過去と秘密
「…何故お主らはそんなに落ち込んどるんじゃ?お風呂に何か不満があったのかのぅ?」
「な、何でもないですわ…」
「はい…」
「ええ…」
お風呂から上がったメイリリーナ、シャルロット、リーチェは何故か胸を押さえながら項垂れ…代わりにシルヴィアは誇らしげな笑みを浮かべてファフは何のことかわからないかの様に首を傾げていた。
「…まぁ負けるはずない」
「…?な、何…が?」
「全く…お主らが原因か。まぁよい、飯の時間じゃ。既に黒猫の…テッタじゃったな。テッタが待っておるぞ」
そう言いながらムゥが食卓が置かれているリビングの扉を開けるとそこには…
「…み、み、み、みんなぁぁ…!!」
「へー?テッタって似てるんだねー?」
「ほんとほんと!!めっちゃ似てるねー!?」
「おいお前ら…そいつが嫌がってるだろう?そろそろ離してやれ…」
「…」
「おや!?こんな所に可愛い小鳥ちゃんが四羽もいるじゃないか!私はヴルム、小鳥ちゃん達のお名前を聞いてもいいかな?」
「「「「………」」」」
見た事も無い色物達に弄ばれているテッタの姿があった…。
………
「さて…では母上が用意してくれた料理を頂こうではないか」
わちゃわちゃしていたリビングを鎮めたムゥは唯織とアリア以外の全員を席に座らせ頂きますと言いながら大量の料理に手を付け始め、皆もそれに習い料理に手をつけていく。
「っ!?お、美味しいですわ!?」
「っ!?ほ、本当だ…!今まで食べた事ない味…!」
「っ…こ、これは料理と言う概念が覆されますね…!」
「ほんとだ…アリア先生って強くて頭よくて料理も出来るんだ…」
「…んまい」
食べ盛りのメイリリーナ達は目を見開きながら手を止めず、それでも見苦しくない様な丁寧な作法で料理を食べ進めていくとムゥが口を開くが…
「それでは一旦自己紹介といこうかのぅ」
「ま、待ってもらっていいですか…?」
「む?テッタ、どうしたんじゃ?」
「イオリとアリア先生は…?」
「ああ、そうじゃったな」
テッタはこの場にいない二人について尋ねるとムゥは食べる手を休めて話し始める。
「母上と唯織は何やら大切な話があるとの事でもう一つのログハウスで食事を取っておる。話し終えたらこっちに戻って来る故案ずるな」
「わかりました…」
「うむ。テッタの疑問が晴れたのならこのまま食べて聞いて欲しいんじゃが…既にわらわの名前はわかっておると思うが改めて紹介しよう。わらわはムゥ、ファフと同じドラゴニアじゃ」
そう言うとムゥは小さく頭を下げ、ファフも席を立って頭を下げる。
「次なんじゃが…そこの水色の髪はリヴァじゃ。彼女もわらわ達と同じドラゴニアじゃ」
「やほー。仲良くしてねーママの生徒さん」
食べる手を休めず気だるそうに手を振る水色の髪を持つ長身の女性…リヴァにこの人も娘なのかと皆は目を見開く。
「全く行儀悪いのぅ…次にそこの大男がモスじゃ。同じくドラゴニアじゃ」
「…」
茶色の短髪…モスは静かに目を閉じながらゆっくりと頷く。
「次じゃが…そこの灰髪の男児がリトで同じくドラゴニアじゃ」
「やっほー!ママの生徒さん達!」
天真爛漫な灰髪の男の子…リトは満面の笑みを浮かべながら料理ではなく甘いケーキの様なものを次々と頬張っていた。
「で…あそこで妙にソワソワしておる赤髪の男がアジカじゃ」
「なっ!?我はソワソワなぞしていないぞ!!…まぁなんだ、よろしく頼む母の教え子達よ。一応我もドラゴニアだ」
男か女か見分けがつかない中性的な赤髪の男性…アジカは頬を少し赤くしながらぶっきらぼうに声を出してそそくさとまた料理に手をつけていく。
「して…最後なんじゃが…」
「最後はこの私だね!さっきも言った通り私はヴルムという!母君の教え子ちゃんは皆可憐で愛らしいじゃないか。だが私には母君という心に決めた人がいる…可憐で愛らしい君達がもし私に惚れてしまったなら申し訳ない…ああ、私の美貌はなんて罪深いのだ…っ」
真っ白の長髪をかきあげ自分の身体を抱きしめる男…ヴルムは気取った作法でメイリリーナ達の手を取って口付けする様に顔を寄せ、挨拶を済ませて優雅に食事を取り始める。
「…まぁ、変な奴じゃが悪い奴じゃない。次はお主らの自己紹介を聞かせてもらってよいかのぅ?」
あまりにも強烈な自己紹介を終え、半ば放心状態になったメイリリーナ達はゆっくりと自分達の自己紹介を始めていった…。
■
「少し私と一対一で話そうじゃない。唯織の過去と私の秘密について…ね」
「っ…」
笑みを浮かべているのにも関わらず押しつぶされる様な、逃げ場を全て潰されている様な有無を言わせない言葉の圧に唯織は浮かした腰をもう一度席に降ろした。
「…その口ぶりですと師匠から聞いているじゃないですか?」
「ええ、聞いてるわよ?だから唯織の体操着だけ素肌が全部隠れる物を用意したんじゃない。でもそれは唯織の話を聞いて自分なりに考えた詩織の話でしか無いわけ。私は唯織の口から本当の気持ちを聞きたいのよ。なんなら私の秘密と交換でもいいわよ?」
「…」
何事もないかの様に頂きますと食べ始めたアリアを見つめた唯織はアリアと同じ様に頂きますと言って食事に手を付け始める。
「どうかしら?私、自分でも結構料理はうまいと思ってるのよねぇ」
「…はい、僕なんかが作るよりも美味しいです」
「なんなら今度作り方を教えてあげるわよ?どうせ詩織の事だからこの家の家事炊事、全部唯織がやってたんでしょう?」
「ええまぁ…師匠とは親しいんですか?今までアリア先生みたいなご友人がいるなんて聞いてませんでしたが…」
「あら?私の秘密を先に喋れって事かしら?」
「…別にそういうわけでは…」
「別にいいわよ?それで唯織自身の口から過去について聞けるならね」
「…………わかり…ました。お話します…」
「わかったわ」
既に自分の過去を知られているという事に諦めを選んだ唯織は肩から力を抜いてアリアの口から語られる言葉を待つと信じられない言葉が耳に届く。
「んじゃ、ぶっちゃけちゃうけれど…私は魔王よ」
「っ!?!?!?!?」
口に運ぼうとしていた匙が硬直し、目を限界まで見開いた唯織はまるで錆びた金属の様なぎこちない動きで目の前にアリアを見つめる。
「あら?そんなに驚くほど意外かしら?唯織は私がヤバい存在だと分かって初日に問答無用で襲ってきたじゃない?」
「た、確かに規格外の化け物だと思いましたが…」
「まぁ、もっと詳しく言うのなら…異世界の魔王よ。このアルマっていう世界で生まれた魔王じゃないわ」
「っ!?!?」
頭を貫く様な驚きを感じつつも唯織は目の前の担任が異世界の魔王だという事実をゆっくりと飲み込み、冷静でいるよう努めながら口を開く。
「…目的は何ですか?異世界からの侵略…ですか?」
そう問うとアリアは目を丸くしながら口に入れた食べ物を飲み下しながら反論する。
「んぅ!?何でそんな物騒な話になるのよ!?ただ単に詩織に唯織の先生をやって欲しいって言われてわざわざ異世界から来てあげてるのよ!?友達だって言ったでしょう!?」
「…ですが魔王はこの世界に破滅をもたらす存在…更に師匠は勇者で魔王を討つ者です…」
「…はぁ、唯織…あんたもそういう思考に囚われてるタイプなのね…」
唯織の言葉に若干の不満を色を顔に出したアリアはそのまま食べ進めながら語る。
「あのね?それはこの世界の魔王の話でしょう?さっき私言ったわよね?私は異世界の魔王だって。勝手に異世界の魔王まで残虐非道な魔王に仕立て上げないで欲しいわ。今あんたが言ったその言葉、あんたを散々無色だ無能だって罵ってきた奴らと同じ意味を持っているわよ?」
「っ!?…す、すみません…」
「それに昨日今日で私の性格はわかってるでしょう?こういう魔王もいんのよ。おわかりかしら?」
「…本当にすみません…」
「まぁいいわよ。いきなり魔王だって言われりゃ誰だってそうなるわよ。私ももう慣れっこだわ」
「……」
「まぁ…秘密を言うって言ったし追加で話すけれど、私って魔族を含む全ての種族が仲良く暮らす一国の王なのよ?しかも私の仲間には女神もいて一応神格もあるわ。いわば魔神ね」
「王様っ!?神様っ!?!?…め、女神様ってもしかしてシルヴィの事ですか!?!?」
「違うわよ。シルヴィは女神じゃないわ。流石に王様で魔王で魔神の私でも世界を渡り歩くのは私を除いて一人か二人が限度よ。…まぁ、無理をすればもっといけるかしらね」
「そ、そうなんですか…」
「ちなみに…私には他に二つの体があるわよ。見る?」
「えええええええっ!?!?」
そう言うとアリアの体が眩く光り…その光の中から唯織と同じぐらいの背丈の水色の髪と水色の瞳を持つ獣人族の少女が現れる。
「これがもう一つの体なんですぅ。どうですかぁ?」
「え、あ…えっと…とても可愛らしいと思います…はい…」
「ふふふ。残りはですねぇ…」
喋り方も雰囲気も何もかもが変わったアリアにどぎまぎしているとまたアリアの体が眩く光り…翡翠の様な緑色の瞳を持つ茶髪で人間の少女?が姿を現す。
「これが僕のもう一つの姿…っていうか、本当の姿だよ」
「え、ええ、えっ…!?ぼ、僕の顔とそっくり…!?」
「…ああ、確かに詩織もそう言ってたね。なら僕と詩織の出会いについて少し話そうか」
男か女か見分けがつかない少年姿になったアリアは懐かしむ様にテーブルに肘を着き、頭を支えながら語る。
「実は僕ね?本当は勇者として魔王を倒したんだけどその時に魔王から魔王の因子って言うのを植え付けられちゃって魔王になったんだけど…魔王っていっつも悪者じゃん?だから一人ぐらい優しい魔王がいてもいいのかなって思って仲間達の手を借りながら優しい魔王様として国を作ろうとしてたんだよ。その時に実は夢で詩織に会って…夢で唯織の姿を真似るくそ魔王だって一方的に殺されそうになったのがきっかけなんだよね」
「ゆ、夢…!?ど、どういう事なんですか…??」
「あー………言ってもいいのかわからないんだけどさ、詩織って血統魔法を持っててね?その血統魔法が『夢渡』って言うんだけど…対象の夢に入り込む事が出来る血統魔法なんだって。それで魔王の僕の夢に突然入ってきて魔王だから殺すって話を聞かずに殺されかけて…って感じ。そん時に唯織、君の事を聞いたんだ」
「ま、待ってください…流石に思考が追いつきません…アリア先生が魔王で王様で魔神様だっていう事すらまだ受け止めきれてないのに…」
「あはは…まぁそこは一旦忘れていいよ。…でまぁ…僕はその夢で詩織の事を殺したんだ」
「っ!?」
「でも唯織も知ってるでしょ?詩織は魔王討伐の際、魔王の血を浴びすぎて不老不死の体になってしまった事は」
「…はい」
「まぁその時詩織は僕の仲間を馬鹿にする様な発言をして、僕はブチ切れちゃって…そん時に僕も唯織の事を馬鹿にしたりと売り言葉に買い言葉で…ごめんね唯織?」
「い、いえ…」
「それでまぁ…色々説教したんだけどさ、そしたらここでは三年後、僕のいた世界では10日後だったんだけどまた夢に詩織が現れてね?そこで僕が説教した事が効いてたみたいで…お互い謝って仲直りして友達になって、そこからはちょくちょく詩織が僕の夢の中に遊びに来て愚痴ったりとか唯織の話を聞かされてとかで仲良くなったんだよ」
「そ、そうだったんですね…確かに師匠は突然僕を学校に入れるって言い始めた事があったんですが…そのきっかけはアリア先生だったんですね…?」
「ああ、多分そうだね。詩織は不老不死のせいで心を壊した…そして唯織のおかげで詩織は救われた。…だけどね?詩織は唯織の事を自分の心を癒す為の道具の様に使っているんじゃないかって僕は言ったんだ」
「な、何でそんな事を!?師匠は…!」
「…なら唯織。君は死ぬまで詩織という鳥かごの中に居たかったかい?」
「っ…」
「あのままじゃきっと君はずっと詩織の腕の中で死ぬまで何も知らず、何も得られずそのままだったんだよ?確かに詩織に対して酷な事は言ったと思う。…だけどそのおかげで君は詩織以外の人の温かさを知ってテッタと言う初めての友人を得てクラスメイトとここにいる。…君は本当にあのままでよかったのかい?テッタと友達になって嬉しいとは思わなかったと言うかい?クラスメイトという少数だけでも自分をちゃんと見ようとしてくれる人達に温かい感情を得なかったと今ここで言えるかい?詩織の腕の中で死ぬまで居た方がよかったと心の底からそう言えるのかい?」
「………きっと特待生クラスに入る前の…アリア先生やシルヴィに会う前の僕だったらそう言ってました…ですが…今はテッタと友達になってシャルロット・セドリックさんとも話して…そうじゃないと…思います…」
「…そっか。なら僕はあの時の言葉について詩織にも唯織にも謝らないよ。それが君達二人にとって大切な事だと思ったから僕が言って詩織が自分で考え、唯織が自分で手に入れたものだ」
「…はい。…ありがとうございます」
「うん。…まぁここまでが僕が詩織と友達になった経緯であり、唯織がレ・ラーウィス学園に入る事になった経緯だよ。何か質問はある?」
「…いえ、大丈夫です」
「そっか。…じゃあ次はファフやムゥについて教えようか」
アリアの秘密を聞いた唯織は少年の姿からいつもの白黒の獣人姿へと変わるのを見つめ、アリアが次を語るのを待つ。
「ファフやムゥが私の事をママや母上って言うの…すごく気になるでしょう?」
「ええ…どういう事なんですか…?」
「多分あっちでも同じ様な説明をしてると思うけれど…実はファフやムゥは私が召喚魔法で召喚した神龍達よ」
「っ!?!?!?!?」
とんでもない事をサラッと言い捨てるアリアに目を見開きながら絶句する唯織…。
「この世界じゃ召喚魔法って存在しない事になってるのよね?もしくは血統魔法扱いかしら?」
「え、ええ…魔獣や動物を使役するテイマーと言う方々はいますが簡単に言えば調教しているだけなので召喚術ではないです…一応召喚術は血統魔法の中でもかなり珍しく…人間で扱える方はハプトセイル王国では一人か二人かと…森人族の方々なら精霊を召喚する事は出来るみたいですが…し…神龍…ですか…?」
「そうね。唯織とシルヴィを半殺しにしたファフはファフニール。私とそっくりなムゥはバハムート。…あっちのログハウスにはモスのベヒーモス、リヴァのリヴァイアサン、リトのヴリトラ、ヴルムのリンドヴルム、最後にアジカのアジ・ダハーカがテッタ達とご飯を食べてるわ。…恐ろしいでしょう?神龍とご飯を食べてるなんて知ったらどんな反応をするのかしらね?」
「………ぼ、僕だったら気絶しますよ…?と、というか何故神龍を使役しているんですか…?」
「使役…じゃないわね。仲間って言った方が一番しっくりくるわ。お互い心を通わせて仲間になったのよ。だからこうやって時間がある時は一緒に過ごしているし…おいで、フェンリル、フェニックス」
「っ!?!?」
そんな事を言いながら軽く指を二回パチンパチンと鳴らすと白い魔法陣から真っ白な長身の狼型の女性獣人が現れ、赤い魔法陣からは真っ赤なドレスに身を包んだ女性が現れ…
「「お母様!!」」
「わっぷ!?…落ち着きなさいよフェンリル、フェニックス…」
召喚されて嬉しかったのか勢いよくアリアに抱き着きアリアの頬に頬ずりをし始め、アリアは苦笑しながら二人の頭を撫でる。
「ふぇ、フェンリル…神獣様…?それにフェニックスというと神鳥様ですか…?」
「…?お母様?こちらのお母様似の方はどなたですか?」
「唯織よ。私の生徒だから仲良くしてあげてちょうだいフェンリル」
「生徒…教え子でしたか。唯織さん、フェンリルです。以後お見知りおきを」
「フェニックスですわ。よろしくお願いしますね唯織さん」
「え、あ、はい…こちらこそよろしくお願いします…」
「フェンリル、フェニックス?今唯織と大切な話をしてるから一旦席を空けてくれるかしら?隣のログハウスに食事を作っておいたから中にいるバハムート達と食べてらっしゃい」
「わかりましたお母様。頂きますね」
「わかりましたわ」
一通り頬ずりして落ち着いたのか凛とした表情と立ち姿でログハウスを出て行くフェンリルとフェニックスに呆気にとられながらも唯織は気を取り直す。
「す、すごいですね…」
「まぁそういうわけでみんなからママとか母上とかお母様って呼ばれてる訳よ。…これで私の秘密はほぼ吐き終えたかしらね。次は唯織の番だけれど、どうする?」
「…わかりました。なら僕も全てをアリア先生にお話します」
アリアの秘密を全て聞いた唯織は自分がひた隠しにしていた過去を吐き出す為にお風呂場に向い…
「ご飯を食べ終えた後にこんなものを見せるのは気が引けますが…少し我慢してください」
「別にいいわよ」
「………これが僕の過去…5歳の時に奴隷として両親に売られ、貴族の性奴隷…愛玩動物として飼われ、壊れた玩具の様に捨てられた証です」
「…」
真っ黒の髪から雪の様に真っ白の髪に変わったずぶ濡れの長髪、首から下を全て目を背けたくなるような惨たらしい古傷で埋め…お腹の下に真っ黒な魔法陣を刻んだ裸体の唯織が風呂場から姿を現した…。