自分の武器
「…うっ…無理…鬼畜…おろろ…」
「ん~…」
青い草の上で腹を押さえて蹲る唯織達…そんな唯織達を見つめたアリアはシルヴィアのうめき声に耳を傾けながら一つに纏めた髪を解いて風に棚引かせ空間収納から取り出した黒表紙にサラサラと何かを書いていく。
「まぁ…魔色を自然に扱う訓練で一ヶ月…無手での組み手に一ヶ月…二ヶ月でここまで動けるのなら合格点なのかしらねぇ…」
「…アリア先生…馬鹿…一人で武器と魔法使わなくても一個中隊ボロボロに出来る…ほんと馬鹿…これで合格じゃないとかほんと馬鹿…」
「えっ…?あぁそうなのね…12歳で一個中隊ボロボロに出来るのならいいのかしら…?もう少し無手の近接戦を教え込んでおきたいのだけれど…もう時間切れなのよねぇ」
「「「「「「…?」」」」」」
そう言いながら黒表紙を空間収納に戻したアリアは唯織達を放置しているとログハウスから出てくるランに気付く。
「おう、みんなの武器全部出来たぜ」
「本当に予定通りね、助かるわラン。本当なら私が作ってもよかったのだけれど…ランに任せるのが間違いないわね」
「そりゃ本業だからな。…ほら、これがお前らの武器だぜ」
首に真っ白のタオルをかけてアリアと同じぐらい体を露出したランは汗を拭きながら地面に蹲ってる唯織達の目の前に小さな箱を置いていく。
「うっ…ら、ランさん…これは…?」
「だから言ってんだろ?その箱に入ってんのがお前らの武器だぜ」
「え…?」
顔を顰めながら問う唯織にぶっきらぼうにランが答えると唯織達はアリアからイヤリングをもらった時の様な不安や期待が混じった面持ちで恐る恐る箱を開けると…
「…?ブレスレットですか…?」
光の当て方で十色に変わる宝石が嵌め込まれた華奢なブレスレットが箱に納められていた。
「おう。そのブレスレットはちと特殊でな…そのブレスレットに魔力を流せば空間収納が発動して武器が取り出せんだわ」
「「「「「っ!?」」」」」
「…おー。それは便利」
ブレスレットを付けたシルヴィアが魔力をブレスレットに流すと空間が歪み…その歪みから赤黒いボロ布で包まれた真っ赤で透き通った刃の大鎌が姿を現す。
「…っ!かっこいい!これいい!!」
「だろ?そいつの名前は『…デスサイズ』…え?あ、あぁ…まぁ…その名前がいいんならいいが…」
「…デスサイズかっこいい…」
「おい剣の方は…って…別にいいか…」
大鎌にデスサイズと名前を付けたシルヴィアはデスサイズに巻き付いていた赤黒いボロ布をマントの様に首に巻いて森の中に姿を消していく…。
「…まぁ、そういう事だからお前らも腕輪を付けて魔力を流して中から武器を取り出してみな」
そう言うと皆はそそくさと自分の腕にブレスレットを嵌めて自分が要望した武器を取り出していく。
「で、伝説の空間魔法が使えるだけでも驚きですのに…この細剣…とても美しいですわ…」
空間収納を自分が使ったという感動を打ち消す様に中から取り出したメイリリーナは華奢であり力強さを感じる金細工が施された青い鞘に収まった細剣を抜き放ち見つめる。
「その細剣は多くの魔色が使えるリーナ専用の細剣、魔剣エーデルワイスだぜ」
「魔剣エーデルワイス…」
「エーデルワイスは起こす魔色によって色が変わるんだがリーナは火、水、風、氷、光の魔色だろ?赤を起こしてエーデルワイスに纏わせれば火を纏ったエーデルワイス、水を起こせば水を纏ったエーデルワイスってな感じで魔力を起こしてエーデルワイスに流し込むだけでエンチャントが出来るぜ。更にエーデルワイスは前に持たせたアリアの剣と同じ重さなんだが色々工夫して羽の様に軽く振れる様にしてあんぜ」
「す、凄いですわ…!有難く頂きますわ!!」
魔剣エーデルワイスに一目で心を奪われたリーナは何度も色んな魔色を起こしてエーデルワイスの使い心地等を入念に確かめ始める。
「ら、ランさん!!私の杖と槍も教えてください!!」
リーナがエーデルワイスを使っている事に興奮したのかシャルロットも片手に自分の身長と同じ長さの黒と白の清楚な長杖ともう片方の手で自分の身長以上の長さを持つ黒とピンクの禍々しい槍を持ってランに詰め寄る。
「おう、んじゃまず杖なんだがその杖の名前は魔杖アルメリア。アルメリアは魔法を使う時にシャルの魔法を増幅する助けとシャルの魔力を溜めておくタンクになってるぜ。アリアから聞いたが上級魔法を使って魔力切れを起こしちまったんだろ?せっかくつえぇ魔法を覚えても使えなくちゃ意味ねぇから使える様にする為だな」
「魔杖アルメリア…!!」
黒い杖に白いリボンが複雑に巻き付き杖の先端の三日月部分に宝石が浮く清楚なアルメリアをうっとり見つめて頬擦りするシャルロット…そんなシャルロットを無視して黒い槍にピンクのラインが刻まれた槍の説明をする。
「んで、こっちの槍が魔槍アスターだ。このアスターは魔力を食わすと身体強化の魔法がシャルにかかる様になってるぜ。しかもアスターが壊れかけても魔力を食わせれば勝手に新品に戻るし成長するんだ。いわば生きた槍みたいなもんだぜ」
「すごい…!すごいですランさん!ありがとうございます!!」
まるで我が子が出来たかの様にアルメリアとアスターを抱きしめたシャルロットはさっそく自分の魔力を武器に流し込んでいく。
「あ、あの!私の剣と刀についても教えてください!」
真っ白の鞘に納められた二本の剣と刀を抱きしめておもちゃを与えられた子供の様に目を輝かせてるリーチェもランへと詰め寄っていく。
「リーチェの武器だがまずは双剣の方、魔双剣アネモネとアイリスだ。このアネモネは相手の魔法を反射する事が出来てアイリスは相手の魔法を吸収して好きに放てんだよ。まぁ、どっちも限度はあるがどうだ?リーチェの戦い方に合ってんだろ?」
「魔法を反射吸収…!!」
アネモネとアイリスを腰の後ろに交差させて吊るし、真っ黒の刀身に刻まれたオレンジ色の模様をうっとりと見つめて何度も鞘に納めたり抜いたりするリーチェ…シャルロットと同じ様にトリップしているリーチェにランは苦笑いを浮かべる。
「そんな喜んでる所わりぃがリーチェ…この刀の説明をしてもいいか?」
「あ、はい!お願いします!」
「おう、この刀は魔刀山茶花。山茶花は魔力を流し込むと刀身が見えなくなんだよ。剣で戦うリーチェならこの恐ろしさ…わかんだろ?」
「っ!?山茶花…!!」
自分の顔が映り込むほど磨かれた真っ黒の刀身はリーチェが魔力を流し込むと徐々にその姿を透明に変えて刃が消えていく。
「これはすごい…!ありがとうございますランさん!」
「おう」
早速刀の使い方を知る為にリーチェはアリアの元に駆けて行き、それを見届けると入れ替わりでテッタが細身の短剣を二本持って近づいてくる。
「あのランさん…僕のこの短剣も何かあるんですか?」
「おう。その短剣は魔双牙アンドロメダって言うんだがこいつは斬り付けた相手の魔力を奪う事が出来るんだよ」
「ま、魔力を奪う!?」
秘匿性を高める為に艶消しをした鞘に何も映さない漆黒の刀身…何もかも飲み込んでしまいそうなアンドロメダを見つめたテッタは小さく体を震わせる。
「魔力を吸うとな?…こうやって刀身に猫の模様が現れるんだ。んで、吸った魔力の魔色に応じてこの模様の色が変わるからこれで相手の魔色もわかんだ。しかもな?もし血統魔法を持ってる奴の血をこいつが吸ったらこの猫の模様の頭らへんに花が咲くんだ。咲かなきゃ血統魔法は持ってねぇ。デメリットはまぁ近づいて斬らねぇと意味がねぇ、直接体内から血を吸わないと意味がねぇってとこか。既に採取済みの血を吸わせても意味ねぇぞ」
ランが指先にアンドロメダを小さく刺すと黒の刀身に伸びをする猫の模様が透き通った色で浮かび上がる。
「すごい…もしかしてランさんも透明の魔色何ですか…?」
「あぁ一応な。でもあたいは色々あって魔法なんて使えないがな」
「そ、そうなんですか?」
「おう。…それともう一つこの短剣の特徴を伝えておくぜ」
「…?それは?」
少し真剣な表情を作り声のトーンを低くしたランは空間収納から真っ赤な液体が入った小指程の瓶を取り出す。
「これはこの場にいる奴の血液だ」
「えっ!?」
「この血液をそのアンドロメダに吸わせてみな」
「は、はい…っ!?」
ランからこの場にいる誰かの血液を恐る恐る受け取りアンドロメダに一滴垂らすとアンドロメダが突然震え…
「な、なんか引っ張られてる…?」
「そのまま引っ張られてる方に行ってみな」
「はい…」
まるでアンドロメダに導かれる様にテッタが歩いていくとアリアの元に辿り着き震えが止まる。
「…どうやら成功の様ね?」
「え…?もしかしてこの血…」
「私の血よ。流石に生徒の血を使うわけにはいかないから私の血でアンドロメダの追跡性能を確かめたのよ」
「追跡!?そ、そんな事が…でも何でそんなものを…?」
「いつかわかるわよ。そしてその追跡は必ずテッタ達の力になってくれるわ。ほら、ランに問題ないって伝えてきなさい」
「は、はい…?」
何かはぐらかされている様なもやもやしたものを感じながらランの元へと戻っていく。
「その様子じゃ問題ねぇ様だな。それがテッタのアンドロメダだ」
「はい…あの…この追跡…」
「…わりぃが何で追跡っつー能力があんのかは言えねぇ。アリアも言ってたと思うがいつかわかるぜ」
「は、はぁ…でもアンドロメダをありがとうございます!大切にします!」
「おう」
ランにも何故追跡という能力があるのか教えてもらえなかったがテッタはアンドロメダを太ももと腰の後ろに括りつけるとアリアがリーナ達と戦っているのに気付いて乱入しに行く。
「さて…唯織。唯織から預かってた剣、完璧に研いでおいたぜ。それと今並べてる武器について説明したいんだがいいか?」
「ランさんありがとうございます!是非この武器について教えてください!」
「んじゃ…」
魔王の角で出来た剣を新品同様に研ぎ直し唯織に返すと地面にナイフ、大鎌、弓と並べている唯織の隣に座ったランは武器を一つずつ手に取りながら説明していく。
「まずはこのナイフはトレーフル。正直これといった特徴はねぇがとにかく頑丈で刃が欠けたり折れたりしても鞘に入れて魔力を流せばまた元通りになるぜ」
金の刺繍で猫の模様が描かれた黒い革製のナイフケースからトレーフルを取り出すとクローバーの模様が浮かび上がる真っ黒のナイフが姿を現す。
「それだけでも明らかに神器と同等なんですが…?」
「そりゃあたいが作ったんだ。神器級になっても不思議じゃねぇぜ」
「あ、あはは…」
手慣れた手つきでくるくると弄びながらナイフケースにトレーフルを戻すと次は真っ白で刃が紫色の両刃の大鎌を持ち上げる。
「こいつはアコーニト。今は大鎌の見た目をしてるが魔力を流してやると…」
「っ!?!?」
バキンという硬質な音を連続的に立ててアコーニトの刃の部分が直線に変わり大剣の様な大型の槍の姿に変わっていく。
「こんな感じで大剣としても槍としてもロンパイアとしても使える感じに変形すんだよ。かっけーだろ?」
「す、凄すぎて何て言ったらいいか…」
「まぁこいつには鞘も何もねーから基本そのブレスレットに仕舞うか自前の空間収納にでも入れときな」
「は、はい…」
アコーニトを地面に置き直したランは最後の弓を手に取り口を開く。
「んで次はこの弓…名前は薊だ。この薊は自分の魔力を矢に変換して使うんだが…ちと見てな」
「…?」
白と紫が入り交じった長弓をランが持ち上げゆっくりと弦を引いていくと弓と弦の間に透明な何かが現れる。
「え…?も、もしかしてランさんも透明の魔色…?」
「ああ…っていうよりアリアの正体がわかってんだろ?ならあたいも同類だぜ」
「異世界人…魔色の無い世界…」
「そうだぜ。魔法が使えない奴もいるし魔色なんて存在しねぇ。ただ種族的な争いがあるが…それもアリアが全部何とかしちまった。アリアはマジで世界を救っちまった神なんだぜ?」
ランの魔色がアリアと同じ透明だという事、魔法が使えなくてもアリアとランのいる世界なら迫害されることが無いと聞いた唯織は表情を暗くしながら呟く。
「そうなんですか…僕もそっちの世界に生まれ…いえ、何でもないです…」
「…まぁそう言うな。唯織にもこの世界で大切なもんが見つかる。…もし見つからなかったらあたいらの世界にくりゃいい。だから今は武器の説明をすんぜ?」
「はい…」
異世界への憧れ…つま弾きにされ辛い過去を刻みつけた世界から逃げたいという当然の思いを無意識に呟いてしまった事に唯織は頭を振ってその思考を頭から追い出しランが持つ薊を見つめる。
「この薊は魔力の矢を放つから矢の大きさを自分で調整する事が出来んだよ。んで…」
弓と弦の間にある透明の何かが大きくなっているのかランの顔が唯織の目からは何かを挟んでみている様に歪んで見え始め…
「ら、ランさん?」
「よく見とけ唯織。これが…薊の力だ」
「っ!?!?」
バンっという空気が破裂する音と音から生み出される衝撃に目を見開くと湖の中心が破裂して一瞬湖の底が姿を現し唯織達に晴天の雨が降り注ぐ。
「どうだ?すげーだろ?」
「………」
「お、おい?どうしたんだ唯織?」
「………」
ただの弓の一射が想像を遥かに超える威力で声が出せなくなった唯織は空から降ってきた魚を抱えて呆けていた…。