鬼ごっこ
「ここなら見つかりませんわ…」
鬱蒼とした森の中で身を隠すメイリリーナ…。
「それにしてもこれの何処が訓練ですの…?ただの鬼ごっこですわよね?こんな児戯…楽勝ですわ」
午後の訓練…それは森での鬼ごっこという内容で肩透かしを食らっていたのだが…
「なんじゃお主、それで隠れたつもりかのぅ?」
「っ!?!?」
突然音も無く背後に現れたムゥに驚いたメイリリーナは魔力を全身に纏って木々の隙間を縫うように、更に木から木へ飛び移って即座に鬼から逃げだす。
「な、何なんですの!?全く気配を感じませんでしたわ!?」
「逆にそんなに魔力を出していたら何処にいるか丸わかりじゃぞ?」
「なぁっ!?しまっ!?」
ただの身体能力だけでぴったりとくっついてくるムゥに驚いたメイリリーナは木を踏み外してそのまま落下していくが…
「ほれ、しっかり足場の把握をせい。そういう些細な油断が命取りになるんじゃぞ?」
「は、はいですわ…」
ムゥにしっかりと抱きかかえられそのまま捕まってしまった…。
………
「リーナが捕まっちゃった…」
木から落下してムゥに抱きかかえられたのを木の影から見届けていたシャルロットはどんどん遠ざかっていくムゥの背中を見て安堵すると…
「…ふぅ。何とかバレ『バレバレじゃぞ?』ひぃっ!?!?」
メイリリーナを抱きかかえたまま音も無く背後に現れたムゥに悲鳴を上げてそのまま腰を抜かしてしまう。
「全く、わらわが近づいた時に自棄を起こして逃げなかったのは感心じゃが、あんなに熱心な視線を向けていたらバレバレじゃ。お主も捕まえたのじゃ」
「うううっ…」
まるで荷物の様にシャルロットを肩に担いだムゥはまた森の中へと消えていく…。
………
「母上、リーナとシャルを捕まえたのじゃ」
「あら、随分と早いわね?」
食事を取ったログハウスの前で黒表紙にすらすらと何かを書いていたアリアはパタンと黒表紙を閉じると顔を真っ赤にしたメイリリーナとシャルロットに視線を向ける。
「あらぁ?こんなの子供のお遊びだって息巻いてた二人がこんなに簡単に捕まるとはねぇ?」
「「うぐっ…」」
「まぁいいわ。ムゥ、そのままちゃちゃっと捕まえてちょうだい」
「わかったのじゃ」
メイリリーナとシャルロットを優しく降ろしたムゥはゆっくりとまた森の中へと姿を消した。
………
「さて…残りはリーチェ、テッタ、唯織、シルヴィアじゃな…やはり戦う事を知っておるからか隠れるのが上手いのぅ」
柔らかい土を踏みながらゆっくりと歩くムゥは目を閉じ耳を澄ませ…
「こっちじゃな」
風に揺れる木の葉に交じったノイズを聞き分ける様にするすると進んでいき…
「そこじゃな?」
「っ!?」
木の葉に紛れる様に木に登っていたリーチェを見つけるとリーチェは一瞬で姿を消す。
「ほぉ…あれが血統魔法なんじゃな…確かに早いのぅ…じゃが…」
リーチェの血統魔法に感嘆を漏らしつつもムゥはリーチェの魔力を探りながら正確に後を追っていく。
「なっ!?この速さでもついてくるんですか!?」
「ほれほれどうしたんじゃ?もっと速度はあがらんのか?」
「くっ…!なら!!」
「むっ!」
腰に吊るした剣を鞘から抜いたリーチェは飛び移る木のしなりを利用して追いかけてくるムゥに対して飛び掛かりながら剣を振り抜くが…
「なぁっ!?」
「いい狙いじゃが…目線で何処を狙っているのかがわかりやすいのぅ」
首を狙った一撃をまるで豆でも摘まむ様に止めたムゥはそのままリーチェを抱きかかえ、奪った剣をリーチェの鞘へと納めてしまう。
「咄嗟の機転はいいものじゃった。じゃが、素直すぎるのがいかんな。虚実を織り交ぜればよりよくなるのじゃ」
「は、はい…」
捕まってしまったリーチェはムゥの腕の中で成す術なくアリアの元へと連れてかれていく…。
………
「…ここは私の庭。捕まるはずがない」
美しい銀髪と肌が汚れるのも気にせず泥を被って低い草むらに潜伏しているシルヴィアは得意げにふふんと鼻を鳴らすと後ろからガサガサという音が聞こえる。
「…イオリ?」
「あ…シルヴィも同じ事を考えてたんだ…」
後ろを振り返ると雪の様に真っ白な髪と肌をシルヴィアと同じ様に泥だらけにした女子制服の唯織が苦笑していた。
「…イオリもシオリと鬼ごっこした?」
「うん。こういう時は魔力を完全に遮断して自然と一体化するのが一番いいって」
「…だね。もう金髪縦ロールもマセガキピンクも腹黒オレンジも捕まった」
「ちょ…メイリリーナ・ハプトセイルさん、シャルロット・セドリックさん、リーチェ・ニルヴァーナさんだよ」
「…リーナ、シャル、リーチェはもう捕まった」
「そっか…」
隣に移動して真剣に潜伏している唯織は周囲に気を配っていたが…シルヴィアは唯織の泥に汚れた白い髪を取って愛おしそうに笑みを浮かべる。
「…頑張ったんだね」
「え?どうしたのシルヴィ?」
「…大切なもの、手に入れたんだね」
「…?どういう事?」
「…何でもない」
「そっか…」
シルヴィアの言葉に首を傾げた唯織はそのまま辺りを見渡そうとした時…体が宙に浮く感覚を覚えた。
「「っ!?」」
その中に浮く感覚はシルヴィアも感じたようで二人して驚いた表情を浮かべるとアリアにそっくりなムゥが自分達の制服を掴んで吊り上げている事に気付く。
「お主ら…気が緩んだ様じゃな?」
「…不覚」
「うぐ…すみません…」
「まぁよい。これで残りはテッタのみじゃな」
そしてムゥに吊られたまま唯織とシルヴィアはログハウスの前まで連れていかれた…。
………
「…むぅ…テッタの奴…何処におるんじゃ…?」
唯織とシルヴィアを捕まえてから既に数時間が経ち辺りは若干薄暗くもう少しで日が落ちそうな中、ムゥは首をひねりながら必死にテッタを探していたが全く見つからなかった。
「あ奴…こんな才能があったとはのぅ…これは流石に見つからんか…?」
そんな事をぶつぶつと呟きながら草をかき分けて探していると何かが高速で後ろを駆け抜けていくのに気付く。
「っ!?そっちじゃな!!」
即座にムゥは黒い影を追って駆け出していくが…
「むっ!?テッタの奴あんな動きも出来るのじゃな!?」
明らかに人とは思えない速度と動きで巧みに木々の隙間を縫ってムゥとの距離を開いていく。
「じゃがその程度ならわらわにも出来るぞ!!!」
そう言うとムゥは背中から真っ黒なドラゴンの羽と腰から真っ黒なドラゴンの尻尾を生やしてぐんぐんと黒い影との距離を詰め…
「よし!!捕まえたの…じゃ…?」
姿形、魔力も全てテッタそのものの土人形を捕まえた。
「な、なぬ…!?これがテッタの血統魔法…!捕まえるまで本人かと思っておったのじゃが…これは一杯食わされたのぅ…」
ボロボロと崩れていく土人形のテッタを悔しそうに睨んだムゥの耳に風に乗ってアリアの声が響いてくる。
「はーい!鬼ごっこ終了よー!ログハウスに戻ってらっしゃいー!」
「くっ…テッタの奴…なかなかやりおるわ…」
そしてムゥは尻尾を力なく垂らして引きずりながらログハウスへと戻っていく…。
………
「…にしてもやるじゃないテッタ。まさかムゥに捕まらずに終わるとは思わなかったわ」
「隠れたり逃げたりするのは得意なので…」
「なるほどねぇ。ちなみにどうやって凌いだのかしら?」
「えっと、開始までの間に自分の人形を魔法で作って血統魔法でムゥさんが何処にいるか把握して…後は何も考えず息も殺してずっと隠れてました。最後は見つかりそうになったので予備で用意していた人形を走らせてムゥさんを僕の場所から遠ざけました」
「…なんじゃ、わらわの感もあながち間違ってはなかったんじゃな…」
「はい…もう少しで見つかる所でした…」
「ふぅん?たかが鬼ごっこだと高を括っていた人達とはだいぶ違うわねぇ…?」
「「「「「……」」」」」
笑みを浮かべながら正座をしている唯織達を見渡したアリアはパンパンと手を鳴らした。
「んじゃ今日の授業はこれで終わりよー。また教室に転移するから立ってちょうだい。…ムゥ、食事の下準備頼んだわよ?」
「うむ、任せるのじゃ」
そうムゥが返事するとアリアはパチンと指を鳴らして唯織達と夕日が差す教室へと転移する。
「はい、んじゃ最後に伝える事を伝えたら解散よー」
皆がのそのそと机につくのを見届けると空間収納から黒表紙を取り出して皆の名前を黒板にすらすらと書いていく。
「まず一つ目なんだけれど…これ、何の数字かわかるかしら?」
皆の名前の下に各数字が割り振られ、黒板にはリーナ『19』シャル『11』リーチェ『31』テッタ『24』シルヴィ『0』イオリ『115』と書かれていた。
「…?これはポイントの数字ではありませんわよね?」
「違うと思うけど…何でシルヴィアさんだけ0?」
「それにイオリさんだけダントツですし…」
「もしかしてこれ…特待生クラス編入を賭けた決闘申請数だったりしますか?」
「そうよテッタ。たった一日で一年の全生徒が私達特待生クラスに喧嘩を売ってきたのよ」
「「「ええっ!?」」」
細長い棒でコツコツと黒板を叩くアリアはとても凶悪な笑みを浮かべながら続きを話していく。
「まず内訳だけれど…リーナとシャルは入学式の時に結構貴族連中を煽ったから貴族連中からの申し込み…まぁ面子を保つ為に挑んできてる感じね」
「うっ…た、確かにあれは少し気分が乗ってましたわ…」
「うん…私も同じ…」
「んで、リーチェなんだけれど…これは完全に女子生徒から恨まれてる感じね。申し込みが全て女子生徒だわ」
「…まぁ、同族嫌悪的なものが働いたんでしょうね。…それにテッタ君と同じクラスですし…」
「えっ!?僕と同じクラスだとリーチェさんが恨まれるの!?」
「テッタ君…実はあなたのその可愛らしい外見と庇護欲を掻き立てる仕草は女子生徒からとても人気が高いんですよ?」
「えええ!?そうなの…!?」
「リーチェの言う通りよ。んで、テッタも同様の理由ね。リーチェは男子生徒からかなり評判が良くてテッタはひ弱そうに見えるから男子生徒から…まぁやっかみね」
「そ、そうなんですか…」
「で、シルヴィなんだけれど…まぁ、テストであんな馬鹿でかい剣を振り回せばビビるわよね」
「…意気地なし」
「まぁ最後は唯織だけれど…これは不正が疑われてるわ」
「「「「っ!?」」」」
「…ぶっ殺す」
「ちょ、シルヴィ…すぐに殺すとか言っちゃダメだよ…今までの透明の魔色の評価を冷静に考えれば当たり前だよ…」
「…むぅ」
「そうね。唯織の言う通り、今まで透明の魔色が他の魔色を扱えるなんて知られていなかったからよ。おかげで私が唯織の行動に合わせて何か不正してんじゃないかって他の教師からも言われてるし…ほんと馬鹿ばっかで煩わしいわ…」
「す、すみません…」
「唯織が謝る事じゃないわよ。…んで決闘についてなんだけれど…今日から三ヶ月後に始まるわ」
また黒板に向き直ったアリアはスラスラと決闘のルールを書いていく。
「既に知ってると思うけれど改めて決闘について説明するわよ。まず決闘は1対1で相手を戦闘続行不能にするか降参するまで行われるわ。但し後遺症が残る様な攻撃…例えば目を潰したり腕を斬り飛ばしたり脚を斬り飛ばしたり…後は健をズタズタにして一生腕が動かなくなったり脚が動かなくなったりする様な攻撃は禁止よ」
「さ、サラッとえぐい事を言いますわね…」
「戦いなんてそんなもんよ。この決闘システムだってより実戦的な経験を積ませて国の戦力にする為のものだもの。熱くなればその時の感情だけで何をしでかすかなんてわかったもんじゃないわ」
「確かに…そうですね…」
「私も頭に血が上ったら斬り飛ばしてしまいそうですし…気を付けませんと…」
「まぁ、開始のタイミングで教師がみんなに魔法障壁を張るから問題ないと思うし、魔法障壁が崩れたら終わりになる事が多いから大丈夫だと思うわよ。それに正直腕が無くなったり脚が無くなるぐらいなら私がどうとでもしてあげるわ」
「あ、アリア先生…サラッと凄い事を言ってませんか…?」
「気にしない方がいいわよテッタ。んで、決闘には回数制限がないから同じ学園、同じ学年にいる限り何度も挑まれることになるから覚悟しておくのよ。んで…私からあなた達に特別ルールを言い渡すわ」
アリアの最後の言葉に浮ついていた空気が一瞬で張り詰めたのを感じたアリアは笑みを浮かべて特別ルールを言い渡す。
「あなた達は学園の決闘において…私が使っていいと判断するまで魔法、血統魔法を使っちゃダメよ」
「「「「えええええええっ!?!?」」」」
「…よゆー」
「魔法無しならナイフと剣…でも間合いが不安だからどうにかしないと…」
「んじゃ、そういう事だから今日は解散よ~お疲れ様~」
驚き、余裕、考察入り交じる教室でアリアはパチンと指を鳴らして生徒達を置いて姿を消した…。




