脱兎
「はぁっ…!うっ…!はぁぅ…!!ま、待ってくださいまし…!!」
「あぅ…!うぁぅ…!!はぁっ…ま、待ってくださ…あうっ…!!」
「えええ…?まだ半周もしてませんが…?」
「あうっ…わ、わたくし…走った事…ありませんの…はぁっ…」
「わ、私…も…」
「…流石は貴族令嬢と言った所ですね」
「「あなたもでしょうっ!?」」
校庭を走る様に言われたメイリリーナとシャルロットは半周もしていないのに尋常じゃない程の汗を垂らしながらアリアから受け取った鉄の棒を杖の様にして涼しい表情のリーチェを恨めしく睨みつけていた…。
「まぁ、私は鍛えてますから…それに早くしないとテッタさんが追いついてしまいますよ?」
「「えっ!?」」
あまりにも貧弱な二人を流石に呆れた様に見つめたリーチェはあっという間に校庭を一周してきたテッタを見つめ…
「やはり獣人族の血を引いてるので身体能力は高いですね…これは負けてられません…すみませんが私は先に行かせて頂きます」
「ま、待ってくださいまし…!」
「一緒に走るって約束したじゃないですかぁ…!」
「人聞きの悪い事言わないでください…してませんよ…」
闘争心に火が付いたリーチェはメイリリーナとシャルロットを放置してテッタを追いかける様に走り始めてしまう。
「うぐ…もう走れませんわ…」
「ううう…」
髪が地面につくのもお構いなしに四つん這いで項垂れていると二人の後ろから土を踏む音が近づき呆れた声色が上から落ちてくる。
「…あなた達何してんのよ…?」
「「あ、アリア先生!?」」
「まだ半周もしてないじゃない…まさかもう疲れたの?」
「わたくし…走った事ないんですの…」
「私もです…」
「…ま、まさか走った事が無いなんて…流石貴族令嬢と言った所ね…少し一緒に走ってあげるからペースを落として魔力を起こしながら走る事を意識してみなさい」
「わ、わかりましたわ…」
「はい…」
涙目で訴えかけてくるメイリリーナとシャルロットに若干呆れを覚えながらアリアは空間収納からタオルを取り出し、汗を拭いながら回復魔法をかけてあげると二人はよたよたと走り始め…二人の欠点に気付く。
「はっ…はぁ…」
「うぁ…あぅっ…」
「…わかったわ。あなた達、魔力を起こしてないじゃない」
「うぇ…えぇ…?ちゃんと…お、起こしてますわよ…?」
「ええ…っ…お、起こせてます…」
「そうじゃなくて必要な分の魔力が起こせてないのよ。…シルヴィの魔力の起こし方を真似しすぎて足りてないわ」
「ええっ…?」
「…どうすればいいんですか?」
アリアの言葉に疑問を浮かべるメイリリーナとシャルロットだったがアリアは人差し指を立てながら簡単に説明するが…
「そんなの簡単よ。シルヴィの真似をしないで魔法を使う時みたいに全力で魔力を起こせばいいだけだわ」
「…それでは美しくないですわ」
「魔力を常に全力で起こしてるのは…なんか自分の魔色を見せびらかしてるみたいで…」
「…あなた達そんな事を気にして走ってたの…?全く…」
走り疲れて赤いのか、恥ずかしくて赤いのかわからない二人の表情を見て呆れた様にため息をつく。
「あのねぇ…?今、あなた達が起こしている魔力が10ならシルヴィは1000…シルヴィのあれは膨大な魔力を起こしながら無理やり押し込めて他の人に悟らせない様にずっと抑え続けるっていう普通の人じゃ真似出来ない芸当なのよ?それを見様見真似で出来るもんなら詩織といい勝負できるわよ?」
「「…」」
「それに私は別に挑戦してみる事が悪いって言ってる訳じゃないわ。あなた達の好奇心にケチをつけるつもりもない…けれど、何もわかってない状態で間違ったまま進んだらきっと何処かで躓いて心が折れるわ。実際今みたいに走れなくて挫けそうになってるでしょう?だからあなた達は正しい方法を自分の速度で間違いなくしっかり身に着けて行かなくちゃいけないわけ。それでちゃんと身に着けて正しく扱えるようになってから応用したり自分なりのやり方を求めるのなら何も言わないわ。…わかったかしら?」
「「はいですわ…」」
実際に体験したばかりだったからかやけに素直に返事をしたメイリリーナとシャルロットの頭を撫で背中を押して送り出す。
「よし、ならガンガン魔力を起こしてテッタとリーチェに追いつきなさい。あなた達なら出来るわ」
「っ…わかりましたから頭を撫でるのは止めてくださいまし!」
「…頑張ります」
「…ったく、ツンデレってのは物語だけよねぇ…」
アリアの手を払いのけて先程とは別人の様な速さで走り去っていく二人を苦笑しながら見つめ…後ろから競り合う様に並んで走ってくるテッタとリーチェに並走するが…
「リーチェは剣を使ってるから走れるのは何となくわかってたけれどテッタがここまで早く走れると思わなかったわ。やるわね?」
「あ、アリア先生っ!?」
「そうよアリア先生よ。…って、何でそんなに顔が赤いのかしら?体調でも優れないのかしら?」
「ち、ちがっ…」
「…?」
「はぁ…」
アリアが隣を走り始めた途端顔を真っ赤にしながら伏せて走るテッタに首を傾げるとリーチェも顔を赤くしながら呆れた様に理由を話してくれる。
「アリア先生のその格好ですよ」
「私の格好?何か変かしら?」
「変かしらって…そんなに腕も脚もお腹も露出して痴女なんですか…?それに胸まで揺らして…」
「…ああそういう事ね。二人ともませてるわね~。ただ単に動きやすいからよっ」
そう言ったアリアは走りながら人間業とは思えないアクロバティックな動きをテッタとシャルロットに見せつける。
「ほらね?今の凄いでしょう?」
「す、すごい…!」
「いやほらねと言われても動きがもう人間離れしすぎてて何が何だかわかりませんよ…しかも今サラッと空中でもう一回ジャンプしましたよね…?どうやったんです…?」
「今の基礎訓練を完璧にこなせるようになったらさっきの動きぐらい出来る様になるわよ。…っと、そんな事より…私は全力で走れって言ったわよね?」
「「っ!?」」
「なーに涼しい顔してお昼まで走り切ろうとしてんのかしら?もっと速度をあげなさい!」
「「は、はいっ!」」
アリアの凶悪な笑みに気圧され尻を叩かれたテッタとリーチェは先程の倍近い速度で走り始め、じりじりとメイリリーナとシャルロットに近づき、それを更にメイリリーナとシャルロットが引き離すという光景を見守りながら校庭の中心でよろよろと近接戦闘をしてる唯織とシルヴィアに視線を向け…パチンと指を鳴らした。
「おいで――――」
■
「…っつぅ…」
「…手がジンジンする…痛い…」
ナイフと剣がぶつかる衝撃で感じる痛みと痺れに喘ぐ唯織とシルヴィア。
「中に鉄が入ってて持ち手部分に何もしてないから衝撃が凄いね…」
「…手の痺れとれない…疲れた…お腹空いた…」
「お腹空いたって…まだお昼まで二、三時間あるよ?」
「…むぅ。ならここで食べる」
「ええっ…?アリア先生に怒られるよ…?」
「…大丈夫、バレない」
そう言って何もない場所から空間収納を利用して一つのパンを取り出したシルヴィアだったが…
「ね、ねぇ…?何し、てる…の?」
「「っ!?!?」」
紺色の長い髪を三つ編みにした眼鏡の少女が突然何処からか現れ警戒する様にその場から唯織と共に飛びのいた。
「っ…全く気付かなかった…」
「ぼ、僕も…」
「な、何で…パン、も、持ってる…の?」
「…お腹空いたから」
「そ、そっか…」
しょんぼりしながら少女がそう呟くと、とことこと唯織とシルヴィアの元を去り…校庭を馬鹿みたいなスピードで駆け回ってメイリリーナ達を追いかけるアリアの元に行ってしまう。
「…ねぇシルヴィあの子…アリア先生の方に行ったけど……パンを食べようとした事を伝えてるんじゃないかな…?」
「…まずい…とてもまずい…怒られる…」
子供の様に大げさな身振り手振りで眼鏡の少女が遠くにいるアリアに情報を伝えると…
「あれ?何も言われないどころかまた走り始めた…?」
アリアは眼鏡の少女の頭を撫でた後、何事もなかったかのようにまた生徒を追いかけ始め眼鏡の少女だけがまた唯織とシルヴィアの元へと戻ってきた。
「ね、ねぇ…僕達の事をアリア先生に伝えたんだよね…?」
「う、うん」
「その…僕達、アリア先生に怒られるんじゃないのかな…?」
「…怒って、ない…よ?ママ、笑ってた…よ?」
「「ママっ!?!?」」
あまりにも衝撃的な言葉が眼鏡の少女から放たれそれを聞いた二人は声を揃えながら目を見開くが…それ以上の驚きが襲い掛かる。
「あ、あのね…?ママがね…?魔力を起こさ、ないで…私とた、戦えって…言ってた」
「「っ!?」
「それと…ね?半殺しまではゆ、許すって…言ってたから…は、半殺しにする…ね?」
「え!?ちょ、ちょっとまあぐぁ!?!?」
おどおどした眼鏡の少女からは似合わない強い言葉が放たれた瞬間…唯織の腹に眼鏡の少女の拳が突き刺さり、鈍い音と共に体をくの字に折って吹き飛び校庭を跳ねていく。
「っ!?いおがうぅ!?!?」
あまりにも衝撃的な光景に一拍遅れてしまったシルヴィアの腹にも眼鏡の少女の蹴りが突き刺さり、唯織を追いかける様に校庭を跳ねていく。
「げほっ!?あぐっ…な、何だあの子の力…!!ま、魔力を纏ってない…のに…!!」
「うっ…けふっ…い、イオリ…あれ…人間じゃない…」
校庭を滑る様に止まった唯織とシルヴィアは殴られ蹴られた腹を押さえながら校庭に打ち付けた全身の痛みに表情を歪ませる。
「人間じゃないって…怪力過ぎてって事じゃないよね…?もしかしてアリア先生と同じハーフの獣人族って事…?」
「…違う。純血の獣人族でもこんな威力で蹴れない…」
「なら…ドワーフって事…?」
「…それも違う。…多分あの子、鬼人族か竜人族のどっちか…ドラゴニアだと思う」
「ど、ドラゴニア!?!?」
竜人族…元は人だった者が竜の血を受け入れ順応出来た者達の事で人口はとても少なく、体の一部に竜の特徴が現れるはずなのだが…
「でもあの子にドラゴニアの特徴は見当たらないよ…?」
「…多分ドラゴニアの中でもかなり高位な存在…もしくは高位の竜自身が人の姿を取ってる可能性がある」
「なっ…」
シルヴィアの推測に絶句した唯織は恐る恐る自分達を吹き飛ばした眼鏡の少女を見ると眼鏡の少女はアリアが用意した木の武器を物色していた。
「もし…もし、高位の竜自身が人間の姿を取ってるとして…魔力を纏ってない状態…更に魔法も使えない状況だったら…勝てると思う…?」
「…何言ってるのイオリ。そんなの愚問」
「…あはは…だよね…」
アリア特製の木の短剣を二本持ち、両手で弄びながら近づいてくる眼鏡の少女を見つめ…
「「無理、逃げる」」
唯織とシルヴィアは脱兎のごとく逃げ回るのだった…。




