距離感
「はーい!!みんな午前中の授業は終了よー!!!」
校庭の中心でそう高らかに声を響かせると校庭に倒れ伏す六つの人影と無邪気に走る人影が一つ。
そして走る人影が飛びついてくるのを受け止めたアリアが眼鏡の少女に笑みを向けると笑みが返って来る。
「ママ…!半殺しに…した、よ?」
「よくやったわファフ。さっさとみんなを治してご飯にしましょ」
「うん…!」
眼鏡の少女…ファフと呼ばれた少女と手を繋いで校庭の端で倒れて団子になっているメイリリーナ達の元へ向かい…
「はーい、みんなよく頑張ったわねー」
「「「「………」」」」
「…あら、本当に声を出す事すら出来ない程出し切ったのね」
ぴくぴく体を痙攣させるだけで一言も喋らないメイリリーナ達に笑みを浮かべながら指をパチンとならすと皆の体が白く発光する。
「…これでどうかしら?多分もう身体の痛みとか疲れは全部とれたと思うけれど…」
「「「「………」」」」
「…どうしたのかしら?まだどこか『『『『水!!!!!』』』』っ!?…の、喉が渇いてたのね…」
鬼の様な形相で水を求められたアリアはたじろぎながらも空間収納から若干白く濁った液体が入った透明な容器を取り出すとメイリリーナ達は目を見開きながら飲み干していく。
「んくっ…!な、なんですのこの水!?あ、甘くておいしいですわ!?」
「ほ、ほんとだ…!美味しい…!んくっ!!」
「ええ…枯れた体が潤うような不思議な感じです…」
「美味しい…アリア先生これは何ですか?白く濁ってますけど…」
「それはスポーツドリンクよ。私と詩織の故郷では汗をたくさんかいた時に飲んでたわ。疲労回復効果もあるけれど身体の痛みは全て治したはずだから水分補給目的ね」
「「「「へぇ~…」」」」
「容器回収するわよ。…後はあの二人を治さないといけないわね」
少し名残惜しそうに飲み干して空になった容器をアリアに返却したメイリリーナ達はアリアの後ろについて校庭の真ん中でボロボロになってる唯織とシルヴィアを見つめ…ず、ずっとアリアと手を繋いでるファフの事を凝視していた。
「アリア先生…?一つ聞いてもいいですの?」
「何かしらリーナ?」
「その…手を繋いでる方はどなたですの…?」
「ああ、まだ紹介してなかったわね。この子はファフ、私の娘よ」
「「「「む、娘!?」」」」
「よ、よろしく…ね?」
「ほ、本当に娘さんですの!?」
「ええそうよ?」
「で、でもアリア先生…?何処からどう見ても獣人族の特徴が…」
「そうねシャル。ファフは…んー、ドラゴニアよ」
「「「「ドラゴニア!?!?」」」」
「ど、ドラゴニア?何それ…ママ?」
「竜人の事よファフ」
「と言うと…養子という事ですか?」
「んー…リーチェの言う養子とはちょっと違うのよねぇ…」
「ど、どういう事なんですか…?」
「んー…ならご飯を食べながら教えてあげるわ。テッタもお腹空いたでしょう?」
「…かなり空きました…」
四人のお腹が空腹を訴える音を聞きながら唯織とシルヴィアの元についた皆はボロボロな姿に…
「ちゃ、ちゃんと半殺し…だよ?」
「「「「「……」」」」」
絶句した…。
■
「…まぁ、授業のサボりとパンを食べようとした事、後は昨日シャルにした事でシルヴィの罰は今回の授業で帳消し。唯織はシルヴィの暴走を強く止めなかったからっていう事で連帯責任。それでいいかしら?」
「はい…すみませんでした…」
「…ごめん」
ボロボロな体から無傷の体へと癒され制服に着替えた皆はお腹の音を抑えながら教室に集まっていた。
「んじゃ、これからご飯を食べに行くんだけれど…私があなた達に御馳走してあげるわ」
「あのアリア先生…?私達特待生は全てが免除されているので御馳走も何も無いと思うんですが…それに早くしないと食堂が…」
「まぁそうね、なら言い方を変えるわ。私があなた達に手料理を振舞ってあげるわ」
「て、手料理ですか…?また何で…?」
「正直に言うならこの学園の食堂は貴族階級がいるせいで味だけを求めて体に必要な栄養が計算されてないからよ。あなた達の育ち盛りの体で必要な栄養素を取らなかったら…」
「「「っ!?」」」
勿体ぶる様な口調で豊満な胸を張るアリアのその行動で理解してしまったメイリリーナ、シャルロット、リーチェは胸を押さえ…
「育たないわよ?」
「「「食べさせてください(まし)!!!」」」
「はいはい、素直なのはいい事よ。それじゃあ私の家まで転移で移動するから立ってちょうだい。座ったままだと転移先でコケるわよ」
教室の外に漏れだす程の声量で大声を上げ、アリアは教室にいる皆を巻き込む様に転移魔法を構築すると指をパチンと鳴らし視界が教室から森の中にひっそりと建つ二つのログハウスと湖の風景に瞬時に切り替わる。
「着いたわよ」
「まぁ!とても綺麗な場所ですわ!!」
「ほんとだ…でもここ…王都ラーウィスじゃないですよね…?」
「こんな綺麗な場所ラーウィスじゃ見ませんね…王都だけあって建物ばかりですし…」
「なんか空気も違う…も、もしかしてハプトセイル王国じゃない…?」
あまりにも日常とかけ離れた自然豊かで幻想的な光景に心を奪われるメイリリーナ、シャルロット、リーチェ、テッタだったが…唯織とシルヴィアだけはこの光景に見覚えがあった。
「ここって…」
「…うん、私達の家」
「「「「えええ!?!?」」」」
少し古くなったログハウスと建てられて間もない真新しいログハウス…皆の驚きの声を無視しながらその二つを交互に見つめていると真新しいログハウスから長身の女性が姿を現す。
「む、母上とファフニ…ファフではないか。もう授業は終わったのか?」
「「「「「「母上!?」」」」」」
「今はお昼休みよ」
真っ黒の髪に金色の瞳…見れば見る程アリアと瓜二つな顔と体つきに今度こそ本当の娘かと皆がまじまじ見つめる。
「…何やら熱烈な視線を感じるのじゃが…まぁ、よい。母上、下準備は既にしておるのじゃ」
「助かるわムゥ。…それじゃあ、あなた達?私が料理を作り終えるまでお風呂に入るなりくつろぐなりしてなさい。ムゥ、ファフ、頼んだわよ?」
「うむ、任せるのじゃ」
「うんっ…!」
そう言うとアリアは真新しいログハウスに入っていきログハウスの前にはムゥ、ファフ、生徒達の八人だけになった。
「さて…お主ら、何かやりたい事はあるかのぅ?」
「え、えっと…わ、わたくしは汗を流したいですわ…」
「私もです…」
「そうですね…私もそうしたいです」
「…私も」
「うむ、ならファフよ、この者達を風呂まで案内するんじゃ。お主も動いただろう?一緒に入ってくればよいぞ」
「わ、わかった…こ、こっち」
そう言うとファフはメイリリーナ、シャルロット、リーチェ、シルヴィアの四人を連れてログハウスへと入っていく。
「…して、残ったお主らはどうするんじゃ?何かしたい事はあるかのぅ?」
「僕は…家に一度帰ってもいいですか?」
「お主が唯織じゃな?言っておくが詩織はやる事があるとかでおらんぞ?」
「…そうですか、なら掃除をしたいと思います。どうせ師匠の事ですから出かける前に掃除なんてしてないと思うので…」
「それなんじゃが…母上がだらしないと言って片付けてしまったんじゃ。家の中にあった腐るとまずい物とかも全てわらわ達の家に移してあるぞ」
「やっぱり…すみません、ありがとうございます。でしたら少し師匠との家の方でゆっくりしたいと思います」
「うむ。…では残りのお主はどうするのじゃ?」
「えっと…イオリ?僕もお邪魔していい?」
「…うん、大丈夫だよ」
「そうか、ならわらわは母上の元に戻るのじゃ。食事が出来たらまた呼びにこようじゃないか」
「「ありがとうございます」」
「うむ、ではまた」
黒い髪を棚引かせてログハウスへと戻っていくムゥを見送ると唯織とテッタは二人で詩織と暮らしていたログハウスへと入っていく。
「わぁ…!こういう全部木で出来てる家もいいね?なんか温かい感じがする!」
「数か月ぶりに帰ってきたけどやっぱり落ち着くな…」
シンプルな内装で煌びやかな装飾は一切無いが入れば包んでくれるような温かさを感じたテッタは黒い猫尻尾を頻りに振りながら目を輝かせて辺りを見渡し…
「あ、ねぇイオリ?これもしかして勇者シオリ様と…シルヴィアさん?」
乳茶の様な髪色の少女が雪の様に真っ白な髪色の少女を抱きしめて二人で写っている写真を見つける。
「…」
「わぁ…この人がシオリ様かぁ…ねぇねぇイオリ?イオリの小さい時の写真とか無いの?」
「…」
「…?イオリ?」
写真についてテッタが尋ねると唯織は表情を暗くして芯から冷える様な声色を出した。
「…ごめんテッタ。僕はその…あまり写真とか好きじゃなくて」
「…そ、そっか。ごめんね?」
「いや…こっちこそごめんね」
唯織とテッタの間で気まずい空気が流れるとテッタは手に取った写真立てを元の位置に戻して苦笑交じりの声を零す。
「…やっぱり僕、こっちに来ない方がよかったかな?迷惑かけちゃったみたいだし…」
「…そんな事ないよ。ただ…あまり昔の事を詮索されたくないんだ」
「そっか…もう詮索しないから安心してねイオリ。…初めて友達が出来て舞い上がっちゃったみたい…」
「…友達…」
もう詮索しない事を伝えて唯織に聞こえない様にポツリと零したテッタの言葉は唯織の耳に届き、頭と胸の中をぐちゃぐちゃに掻きまわすような不快感が生まれた。
(…僕の秘密…僕の過去…誰にも話したくない…だけど友達になってくれたテッタに隠し事もしたくない…でももし僕の過去を話して離れられたら…?僕の過去を誰かに喋られたら…?結局僕は友達と言っておきながらテッタの事を信じれてないんだ…)
俯きながらぐるぐると同じ問答を頭の中で繰り返す唯織、猫耳と尻尾を元気なく垂らすテッタ…気まずい空気の中、二人はどれだけの時間を無言で過ごしたかわから無くなった時、ログハウスの扉が無遠慮に開かれる。
「お主ら、母上の料理がもうそろそろで出来上がる故こっちにくるのじゃ」
「あ、ムゥさん…はい。…イオリ、先に行ってるね?」
「うん…」
ムゥがご飯が出来た事を理由にテッタを連れて行きログハウスの中一人残った唯織はテーブルに突っ伏した。
「…もう本当にどうしたらいいんだろう…」
人に近づくのが怖い…人に触れるのが怖い…人に近づかれるのが怖い…人に触れられるのが怖い…優しさを向けられるのが怖い…優しさを向けるのが怖い…唯織が過去に負った心の傷が激しく傷の深さを主張し胸をズタズタに引き裂いていく中…
「ったく、何やってんのよ」
「っ!?あ、アリア先生…いつの間に…?」
「普通に扉からよ。ムゥが呼びに行ってから割と時間経ってるから呼びに来たのよ」
「あ…すみません。もうそんなに時間が経ってるとは思わなくて…すぐに行きます」
「いや、行かなくていいわ」
「…え?」
「少し私と一対一で話そうじゃない。唯織の過去と私の秘密について…ね」
「っ…」
笑みを浮かべながら対面に座ったアリアが指を鳴らしてテーブルの上に出来たての料理を並べた…。