表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第五章開始 色付きの花束と透明な花  作者: 絢奈
第一章 箱庭
21/157

白雪姫の罪と責任と重み

 





「………これが僕の過去…5歳の時に奴隷として両親に売られ、貴族の性奴隷…愛玩動物として飼われ、壊れた玩具の様に捨てられた証です」


「…」



 唯織の体に刻まれた凄惨な過去…特に腹の下に残された色黒い魔法陣に嫌悪感を感じたアリアは眉を顰めて目を逸らしたい気持ちをぐっと押し込め、唯織はアリアの顔を見つめながら重苦しく語り始める。



「…正直言って幼い頃の僕にはあまり記憶はありませんが…僕はバルドス神聖帝国の名も無い辺境の村で生まれたただの村の赤子でした。多分…両親と幸せに暮らしていたんだと思います。ですが僕が奴隷として売られる日…その事だけははっきりと鮮明に覚えています」


「…それは5歳になった時に行われる適性の儀の日ね」


「はい。適性の儀で僕は何色の魔色を授かるのかわくわくしながら両親と村に来た司祭の元に行き…僕は色が無いと言い渡されました」


「…」


「そこからはもう家族の中ではいない者として扱われ、父のストレスの捌け口として殴られたり蹴られたりしましたし、母のすすり泣く声や罵倒…そしてある日、僕は父と母に連れられバルドス神聖帝国の帝都へと訳も分からず連れていかれ…」


「そこで売られたわけね…ほんっとうに胸糞悪いわ…」


「はい。…本当であれば5歳という歳で奴隷に売られても肉体労働も何も出来ませんし、最初は奴隷商の人も僕を買うのは渋ってたみたいですが…僕の髪の色と容姿を気に入った貴族がいて…」


「…それで通常奴隷なら背中に刻まれる奴隷紋をお腹の下に…って事ね」


「…そこからの毎日は…食べ物とも思えない物を与えられ…気の済むままに体を傷つけられ…夜は……思い出したくもありません…っ…」


「…」



 人として扱ってもらえなかった過去を思い出した唯織がその場で頽れ嗚咽を漏らし…アリアはそっと唯織を抱きしめる。



「そう…その事は詩織からも聞いてなかったわ…詩織にはその事を話したのかしら…?」


「い…いえっ…察し…たのか…あの時の…師匠は気ま…ぐれでぼ、僕を助け…たので…」


「…そう言えば詩織はスラムで唯織を拾ったと言ってたけれど…」


「…な、7歳の時に…病気っ…病気でもう治らない…僕をスラムに捨て…」


「…なるほどね。その時に詩織に拾われて今まで一緒に過ごしてたってわけね…」


「はいっ…うぐっ…」


「…」



 初めて唯織が自分の口から零した過去は…アリアの胸に涙と共に沁み込んでいく…。





 ■





「どう?少しは落ち着いたかしら?」


「はい…お見苦しい所を…」


「まぁ…体は女でも心は男だから私に惚れないでちょうだいね?」


「…そ、それはどうなんですか…?」



 お互い苦笑しながら制服を着直した真っ白の髪の唯織はいつの間にか用意されていた温かい飲み物を飲みながら気持ちを落ち着けポツリと呟く。



「…それでですね…7歳の時、スラムに捨てられそのまま病気で死ぬのを待つだけだったのですが…師匠に拾われ助けてもらい…由比ヶ浜 唯織という名前を付けてもらいました…」


「ふむ…その古傷はどうして治さなかったのかしら?」


「師匠は不老不死ですから回復魔法を全く使わなくなっていたようで上手く扱えず、病気を治すのが精いっぱいだって謝られました…」


「…そういう事ね。まぁ…感情が死んでて死んでも生き返るなら回復魔法もご飯も何もかもいらないって考えに陥っても不思議じゃないわね…」


「そうですね…。あの時の師匠は何というか…()()()()()()…でしたから…」


「ふむ…大体わかったわ。なら唯織に問いたいのだけれど…」


「…?」


「唯織、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「っ…」



 雰囲気が変わったアリアの物言いに少し体が強張る様な感覚を覚えながらも唯織はしっかりと決意の籠った眼差しをアリアに向け…心の底から冷える声色で言い放つ。



「…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…そう。それは詩織も知ってるのかしら?」


「…はい」


「ふぅん…」


「…アリア先生は僕の復讐を止めたり…しないんですか?」



 ただただ静かに唯織の話を聞いていたアリアはつまらなさそうに呟く。



()()止めたりなんかしないわよ。だって唯織にはそれをするだけの資格があるもの。これに関しては詩織も同意見だと思うわ」


「そう…ですか。僕はてっきり止められるかと思ってました…」


「私は教師だけれどぶっちゃけるなら異世界の部外者よ。この世界の事についてはあなた達に全て任せるわ。…唯織だって止められてもやめるつもりはないでしょう?」


「…はい」


「ならそれでいいわ。唯織の信じる道をそのまま突き進めばいいと思うわよ」


「わかりました」



 その言葉で二人の間で生まれた重苦しい空気が霧散するとアリアはまたゆっくりと口を開く。



「まぁこの秘密に関してはお互い他言無用って事で私から誰かに言いふらしたりなんかしないわ」


「はい」


「…ただまぁ…その()()の事ぐらいはテッタに教えてあげてもいいんじゃないかしら?」


「…え?」



 いきなり矛盾する様な事を言い始めたアリアにきょとんとする唯織。



「別に全てを話せって言ってる訳じゃないわ。その髪色の事だけよ。…テッタ、すごく悲しそうな顔してたわよ?僕…イオリに嫌われちゃったかな…って」


「っ…」


「あの子もあの子でとても悲しい過去を持っているわ。…きっとあの子は()()()()()()()()()()()っていう存在がとてもかけがえのない存在になるわ」


「…」


「…だから唯織もテッタという初めて出来た友達を大切にしてあげなさい。あの子はきっと…何が何でも、何を捨ててでも唯織の事を助けてくれるわ。だから詩織が唯織に歩み寄った様に唯織もテッタに歩み寄ってみなさい。それがテッタの中に唯織っていう存在を刻み込んだ()()()()()()()()()()()


「…………はい」



 とても優しく温かい声色で紡がれたアリアの言葉は唯織の心に深く突き刺さり…テッタという存在が()()()()となった。



「さて…話はこれで終わりだけれどその髪色のままみんなと合流するのかしら?それとも髪色をまた変えてから合流するのかしら?」


「…」



 背中まで伸びる真っ白で雪の様な髪を手に取り…



(ずっと黒い粉をかけて隠していた僕の髪…この髪は両親の事を思い出す呪いみたいなもの…でもテッタはこんな僕の友達であり続けようとしてくれる…これが罪と責任と重み…か…)



 自分の呪い、テッタの悲しそうな顔、アリアに言われた言葉…その全てが綯い交ぜになった唯織はぎゅっと自分の髪を握りしめた。



「…このままでいきます」


「そう。シルヴィは詩織からどうせ聞いてるし…それはシャルやリーナ、リーチェにも見られてもいいって事なのね?」


「…はい」


「わかったわ。それじゃあ…」


「えっ…?」



 突然唯織の髪を空間収納から取り出した櫛で整え始めたアリアに戸惑い…



「せっかくこんな綺麗な髪なのに濡れてぼさぼさのままじゃ見栄えが悪いじゃない。…整えてあげるから少しじっとしてなさい」


「は…はい…」



 父親の様な…母親の様な温かさを感じながら唯織はアリアに成すがままにされていく…。



「あ、ちょっと面白そうだからこれを着なさい」


「えっ!?こ、これですか…!?」


「そうよ。ほらいいから」


「ちょっ!?あ、アリア先生!?」





 ■





「こ、これ…どういう状況なんですの…?」


「わ、わかんない…」



 絞り出すように呟かれたメイリリーナとテッタの言葉…今、メイリリーナとテッタの目の前ではアリアの娘と息子であるドラゴニア達7人、正確には無口なモスを除いた6人とシルヴィアが最後のスイーツを誰が食べるかで揉めており、その揉め事を止める事も無く新たに現れたアリアの娘である真っ白な獣人…フェリルと真っ赤なドレスを着たアリアの娘…ニクスはシャルロットとリーチェと穏やかに話しているというとてもよくわからない状況になっていた。



「と、止めなくていいのかな…?」


「…ドラゴニア同士のじゃれつきにわたくし達が混ざれると思いますの…?さっきから腕を振る度にわたくしの髪が乱れて仕方ないですわ…」


「でもシルヴィアさんは混ざってるよね…?」


「…魔力を纏っているシルヴィアさんが一切魔力を纏ってないあの方達と拮抗しているんですのよ?まだまだ未熟なわたくし達があの中に入ったら…弾けますわよ」


「う…」



 手の届く範囲で自分達が即死しうる脅威がある事に二人で震えているとログハウスの扉が勢いよく開かれ…



「あんた達何暴れてんのよ!!!また家をぶっ壊したら今度こそ追い出すわよ!!!!」


「「「「「「「っ!?!?」」」」」」」



 鬼の形相をしたアリアが怒号を響かせるとムゥ達は直立の姿勢を取りガタガタと震え始める。



「す、すごいですわ…」


「うん…というよりあの怯えようが…」


「…ったく、とりあえずリーナ、シャル、リーチェ、テッタ、シルヴィ、こっちに来なさい」


「わ、わかりましたわ…」


「「「はい…」」」


「…ん」



 逆らったらどうなるかわからないという恐怖に突き動かされたメイリリーナ達は大人しくアリアの後ろについてログハウスを出ると…



「「「「え…?」」」」


「…ん、アリア先生ぐっじょぶ」


「でしょう?」



 湖の前に雪の様に真っ白な髪を持つ少女が切り株に腰を下ろしていた。



「ほら、ちゃんと自己紹介しなさい」


「は、はい…」



 アリアがそう言うと切り株に腰を下ろしていた少女は短いスカートの裾をきつく握りしめ顔を赤らめながら皆の前へと行くと呟く。



「…ゆ、由比ヶ浜 唯織…です」


「「「「ええええええええ!?!?」」」」


「…イオリ可愛い。ぐっじょぶ」


「ちょ、シルヴィ…」



 レ・ラーウィス学園の女子制服を身に纏い素足を見せない様に真っ黒のタイツを履き、手にも真っ黒な手袋を嵌めた唯織は絵本に出てくるお姫様の様な可愛さで…シルヴィアは驚く皆を放置して唯織に頬ずりしていた。



「も、もしかして…あの写真に写ってたのって…」


「…うん、あれは僕だよテッタ。僕はずっとこの髪色が嫌で黒くしてたんだけど……テッタは…友達だから…」


「っ!?」



 頬を染めながら恥じらう様に言う様はそれはもう絶世の美少女の様で…テッタは不覚にも胸が早くなる感覚を覚えた。



「…この髪凄い綺麗ですわ…それにとてもいい香り…イオリさんはお手入れどうされてますの?よかったら教えてくださいまし」


「えっ…?か、髪は長いし染めたりしてたのでそこまで綺麗じゃないと思いますが…」


「よく見たらイオリ君ってお肌凄い綺麗ですよね…。私日に焼けやすいんですよ…何でこんなに真っ白な肌なんですか?」


「えちょっ…シャルロット・セドリックさんくすぐったいです…」


「…この脚にこの腕…余分な筋肉が無くて凄いですね…それにウエストまでこんな細くて…どうやってここまで身体の管理をされてるんですか?」


「り、リーチェ・ニルヴァーナさん!?ど、何処触ってるんですか!?」


「…イオリは私のだから触らないで」


「ちょ、シルヴィまで…っ」



 メイリリーナには髪を、シャルロットには顔を、リーチェには体をぺたぺたと触られ、シルヴィアには腕を引っ張られ揉みくちゃにされる唯織…。



「…あ、アリア先生…やっぱりイオリは…女の子なんですか…?」


「は?何言ってんのよテッタ。唯織は男よ?」


「そ、そうですか…」


「…何?もしかしてテッタ…唯織に惚れちゃったの?」


「なっ!?ち、違いますよ!!」


「あらそう?顔を真っ赤にしてたら説得力無いわよ?」


「っ!」


「ふふ。…ねぇテッタ?」



 尻尾をピンと立てて顔を真っ赤にしているテッタの頭に手を置きながらアリアは呟く。



「あなたは唯織が道を踏み外そうとした時…どうするのかしら?」


「え…?」


「どうするのかしら?」


「…止めます。…それでも止まらないなら…絶対に一人にしません」


「…そう、いい心構えだわ。あなただけは唯織の事を裏切らないであげてちょうだい」


「…?ど、どういう事なんですか?」


「きっといつか唯織の口から自分の過去をテッタに伝える時が来る…その時が来たらしっかり考えて自分の気持ちを偽らず正直にぶつけてあげなさい。…いいわね?」


「…はい。僕はイオリの初めての友達ですから」


「よく言ったわ。テッタの中に唯織という友達の存在があるのと同時に唯織の中にもテッタという友達の存在がある事を忘れちゃダメよ」



 そういうとアリアはわしゃわしゃとテッタの頭を撫でてシルヴィア達に押し倒されている唯織を見つめ…



「はいはい!!これでお昼休憩終了よ!!すぐにここで午後の授業もとい午後の訓練をするわよ!!仲良くなるのは全ての授業が終わった後!!」



 アリアは笑みのまま手を叩き、声を張り上げ地獄の開始を告げた…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ