初めの一歩
第二章開始です。
風に煽られ静かに波打つ湖…ざわざわと葉を擦り合わせる音…そして高速で湖を周り風切り音を生み出す黒い制服を着た六人とそれを見守る一人…。
「はーい、全員集合ー」
手を叩きながら見守っていた一人が声を出すと湖の周りを走っていた六人は即座に集まり一列に並ぶ。
「…よし、みんな6時間も走ってたのに息も乱れてないし魔力もちゃんと走り始める前と同じで無駄なく纏えてるわね。やるじゃない、第一関門突破よ」
「「「「「「終わったあああああ………」」」」」」
口を揃えて香りのいい草に寝転んだ者達に白く濁った水を渡すと一斉に口を付け、思い思いの言葉を口にし始める。
「最初はこんな事出来ないと思いましたが案外何とかなるんですのね」
「そうだねリーナ…でもやっぱりずっと集中してるから頭がくらくらする…何度か集中途切れそうだった…」
「私も前を走るテッタの尻尾がゆらゆら揺れてるのに気を取られて集中が途切れそうでした」
「ええ?僕の尻尾揺れてた?ごめんねリーチェ…」
「…単調すぎて眠くなった」
「あはは…まぁ…今回はシルヴィに同感かな…」
皆が友達になってから一ヶ月、メイリリーナ、シャルロット、リーチェ、テッタは常に魔力を無駄なく最大限に起こす事が出来る様になり、入学する前とは別人の様に成長していた。
唯織とシルヴィアは皆が走っている時は常に魔力を起こさず重くて痛い木の武器でずっと基礎訓練をこなし、身体の使い方に理解が深まったのか二人の動きも見違えるほどよくなっていた。
そして第一段階の最終試験として早朝の6時間マラソン…それを達成した皆は満面の笑みを向け合う。
「大体予定通り…ちょっと早いぐらいね。それじゃあ今後は常に魔力を起こしっぱなしで過ごしてちょうだい。お風呂入る時も寝る時もね」
「わかりましたわ。今なら息をするのと変わりませんもの」
「あら、言うようになったじゃないリーナ。…でも魔力を纏いながら魔法を使うのはかなり難しいわよ?」
「…という事は次は魔法の訓練ですの?アリア先生」
「んや、違うわよ。次はあなた達にあった武器の確認とその武器を使用した戦闘訓練よ」
「…わたくし達は魔法を学ぶはずですのに…まぁ今更文句なんて言いませんわ」
「しっかり文句言ってんじゃない…」
メイリリーナの言葉に苦笑するアリアはパチンと指を鳴らして何もない空間からバラバラと木で出来た様々な武器を地面に落としていく。
「さぁこの中から好きな武器を手に取ってみてちょうだい。かっこいいから、持ちやすそうだから、扱いやすそうだから、大きいから、理由は何だっていいわ。直感で選びなさい」
「す、すごい量ですわね…これは何ですの?」
「リーナが持ってるそれはロンパイアね。特徴は刀身と柄が同じ長さで馬とか四足歩行する動物の足を斬りやすい武器よ」
「じゃあこれは何ですか?」
「シャルが持ってるのは鎖鎌って言ってこの重りみたいになってる方を相手に投げつけたり鎖で相手を縛ったりしてこの鎌でザクってするのよ」
「これは…剣ですか?」
「リーチェが持ってるのは刀よ。リーチェが普段使っている両刃の片手剣はどちらかというより斬るんじゃなく叩きつける様に振るのが一般的だけれど刀は斬る為に研ぎ澄まされているの。かなり扱いが難しい武器ね。当たり所が悪ければすぐに刃は欠けて斬れなくなるし折れるから剣士の技量が試されるわ」
「…?この不思議な形なんだろ?」
「テッタが持ってるのはトンファーね。防御よし、攻撃よしの優れものよ。基本は打突、そこからハンマーの様に振り下ろしてもいいし肘まで長さがあるからそれで受け流すもよしって感じね」
「…おお、大鎌だ」
「鞭かぁ…ちょっと使ってみたいな…」
「なら実際に使ってみなさい。私は手に持つ武器なら何でも扱えるから実演もしてあげるわよ」
「じゃあシルヴィの持つ大鎌はどう扱うんですの?」
「大鎌の実演をご所望ね。…力を貸してちょうだい、バハムート」
右腕を伸ばしながらパチンと指を鳴らすと真っ黒の魔法陣から禍々しい真っ黒の大鎌が姿を現し、アリアはまるで手足かの様にくるくると弄ぶ。
「まず大鎌は見ての通りかなり扱いにくい武器よ。でもしっかり扱えるようになると…」
持ち手の先端部分を掴みゆっくり回していくと徐々に武器の重さで回転速度が上がり…
「こうやって手で回してるだけで攻防一体の武器になるわ。テッタ、そこら辺の木を私に向けて投げてみなさい」
「わかりました」
テッタが投げた木の枝が一瞬で細切れになって吹き飛んでいく。
「まぁ簡単にはこんな感じね。後、大鎌は特殊な形だから剣や盾で防ぎにくいっていうのが特徴よ。なんせ大鎌の柄の部分を防いだとしても後ろに刃があるんだから」
「さも当然の様に扱ってますがわたくしには合わなそうですわね…ならこの細身の剣にしようかしら…可愛いですし…」
「ならリーナは細剣ね。シャルはどういうのがいいのかしら?」
「私は…無難に杖ですかね?この物語に出てくる魔法使いが使ってそうな杖が可愛いです。あ…でも槍もなんかいいなぁ…」
「シャルは杖か槍ね…棒術と槍術は似てる所もあるし大丈夫よ。じゃあリーチェは今まで通り剣かしら?」
「そうですね……わ、笑いませんか?」
「ん?何かしら?」
「その…双剣…刀…」
「あら意外ね?剣を二本持つのは貴族の道楽だとか言われてるものねぇ…双剣も刀も相当難しいけれど大丈夫よ。教えてあげるわ」
「あ、ありがとうございます…」
「んじゃテッタは何がいいのかしら?」
「僕はナイフとか短剣の二本持ちにします。遠距離は僕の血統魔法でカバー出来ると思いますし」
「ちゃんと考えてるのね?ならそれでいきましょうか。シルヴィは?」
「…剣、大鎌」
「わかったわ。唯織は?」
「僕は剣は決まってるんですが他の間合いを考えて…弓…とかですかね?でもやっぱり他の武器も魅力的ですし…大鎌も使えたらすごくかっこいいかなって…」
「なるほどねぇ。まぁ今は剣と弓と大鎌を重点的に練習してそこから択を増やしていきましょう」
「はい!」
皆が自分が使いたいと思う武器を手に取り目をキラキラさせているのを眺めたアリアは笑みを浮かべながらパンパンと手を叩く。
「んじゃあらかた武装も決まった所だし…ちょっと紹介したい人がいるわ。来てちょうだい」
「「「「「「…?」」」」」」
もう一度アリアがパンパンと手を叩くとログハウスから一人の赤髪で気の強そうな長身の女性が現れる。
「おう。あんたらがアリアの教え子か。あたいはラン、よろしくな」
真っ赤で毛先にいくほど真っ白な髪を乱雑に一つに纏め、瞳はピンク、アリアと同じで170㎝程の身長、豊満な胸を白い布で締め付け裾と袖がひらひらとした見た事のない格好をしていたが…
「…おお、サラシ、半纏、袴…ザ・鍛冶職人」
「お?この格好がわかる奴がいんのか?」
「あー…シルヴィは……だから」
「あぁ、アリアが言ってたシルヴィか」
「「「「「…?」」」」」
シルヴィアだけはランの服装に理解があったのか目をキラキラと輝かせていた。
「ランは私の大切な人、嫁なんだけれど今日はみんなの武器を作る為に呼んだわ」
「「「「「「嫁!?!?」」」」」」
そしてアリアはサラッと衝撃的な言葉を口から漏らし、ランは顔を髪色の様に真っ赤に染め上げる。
「ばっ…アリア…教え子の前で言わなくていいだろ…」
「何言ってんのよ。私の嫁でしょう?」
「ま、まぁそうだけどよ…」
「頼りにしてるわラン。私はみんなのご飯を作って来るからよろしく頼むわね」
「あ、あぁ、まかせとんむっ!?!?」
「「「「「「っ!?!?」」」」」」
堂々と唯織達の前でランにキスをしたアリアは満足そうな笑みを浮かべながらランが出てきたログハウスへと帰っていく。
「……あー…まぁ…なんだ…そういう事だから…よろしく頼む…」
「「「「「「は、はい…」」」」」」
顔を真っ赤にしたランがそうぶっきらぼうに呟き唯織達は衝撃的な光景を見た事に顔を赤くして俯いていた…。
■
「んー…リーナの腕の長さと腰から足の長さからしてこんなもんか…ちょっくらこの剣を持ってみてくれねぇか?」
「っ!?…は、はいですわ…」
さも当然の様に何もない場所から空間収納を使ってアリアが使っていた黄金の剣を鞘ごと取り出すランに面食いながらも黄金の剣を持つと…
「っ!?!?な、何ですのこの重さ!?!?うぐぐぐ!!!」
「あー…流石にちぃと重いか…」
華奢な見た目からは想像つかない程の重量に王女らしからぬ声を上げたメイリリーナは軽々持ち上げるランに驚きの眼差しを向ける。
「その剣…どのくらい重いんですの…?」
「この剣か?これはアリアが打ってポッキリ折っちまったのをあたいが調整したんだがアリアは重めの剣が好きでな…確か30、40㎏ぐらいか?リーナの体重と同じぐれぇだな」
「っ!?な、何でわたくしの体重を…それより重すぎませんかこの剣!?しかもこの剣をアリア先生が打ったんですの!?こんな重い剣をあんな軽々振ってましたの!?」
「お、おい…興奮しすぎだろ…?」
「す、すみませんわ…」
「まぁ体重がわかったのはあたいが鍛冶師だからだな。筋肉の付き方とか癖でどう使うのかとか色々調整してたら身についた」
「そ、そうなんですの…」
「この剣はな…あたいとアリアがどっちが優れた武器を作れるかっつー大会で打ち合った剣なんだよ。まぁそれを使って戦闘もあったから結果的には負けちまったが…あたいが打った剣は別の嫁が使ってて今手元にはねぇけど思い入れのある剣なんだ」
「そうなんで…え?べ、別の嫁って言いました…?」
「ああ。あたい以外にも別の嫁がアリアにはいんぞ。…あたい含めて19人か?」
「じゅっ!?!?」
「あぁ、別に浮気とかそんなんじゃねーぞ?アリアが異世界人なのは知ってんだろ?」
「は、はい…」
「アリアは別の世界で王様やってんだよ」
「お、王様!?!?」
「まぁ…これ以上詳しく聞きてぇなら実際に本人に聞いてみな。アリアなら教えてくれんだろ」
「は、はい…」
「驚き過ぎて口調忘れてんぜ…?…うし、大体寸法は取れたから次はデザインなんだが…」
「はい…」
………
「シャルは杖か槍だったな…一旦この剣を持ってくれねぇか?重さを測りてぇ」
「わ、わかりっ!?!?うぐぅ!?」
「なるほどな…さんきゅー」
メイリリーナと同じ様に公爵令嬢らしからぬ声を上げながら黄金の剣を持ち上げるシャルロット…そしてそれを軽々受け取るランにメイリリーナと同じく驚きの眼差しを向ける。
「うし…シャルの腕の位置と身長を加味して…槍の長さと重さは…こんなもんか。杖も作れるが杖はどんなのがいいんだ?」
「え…っと…こう、物語の魔法使いが使うような先が丸くなっててその中心に宝石が浮いてる…みたいな…む、無理ですよね。物語の杖ですし…」
「んや出来んぜ?」
「ええっ!?」
驚くシャルロットを無視してランは地面に先端が三日月の様に湾曲してその中心に宝石が浮いている杖や先端が丸くなっていてその周りに宝石が浮いている杖を何種類も描いていく。
「こんなのはどうだ?」
「えええっ!?本当に作れるんですか!?」
「おう、あたいなら作れんぜ」
「じゃ、じゃあこういう杖はどうですか…?」
「ふぅん…?問題ないぜ」
「じゃ、じゃあこういうのは…」
「それも問題ないぜ」
「す、すごい…じゃあこういう杖がいいです!」
「おう。んじゃ槍はどうすんだ?」
「槍はこう…こんな感じで…」
「お、おう…杖がファンシーなのに槍は結構禍々しいデザインなんだな…」
………
「リーチェは剣を使ってんだよな?一回剣を見せてくれるか?」
「わかりました。…これが私の使ってる剣です」
「ふぅん…なるほどな…」
真っ赤な鞘から抜かれた鏡の様に磨かれた剣はとても美しく切れ味が良さそうに見えるがランは渋い表情を浮かべていく。
「この剣はリーチェ自身で研いでんのか?」
「いえ…お抱えの鍛冶師に研いでもらっています」
「ふぅん……ダメだなこりゃ」
「え…?ダメですか…?」
「ああ。研いでる鍛冶師は貴族が持つって事で見栄えだけを気にして研いでんのかこの辺とこの辺の厚みが全然ちげぇ。後は持ち手部分がリーチェの手の大きさに合ってねぇんだよ」
「ひ、一目見ただけでそこまでわかるんですか!?」
「これぐらい当然だ。それに研ぎすぎて重心がブレてるしリーチェも扱い方が雑なのかは知んねぇが力任せに相手の剣を弾いたりしてんだろ?」
「っ!?…た、確かにその通りです…」
「だからまぁそういうとこも踏まえてリーチェの剣を作ってみるが…ちぃとアリアが使ってるこの剣を持ってみてくんねぇか?」
「は、はいいいいい!?!?なんっ…!?こんな剣をあんな軽々扱ってたんですか…!?」
無造作に渡された黄金の剣は等しくリーチェにも貴族令嬢らしからぬ声を上げさせる…。
「まぁアリアは正直人外だからな…よし、大体どんな剣にするかはわかった。次はデザインなんだがどういうのがいいんだ?」
「そうですね…か、かっこいい…のがいいです」
「かっこいい奴だな。…こんなのはどうだ?」
「っ!?いい!いいです!!」
「んじゃこういうのは?」
「それもいいです…!!」
「じゃあ…」
………
「テッタ…」
「え…?な、何ですか…?」
「いや…マジであいつに似てんな」
「似てる…えっと、アリア先生が言ってたどんな武器も魔法も笑って防ぎ、敵のありとあらゆる攻撃から仲間をその身一つで絶対に守る守護者の様な人の事ですか?」
「ああ。性格も性別も全然ちげぇけどな」
そう言いながらランは入念にテッタの手を揉みながらジロジロと観察し、手から腕、腕から肩へと視線を移しながら確認していく。
「ふぅん…あいつと違って体格も筋肉もちげぇ…どっちかってーとあいつよりか…」
「僕は色んな人に似てるんですね…」
「ん?あぁ…わりぃな。テッタの知らない奴と比べちまってよ。…うし、ちょっくら削ってみっか」
テッタの腕を確認し終えたランは空間収納から太い樹の枝と明らかに切れ味の良さそうなナイフを取り出して枝を削り始めテッタ用の短剣を作り上げていく。
「…どうだ?こんぐらいの長さが丁度いいか?」
「す、すごい…一瞬でこんな手に馴染む短剣が作れるなんて…長さはいいんですがもう少し隠しやすい方が…」
「なるほどな。…ならテッタの腕に隠れるぐらい細くして前からじゃ見えないぐらいにしてみるか?」
「は、はい!お願いします」
「…どうだ?この細さと長さでいいか?」
「はい!完璧です!」
「んじゃ次はデザインなんだがこんな感じでシンプルな作りだけど他に希望はあるか?」
「じゃ、じゃあ刃の所にこんな感じで…」
「なるほどな。…んじゃこういうのはどうだ?」
「いいですね…!」
………
「よぉシルヴィ。アリアが世話になってんな」
「…ん、私が世話になってる」
「そうか。剣は既に持ってんだろ?大鎌だけでいいか?」
「…剣はもう無い。両方欲しい」
「…ああ、そういう事か」
シルヴィアとランは未だアリアが乱雑に放り出した木の武器を品定めしている唯織を見つめる。
「あれが唯織か…本当に似てるけど髪は唯織の方がなげぇんだな。真っ白じゃねぇか」
「…うん。めっちゃ可愛い」
「ふぅん…んじゃ…この剣を持ってくれ」
「…ん!!流石に重い!!」
シルヴィアですらアリアが使う黄金の剣が重かったのか真っ白な肌を徐々に赤く染めていく。
「んじゃもう少し軽めがいいか。…大鎌はどうすんだ?」
「…命刈り取る感じ。死神。めっちゃ禍々しいの」
「あ、ああ…まぁ何となくわかったぜ。とりあえずサイズを測らせてもらうぞ」
「…ばっちこい」
「あ、ああ…」
………
「唯織、剣以外の武器は決まったか?」
「あ、はい。剣は師匠からもらった物があるので僕はナイフと大鎌…後弓とか…」
「意外に欲張りなんだな?とりあえず剣を見せてくんねぇか?」
「はい。…これが師匠からもらった剣です」
「ほぉ…?」
唯織が空間収納から真っ黒の鞘に納められた剣を取り出しランに渡すとランはスッと目を細めてじっくりと観察していく。
「この材質…黒曜石か?いやちげぇな…流石に見た事ねぇな…」
「師匠から聞いた話だと魔王の角だそうです」
「はぁ!?魔王の角かよこれ!?…まぁた物騒な物を剣にしやがったな…」
「あはは…確かにアリア先生には言えないですね…」
「…あー、唯織は知ってんのか?」
「はい、本人から直接…」
「そうか。…武器の重さはこれぐらいが丁度いいのか?」
「そうですね。一応他にも使ってるナイフが…これです」
「わかった。剣は研ぐだけにして…何だこのナイフ?店売りのナイフか?」
「はい。流石にこの剣は出来るだけ人目に触れさせたくないので普段はそのナイフを使ってます」
「ふぅん…ナイフ…大鎌…弓…よし、んじゃ次はデザインでも決めるか。こんな感じでどうだ?」
「わぁ…!かっこいいですね…!」
「んじゃこういう方向性で作ってくぜ」
「ありがとうございます!」
そうして全員の要望を聞き終えたランに連れられログハウスへと戻った皆はアリアの手料理を食べながら楽しいひと時を過ごし、また地獄の特訓を開始するのだった…。




