街の人から声を掛けられるメイリリーナ、シャルロット、リーチェは慣れた様子で小さく手を振ったり声をかけたりして冒険者ギルドまでの道のりを歩みを止めず上手く躱していた。
「というかあのメイリリーナ様達の前を歩いている美女二人は誰なんだ…?」
「あれはやべぇだろ…踏まれてぇ…」
「もしかしてメイリリーナ様達のお付きの人…?」
メイリリーナ達の名前に交じって噂されているアリアとユリは何も反応を示さず腕を組みながらずんずん歩いていくとふいにアリアは顔を後ろに向ける。
「そういえばリーナが王女だとかシャルが公爵令嬢だとかリーチェが男爵令嬢だって事すっかり忘れていたわね。しかもリーチェに至っては戦乙女だなんて言われてるし」
「いくら身分関係のない学園に所属してるからといって流石に失礼過ぎると思いますわよ?」
「なんか私は慣れちゃったけどね…」
「私は男爵ですしそこまで平民と貴族の差はないですね。戦乙女は戦争で活躍した両親の娘だからという事で勝手に呼ばれてるだけですし気持ち的には平民と変わりませんよ」
「まぁ人望が厚い事はいい事よねぇ…」
「アリアっちは大変だったっすからねー」
「ユリにはすごく感謝しているけれど今は言わなくていいわよ」
「あいあいっすー!」
「「「…?」」」
「いつかあなた達にも教えてあげるわよ」
懐かしむ様に目を細めて微笑んだアリアは腕にしがみ付くユリの頭を優しく撫でるとそれ以降喋る事無く小首を傾げるメイリリーナ達から視線を切ってようやく見えてきた冒険者ギルドへ歩みを進めていくが更に後ろを歩いていたテッタは隣を歩く顔色の悪い唯織を見つめる。
「…イオリ?どうしたの?」
「テッタ…」
「アリア先生が魔色の通知義務はないって言ってたけどやっぱり不安…?」
「…違うんだ。実は僕、学園に入るまでの生活費を稼ぐために一回この冒険者ギルドで冒険者になろうとして魔色を…」
その時の事を思い出したのか口をきつく閉ざして歪めた唯織だったがテッタは優し気な笑みを浮かべ唯織の手を握る。
「そっか…でも大丈夫だよ!前は一人だったかもしれないけど今は僕もいるしシルヴィだってリーナ達だってアリア先生達もいる!もうイオリは一人じゃないよ!だから安心して!」
「テッタ…」
「…ん、テッタにセリフ盗られた。許さない」
「ちょ!?シルヴィ尻尾やめてよ!?」
テッタのゆらゆら動く尻尾を握りしめ根元から先っぽまで両の掌でねじる様にシルヴィアから顔を真っ赤にして逃げようとするテッタを見た唯織はぐちゃぐちゃになっていた気持ちが晴れたのかクスリと笑う。
「…そうだね…ありがとうテッタ、シルヴィ。おかげで気が楽になったよ」
「…ならよかった。尻尾の犠牲は無駄じゃなかった」
「勝手に犠牲にしないでよ!?」
いつもすらっとしていたテッタの尻尾はシルヴィアの手によってボサボサに膨らんでいたがテッタもシルヴィアも笑みを浮かべ…
「ほらあなた達何そんなとこでじゃれてんのよ?さっさと登録して野外活動しにいくわよ?」
「「はい」」
「…ん」
冒険者ギルドの扉に手をかけてずっとこちらを見守っていたアリアと共に唯織達がギルドに足を踏み入れると酒の臭いや汗の臭い、酔っているのか顔を真っ赤にして殴り合っている荒くれものやそれを酒の肴にして賭けに興じている人達…一言で言えば治安が悪い光景が視界に飛び込んでくる。
「う…鼻につく臭いですわね…」
「私この臭い無理かも…」
「…私もあまり…」
「僕はまぁ…慣れてるから大丈夫かなぁ」
「…クサい。イオリの匂い嗅ぐ」
「ちょ、シルヴィくすぐったい…まぁいいけどさ…」
学生には耐えがたい臭気が襲いメイリリーナ達は鼻を隠して眉を顰めるがシルヴィアはどさくさに紛れて唯織の髪に顔を当てて首元で深呼吸をし始め一番前を歩くアリアとユリの後ろをついて行くと…
「あぁん!?ガキを連れて何してんだぁ!?」
「ここはガキの遊び場じゃねぇんだぞ!?」
酒臭い息を吐きながら顔を赤くしたごろつき同然の大柄な男二人がアリアとユリを挟む様に立ち塞がり二人の豊満な胸を見るなり下卑た笑みを浮かべる。
「ちょっとどいてくれないかしら?」
「マジ酒臭いっすねー…」
「それが人にどいてくれって頼む態度かぁ?どいて欲しいなら俺様にお酌ぐらいしたらどうなんだぁ?」
「それかその立派なモンを揉ませるとか誠意を見せたりよぉ…」
「「…はぁ」」
徐々にアリアとユリの胸に手が伸びてくるのを見つめ二人がため息を吐くと後ろにいた唯織達の気持ちは一つになる。
((((((あ、この人達死んだ…))))))
そして…
「汚い手で触らないでくれるかしら?」
「この身体はアリアっちのっすからマジ触んじゃねーっすよ」
「「っ!?ぐあああああああああああ!?」」
「「「「「っ!?」」」」」
「…わーお。ぐっちゃぐちゃ」
まるでゴミを見る様な目を男達に向けたアリアとユリは自分達の胸に伸びた腕を片手で細枝を折る様に握りつぶし、喧騒に塗れた冒険者ギルドを男達の悲鳴と骨の折れる音で塗り替え静寂が訪れると目の前で蹲る男達の頭に足を乗せる。
「…そんな所で蹲られても困るのだけれど?」
「マジ邪魔っすわ」
「「ぶわっ!?!?」」
「「「「「ひっ!?」」」」」
「…容赦なー」
足の下にある男達の頭を木の床をごと踏み抜いて床と同化させたアリアとユリはそのまま男達の体を踏みつけながら何事も無く女性が座る受付カウンターへと進んでいき、唯織達は身動き一つしない男達を避けて受付カウンターへと向かうと驚くべき事を耳にする。
「ねぇいいかしら?」
「は、はひぃ…」
「そんなに怯えなくても大丈夫よ?…後ろにいるこの子達の冒険者登録をお願いしてもいいかしら?」
「わ、わかり『ちょっと待ってちょうだい』ひっ!?」
「だからそんなに怯えなくて大丈夫よ…私のこれでこの子達をAランク冒険者として登録してくれるかしら?」
「っ!?こ、この黒のギルドカード…!!SSSランク冒険者様!?」
「「「「「えええええっ!?!?」」」」」
「…わーお」
「お、お待ちくださいアリア様…!す、推薦人数は規定により三名まででして…!!」
「知ってるわよ。ユリ?」
「あいっす!これがあたしのギルドカードっす!これで全員いけるっすよね?」
「っ!?お、お、お…同じくSSSランク冒険者のユリ様……」
「「「「「えええええっ!?!?」」」」」
「…わーお」
そしてアリアとユリの真新しく真っ黒のギルドカードを両手に持って交互に見ていた受付嬢は…
「…………きゅぅ」
「ちょ!?大丈夫かしら!?」
「マジやべーっす!頭から床に落ちたっす!!死んだっす!!!」
頭の処理が追い付かなかったのか可愛らしい声を漏らし椅子から落ち、ユリの余計な一言で冒険者ギルド内が大騒ぎになった…。




