ようこそこちら側へ
「…ん~っ…ふぅ…朝か…ん…?」
カーテンの隙間から差す光で目覚めた唯織は体を伸ばして息を吐き捨てるとベッドの不自然な膨らみに気付く。
「…多分シルヴィだよね…こんな所他の人に見られたら…」
膨らみの正体を捲らずにシルヴィアだと見抜いた唯織はそのままベッドから抜け出してカーテンと窓を開け、シルヴィアからもらった黒い粉で真っ白の髪を黒くして真っ黒の男子生徒の制服を着こんでいく。
「後は…シルヴィの分の朝食も作っておこうかな」
いつも通り顔以外露出させない様手袋まで付けるとエプロンをかけ空間収納から様々な食材を取り出して小気味いい包丁の音を立てながら朝食を作っていくと…
「…ん」
「あ、シルヴィおはよう。今朝食作ってるけど食べる?」
「…ん」
だんだん出来上がっていく料理の匂いと音で目を覚ましたシルヴィアがもぞもぞとベッドから這い出てくるとその体に衣服は纏われていなかった。
「とりあえずそこにシルヴィの制服を用意しておいたよ」
「…ん」
12歳とは思えない程成熟した裸体を見ても特に何も感じない唯織は用意していた制服を着るよう勧めて料理を続けるとシルヴィアは空中に水の球を作り出しその中に入って全身を濡らし始める。
「よし…後は…」
隣で水の球の中に沈むシルヴィアを無視し続け料理を完成させテーブルに並べた唯織はタオルを手にして水の球の中からシルヴィアを引っ張り出す。
「はい、タオル」
「…ん」
ずぶ濡れのまま素直にタオルを受け取ったシルヴィアはそのタオルで身体を拭いていき宙に浮いた水の球を唯織が空間魔法で消し去るとようやく朝食に口をつける。
「やっぱりアリア先生の料理の方が美味しいなぁ…アリア先生に料理教えてもらおうかな…」
「…ん、私イオリの料理好き」
「そう?ならいいんだけどさ」
「…髪」
「ん?…ああ、いいよ」
そう言っただけで言いたい事が分かった唯織は自分で作った朝食をさっさと食べ終え眠そうにゆっくり食べているシルヴィアの濡れた髪を取り風魔法を使いながら優しく乾かしていく。
「なんかやって欲しい髪形とかある?」
「…イオリの好きなやつでいい」
「僕の好きなやつ?…そう言われてもなぁ…」
「…なら何でもいい」
「何でもいい?…うーん…」
そう言いながら平和な朝を満喫していた唯織とシルヴィアは一つだけミスを犯していた…。
「イオリ起きてる?」
「あ、テッタ。起きてるから入ってきていいよ」
扉の外からノックの音と共に声をかけくれたテッタを部屋に呼び込み…
「おはようイオリ。もう学校に行く準備っ!?!?」
「おはようテッタ。…どうしたの?」
「ご、ごめんイオリ!!」
「あ、ちょ!テッタどうしたの!?」
顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまったテッタに小首を傾げた唯織だったがまた唯織の部屋の扉が荒々しく開け放たれ…
「っ!?何やってるんですか!?!?また裸じゃないですか!!!」
「あ…」
「…ん」
顔を真っ赤にしたシャルロットに怒鳴られるのであった…。
■
「よし、全員出席ね。んじゃ今日の予定を伝えるわよー」
朝の修羅場?から学園へ登校した唯織達は体のラインをこれでもかと強調するぴったりした真っ黒のスーツに真っ赤なワイシャツ、真っ黒のネクタイに装いを変えたアリアの声を聞いていた。
「今日は待ちに待った決闘の日よ。リーナが19戦、シャルが11戦、リーチェが31戦、テッタが24戦、イオリが115戦…これを今日一日で捌き切る…いや、お昼までに捌き切るわよ」
「お昼までですの…?わたくしやシャルなら問題ないと思いますが…」
「うん…私もリーチェとテッタ君なら問題ないと思うけどイオリ君が単純に数が多くて難しそう…」
「まぁ正直試合を一瞬で終わらせたとしても準備やらなんやらで時間がかかりそうですからお昼までは私達も大変ですよ?」
「うん…流石に厳しいかも」
試合に負けるなど一切考えずただただ時間を気にするメイリリーナ達はどうするのかとアリアに視線を向けるとアリアは黒表紙を開き口も開く。
「何言ってんのよテッタ?チマチマ一戦ずつやってたらそりゃ間に合わないわよ」
「え?ではどうするんですの?」
「んなの一戦目でリーナ達の圧倒的な力を見せて挑戦者をビビらせるのよ。したらたった一戦で残りの奴らは戦意喪失して勝手に負けを認めるわ」
「結構ごり押しなんですね…」
「当たり前でしょう?イオリの115戦とか何時まで決闘しなくちゃいけないのよ…時間の無駄よシャル」
「といっても魔法も無しに圧倒的な力をと言われても…」
「そういう事が出来る様にリーチェ達をこの三ヶ月鍛え上げた筈だけれど?」
「僕は短剣だから派手に出来るかなぁ…」
「テッタ、別に派手じゃなくても方法はいくらでもあるわ。恐怖を教えるのも手よ?」
「…私は暇」
「それは仕方ないわよシルヴィ」
「派手に…か…」
「…まぁ、唯織には大トリで十分目立ってもらうわ。初日以外ほとんど学園の生徒達の目に晒さない様にあなた達を秘匿して魔王領で授業してたんだから頼むわよ」
「………はい」
そう言うとアリアはパタンと黒表紙を閉じてカツカツと足音を立てながら教室の扉に手をかける。
「んじゃ、決闘場に行くわよ。ついてきなさい」
長い白黒の髪を手で払い颯爽と教室から出て行くアリアに唯織達は後ろをついて行き皆で決闘場へと向かう廊下を歩いていく。
「このまま今回の決闘の順番を言うわよ。まず最初がシャル。準備はいいかしら?」
「はい。…魔法が使えないならアルメリアは使えませんしアスターを使ってもいいですか?」
「いいわよ。んでシャルの次がリーナよ」
「わかりましたわ。わたくしもエーデルワイスを使ってもよろしくて?」
「問題ないわ。次はリーチェよ」
「わかりました。なら私もアネモネとアイリスを使います」
「で、テッタ、唯織の順番でいくわよ。二人とも問題ないかしら?」
「はい、僕は大丈夫です」
「僕も大丈夫ですね」
「わかったわ」
決闘の順番決めをしながら既に決闘場に集まっているのか人の影の無い教室を何個も横切り大きめの頑丈な門の前へと辿り着くとアリアは自室の扉を開けるかの様に軽々しく両手で開き…
「「「「「っ!?」」」」」
「…わお」
二年生、三年生、四年生全員が集まった巨大な決闘場の声と圧に驚きを露わにする。
「何ビビってんのよ?今日の主役はあなた達で実力を見せつける為に来たんでしょう?堂々と胸を張ってなさい」
今まで体感した事の無い視線の数と声に一切動じないアリアはカツカツと足音を鳴らして進み、アリアの一言で気を取り直した皆も視線を鋭くしてアリアと決闘場の真ん中に佇むミネアの所まで歩いていく。
「…お久しぶりですねミネア校長。ガイウス理事長はどちらに?」
「お久しぶりですアリア先生。ガイウス理事長はあちらで観戦しています」
「なるほど…」
観戦席の最前列でこちらをじっと見ているガイウスに軽く頭を下げるとガイウスも軽く会釈する。
「それより決闘が始まる三ヶ月の間殆ど教室にはいなかったようですが…」
「ええ、皆の絆を深めるのと実力を付ける為に秘密の特訓をしていたので」
「そうですか…一応アリア先生の言う通り全学年を観戦させていますが本当に一日で決闘を全てこなすつもりですか?」
「そうですね。ですがお昼までには決闘を全て終わらせるつもりですのでそう時間はかからないと思いますよ」
「え?お、お昼までですか…?」
「…まぁ、私が育てたこの子達に任せてください。試合の審判はミネア校長が?」
「…そうですね。流石に他のクラスの教師陣が…」
歯切れの悪いミネアと同じ様に視線を動かすとアリアの事をまるで親の仇の様に睨みつけている様々な教師達と決闘をするであろう生徒達の群れが視界に映る。
「随分と嫌われたもんですね?」
「それはそうですよ…初日に職員室であんな事を言ったら…一応ハプトセイルでは上から数える方が早い優秀な魔術師達なんですよ?あれからほとんどの教師がアリア先生の不正を暴いてやるとこの決闘の為に戦闘訓練をかなり施してましたから…」
「あはは…まぁ別に後悔はしてませんけど。それではお昼の時間まで時間もありませんし始めてしまいますか?」
「…そう…ですね。わかりました」
顔では笑みを浮かべてるのに声色は全然穏やかじゃないアリアに得体の知れない恐怖を感じながらミネアはスッと表情を隠して声を上げる。
「これから特待生クラス編入を賭けた決闘を始めます!!特待生クラス、シャルロット・セドリックと相対する者は前へ!!」
そう言うと生徒の群れからはいかにも貴族であろう生徒が11人ほど中央に向って歩き始め、唯織達はその場にシャルロットを残す様に離れていく。
「集まりましたね。では一番最初に相対する者はいますか?」
「では僭越ながら私、ドリュア子爵家のオルマン・ドリュアが相手させてもらいます」
そうミネアが言うと如何にもきざったらしい金髪の少年が一歩前に進み腰に下げた豪華絢爛な剣を見せびらかす様に鞘から抜く。
「わかりました。ではそれ以外の者は一度離れていてください。今から決闘による事故を防ぐ為に障壁をオルマンとシャルロットへ張ります」
ミネアの言葉で残りの10名は離れ中央にミネア、シャルロット、オルマンの三人が残されるとミネアは懐から道具の様な物を取り出し二人に触れていく。
「…これで大丈夫です。簡易ではありますが障壁を魔道具で付与しました。戦闘続行不能にするか降参するまで行われる決闘です。両者いいですね?」
「ええ」
「わかりました。…決闘を始める前に一ついいでしょうか?シャルロット・セドリック公爵嬢」
「…?何でしょうか?」
「この決闘、もし私が勝ったら私と婚約して頂けないでしょうか?」
「っ!?」
突然シャルロットに対して決闘の景品として婚約を持ちかけたオルマンに校長だとしてもセドリック家に仕えるメイドであるミネアは目を見開くがシャルロットは顔色一つ変えずに言う。
「わかりました。その話お受けします」
「っ!?」
まさか考えもせずに婚約を受けるとは思わなかったシャルロットにまたミネアは目を見開き餌を求める魚の様に口をパクパクさせる。
「ですがオルマンさん。もしあなたが負けた場合、私に何を頂けるんですか?」
「…チッ…高飛車が……そうですね、私が負けるとは思えませんが私が出来る事であれば何でも一つ願いを叶えてあげますよ」
「そうですか。ミネア校長…いえ、セドリック公爵家メイド長ミネア、今の話を聞きましたね?」
「っ…はい、シャルロットお嬢様」
「ではオルマンさん、お互いの為に正々堂々と決闘しましょう」
「…ええ」
下心丸出しのオルマンに手を伸ばして握手をしたシャルロットはミネアとオルマンに背を向けて開始位置へと向かうとオルマンも開始位置へ向かう。
「…では特待生クラス編入を賭けた決闘、シャルロット・セドリック対オルマン・ドリュアの試合を始めます!!両者構え!!」
ミネアが手を上にあげるとシャルロットは無手のまま棒立ちして豪華絢爛な剣を観客に見せびらかしてポーズを取っているオルマンを見据える。
「試合開始!!!」
「…」
「火よ!!我が呼びかけに答え槍の姿を現しかの者を貫け!!オル・ファイヤーランス!!」
ミネアの手が振り下ろされるのと同時にオルマンは火の中級魔法を詠唱し空中に現れた二本の火の槍をシャルロット目がけて放つとシャルロットの周りが爆ぜる。
「ふっ…口ほどにもない…これで私は…ふふふ…」
確実に魔法が当たったと確信するオルマンは土煙に覆われているシャルロットに剣を向けてこれからの人生がバラ色だとでも言いたげに笑みを浮かべるが…
「お嬢様…っ」
「さぁミネア校長、決着はついた。勝者の名乗りを『せいやぁっ!!!』っ!?あぶぐぁ!?!?」
「っ!?」
オルマンの言葉を遮る様に咆哮を上げたシャルロットは土煙に隠れて空間収納から取り出したアスターを手にオルマンの元へ瞬発し石突で強かに鳩尾を穿つとガラスが割れる音と共にオルマンはボールの様に吹き飛んでいきミネアも驚きを露わにする。
「まだ決着はついてませんよオルマンさん。私は御覧の通り無傷です」
「お、お嬢様…!?」
まるで別人の様になったシャルロットを目を見開きながらミネアは見つめ、シャルロットは器用にアスターを回し吹き飛ばされたオルマンが立ち上がるのを待つが立ち上がる気配はなく…
「…?おかしいですね…かなり加減したのですが…ミネア校長?確認してもらってもいいですか?」
「っ!?わ、わかりました……っ!?」
呆けていたミネアはシャルロットの呼びかけで正気に戻りオルマンへと駆け寄ると真っ白の制服の股を黄色く染めて泡を吹いていた。
「こ、この決闘!オルマン・ドリュア戦闘続行不能の為勝者シャルロット・セドリック!」
「やっぱり私もアリア先生側の人間に近づいたんですね…」
何が起こったのかわからない状況に決闘場から一切の音が無くなるとシャルロットはアスターを肩にかけて声高に叫ぶ。
「さぁ次の対戦相手は誰ですか!?あなたですか!?そこのあなたですか!?」
「「「「「「「「「「ひっ!?」」」」」」」」」」
「………はぁ、私の対戦相手いなくなりましたね…」
決闘を挑んできた名も知らぬ10人はシャルロットから逃げる様に試合を放棄するのだった…。




